第漆拾肆話 貪毒(脚本)
〇見晴らしのいい公園
三郎「その名を聞くのは、何年ぶりですかねぇ」
懐かしそうな顔をする三郎。
三郎「だぁれも、私を本名で呼ばなくなってくれましたからねぇ」
三郎は遠い目をする。
姫野晃大「本名?」
三郎「ええ」
三郎は頷く。
姫野晃大「三郎って名前じゃないのか?」
三郎「違いますよ」
三郎は首を横に振る。
三郎「三郎という名はあくまでも通称」
三郎「周りの人々が、揃って私をそう呼ぶのです」
三郎「訂正するのも面倒なので、呼ばれるに任せていたのですが、」
そこで一旦言葉を区切ってため息をつき、
三郎「まさか、本名を忘れかけていたのには我ながら驚きました」
三郎は苦笑して頭をかいた。
三郎「ですが、」
そして一哉へと目を向け、
三郎「君のおかげで本当の名前を思い出せましたよ」
ありがとう、と三郎は一哉に礼を述べる。
橘一哉「いやぁ、そんな、」
一哉が謙遜すると、
三郎「でもね、決して忘れなかったものがあるんですよ」
三郎は更に言葉を続けた。
姫野晃大「忘れなかったもの?」
それはきっと大事なものなのだろうと晃大は思ったが、
三郎「ええ」
頷き、三郎が口にしたのは全く違っていた。
三郎「己の業だけは、決して忘れなかった」
三郎「この世の全てを喰らい尽くしたいという、この抗い難い宿業は」
〇道場
昼休みも半ばを過ぎ、真面目な生徒は午後の準備を始めようかという頃。
由希は尚も道場で一人鍛錬に励んでいた。
足さばき、体捌き、手の動き。
全てが流れるように滑らかで途切れが無い。
滑るように歩を進め、身体を回し、手を上下左右に動かす。
そんな彼女の動きに合わせて、水の流れる音がする。
サラサラ、サラサラと。
それは山奥で沢の流れる音に似ていた。
微かだが、しかし確かにそれはある。
始まりを感じさせる音は、次第にその大きさを増していく。
小さな湧き音が、次第に大きく、轟きへと変わっていく。
サラサラと響いていた音が、ゴウゴウ、ゴウゴウと。
道場に響く音にも構わず、由希は一心不乱に動き続ける。
直線から弧を描き円を成し、更に8の字へと動線が目まぐるしく変わっていく。
その動きは決して止まらず、留まることなく。
そして、
音の主が姿を現した。
由希の動きに導かれ、水の流れが空を舞う。
うねり、渦巻き、由希と共に舞い続ける。
そして。
草薙由希「はっ!」
足を大きく踏みしめて急停止。
同時に左右の掌を上と下に向けて打ち出すと、
飛沫が飛び散り、無数の水の龍が飛び出して消えていった。
草薙由希「・・・ふう」
両足を揃え、両腕を真横から上へ、そして掌をゆっくり体の前へ下ろしていく。
青龍「お見事」
由希の右手から青龍が姿を現す。
青龍「青龍轟河陣、見事に会得したな」
草薙由希「形だけは、ね」
由希は静かに大きく、身体全体で息をしていた。
心地よい疲労感が全身を包んでいる。
四神・青龍招式の絶招・青龍轟河陣。
気力も体力も大きく消耗しているが、倦怠感よりも心地良さの方が遥かに勝っている。
青龍「これで、四神の一柱としてもお前は完成したことになる」
草薙由希「え、これだけで?」
困惑の表情を浮かべる由希。
もっと知識や技術の修得が必要かと思っていたのだが、そうでもないらしい。
青龍「奥義たる青龍轟河陣には、青龍の全てが凝縮されている」
青龍「必要なものが全て揃っているからこそ、至ることができたのだ」
草薙由希「そっか、そういう考え方もあるわよね」
奥義。
義とは即ち意味であり、奥義とは畢竟流儀の意味の秘奥である。
青龍の奥義に至ることができたということは、由希の心身が青龍を理解したということ。
由希自身が、青龍を理解し、体得したのだ。
青龍「魔族との戦いは厳しさを増すだろう」
青龍「だが、恐れずに進め」
青龍「私も力の限り協力する」
〇見晴らしのいい公園
光龍「そうか、貴様、饕餮か」
光龍が晃大の右腕から姿を現した。
姫野晃大「トウテツ?」
三郎「ええ、その通り、私の本名は饕餮です」
聞き慣れない単語に首を傾げる晃大と、光龍の言葉に頷く三郎。
