第漆拾参話 饕餮(脚本)
〇見晴らしのいい公園
三郎「さすがは龍の宿主、といったところですかね」
三郎「君たちの生気は実に瑞々しい」
三郎「普通の人間とは大違い、素晴らしい」
青年は満足気に何度も頷く。
姫野晃大「褒められてる、のか?」
困惑する晃大に、
穂村瑠美「・・・たぶん?」
疑問符付きではあるが瑠美も肯定の言葉を返す。
三郎「これは、迷いますねぇ・・・」
むむ、と唸る青年。
竹村茂昭「胡散臭いやつだな」
そんな青年を、茂昭は険しい顔で睨みつける。
竹村茂昭「お前、何者だ?」
茂昭の内に眠る白虎の勘が告げている。
彼は、只者では無い。
この男は危険だ、と。
三郎「私ですか?」
青年は茂昭に顔を向け、
三郎「皆からは、三郎、と呼ばれています」
丁寧な口調で答える。
だが、その言葉遣いと醸し出す雰囲気に微妙なズレがあるのを茂昭は感じた。
竹村茂昭「・・・それは、通称だよな」
三男坊を意味する呼び方が彼の本名とは思えない。
本当の名前は別にあるのではないか。
そう感じた茂昭だったが、
三郎「人としては、三郎ですが?」
本当に三郎という名前らしい。
それはそれとして、
梶間頼子「『人として?』」
頼子が引っ掛かりのある部分を復唱した。
三郎「ええ」
三郎と名乗った青年は首を縦に振り、
三郎「皆がそう呼ぶのですよ、なぜか、ね」
三郎自身も不思議そうな顔をする。
三郎「何故でしょうね?」
橘一哉「いやあ、俺たちには分からないなあ」
三郎に似た笑顔を浮かべて一哉が言葉を返す。
そして、
橘一哉「なんでだろうね?」
三郎の隣にいる男へと目を向ける。
魔族「私も知らん」
男は首を横に振った。
魔族「私が三郎殿を知った時には既にそう呼ばれていたからな」
橘一哉「そうかい」
一哉の両手足から黒い霧が噴き出し、やがて手甲足甲へと形を変える。
魔族「適当にはぐらかして逃げるかと思ったが」
男の目が鋭くなる。
橘一哉「逃げられるとは思ってないんでね」
一哉は三郎を見た。
三郎「・・・」
未だに笑みを絶やさずにいる三郎。
細められた瞳の奥の輝きは、捕食者の輝きだった。
〇道場
草薙由希「・・・」
スッ、スッ、スッ。
誰もいない武道場。
その中心で、由希は一心不乱に稽古をしていた。
だが、やっているのは薙刀ではなく素手の拳法。
その足が進み描く軌道は円を描き、或いは八の字を描く。
両手は握らずに掌とし、両の腕は時にうねり、時には突き出す。
身体はクルクルと旋転し、或いは伏せ、起こし。
時には蹴りも交えながら、途切れる事なく滑らかに動き続ける。
中国武術の一つ『八卦掌』によく似た動きだ。
やがて由希は動きを止め、手足を戻して直立姿勢になると大きく息をついた。
草薙由希「・・・これでおしまい」
青龍「だいぶ上達したではないか」
青龍が右腕から出てきて語りかける。
草薙由希「あんたがずっと脳内にお手本を流してくれてるおかげよ」
四神招式の一つ、青龍招式の存在を教えられて数日。
由希は暇を見つけては青龍招式の練習をするようにしていた。
青龍が由希にビジョンとして見せたのは、
流水。
泳ぐ龍。
その二つである。
それを人の動きに落とし込むとどうなるか、そのモデルも見せてくれた。
円弧と流水、静動ではなく緩急。
それらを意識して動きを追求した結果が、先程の八卦掌のような動きだ。
青龍「流水と遊泳、円弧緩急は大分熟れてきているな」
草薙由希「ありがと」
青龍「もっと奔騰落下を加えても問題ないぞ」
奔騰、即ち躍り上がること。
つまり、上下の動きだ。
青龍「前後左右に上下、水は自由自在だ」
青龍「お前が青龍の絶招を会得するのは早いかもしれないな」
草薙由希「絶招を?」
青龍「うむ」
青龍は頷く。
青龍「轟く大河、迸る流れが作り出す青龍の奥義」
その名も、
青 龍 轟 河 陣
〇見晴らしのいい公園
三郎「あなたはそこで見ていてください」
三郎「戦いには、見届人が必要です」
魔族「承った」
三郎に言われた男は下がった。
橘一哉「一人でいいのかい?」
橘一哉「こっちは五人がかりでやっちゃうかもよ?」
冗談交じりに一哉が言うと、
三郎「それでも構いませんよ?」
