龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第玖拾参話 平坂の引き分け名人(脚本)

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〇道場
橘一哉(魂の物質化、かぁ・・・)
  一哉は先日の戦いを思い出していた。

〇荒廃したショッピングモール

〇道場
橘一哉(そんな事ができるのか⋯)
  物質の三態なるものがある。
  気体、液体、固体。
  温度や圧力によって、物質の形態は変化するという有名な話だ。
橘一哉(魂も、それが可能なんだろうか)
  現代科学では、魂や気といったものの類の証明や説明はなされていない。
  だが、それらは確かに存在する。
  一哉をはじめ、龍使いや他の神獣使い、魔族。
  そういった者たちは、それらを感じ取り操る術を確かに有している。
橘一哉(まあ、人間が感じ取れるものが世界の全てではないしな)
  人間の感覚器で感じ取ることができるのは、この宇宙の現象のごく一部に過ぎない?
  光や音、匂い、などなど。
  人には感じ取れないものを、人以外の生物は感じ取ることができている。
  その事は、他ならぬ現代科学自身が証明している。
  存在の定義も、人間が人間の都合によって定めたもの。
  極端な話、生命だって人間が想定しない規模や形態で存在するかもしれない。
  世界は広い。
  無限大に広く、深みがある。
  人という存在など、観測し得る宇宙に比するだけでも矮小極まりないものだ。
  などと考えていると、
橘一哉「あ痛っ!!」
  二連続。
  右の前腕から続けざまに頭部へと衝撃が走る。
辰宮綾子「ほらほらどうした、気を抜くなよ!」
  部長であり現在の地稽古の相手である綾子の激が飛ぶ。
  小手・面の連続打ち。
  真っ直ぐに構えていれば、竹刀がしっかり盾となって遮ってくれていたはず。
  しかし、剣が中段から逸れて隙を晒してしまっていたようだ。
橘一哉「はい・・・」
  打たれた箇所を通り抜ける衝撃。
  とても竹刀の打突とは思えない鋭さを秘めた打ち込みだった。
  思わず声が出てしまうほどに。
辰宮綾子「どうせ考えるなら目の前の事に集中しろ」
橘一哉「はい」
  道理だ。
  他所に気をやる余裕などない。
  この綾子、近隣ではこのように呼ばれている。
  平 坂 の 女 武 蔵
  宮本武蔵といえば、二天一流兵法の開祖。
  平たく言えば二刀流である。
  だが、彼女は二刀の使い手ではない。
  宮本武蔵の如く、公式戦無敗を誇るからである。
  そんな女傑を相手に、身も心も余所見をしている暇はない。
橘一哉(おお、見える見える)
  それが本物か、単なる印象による幻覚かは分からない。
  しかし、綾子の身から立ち昇る気迫の揺らめきが、一哉には確かに見えた。

〇中庭
姫野晃大「え!?倒したの!?マジで!?」
飯尾佳明「声がデケェよバカ」
  佳明に口を塞がれて口籠る晃大。
  モゴモゴと何やら言いたげな様子で佳明を見る。
梶間頼子「ホントなの、ソレ」
飯尾佳明「まあ、正確には退けた、かな」
梶間頼子「どうやってやっつけたのよ、アイツ」
姫野晃大「そう、そうだよ」
  頼子の問いに晃大も何度も頷く。
姫野晃大「あんなべらぼうに強いやつ、どうやって倒したんだ?」
飯尾佳明「四神とテツが組んで方陣を発動した」
姫野晃大「ホウジン?」
飯尾佳明「そう、方陣」
梶間頼子「陣形でも組んだの?」
飯尾佳明「まあな、そんな感じだ」
  佳明が方陣について手短に説明すると、
姫野晃大「そんな事が出来るのか・・・」
姫野晃大「・・・」
  何やら想像していたのか晃大は暫く虚空を眺めていたが、
姫野晃大「なあ、」
  ふと思いついたように佳明を見た。
飯尾佳明「何だ?」
  また何か碌でもないことを考えついたな、と思いつつ佳明が晃大を見ると、
姫野晃大「龍だけで方陣技って出来ないのかな?」
飯尾佳明「!!」

〇高い屋上
穂村瑠美「そう、本当に大変だったのよ・・・」
辰宮玲奈「うわあ・・・」
  瑠美の語る一部始終に、玲奈はただ驚嘆するしかなかった。
  饕餮の三郎。
  龍使いの技が通用せず、属性の力も吸収されてしまう難敵。
白龍「そうですか、四凶がやってきましたか・・・」
  白龍が顔を出した。
赤龍「そうです、おそらく、」
  饕餮以外の三人も既に来ているだろう、と瑠美の右腕から顔を出した赤龍が語った。
白龍「由々しき事態ですね」
赤龍「いよいよ、我らが力を合わせねばならぬ時が来たようだ・・・」
穂村瑠美「ねえ、赤龍」
赤龍「なんだ?」
穂村瑠美「もう一度奴らに出会ったら、どうすればいいのかな?」
辰宮玲奈「そうだね、私たちだけじゃ敵わないかも」
白龍「その時は、総力を結集しなければなりません」
白龍「我ら八龍の秘儀でなければ、四凶を打ち破るのは難しいでしょう」
辰宮玲奈「秘儀?」
白龍「ええ」
  白龍は頷く。
白龍「我ら八龍が分かれて受け持つ力を一つに合わせ、」
赤龍「小規模で局所的ながらも宇宙の力そのものを生み出す秘儀」
  あらゆる力の奔流たるその秘儀の名は、
  ヤ マ タ ノ ヲ ロ チ

