推し活市長

りをか

市長、推しに溺れる。(脚本)

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〇小さい会議室
  これは、とある市長の物語である。
  街の予算を推しに溶かし、栄光と公金を
  一瞬で使い果たした男の笑える破滅の記録。
「素晴らしい。これぞ市の未来への投資・・・ いや、魂の救済だ!」
  市の予算会議室で、鷹ノ宮市長は
  鼻息荒くデスクを操作していた。
  彼の目は充血し、
  狂気じみた輝きを放っている。
  画面に映っているのは、
  今を時めく人気アイドルグループ
  『スターリー・テイル』
  ──の
  完全受注生産・限定コンプリートセット。
  そのお値段、堂々の500万円。
(市長、それはあくまで 『備品購入費』・・・・・・)
(いえ、『公務活動費』の範疇を 超えております!)
佐藤「市長、その指を止めてください!」
佐藤「それ、今月の『道路補修予算』です!」
  若手職員の佐藤が、絶叫しながら
  市長の背中に飛びついた。
佐藤「それは『備品購入費』の項目です! 昨年度の市議会でも、その予算は」
佐藤「『高齢者福祉支援』にも充てるという 約束だったはずでは・・・・・・」
鷹ノ宮「福祉?違うな、佐藤君」
鷹ノ宮「彼女たちの歌声こそが、疲弊した市民の心に必要な『最大の福祉』なのだよ!」
鷹ノ宮「離れろ佐藤君! 道路の穴なんて埋めればいいが、」
鷹ノ宮「この期間限定の推しの笑顔は 今この瞬間しか見られないんだぞ!」
鷹ノ宮「経済の活性化には 『推しの輝き』が必要不可欠なんだ!」
佐藤「道路の穴より 市長の倫理観に穴が空いてますよ!」
  若手職員の叫びも、鷹ノ宮には届かない。
  鷹ノ宮は遠い目をして語り出す。
鷹ノ宮「思い出すよ・・・。私が 市長選に立候補したとき、」
鷹ノ宮「『この町を、誰もが 夢を見られる場所に!』」
鷹ノ宮「と街頭演説で叫んだときのことだ」
鷹ノ宮「あの時、私を支えてくれたのは政策ではなく」
鷹ノ宮「遊説中に聴いていた 彼女たちの『夢色シンフォニー』だった」
鷹ノ宮「・・・そう、私はこの町を、」
鷹ノ宮「彼女たちのライブ会場のように 熱い場所に変えるために当選したのだ!」
佐藤「そんな熱い理由で立候補してたんですか! 誰もそんなこと聞いてませんよ!」
  鷹ノ宮は鼻で笑い、即座に
  「購入」ボタンを押し込んだ。
  彼は、予算の使い道を自在に操る
  「裁量」という名の権力を、
  己の推し活に全力で転用していたのだ。

〇個人の仕事部屋
  狂乱のショッピング
  それからというもの、市役所には
  珍妙な「備品」が次々と届いた。
「市長!また届きました!」
  佐藤が悲鳴に近い声を上げる。
佐藤「今度は『広報用ディスプレイ』という名目で特注の特大ショーケースが三つです!」
佐藤「市長室がもう入りきりませんよ!」
鷹ノ宮「いいか佐藤君、これは ディスプレイではない」
鷹ノ宮「推しの神聖なる姿を安置する祭壇だ」
鷹ノ宮「つまり聖域(サンクチュアリ)への入り口だ」
「・・・おっ、来たな」
  市長は箱を開けるなり、等身大パネルに
  頬を擦り寄せる。
鷹ノ宮「当選の翌日、支援者への挨拶よりも先に」
鷹ノ宮「彼女のファンクラブに入会した時の あの高揚感・・・」
鷹ノ宮「あの時誓ったんだ」
鷹ノ宮「いつか市長の特権をフル活用して、 一番良い席で彼女たちを拝むと」
鷹ノ宮「今、まさにその夢が叶っているんだぞ!」
鷹ノ宮「ああ・・・今日の君も尊い」
鷹ノ宮「市の予算で買った紅茶を飲んでくれ」
佐藤「税金で紅茶を飲ませるな!」
佐藤「あと、市民課の窓口に置こうとしていた 『市民との対話用ソファ』」
佐藤「なぜか推しの抱き枕になってますけど!」
鷹ノ宮「それは癒しの空間を作るためだ」
鷹ノ宮「市民も抱き枕に抱きつけば、 市への文句も消えるだろう?」
  鷹ノ宮は満足げにうなずき、壁一面に並べ
  られたアイドルの等身大パネルを見つめた。
佐藤「権力の私物化を『夢の実現』と 言い換えないでください!」
佐藤「市民課の窓口に置いた推しの抱き枕、」
佐藤「市民から『窓口で抱きつくな』って 苦情が殺到してます!」
佐藤「消えるのは市民の市長への信頼ですよ!」
  「市民交流用座談会テーブル」
  として購入されたのは、
  推しのカラーを基調とした最高級の輸入家具
  「地域活性化プロジェクト」の予算は、
  すべて・・・
  推しのライブツアー遠征費と、
  会場の最前列チケット代へ消えた。
「市長、いい加減にしてください!」
  と、副市長の鬼頭が激昂して
  市長室に飛び込んでくる。
鬼頭「街の街灯修理も予算不足で止まっている」
鬼頭「公園の遊具も壊れたままだ!」
鬼頭「なぜ市のお金でアイドルのライブチケットを何十枚も買っているんだ!」
  鷹ノ宮は椅子を回転させ、
  冷ややかな視線を向けた。
鷹ノ宮「鬼頭君、君は何も分かっていない」
鷹ノ宮「最前列で彼女たちの汗を見ることが、 どれほどこの市の士気を高めるか・・・」
鷹ノ宮「ああ、そうだ」
鷹ノ宮「次の視察旅行は東京のライブ会場に変更だ」
鷹ノ宮「公務扱いにしておいてくれ」

