読切(脚本)
〇電車の座席
次は、渋谷、渋谷。
なんか緊張するな
若者の街、渋谷。
昔は息をする様に足を運んだ街、渋谷。
誰もおっさんの服装なんか意識しない。
わかっているが、服選びに30分もかけてしまった
悩んだ挙句、無難に渋カジスタイルにした。
久しぶりに引っ張り出してきたが、58の俺でも全然着せられてる感はない。
少なくとも俺が普段は中小企業で働いているサラリーマンには見えないはずだ。
多分、、
〇アパートのダイニング
先週、10年会っていない息子から連絡がきた。
「ライブを見に来て欲しい。」
正直、行くかどうか迷った。
息子が俺と同じ様に夢に未練を抱えて丸くなるのは見たくない。
期待した分だけ、落胆も大きくなって返ってくる。
だから俺は、芸人になりたいと言われた時は反対した。
〇駅のホーム
終点、渋谷に到着です。
井の頭線のホームは目がチカチカする様な原色で溢れている。
〇渋谷駅前
エスカレーターを降りるとそこは、25年振りのスクランブル交差点。
主人公「おぉ・・・」
何が『おぉ・・・』だ。
俺、東京生まれ東京育ちだよな?
国内有数のシティボーイだったよな?
未来のヒルバレーを見たマーティもこんな気持ちだったんだろうか。。
”何事も為せば成る”──
あの映画は大好きだがあのセリフだけは嘘だ。
為したって成らないことの方が多い。
信号が青になる。
主人公「あ、すみません」
通行人「・・・」
何も言わないのか
俺もスマホを見ていたとはいえ、基本的な挨拶ができないのはいかん。
変わったな。この街も。人も。
〇センター街
「居酒屋お探しですか?よかったら!」
主人公「え・・・」
客引き・・っていうのかな?今でも
おっさん一人呼び込んでも金にならないだろ
主人公「大丈夫。予定あるから」
さあ、どうくる?
キャッチ「あっそうすか笑」
最近の若いのはみんなこんなもんで諦めるのか
粘り気がない
転職が普通の時代っていうのも納得だ
主人公「ふぅ・・・」
んー落ち着かん。
開場までまだ時間があるな
一服しよう
確かこの辺に純喫茶が・・・
あれ、ない。おかしいな。
・・・
うん、やっぱりない。潰れたか。
〇黒背景
「ではご一緒に!ベビタッピ!」
〇メイド喫茶
主人公「あぁはい・・たっぴ・・」
普通のスタンドカフェかと思ったのに・・・
めちゃめちゃ恥ずかしい・・・
〇センター街
ゴクッ
!!!
なんだこれ。
ものすごく美味い!
これが、たぴおか・・・
こいつはいい
女子高生が小遣いのほとんどをこの”魅惑の小さな黒団子”につぎ込んでいるという噂もあながち嘘ではないかもな
あいつもこんな美味いものを毎日の様に飲んでいるのか?
だとしたら、ちょっと羨ましい。
〇おしゃれな受付
ヨリトモ8ホール・・ここか・・
受付「ご来場ありがとうございます!」
主人公「招待で来ました。永田と言います」
受付「出演者のご関係者様ですか?」
主人公「あ、はい。ジゴワッツの永田の父です」
受付「お父様でしたか!」
受付「ジゴワッツの出番は7組目、大トリですよ!」
受付「ごゆっくりお楽しみください!」
〇コンサート会場
Vの21、Vの21、ここか。
当たり前だけど客層が若いな
女の子が多い
名前の書いた団扇なんて持っている奴もいる
お笑いライブ、こんな感じなのか・・・
ライブが始まり、6組の漫才が終わった。
「どーもー!ジゴワッツでーす!」
歓声が上がる。
今日1番の人気じゃないか。
相方「今日も沢山のお客さんに入っていただいて、ありがたいね!」
息子「いやーもう本当ありがたいですね!」
息子「これあれなんじゃない?」
息子「今日観にきてない人合わせたらすごい人数になるんじゃない?」
相方「何を言うてん!合わせちゃダメやろ」
主人公「ぷっ、ははははっ!」
あいつ、ボケなんだ。
つかみから面白いじゃん!
息子「過去に戻ってやり直したい後悔ってありますよね」
息子「渋谷なんて後悔で渦巻いてるんじゃないかな?」
相方「まぁ色んな人おるからな」
息子「もう妬みとか嫉みとか恨み憎しみ妬み、あと妬みとか」
相方「何があってん! 絶対誰か妬んどるやんか」
相方「言うてみ。相方の俺が相談乗ったるわ」
息子「あのね、僕が妬んでるのは親父なんですよ」
えっ、俺?
息子「実は今日ここに来てるんですよ」
ん?
息子「照明さん、ちょっと親父照らして」
はっ?!
スポットライトが三列後ろのスキンヘッドの中年男性に向けられる。
相方「え?あれ永田の親父さん?」
息子「だったらなぁって」
相方「おい!親父さんちゃうんかい!」
息子「あんなにハゲれたらどんなにいいかって」
相方「おい!あのな!」
相方「あんなにキレイにハゲるのめちゃめちゃむずいねんで。妬んでまうのは納得やわ」
大きな笑いが起こる。
スキンヘッドも恥ずかしそうにしながら大笑いしている。
ふぅ・・・
妙なことしやがって・・・
面白いじゃん。
ふとステージ上の息子を見る。
あいつもこっちを見ている。
確実に俺と目が合っている。
物凄いしたり顔をしている。
主人公「ぷっ、はははははは!」
その顔に思わず大笑いをしてしまった。
〇センター街
受付「ご来場ありがとうございましたー」
やっぱりこの街は夜でもうるさいくらい明るいな。
〇黒背景
まあ、
俺がこの人生で、何を成し遂げたのかはわからない。
ただ、
俺の息子が、ただでさえギラギラしたこの街で輝いてる。
俺の息子がだ。
それだけは確かだ。
あいつをこの世に存在させた。
これが俺の一番の功績だ。
それでいいじゃないか。
〇渋谷のスクランブル交差点
「フサフサで悪かったな。
次のライブも期待してる。」
主人公「よし、タピオカ買って帰ろ」
帰りは誰ともぶつからずにここを渡れそうだ。
10年間がんばっていた息子さんの舞台ってすごいですよね。
そして彼を生み出した自分に誇りを持てるのも素敵だと思います。
変わりつつも相変わらずの渋谷の良さを、受け入れられる彼の人柄が好きです。
10年会わない間に、息子がこんなに立派に成長してくれていたら、お父さんは感無量ですよね。夢ってすぐに叶わないと諦めたくなるけど、諦めずに頑張ってほしいです。
日々刻々と変化を続ける活力のある街”渋谷”と、夢に向かってひたすら邁進する息子の姿が重なります。いずれも受け入れ認める主人公の様子は、見ていて笑顔にさせられますね。