三郎「でもまあ、呼びにくいでしょうから三郎でも構いませんよ」
橘一哉「それじゃあサブちゃん」
三郎「ハイなんでしょう?」
姫野晃大(通称の愛称呼びでも反応するんかい)
ツッコみたかったが、きりがなさそうなので晃大は心の中でツッコむだけにした。
橘一哉「饕餮のサブちゃんは、なんでこの町に来たの?」
一哉の問いに、
三郎「それはもう、いい匂いがしたからですよ」
三郎こと饕餮は間を置かずに即答した。
三郎「神獣と、」
三郎「その宿主の、」
三郎「得も言われぬ良い匂いが、ね」
〇見晴らしのいい公園
三郎「それにしても、龍の気は実に美味だ」
三郎「もっと味わいたいな」
三郎の全身の紋様が淡く光を放つ。
三郎の気の高ぶりに呼応しているかのようだ。
姫野晃大「美味って、食えるのかよ?」
三郎「もちろん」
晃大の言葉に三郎は当然といった様子で頷く。
三郎「君たちも、食事の時には気を一緒に取っているはずですよ?」
姫野晃大「全然気づかなかった・・・」
三郎「・・・」
三郎の眉根に一瞬、僅かだが皺が寄った。
しかしそれは本当に一瞬で、すぐに元の柔和な表情に戻る。
三郎「それで、次はどちらを食わせてくれるのかな?」
三郎は晃大と一哉を交互に見る。
三郎に一撃を浴びせていないのは晃大と一哉の二人だけだ。
橘一哉「よし、じゃあ俺っちが」
一哉が一歩前に出ようとすると、
「まて」
橘一哉「え、何で!?」
茂昭と白虎が待ったをかけた。
三郎「その声、白虎ですか?」
三郎が白虎に声をかけた。
三郎「随分と可愛らしい姿になっていますね」
白虎(仮)「とある事情でな」
言葉を返す白虎の表情は固い。
声音も厳しい。
白虎(仮)「このような形で会いたくはなかったがな」
むしろ永遠に会いたくなかった、と白虎は言葉を続ける。
三郎「ですが、こうやって出会ってしまった」
三郎「貴方は何故そのような姿に?」
「・・・」
三郎「?」
なんとも気まずそうな顔をする白虎と茂昭。
何かを察した三郎が他の面子を見てみると、
「・・・」
晃大も、瑠美も、頼子も、これまた微妙な顔をしている。
そんなに四人と一体が揃って見ているのは、
橘一哉「?」
橘一哉。
三郎「あぁ、」
何となく三郎は察した。
彼が何がしかをやらかしたようだ。
その詳しい内容までは分からないが、
三郎「君が、白虎の力を削いでしまったのですね?」
橘一哉「・・・まあ、ね」
正解だったようだ。
三郎「・・・」
三郎は目を見開いてしばらく黙っていたが、
三郎「素晴らしい!」
パンと手を叩いて満面の笑顔を見せた。
橘一哉「何!?何!?」
訳が分からない。
三郎「その力、是非とも味わってみたいものです!!」
三郎の全身の饕餮紋が一際大きく光り輝く。
光り輝く紋様が小刻みに震え、グルルと獣のような唸り声がした。
橘一哉「そういうことなら、」
己が行かぬわけにはいくまい。
改めて手足に力を込める一哉だったが、
竹村茂昭「だから待てっつてんだろうが」
橘一哉「あだっ!?」
一哉の肩を茂昭が掴んだ。
橘一哉「ちょ、食い込んでるって」
五指が一哉の肩の肉に食い込み、引き千切りそうな勢いだ。
竹村茂昭「敵に乗せられてどうする」
竹村茂昭「簡単に敵の思惑に乗るんじゃない」
茂昭の忠告に従うのならば、
姫野晃大「俺に行けと!?」
次に三郎に仕掛けるのは晃大だということになる。
〇見晴らしのいい公園
梶間頼子「まあ、頑張れ〜」
姫野晃大「簡単に言ってくれるなよ・・・」
相手は力を丸々吸収する能力持ち。
どうやって戦えというのか。
光龍「奴が力を吸収するよりも早く力を叩き込み続ければ良い」
光龍が作戦を教えてくれたが、
姫野晃大「そんなこと、できるのかよ」
光龍「やれ。やらねば此方がやられるだけだ」
中々スパルタな答えが返ってきた。
姫野晃大「ああもぅ、やってやるよ!」
神 気 発 勝
神気発勝。
限界を超えた力を引き出す秘技。
姫野晃大「一気にカタを付けてやる!!」
三郎「さあ、どうぞ!」
光り輝く剣を振りかざし、晃大は吶喊した。
〇見晴らしのいい公園