〇個人の仕事部屋
  鷹ノ宮市長は、市長室を
  「推し聖地」へと改造した。
  窓からは市の景観ではなく、壁一面に
  飾られたブロマイドが来訪者を見下ろす。
  彼は執務中も常に
  アイドルの楽曲を大音量で流し、
  市議会の答弁中すらも、隠し持った
  ペンライトを懐の中で握りしめていた。

〇黒背景

〇オフィスの廊下
  市の財政は急速に悪化し、
  街の公園の芝生は枯れ、
  街灯の修理もままならない状況が続いた。
  市民たちの不満は頂点に達し、
  街の至るところで
  「市長辞めろ」の看板が掲げられた。
  ついに地方紙の社会面トップに
  「市長、公金で推し活三昧」
  という見出しが躍った。

〇大会議室
  そして運命の臨時市議会。
  議場は市長を吊し上げるための
  熱気に包まれていた。
「これを見ろ!」
  議員の一人が、領収書が並べられた
  証拠写真を壇上に叩きつけた。
議員「市長、公金の私的流用は明白です」
議員「貴殿には市長の資格がない!」
議員「市のお金を私的な趣味で散財し、 街を崩壊させた」
議員「市長、あなたに弁明の余地はあるのか!」
  議場が静まり返る。
  鷹ノ宮はゆっくりと立ち上がり、
  壇上で深々とため息をついた。
鷹ノ宮「皆さん、あまりに視野が狭い」
鷹ノ宮「私は彼女たちを通して、この市を 世界一の聖地にしようとしていたのだ」
  彼は満足げに微笑むと、
  胸ポケットからアイドルの
  最新曲のCDを取り出し、高らかに掲げた。
「君たちは理解していない!」
「私が投資したのは市の未来ではなく、」
「彼女たちの『輝き』だ!」
「彼女たちが世界を救うとき、 この市もまた救われるのだ!」
「このCDジャケットを見てくれ・・・ この輝きこそが・・・・・・」
議員「黙れ!」
議員「そんなものより、今の生活をどうにかしろ!」
議員「市長!街灯修理の予算を流用したせいで、 夜道で市民が躓いて骨折しました!」
議員「これは傷害事件ですよ!」
  議員が怒鳴りつける。
鷹ノ宮「それについては遺憾だ」
鷹ノ宮「だが、私の推しは昨日、ライブで 最高のパフォーマンスを見せた」
鷹ノ宮「君たちが躓いている間に、 彼女たちはステージで跳ねたんだ」
鷹ノ宮「どちらが生産的だと思う?」
「比べるな!論点が狂っている!」
鷹ノ宮「だが、思い返してほしい」
鷹ノ宮「市長選の討論会で、私は」
鷹ノ宮「『市の財政を、もっと効率的 かつ情熱的に動かす』と公約した!」
鷹ノ宮「今、市のお金はかつてないほどのスピードで動き、彼女たちの事務所に吸い込まれている」
鷹ノ宮「これこそが私の掲げた 『爆速の経済循環』ではないか!」
「そんな意味の効率化じゃねえよ! 詐欺師の理屈だ!」
  彼の言葉は誰の心にも響かなかった
  傍聴席からは野次と罵声が飛び、
  冷ややかな視線が突き刺さる。
鬼頭「市長、いい加減にしろ!」
鬼頭「公園の遊具が壊れたままなのは どう説明するんだ!」
  その瞬間、鷹ノ宮のスマホが鳴った。
  推しの新着通知だ。
鷹ノ宮「・・・・・・あ、通知が来た。 ちょっと待ってくれ、」
  鷹ノ宮は周囲の怒号を遮り、
  副市長に胸ぐらを掴まれる中、
  唐突にスマホを凝視した
鷹ノ宮「今、限定ガチャの開始時間だ」
鷹ノ宮「少し黙ってくれないか、大事な場面なんだ」
鷹ノ宮「今の私の戦いは、公園の遊具よりも 重要な局面を迎えているんだ!」
鷹ノ宮「選挙戦の最終日、深夜まで雨に打たれながらチラシを配ったあの残酷な夜より、」
鷹ノ宮「今このガチャを回す方が、私の市長としての人生において重要な局面なんだ!」
  会場中が絶句した。怒りを通り越し、
  もはや呆れ果てていた。

