第漆拾陸話 苦戦(脚本)
〇見晴らしのいい公園
橘一哉「疑ってるのかい?」
一哉は左の篭手に手を掛け、
橘一哉「なら、見せてやるよ」
篭手を外して左の前腕を三郎に見せた。
橘一哉「正真正銘、俺は黒龍の宿主だ」
そこには黒い色をした龍の形の痣があり、
黒龍「こうして顔を合わせるのは初めてだな、饕餮よ」
痣が浮き上がり黒龍が姿を現した。
三郎「ほう、これはこれは」
饕餮と呼ばれた三郎は目を細める。
姫野晃大「俺たち龍使いは、その証として前腕に龍の痣が出る」
姫野晃大「どういう訳が知らないけど、カズだけは左腕だけどな」
そう言って晃大は右腕を見せ、
続けて頼子と瑠美も己の右前腕を三郎に見せつけた。
属性に応じた黄金、紫金、真紅の色の龍の形の痣が浮かび上がる。
〇見晴らしのいい公園
三郎「確かに、貴方方は龍の宿主のようですね」
姫野晃大「おうさ」
鼻息荒く自慢げな顔をする晃大だったが、
三郎「ですが、」
三郎は大きくため息をつき、
三郎「まだ、熟成が足りない」
姫野晃大「はぁ!?」
姫野晃大「どういうことだよ、そりゃ」
三郎「どうも何も、言葉通りですよ」
三郎「力は大したものだが、馴染んでいない」
姫野晃大「うっ」
痛い所を突かれた。
特に晃大は。
三郎「見た所、」
三郎は頼子と瑠美を交互に見、
三郎「お嬢さん方は数年」
「!!」
三郎「そして、」
次いで晃大に目線を移し、
三郎「君は一年足らず」
姫野晃大「!!」
更に一哉へと目を移し、
三郎「黒龍の君は、翼の闘技などという異物で自身の持ち味を殺して汚している」
特大の溜息をついた。
三郎「実に、残念です」
溜息のみならず額に手を当てて首を横に振り、あからさまに残念がる様子を見せる三郎。
橘一哉「勝手に落胆しないでくれるかな」
それに対して一哉もフウと一息ついて左手の篭手を着け直し、
橘一哉「三人は兎も角、俺は物心ついた時には黒龍と一緒だった」
橘一哉「それに、翼を得た龍は、強いかもしれないぜ?」
足を開いて腰を落とし、戦闘態勢を取る。
肩甲骨の辺りから、黒い龍気が帯のように噴き出して散った。
三郎「為虎添翼ならぬ為龍添翼、ですか」
改めて三郎は一哉を見据える。
三郎(・・・この、眼は)
そして、一つの変化に気付いた。
一哉の眼。
戦闘意欲に満ちた双眸は輝きを増している。
だが、それだけではない。
三郎(龍眼、だと・・・?)
その瞳は、常人のそれとは異なっていた。
金色の眼に鋭い瞳。
爬虫類のそれに酷似したそれは、
三郎(鱗皇たる龍そのものだと・・・?)
龍という存在は、鱗持つ生物の頂点とも言われている。
いわば鱗皇と呼ぶべき存在と同じ目を、目の前の少年は見せている。
三郎(・・・これは、面白いですね)
久々に心が躍るのを三郎は感じた。
物心ついた時には龍と共にあった、とこの少年は言った。
翼の闘技という異物を混じえても、これほどに龍に馴染んでいるとは。
三郎「いいですねぇ」
姫野晃大「!!」
一哉は驚き、晃大は悪寒が背中を駆け抜けるのを感じた。
笑みを浮かべた三郎。
その笑みは、この上なく凶暴で獰猛な笑みだった。
僅かに空いた唇の隙間から覗く歯列が、研ぎ澄まされた牙に見えた。
三郎「貴方から頂きますよ、黒龍の少年!!」
三郎は一足飛びに一哉との間合を詰めた。
〇見晴らしのいい公園
姫野晃大「速い!!」
晃大が思わず口にした瞬間、
二人の打ち合いは始まっていた。
三郎の全身の紋様が一際強く輝きを増す。
対する一哉も、籠手と足甲から龍気を噴き出しながら応戦する。
三郎「そらっ!!」
橘一哉「おらぁ!!」
互いに締めの一撃を打ち交わし、間合いを離す。
三郎「やりますね」
橘一哉「あんたもな」
睨み合う二人。
しかし腕前は互角というわけではなかった。
涼しい顔をしている三郎に対し、一哉は息が上がっている。
一哉の籠手と足甲からは、湯気のように龍気が立ち昇っている。
光龍「龍気が散じているな」
光龍「あいつ、龍気を制御しきれておらん」
姫野晃大「え?」
光龍の言葉に晃大が改めて一哉の様子を見てみると、
姫野晃大「ちょ、え、」
上半身はしっかり構えているように見えるが、その足元が覚束なくなっていた。
僅かにだが膝が震えている。
光龍「体格差が出たな」
二人の身長は頭一つ分ほど違う。
手足も三郎の方が長い。
重力を利用できる振り下ろしが主体の三郎。
それに対して重力に逆らわなければいけない一哉。
重力を味方につけた三郎の攻撃は重い。
一哉も司から型を学んだ。
崩れにくく崩されにくく、効率的な身体の使い方を学んだ。
とは言え、現状では鍛錬期間も短く、未だ付け焼き刃の域を出るものではない。
僅かなズレや微妙なブレが生じ、三郎の攻撃に対応しきれていない。
