「成長」(脚本)
〇渋谷の雑踏
なにかの音がしている。
絶えず音がなる渋谷は、今日も多くの人々がひしめき合っている。
電車が通る音か、車が通る音か、それとも工事が進む音か。
渋谷を歩く人々は、自分たちのざわめきに埋もれてその音に気づいていない。
けれども、人々の雑踏さえも渋谷の音によってかき消されていく──。
〇電車の座席
麻生新内閣が発足し、北京五輪が開催された2008年。
未来は原宿にある某アニメのショップに向かうために、横浜駅から東横線に乗って渋谷の方へと向かった。
小学校に入学したばかりだが友達との話は話題のアニメのことばかりだ。
未来はその盛り上がりにのれず、孤独に苛まれていた。
使わずに貯めていた少ないお小遣いを片手に、乗っている東横特急は渋谷駅の3番線に着く。
朝ラッシュの人混みの中、大好きな母親に連れられて山手線へ乗り換える。
多くの人が渋谷駅を西から東へ通り過ぎる中、未来は南から北へ通り過ぎる。
未来(うるさいなぁ・・・)
急ぐサラリーマンの足音や駅の放送に、未来は耳を塞ぎたくなった。
その年の6月、
新しい地下鉄の副都心線が渋谷駅まで開通した。
〇特別教室
アベノミクスが始動し、東京五輪2020の招致が決まった2014年。
未来は私立の中高一貫校を受験するために、毎日のように渋谷の塾へ通っていた。
朝から夜まで授業や模試を受ける日も多く、帰りの電車では疲れながらも帰宅ラッシュにもまれながら勉強を続けていた。
渋谷の雑踏なんか気にすることなく、ただひたすら塾に通い勉強する日々である。
未来(・・・)
明日はいよいよ入試本番である。
1月31日の夜、渋谷にはしんしんと雪が降っていた。
迎えた翌朝、未来は妙に興奮していた。
だが渋谷駅から学校までの道のりの中で、未来の耳にはなんの音も届いていなかった。
合格発表から約1ヶ月後の3月、
東横線と副都心線が渋谷駅を介して直通運転を開始した。
〇SHIBUYA109
2018年、未来にとってはいわゆる華のJKである。
放課後は毎日のように渋谷の繁華街や原宿の竹下通りに通った。
カラフルなわたあめ、かわいい古着屋さんなど、インスタ映えを求めて友達と歩き回った。
友達「あの店行こ!」
未来「プリ撮ろうよ!」
友達「この古着かわいい!」
友達「カラフルわたあめ食べたいなぁ」
友達と原宿を歩くときも、駅と学校の間の登下校でも、会話に夢中で渋谷の音に気づいていない。
むしろその友達同士での騒がしさが、渋谷の音の一つとなっていた。
おばさん「あなたたちうるさいわよ。公共の場では静かにしなさい」
駅のホームで友達と盛り上がっている最中、隣に並んでいた50代くらいの女性に注意された。
パート帰りでもあろうか。
その女性は若干くすんだみどり色のカーディガンを着ている。
もしかしたら原宿の古着屋さんで買ったのかもしれない。
「ごめんなさい・・・」
未来たちは会釈し、口をつぐんだ。
すると、駅の放送、電車が来る音、サラリーマンたちが階段を登ってくる音、たくさんの音が聞こえた。
彼女たちは自分たちがかなりうるさかったことに気づき、その日は3人とも黙ったまま帰路についた。
その翌日、40周年を控えるSHIBUYA109が新ロゴを発表した。
〇古い大学
今年の箱根駅伝はどうやら区間新記録を出したらしい。校内はお祝いムードであった。
大学入試を終え、バイトを掛け持ちし忙しい大学ライフを過ごしていると、気づけばもう2年生になりそうだ。
東京では、猛威をふるう感染症により一度延期されたオリンピックを半年後に控え、各地で改良工事や準備が着々と進められている。
どうやら渋谷駅前にある青ガエルの電車は秋田に移転してしまったようだ。
相変わらずテレビのインタビューが行われているが、ハチ公と青ガエルが印象的だったハチ公口の広場も少しずつ変わりつつあった。
そんな広場に集まり騒ぐ学生たちに未来は嫌気がさしていた。
駅のホームで注意された高校2年生の頃を思い出す。
今になって思い返してみれば、自分はもう渋谷に染まってしまっていたのかもしれない。
中学受験の頃からの塾、中高時代は夜遅くまで渋谷で遊び、大学も渋谷駅から徒歩圏内である。
未来(自分はもう渋谷の住民だ──)
そんなちょっとした優越感に浸りながら、ふと、銀座線のホーム案内が目に入った。
たしか1年ぐらい前に移設されたとニュースで見た。
いまだ自分はそのホームを利用したことがない。
自分の知らない渋谷はまだたくさんありそうだ。
渋谷の住民になったと優越感に浸っていたことが恥ずかしくなり、足早に改札を抜け、埼京線に乗るために階段を登った。
このホームも工事で新しく移設され、乗り換えがしやすくなったらしい。
未来(昔はこの階段のぼるの大変だったな・・・)
自分が成長していくのとともに、渋谷の街も改良が重ねられているのを感じる。
どうやら渋谷も「成長」しているようだ。
〇渋谷のスクランブル交差点
自分の成長がいつか止まるのと同じように、渋谷の「成長」もいつか終わるのだろうか。
渋谷でなる音は止むことは無いだろう。
未来はもうすこし背を伸ばしたいと思った。
未来は過去と違い推測でストーリーを作るものですね。主人公の成長と渋谷の成長をリンクさせ、様々な音を構成想像しながら読ませていただきました。
街には思い出があって、自分も街の一部で、でもそれぞれが別に変わり続けてもいて…。街と人の関係って面白いですね。作品を通して、普段は気づかない世界の息遣いを感じられました。
街とともに成長していく姿はちょっと新鮮でした。
たしかにずっと近辺に住んでいればそうなりますよね。
そして、いつか住人として馴染んでるあたりもリアルな切り口だなぁと思いました!