〇空きフロア
  翌日、鷹ノ宮は全会一致の不信任決議を受け市長の座を追われた。
  退去命令が下され引き払われる市長室。
  段ボールに詰め込まれたグッズの山を前に、鷹ノ宮は虚ろな目で呆然としていた。
  彼は職を失い、さらに横領と背任の容疑で
  警察の取り調べを受けることが確定していた
鷹ノ宮「なぜだ・・・ 私がこれほど尽くしたのに、」
鷹ノ宮「なぜ誰もわかってくれないんだ・・・!」
鷹ノ宮「なぜだ・・・ これほどのグッズをコレクションした私が、なぜ追放されるんだ・・・!」
鷹ノ宮「なぜだ・・・これほどの 情熱を捧げたのに・・・!」
「市長、いえ、鷹ノ宮さん」
「情熱のペクトルが180度違ったんですよ」
  佐藤が冷淡な目で書類を突きつける。
佐藤「あなたが尽くしていたのは、市民でも 街でもなく、自分の中の空想だけですよ」
佐藤「グッズの数だけ、街の負債が増えたんですよ」
佐藤「選挙カーの上で彼女たちの魅力を 延々と語っていた時、」
佐藤「私は『この人はヤバい』と 気づくべきでした・・・・・・」
佐藤「あと、その抱き枕の代金、 自費で清算お願いします」
  アイドルの笑顔のポスターは、
  今の彼にはあまりにも眩しく、
  そして冷酷に見えた。

〇児童養護施設
  警察のパトカーがサイレンを響かせて
  市役所の前に到着する。
警察「さあ、行きましょう」
警察「ここから先は、留置場で たっぷり推しのことを考えてください」
  彼の「推し活」は、あまりにも高くついた。
  連行される最中、鷹ノ宮は最後に
  もう一度だけスマホを見た。
  そこには、
  『スターリー・テイル』が解散を発表する
  というニュース速報が流れていた。
「嘘だろ・・・・・・?」
  彼の震える声は、誰にも届くことなく、
  冷たい闇の夜に消えていった。

〇刑務所の牢屋
  数年後。
  かつての豪華な市長室は
  今は市民相談口となり、
  以前のような明るさを取り戻していた。
  鷹ノ宮は刑務所の冷たいベッドの上で、
  窓の外の月を見上げていた。
  かつての栄光も、推しの歌声も、すべては
  遠い過去の幻だ。
刑務官「おい、鷹ノ宮。面会だ」
  刑務官が独房の扉を開けると、鷹ノ宮は
  壁に向かってポーズを取っていた。
「・・・誰も来るはずがない」
「私にはもう、推しなんていないんだ」
「・・・君は、なぜ面会に来てくれないんだ。あんなに予算を注ぎ込んだのに」
刑務官「相手はアイドルだぞ、独り言を言うな」
「あんなに選挙演説で『市民の皆さんの声を 市政に届ける』と言ったのに・・・」
刑務官「・・・あの、市長選に落選した 対立候補が面会に来てるぞ」
  刑務官が困惑した顔で告げる。
「えっ、なぜ?」
刑務官「『お前の異常な推し活のおかげで、次回の 選挙が楽になった。礼を言いに来た』だとさ」
「・・・ぐっ、屈辱だ・・・!」
  鷹ノ宮は隠し持っていた
  色あせたブロマイドを見つめる。
  かつて爆買いした500万円のグッズの中で
  唯一、彼の肌身離さず残ったものだ。
「・・・まあいい。 独房のこの壁、ちょうどいいんだ」
「このブロマイドを貼れば、ここは私の プライベート・ライブ会場になる・・・」
「おい!! 持ち込み禁止だ!それ没収!」
「やめろ!彼女を連れて行くな! せめてあと3分、拝ませてくれ!」
「今日は推しの誕生日なんだ!」
刑務官「知らん!」
「あああーっ!窓がないから ペンライトが映えないじゃないか!」
「誕生日だろうが何だろうが規則だ!」
「あああーっ!せめて『選挙の勝利宣言』風の台詞を彼女に言わせたかっただけなんだーっ」
  かつての市長の叫びが廊下に響き渡る。
  街では新しい市長が、
  鷹ノ宮が壊した街灯の代わりに、
  真っ当な街灯を次々と設置していた。
  独房の床に倒れ込み、鷹ノ宮は虚空に
  向かって推しのダンスを踊り始めた。
  檻の中でも彼は、予算と未来を失った
  元市長として、孤独な推し活を続けている。
  ──終──

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