気を食らう。
それを目の当たりにして、晃大は驚いた。
龍の力を吸収し、喰らった相手は今までいなかった。
それをやってのける三郎こと饕餮は、並の魔族とは懸け離れた存在だ。
逃げることもできただろう。
しかし、瑠美はそれを良しとしない。
瑠美だけでなく、他の知己を置き去りにするのも後味が悪い。
光龍ができるというのなら、それに賭けてみるしかない。
姫野晃大「うおおおおっっっっ!!!!!」
渾身の気合と共に、晃大は三郎に剣を叩きつけた。
まず一撃。
姫野晃大「!?」
三郎「これが、君の渾身ですか?」
充分な加速と威力で叩き付けたはずの一撃。
それを、三郎は片手で受け止めた。
しかし、掌で止めているだけで握られてはいない。
姫野晃大「でやあぁっっ!!」
素早く剣を引き、燕返しに二撃。
三郎「ははっ」
姫野晃大「!?」
今度は両手で。
二回とも、晃大の攻撃は防がれた。
姫野晃大「くっ!」
一旦下がって間合を取ると、
三郎「漸く消化できましたよ」
姫野晃大「んなぁ!?」
かざした三郎の手から炎が噴き出す。
あわてて避けた晃大だったが、
三郎「そら、次!」
姫野晃大「っ!!」
今度は雷が襲う。
姫野晃大「でやぁっ!」
剣を薙いで光を放ち、雷を相殺する。
三郎「三つ目!」
怯むことなく三郎は右手を大きく横に薙ぐ。
鋭い風の衝撃波が晃大目掛けて襲いかかる。
姫野晃大「負けるかよ!!」
風と光なら光の方が速い。
晃大は縦横無尽に剣を振るって衝撃波を潰し、
姫野晃大「チェストオオオッ!!」
一哉が切りかかる時のように声を張り上げて三郎に切りかかった。
滅多斬り。
どこをどのように、など関係ない。
ただ只管に、力の続く限り剣を振るい続ける。
剣の軌道に沿って光の筋が幾筋も走り、重なり合って三郎を覆い包んでいく。
そして、
姫野晃大「トドメだぁっ!!」
一際大きな光を剣に纏わせ、
一閃。
姫野晃大「どうだ!」
大きく肩で息をしながら睨みつけた、その前方で、
三郎「お見事、というべきなのかな?」
姫野晃大「!?」
三郎は無傷だった。
〇見晴らしのいい公園
姫野晃大「ウソだろ、おい・・・」
三郎「良い光でしたよ」
三郎の全身の紋様が強烈な光を放ち、甲高い音と低い唸り声を上げている。
三郎「食べがいのある『力』でした」
三郎「今度は、」
三郎は足を踏み出し、
三郎「こちらから、行かせてもらいましょうか」
三郎は手を伸ばして晃大の剣を掴む。
三郎「おお、これは素晴らしい」
姫野晃大「放せ!」
晃大は剣を引こうとするが、剣は三郎の手に吸い付いたかのように離れない。
刃物というのは押すか引くかのどちらかで触れた対象が切れる筈なのだが、
穂村瑠美「なんで、切れないの!?」
剣は動かず、三郎の手は切れない。
三郎「切れ味も、素晴らしいですね」
姫野晃大「もしかして、」
光龍「切れ味すらも、喰らっているのか!?」
切断とは、分子・原子間の結合を解くこと。
これを一種の『分解』と解釈すれば、切断の際には分解エネルギーが生じる事になる。
その分解で生じるエネルギーすらも、彼は吸収しているとでもいうのか。
三郎「ああ、やはり美味だ」
姫野晃大「そんな・・・」
晃大の剣は淡い光を放ちながら段々と細っていき、
三郎「ごちそうさま」
姫野晃大「っ・・・」
言葉が出ない。
晃大が手にしていたはずの剣は、跡形もなく消滅してしまった。
〇見晴らしのいい公園
橘一哉「剣が、消えた・・・」
黒龍「光龍の剣が、喰われただと・・・!?」
黒龍も驚きを隠せないようだ。
黒龍「饕餮の三郎、とんだ貪毒の化身だな・・・」
橘一哉「そろそろ、俺も仕掛けて良いかな」
勝算が見当たらない。
こんなのは初めてだ。
だが、座して見ているわけにもいかない。
敗北よりも、失敗よりも、行動せぬことが恥だ、という言葉がある。
やらずに悔いるよりも、手を尽くした果てに諦める方がまだマシだ。
橘一哉「ふう・・・」
深呼吸をし、全身に力を漲らせる。
橘一哉「まだ俺が残ってるぜ、サブちゃん!!」
咆哮を上げ、一哉は三郎に向かっていった。