〇古びた神社
古橋哲也「・・・どうして、ここに来ちゃったんだろう・・・」
  八十矛神社。
  気が付けば、哲也の足はこの社を訪れていた。
  何かを意識していたわけではない。
  正に無意識の産物だった。
  四神黄龍五行陣。
  ぶっつけ本番の方陣技の発動は、想像以上に哲也を消耗させていた。
  倦怠感がまだ抜けきっておらず、偶に意識が飛びそうになる。
  そのたびに黄龍に叱咤されて平静を保っているような状態だ。
  そして、今日も早く家に帰って休もうと思っていたはずだった。
  だが、気が付けば八十矛神社。
  龍使い八人の溜まり場ではあるが、今日は集まる予定は無い。
古橋哲也「なんだろう、今日は良い雰囲気に感じるな・・・」
  年経りたる古い社殿に鬱蒼と茂る深い鎮守の杜。
  ある種の不気味さを感じられるそれらから、今日は気味悪さを感じない。
  むしろ、その深さが醸し出す雰囲気が心地良い。
黄龍「暫く此処で休んでいけ」
  黄龍が顔を出した。
黄龍「原初の森に近いこの土地ならば、養生には最適だ」
古橋哲也「そういうものなの?」
黄龍「そういうものだ」
  黄龍は頷く。
黄龍「四神の力をその身に受け止めたお前の消耗は激しい」
黄龍「一時的に五体の気が極限まで活性化し、肉体も気の流れも限界を超えている」
黄龍「これから数日は、ここで天然自然の気を浴びて養生すると良い」
古橋哲也「・・・分かったよ、黄龍」
  こうして黄龍と話をしている間にも、心身の疲労が少し取れたような気がする。
  ゆっくり、大きく、息を吸い込む。
  適度な湿度と温度の空気が胸を満たしていく。
  それだけでも、自分の心身が清められたような気がする。
黄龍「ここは、本当に、よい場所だな」
  感慨深げに、黄龍が呟いた。

〇道場
辰宮綾子「フフフ、引き分け名人の名が泣くぞ」
橘一哉「それを言いますか、ソレを・・・」
  女武蔵の異名をとる綾子に対し、一哉も一部界隈で呼ばれている異名がある。
  それは、
  無 敗 の 引 き 分 け 名 人
  あまり格好の良いものではない。
  負けたことはないが、逆に勝ったことは極端に少ない。
  戦績の殆どが引き分けなのである。
  誰にも知られる事はないが、龍使いとなってからの一哉の得物は一貫して日本刀だった。
  一哉も、黒龍から武器と聞いて最初にイメージしたのは日本刀。
  しかし、そこから黒龍の属性たる闇のイメージの武器化に繋がらなかった。
  結果として日本刀を使い続けてきた。
  変化といえば、抜刀術の技量向上のために刀身を三尺まで延ばした事ぐらいである。
  そして、日本刀で戦うための訓練として剣道を始めた。
  いわば、剣術ありきで剣道を始めたのである。
  だから、一哉の剣道は、剣道というよりも撃剣に近い。
  命懸けの戦いを前提として武道に精進しているのである。
  だから、構えや形は年齢と経歴の割にしっかりしている。
  なので、防御に関しては申し分ない。
  その一方、剣術ありきであるが故に剣道の動きとしては些かの問題を抱えている。
  それが原因で攻め切れず、中々有効打突を取るに至らない。
  結果、勝ちは少なめ、負けは殆ど無し、そして引き分け大多数。
  比率としては白星の方が黒星よりも多いため、団体戦では敗北回避要員。
  それが一哉の剣道部員としての立ち位置である。
辰宮綾子「構えが崩れるなんて珍しかったな」
橘一哉「俺だって不調の時くらいありますよ」
  人間だもの。
  どこかで聞いたような締めの言葉に、綾子がクスリと笑う。
辰宮綾子「そうだな」
橘一哉(そういや、最近は刀振り回してないもんな・・・)
  玄伍との勝負で刀を壊されて以来、戦闘術は素手に変わった。
  剣道、そして居合道の稽古以外で、刀やそれを模した物を振る機会が激減した。
  身体の使い方も、剣術から拳法へとシフトしている。
  そういった変化が出たのかもしれない。
橘一哉(闘法、どうしようかな・・・)
  饕餮以外の四凶の存在もある。
  このまま素手を突き詰めるか。
  それとも、新しく刀を手に入れて、慣れた剣術に復帰するか。
  はたまた黒龍の属性たる『闇』の特性を体現するに相応しい得物を模索するか。
  真剣に考える必要が出てきたかもしれない。

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