スイッチ

池田 蒼

スイッチ(脚本)

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池田 蒼

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スイッチ
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〇黒
  新緑の頃、人知れず憂鬱を落とす日がある事を、きっと君は知っていた
  ・・・
  ・・・
  僕の名前はまもる。
  平日の一切に忙殺され、土曜日まで仕事に埋め尽くされてしまった僕は、
  やり残した仕事を放り出してせめて日曜日の午後くらいはと、行く当てもなく家を出る。

〇SHIBUYA109
  意識せずに行き着いた場所は渋谷だった。
  すれ違う人という人が希望に満ち溢れていて、眩しい。
  どこか知らない街の空気に触れてみたい衝動にかられ、僕は電車に乗り込んだ。

〇電車の座席
  休日だからか人は少ない。
  僕は誰もかけていない座席を見つけて、端に座った。
  空いているからと言って、中央にふんぞり返るのは気が引けた。

〇電車の座席
  30分ほど乗車していただろうか。僕は寝てしまっていたようだ。
  知らない駅名のアナウンスが僕を覚醒させる。
  電車が停車した。

〇電車の座席
  扉が開き、一人の女性が乗り込んでくる。
  その女性は、ゆっくりとした歩調で僕の前の席へと進み、座った。
  まだ幼ない顔立ちだが、落ち着いた雰囲気からか大人びて見えた。
  両極兼ね備えた彼女の年齢は想像が出来ない。
  唐突に彼女が口を開く。
女性「あ、あの」
まもる「え、お、うぃあは、はい?」
  声をかけられると想定していなかった事で「あ行」を変な順番に並び替えたおかしな返事をしてしまった。
女性「驚かしてすみません。わたしみなって言います。ちょっといいですか」
  そう言って、みなと名乗る女性は僕の隣に座った。
みな「あの、なんで私があなたの名前知ってるか気になってますよね?」
  みなは明らかにいくつかの礼節を省略して、僕に考える隙を与えようとはしない。
まもる「あ、ああ。そうだね。それもそうだし、君は一体・・・誰・・・?」
みな「前置きしてる時間がないので、手短にお伝えしますね。私、ひと駅の妖精なんです!」
まもる「はあ!?」
  状況が飲み込めない。
  みなは気にせず畳み掛ける。
みな「私、今乗ってきた駅から次の駅に着くまでの間に、愛し合った人からキスをしてもらえないと、その次の駅に行けないんです!」
みな「だからお願いです。今すぐ私のこと好きになってもらえませんか!?そして、キスして欲しいんです!」
  とんでも展開にも程がある。
まもる「ち、ちょ、ちょっと待って下さい!そんな事信じられるわけないでしょ!?」
まもる「第一、見た感じ普通の人間の姿形をしてるじゃないですか!妖精ってもっとこう、小さくて、羽が生えてるやつでしょ!?」
  当たり前の返し言葉しか出て来ない事に我ながら腹立たしかった。
みな「まもるさん、ありきたりな事しか言えない事に腹が立ってますね」
まもる「・・・」
  図星だ。少しは信頼してもいいものだろうか。
みな「確かにこんなに短時間で信じろと言う方がおかしい事は分かっています。でも、もう時間があまりないんです」
みな「いつから人間はこんなにも人を信じる事に臆病になってしまったの」
  そう言ってみなは泣き出した。

〇電車の座席
  ちょうど日が落ち始めた頃、次の駅が近づく。
まもる「もうすぐ、次の駅に着く」
まもる「その駅を過ぎると、君はどうなるんだ」
みな「・・消えます。あなたの前からは。そして私は気を失って、気がつけばまた前の駅で電車に乗ろうとしています」
みな「私は永遠にこの世界からは逃れられないんです。何十年と、こうして沢山の人の人生を垣間見てきました」
まもる「・・・」
みな「それはそれで、尊い事ですが、それでも私は」
まもる「・・・」
みな「一人の人が生きていく時間にもう少しだけ長く関わっていたい」
まもる「みな・・・・・・」
  みなの顔に夕陽があたりそのきめ細かな肌と端正な顔立ちが明らかになって、僕の心臓は高鳴った。
  みなの顔に僕の顔を近づける。
  そして
  キスを、、
  ・・・
  ・・・
まもる「ん。ん?」
  唇の弾力に及ばないまでも、それなりの柔らかさを持った細いものが僕の窄めた口が進むのを遮っていた
  目を開いておおよその事に察しがついた。
みな「ふふ。パーフェクトだったわね」
  進路を拒んでいたのはみなの人差し指だ。
みな「嘘でしたー!!」
まもる「ちょ、な、なんだとわぁぁぁぁ!!!!」
みな「あははは、いいリアクションですね!演技のしがいがあります♪」
まもる「あー!!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしすぎるぅー!!」
  僕は辺りを見回した。幸い人は誰もいない。
  僕は頭を掻きむしりうろたえている。それをクスクス笑いながらみなは口を開いた。
みな「ふふふ。まもるさん、ありがとう。楽しい時間だったわ。いつかまた会いましょうね」
  そう言ってみなは到着した駅で降りていった。
  扉が閉まり、こちらに微笑みながら手を振るみなが半透明に見えたのは、夕陽のせいだろうか・・・

〇SHIBUYA109
  僕はその後適当な駅で降りて踵を返した。
  そして結局また渋谷に戻って来ている。
まもる「まあ、変な事もあったけど、気晴らしにはなったな」
  そう自身を諭しながらも、僕には渋谷の景色が今までとは違って見えていた。

〇黒
  終電も近くなり、帰る人、帰らない人の線引きが始まる。
  明日も早いからと僕も帰路に着いた。
  帰宅し、早々に寝支度を整えてベッドに入る。
  心が良くないもので埋め尽くされた時に、
  ほんの少しだけでもスペースが残っていれば
  そこに楽しみと不思議を詰め込んで
  景色の見方を変える
  それで僕は生きていく事が出来る。
  新緑の頃、人知れず憂鬱を落とす日がある事を、きっと君は知っていた
  ・・・
  ・・・
  おわり

コメント

  • 小悪魔な感じの彼女がかわいかったです。
    でも、なんとなく本当に嘘だったのかなぁって思いました。
    なんだか甘酸っぱい気持ちになる素敵な作品でした。

  • 素敵な淡い恋物語で終わると思ったら…でも彼も見た目も中身もやさしく素敵な好青年でした。次の駅までという限定された時間だからこそのドキドキ感ががありました。

  • まもるさんの性質を表わす猫写として、空いている座席の端に座ったのが印象的でした。すべてを埋め尽くさず、すきまを残しておくことで、妖精さんの居場所が確保されるわけですね。

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