道玄坂おじさん

刑馬

道玄坂おじさん(脚本)

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〇渋谷駅前
  東京・渋谷の西側──

〇道玄坂
  道玄坂と呼ばれるその一帯には、かつて山賊が出没していた――という話をご存知だろうか。
  私は学生時代に、とあるおじさんからこの話を聞かされた。

〇渋谷のスクランブル交差点
  ――その日、渋谷は雨だった。
  ドイツ語の授業をさぼった私は、特に行く当てもなく、気ままにぶらぶらと渋谷の街を歩き回っていたのだが、
  ちょうど道玄坂の路地に差し掛かったところで、雨脚が急に強くなった。

〇寂れた雑居ビル
  激しくなっていく雨音に閉口した私は、たまたま目についた喫茶店に逃げ込むように飛び込んだのだった。

〇シックなカフェ
  ひとまずカウンター席に陣取ってコーヒーで一息ついていると、ドアベルがカランコロンと音を立てた。
おじさん「いやー、ひでえ雨だ。やってらんねえよ、まったく・・・・・・」
  そうぼやきながら現れたおじさんは、カウンター席に着くと、出された水を一息で飲み干した。
  ――そこからどのようなきっかけで道玄坂の話になったのかは、はっきりと憶えていない。
  不思議とその部分だけ記憶が抜け落ちたように思い出せないのだが、
  とにかく、気づいたときには彼の道玄坂トークが始まっていたのである。
おじさん「その昔、大和田太郎道玄ってヤツがいてな」
おじさん「そいつが手下を引き連れてこの周辺で山賊をやっていたのさ」
おじさん「それがまたおっかねえのなんのって話で、いつしかこの周辺を、山賊・道玄が出る坂、道玄坂と呼ぶようになったんだ」
  そういうと、彼は豪快にスパゲティ・ナポリタンをすすり上げた。
おじさん「まあ、信じられねえ話だよな」
おじさん「おれだって未だに信じられねえよ」
おじさん「あの薄暗い坂道がこうもにぎやかになっちまうんだからな・・・・・・」
  そうしみじみとつぶやく彼の姿は、今も妙に印象に残っている。
  ――その後も彼の道玄坂トークは続いた。
  以外にも知識の豊富な人のようで、道玄がどのような手順で人を襲ったのかという話から──
  道玄のアジトがどのようなものだったのか──
  当時の渋谷の風景についてなど――
  それらをさも見てきたかのように語るのである。
  私は彼の話にすっかり夢中になっていた。

〇道玄坂
  私が喫茶店を後にしたのは、ちょうど日が暮れるころだった。
  雨はすでに止んでいて、灯りのともった道玄坂はいつも通りの賑わいを見せている。
  見慣れた風景のはずだが、その日はどことなくいつもとは違うように感じられた。
  私は彼を、親しみを込めて道玄坂おじさんと呼ぶことにした。

〇SHIBUYA109
  さて、この道玄坂おじさんだが、実はもう一人いたりする。
  彼もまた道玄坂について話すのだが、その内容はまったくの別ものである。

〇シックなカフェ
おじさん2「――道玄坂という地名だけど、実は寺の名前に由来したものなんだ」
  そう彼が語ったのは、例の喫茶店のボックス席でのことだ。
  ちょうど課題のレポートを片づけて一息ついている私の前に、彼は忽然と現れた。
  有無を言わさず向かい側のシートに滑り込んだ彼は、コーヒーとカフェオレを注文し、唐突に語りだしたのだった。
おじさん2「道玄坂がまだ草木に覆われていたころのことでね。道玄庵っていうお寺がこの近くにあったんだ」
おじさん2「寺と呼ぶにはちょっと質素なんだけどね」
おじさん2「道玄坂という地名は、この道玄庵にちなんで名づけられたと言われているんだ」
  言いながら彼はコーヒーカップを口へと運んだ。
おじさん2「まあ山賊説と比べちゃうと、どうしても地味に聞こえるんだけどね」
おじさん2「ほら、きみも聞かされただろう、山賊の話」
  山賊といわれて、ああ、あの人のことかと、すぐにわかった。
おじさん2「つってもこれ、どう考えたって山賊説のほうが面白いからなあ・・・・・・」
おじさん2「これをただの伝説だと言い切るのもなんだか気が引けるんだけど、」
おじさん2「でもほら、彼の場合、それをさも真実のように語るだろう?」
おじさん2「なんというかこう・・・・・・本当に見てきたかのように語るもんだから、なんともやっかいなんだよなあ・・・・・・」
  と、最後はぼやくようにいった。
  どうやら二人の間になにか因縁のようなものがあるらしいと、そのときなんとなく察した。
  そこから彼は再び道玄庵に話を戻し、道玄坂トークを続けた。
  そして、それらをひとしきり語り終えると、満足したのか二人分の会計を済ませて去っていった。
  なんというか、嵐のような人だった。

〇SHIBUYA109
  彼らが例の喫茶店の常連だということを知ったのは、その数日後のことである。

〇シックなカフェ
  マスターがそう教えてくれた。
  ただ、それ以上のことはマスターも詳しくは知らないのだそうだ。
  私はその後も度々その喫茶店へ足を運んだ。
  彼らにまた会えるのではないかとひそかに期待しつつ、大学を卒業するまで通っていたのだが、
  不思議と、ただの一度も彼らに会うことはなかった。

〇渋谷駅前
  ――あれから二十年経った。

〇寂れた雑居ビル
  例の喫茶店は、だいぶ昔になくなっていた。
  今となってはあの道玄坂おじさんたちがどうしているのか、確かめる術すらないようである。

〇道玄坂
  とはいえ、彼らのことだ。
  きっとどこかで暇そうな人を見つけて、道玄坂トークを繰り広げているに違いない。
  というよりも、案外、その辺の店にいたりするのではないだろうか。
  そんなことを考えながら、私は今日も道玄坂を歩いている。

コメント

  • 今の時期的にコロナ禍で他人と話す機会がめっきり減ってしまいました。昔のおじさん達は知らない人でも話しかける気さくな人がいました。

  • 道玄坂おじさんの話楽しかったです。
    1回会って、その後会わない…ってところが妙にファンタジーですよね。
    本当に、今でもどこかで道玄坂の話をしてそうです。

  • 全く、印象の異なる道玄坂おじさんが二人も登場し次々に語り始めるストーリーが、面白かったです。きっと話しかけやすい主人公なのでしょうね。

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