読切(脚本)
〇電車の中
上野 茉奈「やだなぁ・・・」
──大学を卒業後、とある企業に就職して1年。
毎日遅くまで働いているけど、うまくこなすことができない。
昨日も色々な人に迷惑をかけた。上司には怒られるし。
もう、何をしてるのかわからないな。役立たずな私なんていない方がいいかも・・・。
上野 茉奈「このまま死んだら楽になれるかな・・・」
出勤中、電車に揺られながら嫌な事ばかり考えていたら急に何もかもがどうでもよくなった。
そして私は乗り換え駅である渋谷で降りた。
〇広い改札
上野 茉奈「──はい、体調が優れずで・・・明日には出社できると思います。失礼します」
上野 茉奈(仮病まで使って休んでしまったけど・・・どうしようかなぁ)
〇渋谷駅前
改札を出て渋谷の大きなスクランブル交差点をぼんやりと眺めた。
上野 茉奈(こんなに多くの人が行き交うのに、お互いにぶつからずに歩けるなんてすごいなぁ)
上野 茉奈(みんな、世界の歯車と噛み合って生きてるんだなぁ・・・)
自分のふがいなさを思い出してしまい、少し目に涙が溜まったその時、スマホが震えた。
見ると一通のメッセージを受信していた。
『やっほー!げんきー?』
上野 茉奈(誰だろう、全く知らない人だ)
上野 茉奈「誰ですか?」
???「ふふふ、誰だと思う?まぁ名前言ってもあなたは私のこと全く知らないよ」
???「私は茉奈さんのこと知ってるけどね!」
上野 茉奈(なんなのこの人・・・しかも私のことを知っているって?気持ち悪い・・・)
上野 茉奈「そうですか。 それで、何の用があって私に連絡されたんですか?」
???「実はさ、ちょっとお願いがあって」
???「今渋谷にいるでしょ?渋谷の街の写真を撮ってほしいの!」
上野 茉奈(なんで私が渋谷にいることまで知っているの・・・ますます気持ち悪い)
上野 茉奈「何で私がそんなことしなくちゃいけないの?」
上野 茉奈「それに写真なら自分で撮ればいいでしょ」
???「わけあって私じゃ撮れないんだよー」
???「ね?頼むよ!時間空いたんでしょ?」
上野 茉奈(仕事をさぼったことまで知ってるし・・・)
上野 茉奈(でも確かに何もすることがない。当てもなくさまようよりかはいいかも)
上野 茉奈(それに、こんな誰だかわからない人でも、頼られると・・・)
上野 茉奈(嬉しい)
上野 茉奈「・・・わかった」
???「やったー!そうこなくっちゃ!」
???「じゃあまずはハチ公からお願い!」
こうして私は渋谷の街の写真を撮った。
〇センター街
???「次はセンター街ね!」
上野 茉奈(見慣れた街だけど、撮影していくと色々な発見があるなぁ)
〇渋谷の雑踏
???「次はスクランブル交差点!」
上野 茉奈(普段は何気なく通り過ぎているけど、よく見ないとわからないこともいっぱいあるかも)
〇道玄坂
???「宮益坂の方もお願い!」
上野 茉奈(新しいお店が出来てる)
上野 茉奈(こんな看板あったっけな)
上野 茉奈(この道を抜けるとここに繋がるんだ)
〇東急百貨店
???「東急の本店ってまだあるんだっけ?」
上野 茉奈「・・・?普通にあるよ?」
???「じゃあそれもお願い!」
上野 茉奈(いつもと同じようにただ歩いているだけなのに、見落としていた街の様相がいっぱい溢れてる・・・)
上野 茉奈(もしかしたら私にも、自分ですら気付いていない一面があるのかも・・・)
上野 茉奈(すれ違う人とぶつからずに渋谷を闊歩できたってことは・・・)
上野 茉奈(もしかしたら私自身も世界と噛み合う歯車を持っているのかな・・・?)
???「最後はもう一回ハチ公で!後ろ姿をお願い!」
〇ハチ公前
???「──こんなにいい写真ばかり撮ってもらえるなんて!」
???「嬉しい!」
???「すっごいありがとう!」
上野 茉奈「どういたしまして」
上野 茉奈「それよりそろそろ正体を教えてよ」
???「それはできないの!ごめんね」
???「でも・・・そのうちわかるよ!」
上野 茉奈「いい加減に言いなさい!」
???「あはは」
???「その言い方、普段と変わらないねー!」
???「でも教えられないし、メッセージもこれで最後にするね!ばいばーい!」
上野 茉奈「あっ、ちょっと、待ちなさい!」
・・・削除されたアカウントです。
上野 茉奈「もう・・・」
上野 茉奈(なんだったんだろう、もやもやする)
上野 茉奈(でも・・・)
上野 茉奈(色んな発見があったし・・・よしとするか)
〇電車の中
私は、帰路で、これからのことを考えた。
今すぐに答えは出ないけど、もっと私を活かせることができるはずだ。
そして私を活かすのは・・・
私自身なんだ。
上野 茉奈「大切なものを気付かせてくれてありがとう」
私は送信先のいなくなった相手に向かってメッセージを送った。
〇黒
──20年後
〇明るいリビング
上野 茉奈「さやかー。ごはんできたわよー」
上野 さやか「はーい」
あれから、20年。
私はあの後すぐに会社を辞めた。
そして夢だった喫茶店を開くことにした。
はじめは順風満帆とは言えなかったけれど・・・
くじけそうになるとあの時の渋谷の写真を見返して、大切な心を思い出しながら頑張った。
そのおかげでお店は順調に切り盛りでき、常連のお客さんと結婚までして子供も大きくなった。
上野 茉奈「ご飯できたわよ、スマホはいい加減やめなさい!」
上野 茉奈「・・・あれ、これって昔の渋谷の写真じゃない」
上野 茉奈「どうしてそんなものもってるの」
上野 さやか「昔の渋谷の街並みもすごいかっこよくて好きなんだよねー!」
上野 茉奈「そうなんだ」
上野 茉奈「でもこの写真、なんで持ってるの?」
そこに写っているのは私があの時撮った渋谷の写真だった。
上野 さやか「なんでって、前にお母さんが送ってくれたんだよ」
上野 茉奈「あら、そうだったかしら・・・」
上野 茉奈「いつ送ったかな・・・?」
上野 さやか「いつだろうねー」
上野 さやか「でもこんなにかっこいい写真を送ってくれて嬉しいよ」
上野 さやか「すっごいありがとうー!」
上野 茉奈「・・・あ!」
20年越しの謎がようやくわかった。
どうやら私は娘に助けられたみたいだ・・・
上野 茉奈「すっごいありがとう」
上野 さやか「どういたしまして」
やっぱり家族だったりご縁がある方とは、過去も未来も繋がっていて、お互いよりよい人生を歩めるように支え合って導きあっているんだろうなと感じることができました。
何かに行き詰まったときは一度立ち止まって周りを見渡す、それが現代では許されないがごとく時代や時間は進んでいきますよね。
でもその時間があったからこその奇跡なのかもしれませんね。
写真を撮るにはあちこちを見なくちゃいけないんで、たしかに気分転換になるような気がします。
ただ、それを頼んだのが未来の娘さんとは思いもしませんでした笑
すごくいい読後感のするお話だったと思います。