雑踏に捧ぐ詩

読切(脚本)

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〇怪しい部屋
  タイピングの音と共に、パソコンのマイクから流れ出した音色が、閑散とした薄暗い部屋の空気を震わす。
  ヘッドフォンを装着すると、僕は大きく息を吸い込んで目を閉じ、音の波に全身を預けた。
柴本「———ふぅ」
  一仕事終えたように椅子の上でぐいと背伸びをすると、画面を切り替え、カレンダーを表示する。
  今日の欄に、赤丸と『コンテスト締め切り』の文字。
  再び画面を切り替え、作り終えた音源のファイルを、宛先と『柴本』と名前の入ったメールに添付すると、
  『送信しますか? Yes/No』という表示が現れる。
柴本「今度こそ・・・!」
  誰に言うでもなくそう呟くと、僕は躊躇いなく『Yes』を押した。

〇渋谷駅前
  朝の渋谷駅前。
  見慣れた人通りを横目に通り過ぎながら、僕は欠伸をかみ殺して、改札をくぐる。
  不意に、後ろからポンと肩を叩かれた。
  振り返ると、こちらを向いて快活に笑う彼女の姿。
神崎「おはよ、柴本君。何聞いてるの?」

〇渋谷駅前
  イヤホンを外しながら数秒遅れて「おはよう」と返すと、僕は適当に、聞いてもいない曲の名前を挙げる。
神崎「あ、その曲、知ってる! この間のコンテスト?で優勝したんだって、友達に勧められたんだよね」
柴本「あ、ごめん。作者についてはよく知らないんだ」
神崎「えー!せっかくその人について話が出来ると思ったのにーー!」
  そりゃそうだ。
  ただでさえ聞くのが嫌な曲なんだ、作者の話題なんて聞きたいはずがない。
  数か月前の記憶が、まるで映写機のように脳裏に映し出される。

〇怪しい部屋
  薄暗い部屋、パソコンの画面を見つめながら、震えている僕の姿。
  画面に映る『コンテスト結果』の欄に、僕の名前は載っていなかった。
  自分で言うのもなんだが、あの時作った曲は中々の出来で、だからこそ衝撃も大きかった。
  頭がぼうっと熱くなり、内装を鷲掴みにされているような感覚、視界が端から黒い靄のように狭まる。
  気が付くと、選ばれた曲のコメントの欄を開いていた。
  『この曲のおかげで人生変わりました』
  『そうでもなくね?』
  『凄すぎ』
  『過大評価(笑)』
  ・・・僕の曲には、誰も、何も言わないのに。
  震える人差し指で、言葉を打ち込み始める。
  死・・・n———
  バゴン!!
  駄目だ。
  
  
  ここでこの言葉を発したら、同じになってしまう。
  飛び交うように更新されている、無数のコメントと。
  「・・・畜生・・・」
  呟いた僕の声は、まだ少し震えていた。

〇渋谷駅前
  不意に、ポケットの中の携帯に通知が入る。
  開いてみると、画面の中央に「コンテスト結果発表」というメールの通知。
  全身がぴりつくような感覚。にもかかわらず、となりを歩く神崎は呑気にあの歌の話をし続けている。
  また、あの、内臓を外から掴まれているような不快感・・・
柴本「ねぇ」
神崎「ん?何?」
柴本「地区大会、あったんだってね すごい活躍したんだって?」
神崎「え、あ、うん・・・」
  こちらを見つめている彼女に、吐き出す様に、僕は言葉を連ねる。
柴本「毎日練習してたもんね。 いろいろ言ってくる連中もいたのに・・・」
柴本「・・・よくそんなに頑張れたよね 辛くなかったの? やめようとか、思わなかった?」
  ふと正気に戻り、しまった、と思う。
  無言でこちらを見つめ続ける彼女。
  こんな八つ当たりを言うつもりじゃなかったのに・・・。
  謝罪をしようと、口を開いたその瞬間・・・
神崎「もちろん、思ったよ」
  ・・・!
柴本「練習とか、きつかったでしょ」
神崎「ん、まぁ、そりゃあね。 ・・・でも、私、やっぱり好きなんだ」
神崎「一応は進学校な訳だし、親からも受験だどうのこうの言われて、時には『スポーツなんかに熱中するな』って言われたこともあった」
神崎「それに、熱中してるからって誰よりも上手くなれるわけでは無いし、嫌になっても引き留めてくれる人なんていない」
神崎「陰で先輩にいろいろ言われてるのも、他の選手みたいに特別な才能もないって事も、全部知ってたよ。 でもね・・・」
  彼女は、顔を上げてこちらを見据える。
  そして、柔らかく、哀しそうに微笑んだ。
神崎「多分これは、才能でもなんでもなくて、ただの私の自己満足なんだと思う」
神崎「何度も、『辞めよう』『諦めよう』って思うたびに、胸の内がぎゅうって締め付けられるようなそんな感覚がするの」
  大きく息を吸い込むと、彼女はその言葉を放った。
神崎「だから、精一杯抗ってやろうと思うの 世界にも、自分にも」
  胸の内につかえていた塊が、泡を出して溶けていくような感覚。
柴本「そっか・・・」
神崎「変な話しちゃってごめんね、行こ行こ!」
  歩き始めた神崎に、僕は「ごめん、電話。先行ってて」と告げる。
神崎「分かった!じゃあまた学校でね!!」
  そう言うと、彼女は人混みの中に消えていった。

〇渋谷駅前
  『結果発表』のメールをゴミ箱に送ると、僕は肺の中の空気を吐き切る。
柴本「抗う、か・・・」
  彼女の言葉の余韻。それと重なるように、差し込んだイヤホンから自分の曲の音源を流し、改善点を探す。
  歩きながら呟く僕は、傍から見れば変な人に違いない。
  でも、それでも良い。
  これが、僕の抵抗なのだから。
  メロディなぞりながら、人混みを掻き分け進んでいく。
  鼻歌は、渋谷の雑踏に混じり、暖かくなり始めた春の青空に溶けていった。

コメント

  • 彼と彼女のやりとりを読みながら、すきなことですぐに成功できる人なんてごくわずかだけど、諦めず好きなことを続けて挑戦していくことこそが人生の醍醐味なのではないかと感じました。うまくいかなくて悔しいと思う気持ちが大きいほどその想いは本物。私自身も好きなことに挑戦し続けていきたいと思いました。

  • 「自分に抗う」っていい言葉だなって思いました。
    上手くいかないと自分自身の心を傷つけがちで、本来自分が守ってあげなくちゃいけないものなんですよね。
    二人とも、いろんなことに抗って欲しいです。

  • 『好きこそ物の上手なれ』ということわざがあるように、情熱を持ち続けることができればおのずと道は開けてくるのだと思います。彼女の言葉が、彼の何かを奮い立たせてくれたみたいでよかったです。

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