45 生きたければ刀を抜け(脚本)
〇荒地
抜き放たれた刃が、月明かりに閃いた。
閃いた刃は、肉を押し退け、林(リン)の身体に深々と突き刺さった。
林(リン)(刺された・・・のか?)
確かに、突き刺さったのに──
シャラ「なんで生きてるのか、って?」
動けない林(リン)の代わりに、小首をかしげて見せたシャラ。
林(リン)の視界には、身体に突き立てられた刃が鈍く光っていた。
シャラ「死にはしないさ。刺しただけじゃ」
林(リン)「世迷い言を。切れば血が出る。 刺されば死ぬ」
林(リン)「なのに私には血の一滴も出ていない」
林(リン)「幻術か?まやかしか?」
林(リン)「答えろ!」
シャラは刀の柄から指をほどき、屈み込む膝に添えた。
シャラ「死なないし、血だって出てない」
シャラ「不思議か?何の事はない」
シャラは上機嫌で刀の鞘を投げ捨てた。
シャラ「太い血管も、臓物(ぞうもつ)もキレイに避けてやった」
シャラ「それだけだ」
林(リン)(そのような馬鹿げたことがあるものか)
刀に手を伸ばした林(リン)へ、シャラの言葉が被さる。
シャラ「ああ、動くなよ?」
シャラ「死ぬぞ?」
林(リン)は伸ばしかけた手をピタリと止めた。
シャラ「うまく抜けば、問題ないがね」
シャラ「ああ、無理か」
シャラは歯を剥いて笑った。
シャラ「だっておまえ、剣の才能がないんだもの」
林(リン)は手足を投げ出すと、浅く息を吐いた。
林(リン)「その物言いが、人を傷つけるのですよ、 シャラ様」
シャラ「真っ先にシュロを侮辱したやつが、被害者気取りか」
林(リン)「人の立場に立って下さい、と言うのです」
林(リン)「我ら一門でもない貴女が、勝手気ままに「球」を掻き乱す」
シャラ「鈴蘭(リンラン)が尽力しているが、「球」の崩壊は止まらん」
シャラ「おまえも承知の上だろう。 なのになぜ「球」を守ろうとする?」
林(リン)「貴女は・・・妹君──シュロ様が溺れたら助けるでしょう?」
林(リン)「例えもう助からない傷を負っていても」
シャラ「ハッ。一つ聞いてやる」
シャラ「苦しみを長らえるのは、救いか?」
林(リン)「ははっ」
林(リン)「同じことを言いますか?」
林(リン)「私がシュロ様でも」
シャラ「もう居ないから分からん」
シャラ「おまえも一緒だ」
シャラは横たわる林(リン)に背を向けた。
林(リン)「おや、とどめを刺さないので?」
シャラはゆっくりと歩みを進めた。
シャラ「生きたければ刀を抜け」
シャラ「おまえのその拙(つたな)い腕で」
林(リン)「お待ちなさいっ」
林(リン)「こんなものですか!?貴女の言った──」
林(リン)「モンスターにならずに、人を殺す方法はっ」
林(リン)の叫びと、シャラの高笑いが乾いた荒野にこだました。
〇薄暗い谷底
シャラ「さて」
シャラは両手を突き上げて大きく背伸びをした。
シャラ「我ながら情けをかけすぎたな」
シャラ「あの男・・・」
シャラ「最期までシュロを侮辱し腐りおって」
シャラ「やはり、海に流してやればよかったか」
シャラ「術者が死ねば解ける類いの術だったしな。あの海は」
シャラの耳に、林(リン)の声がこびりついていた。
『私には剣の才がありませんからなぁ』
『妹君──シュロ様と”一緒”で』
シャラ「林(あいつ)とシュロが一緒だと?」
食い縛った歯の下で、岩肌に拳を振り下ろしたシャラ。
土煙が収まって、ようやくシャラは拳を引いた。
シャラ「「球」の外なら・・・」
シャラ「広場で車裂(くるまざ)きにしてやったものを」
足を踏み鳴らし、徐々に歩調が早くなるシャラ。
シャラ(さっさと、あの小娘を迎えに行ってやるか)
シャラ「世話がかかる──」
口をついて、ふっと頬を緩めた。
シャラ「本当に、世話のかかる小娘だな」
最後は駆けるように、翻る黒髪が谷底を後にした。
〇荒地
静謐な荒野には、林(リン)の他に動くものはいない。
林(リン)「ふっ、ふふ」
林(リン)は、冷たく震える手を伸ばし、シャラの刀に手をかけた。
林(リン)「私は・・・」
刀身を掴み、深く深く息を吐く。
そして真っ直ぐに、引き抜いた。
林(リン)「こんなところで死ぬわけには行かんのだ!」
〇魔界
ハパルム「ん?」
耳を立て、首をかしげるハパルム。
ハラン「どうした?」
ハパルム「いえ・・・なにか聞こえたような?」
ハパルムはじっと耳を澄ませて、それからハランの手を引いた。
ハパルム「こっち・・・かな?」
ハラン「何かあったか」
ハパルム「音が聞こえて・・・ええと、多分、人の声だと思います」
ハパルムの先導で、荒野を歩くことしばし。
ハランの耳にも、微かな声が届いた。
???「──すけて」
見知らぬ女性「誰か・・・助けてっ」


