36 野暮用を済ませて(脚本)
〇黒背景
一粒の宝石が、棚の奥に眠っていた。
来るべきモノの為に。
〇後宮の庭
庭園にたたずむ三人。
ここに来た目的を問われ、シャラは首をかしげて見せた。
シャラ「目的?」
シャラ「知ってどうする」
シャラに見据えられて、茶色の耳が後ろへとへたり込んだ。
しかしハパルムは、後ずさった足を、今一度踏み出した。
ハパルム「知りたいんです」
ハパルム「「わざわざ」たくさんの街からここを見つけたんですよね?」
シャラ「だから?」
ハパルム「偶然ですか? 同郷の鈴蘭さんに会って」
ハパルム「その人も、この場所も、「球」と関わりが深いのは」
一呼吸置いて、ハパルムは続けた。
ハパルム「何を企んでいるんですか?」
シャラはため息と共に、両手を小さく上げた。
シャラ「わかったわかった。そう騒ぐな」
シャラ「この街へは、野暮用を片付けに来たんだ」
ミムレット「野暮用って何だよ!」
シャラ「知りたいのか?」
ミムレット「決まってるだろ!」
シャラ「なら付き合え、小娘ども」
ミムレット「付き合う?」
シャラは、口の端を上げて、目を細めた。
ミムレット「何で笑ってる?」
ハパルム「えっ、嫌な予感・・・」
シャラは手を伸ばすと、二人の襟首を掴んだ。
シャラ「目的が知りたいんだろ?」
シャラ「なら答えてやる」
シャラ「後顧(こうこ)の憂(うれ)いを」
シャラ「絶つんだよ」
ミムレット「シャァァア!!」
ハパルム「引きずらないでぇぇぇ」
〇屋敷の一室
一方、ハランと鈴蘭。
鈴蘭(リンラン)「紙と墨(すみ)?」
ハラン「うん。手紙を書こうかと」
鈴蘭(リンラン)「かしこまって何を言い出すかと思えば」
鈴蘭(リンラン)「筆無精(ふでぶしょう)の貴女が?」
茶化しながらも、鈴蘭は慣れた手つきで紙と墨を用意した。
鈴蘭(リンラン)「この紙と墨を使っていいよ」
ハランは、受け取った紙と墨をそっと机の脇に置いた。
鈴蘭(リンラン)「どうしたの?」
ハラン「鈴姉(リンねえ)」
鈴蘭(リンラン)「はいはい、何だい」
ハラン「これを届けたい人がいるんだ」
ハランは、鎧の隙間から漆の櫛を取り出した。
鈴蘭(リンラン)「かしこまって、何を言い出すかと思えば・・・」
鈴蘭(リンラン)「いいのかい?」
ハラン「はい」
ハラン「櫛(これ)があるべき人のところへ」
鈴蘭は櫛を一撫(な)でし、そっと懐にしまった。
鈴蘭(リンラン)「紙と、墨だったね。待っておいで」
鈴蘭は、一番奥の棚から、別の紙と墨を持ち出した。
硯箱(すずりばこ)に収められたそれらを、ハランに差し出した。
鈴蘭(リンラン)「この紙と、墨を使うといい」
鈴蘭(リンラン)「私が外から持ち込んだものだよ」
「球」の中のものは、外には持ち出せない。
同時に、外から持ち込んだものは、外に持ち出せる。
鈴蘭(リンラン)「手紙・・・自分で渡すのかい?」
筆を動かす指が、止まった。
ハラン「書き上げたら」
ハラン「届けていただけますか、師姉(しし)」
鈴蘭は、妹弟子(いもうとでし)の横顔に目を細めた。
鈴蘭(リンラン)「──うん」
鈴蘭(リンラン)「もちろん」
ミムレット「ミギャァァァア!?」
ハパルム「ダメダメ!ミムレット──」
ハパルム「ピャァァア!?」
叫び声と、何かが割れる音と、被さるようにケラケラ笑う声。
鈴蘭(リンラン)「うーん、お仕置きが必要かな?」
ハラン「申し訳ありません」
鈴蘭(リンラン)「いいよ、灸をすえるのも年長者の役目さ」
鈴蘭(リンラン)「シャラも、楽しいんだろう」
ハラン「シュロに似ていますから。ミムレットもハパルムも」
〇御殿の廊下
ハラン「ことさらに、かわいく思えるのでしょうね」
ミムレット「おい!物を壊すな!」
シャラ「お前の尻尾が当たったんだろう?」
ミムレット「なんだと──」
ハパルム「ミムレット!足元!」
割れた壺に、髪を逆立て尻尾を膨らませたミムレット。
ハパルム「べ、弁償しないと!」
シャラ「あははは!どうせ「球」のまがい物だ」
シャラ「気にすることはない」
ミムレット「お前が暴れるからだろ!」
シャラは、ミムレットとハパルムの頭を掴むと、ぐしゃぐしゃに撫でた。
ふと、風が舞い込んだ。
風は、シャラの黒髪を巻き上げて、ミムレット達の耳を撫でた。
ハパルム「あの、どうしました?」
風の向こうを見つめるシャラに、そろそろと猫人たちが近寄った。
ミムレット「具合悪いのか?シャラ」
猫人達の影に、面影の少女が重なった。
──大丈夫?姉さん──
シャラは手を伸ばして、そっと虚空(こくう)を撫でた。
面影が、鈴を転がすように笑った。
そんな気がした。
シャラ「──ふっ」
シャラは面影から手を引き、割れた道具を踏みしめた。
シャラ「・・・さて」
シャラは視線を走らせると、精巧に削り出された宝石に目をとめた。
鈴蘭(リンラン)「あんた達!何やってんだい!」
ミムレット「シャラが暴れたんだ!」
ハパルム「悪いとは思っています!」
シャラ「はあ」
シャラ「小娘どもめ」
シャラは拾い上げた宝石を服に押し込め、鈴蘭の方へと歩き出した。