姫野晃大「ここはやっぱり助太刀が必要だよな!」
理屈ではない。
目の前の危難を潜り抜けるには、皆が力を合わせるしかない。
晃大は剣を振りかざして三郎に切りかかる。
相手は人の形をしているが、人ではない。
その証拠が、彼の全身の紋様。
晃大には見えた。
紋様は、光を放つだけではない。
まるで生き物のように蠢き、息づいていた。
姫野晃大「くらえ、バケモノ!!」
目一杯の気合いを込めて、剣を振り下ろす。
三郎「おっと危ない」
姫野晃大「!!」
晃大の剣は虚しく空を切る。
しかし、その瞬間、晃大は確かに見た。
紋様が蠢き、三郎の身体を動かしたのを。
穂村瑠美「てやあっ!!」
そこへ瑠美が間髪入れずに炎の帯を叩き込む。
三郎「これは!」
迫りくる炎から天高く跳躍して逃れる三郎。
その跳躍が頂点に達した瞬間、
梶間頼子「────────!!」
金剛杵を構えて呪文を唱える頼子。
轟音と共に閃光が辺りを包み込み、無数の稲妻が三郎に襲いかかる。
が、
三郎「おおっ!?」
三郎は声を上げて飛ばされ、
三郎「中々の連携でしたね」
クルリと宙返りをして着地した。
梶間頼子「!そんな・・・!」
雷に打たれ、浴びている瞬間の硬直すら無く。
衝撃を巧みに利用しての受け身。
それ自体が驚愕の的なのだが、
竹村茂昭「オオオッ!!」
その着地の瞬間を狙い、茂昭が飛びかかる。
三郎「はっ!」
茂昭の叩き付ける掌に対して真正面から掌を打ち付ける三郎。
竹村茂昭「こっ、このっ!」
そのまま三郎は茂昭の手をガッチリと掴み。
三郎「そうら!」
竹村茂昭「うわあ!」
放り投げた。
竹村茂昭「こんちくしょう!」
根性の宙返りを見せ、茂昭は片膝を着いて着地。
橘一哉「おお、すげえ」
竹村茂昭「感心してる場合じゃないぞ、カズ!」
茂昭の言う通り。
このままでは埒が明かない。
三郎「もう、味見は充分でしょう」
三郎「とっとと喰らわせろ、雑魚ども!!」
叫ぶが早いか再び一哉に飛びかかる。
〇見晴らしのいい公園
三郎「落ちぶれた龍虎の踊り食いといかせてもらう!!」
声も出ない。
息すらも出ない。
構えた腕を掴まれているだけだというのに、息が止まるほどに苦しい。
三郎の全身の紋様が不気味に蠢き、妖しげな光を放ち唸りを上げる。
三郎「貴様はさぞかし美味だろうなあ、翼を得た龍よ」
篭手がミシミシと悲鳴を上げる。
ゆっくりと三郎の顔が近づいてくる。
蹴り上げて崩しを入れたいが、上から押さえ付ける力が強すぎる。
体勢を保つのが精一杯だ。
足を少しでも動かせば、崩されて組み伏せられてしまう。
三郎「さあ、いただくぞ」
その口が正に一哉の頭に届こうとした時、
「俺の弟子に手を出すな!!」
上空から声が響き、
三郎「っが!!」
三郎はうめき声を上げ、一哉から離れた。
〇見晴らしのいい公園
雀松司「生きた人間に食らいつくとは、正気ではないな」
間を空けた一哉と三郎の間に入ったのは、
橘一哉「司さん!」
雀松司だった。
三郎「何者だ、貴様」
憎々しげに三郎は邪魔者を睨みつける。
雀松司「俺は雀松司」
雀松司「四神が内の一柱、朱雀の代行者だ」
雀松司「そして、」
一哉をチラリと一瞥し、
雀松司「黒龍使い・橘一哉に朱雀の闘技を伝授した者だ」
三郎「・・・ほう、貴様が」
三郎と司は睨み合う。
雀松司「ここからは、俺が相手だ」
司の背中から火の粉が翼となって舞い散る。
三郎「・・・朱雀、四神、我が怨敵・・・」
〇見晴らしのいい公園
魔族「三郎殿、今日はここまでになされよ」
ひりつく空気を破ったのは、見届人に徹していた魔族だった。
三郎「なに?」
三郎はギロリと魔族を睨みつける。
魔族「龍が四柱に四神が二柱、流石にこれは分が悪い」
魔族「ここは退き、戦いは日を改めましょう」
三郎「・・・」
三郎はゆっくりと魔族に歩み寄り、
魔族「う、ぐ、」
左の手で魔族の顔を鷲掴みにし、
三郎「バカを、言うな」
そのまま魔族を片手で持ち上げた。
魔族「さ、さぶ、ろ、どの、」
魔族は両手で三郎の左腕を掴み足をバタつかせる。
しかし、頭を掴む手の力は緩む様子が無い。
益々強まり、魔族の頭の形が変形していく。
魔族「あ、が、」
段々と足と地面の間も広がっていき、吊り上げる高さも増していく。
そして、
雀松司「!!」
三郎の紋様が淡く光を放ち、
魔族「ぐ、お」
魔族の身体が次第に痩せ細っていく。
ただ痩せ細るだけではない。
まるで骨など存在しないかのように徐々に小さくなっていき、
魔族「さぶ、と、て・・・」
今際の際の言葉も満足に言えずに魔族は消滅した。
三郎「ふん、腹の足しにもならん」
吐き捨てるように呟き、三郎は司に向き直る。
三郎「四神の朱雀の代行者よ」
三郎「我を追い出した報い、受けさせてやる」
雀松司「・・・」