三郎は一哉の言葉に動じることなく答えた。
三郎「人に宿る程度の龍になど、負けませんから」
姫野晃大「っ・・・!!」
言葉の裏、笑顔の中に隠された殺気。
晃大には三郎の底知れぬ実力が垣間見えたような気がした。
未だ向かい合ったままで、一合も交えていないのに。
光龍「良い反応だ」
そんな晃大の脳裏に光龍が語り掛ける。
光龍「未知をおそれ、慎重になるのは正しい」
光龍「奴の見せる貫禄は、奴自身の実力に裏打ちされた自信そのものだ」
姫野晃大「はぐらかして逃げたかったなあ・・・」
今更嘆いても始まらない。
三郎「どなたから来ます?」
三郎「もちろん、一斉に来ても構いませんよ?」
軽く両腕を広げる三郎。
晃大、一哉、瑠美、頼子、茂昭の五人は並んで立ったまま動かない。
動けないのだ。
三郎は非常に長身だ。
晃大よりも高く、この場にいない哲也よりも更に背が高い。
おそらく190cmはあるだろう。
その身長に比して細身であり痩せてはいるが、高身長ゆえの威圧感は確かにある。
当然ながら手足も長い。
得物を出していない所を見ると、今まで戦ってきた魔族と同じだろう。
その五体が何よりの武器となるタイプと見て間違いない。
しかし、何よりの不安材料は、
穂村瑠美(飯尾くんがいてくれればなぁ・・・)
龍使いの頭脳担当、緑龍使いの飯尾佳明が不在であること。
相手の出方を大まかに予測して基本戦術を立てる佳明が、今はいない。
穂村瑠美(でも、)
やるしかない。
そして、今回の先陣は、
穂村瑠美「はあっ!!」
斧槍を出現させ、気合と共に一振りする瑠美。
最も間合の広い瑠美が、三郎の間合の更に外から攻撃を仕掛けた。
炎が螺旋を描いて三郎に向かっていく。
三郎「!!」
三郎は大きく目を見開き、そして次の瞬間、
「!!」
「!!」
五人は目を丸くした。
〇見晴らしのいい公園
穂村瑠美「うそ、そんな・・・!!」
瑠美は目の前で起きたことが信じられなかった。
三郎「ごちそうさま、なかなかでしたよ」
ふう、と一息つく三郎。
その口から、うっすらと赤い靄が吐き出される。
姫野晃大「マジか、おい・・・」
晃大も言葉がない。
橘一哉「サブちゃん、炎を食べよった・・・!?」
・・・そう。
『喰った』のだ。
瑠美が放った赤龍の炎を、三郎は喰ったのだ。
瑠美が炎を放った時、三郎が開いたのは細めていた目だけではない。
口を開け、手をかざし、眼前で炎を留め、その口で吸い込んだ。
そして炎は三郎の体内に吸い込まれていったのだ。
三郎「前菜としては、まあまあですかね」
三郎「少しばかり迷いがあったようですが、温かくて悪くなかったですよ」
お腹をさする三郎。
三郎「でも、これで終わりではないでしょう?」
三郎「腐っても龍、こんなものではないはずですよ」
梶間頼子「なら、これはどう!?」
目映い閃光、次いで轟音。
バリバリという耳を劈くような音を立てて雷が三郎の四方八方から降り注ぐ。
梶間頼子「これなら、喰えないでしょ!!」
全方位から雷に打たれて身動きできない三郎目掛け、
梶間頼子「そらっ!!!」
金剛杵を全力で投げつける。
一条の閃光と化して飛んでいく金剛杵。
しかし、
ガギイッ!!
梶間頼子「なっ・・・!!」
頼子の策も、失敗だった。
梶間頼子「あたしの金剛杵を、」
三郎「ふぉれは、なふぁなふぁ」
三郎は文字通り、『喰い止めた』。
竹村茂昭「マジか、コイツ」
流石に今回は無事とは言い難かった。
草臥れ着古した着物は千々に切り裂かれ、辛うじて肌にまとわりついている状態だ。
その至る所で露出する素肌には、
梶間頼子「何アレ、入れ墨・・・?」
まるで迷路のような紋様がびっしり。
三郎「くぉるぇぐぁ、」
三郎は加えた金剛杵を口の中に少しずつ入れながらバリボリと音を立てて噛み砕き、
三郎「んぐ、んぐ、」
口の中で念入りに咀嚼し、
三郎「んぐっ」
梶間頼子「うそぉ・・・」
ゴクリと音を立てて飲み込んだ。
三郎「紫龍の雷ですか、中々に刺激的だ」
同時に、素肌の入れ墨がボンヤリと光を放つ。
竹村茂昭「ふっざけんな!!」
茂昭が白虎の文様を浮かび上がらせて飛びかかる。
竹村茂昭「いくぞ!!」
白 虎 剛 烈 爪
渾身の力を込めた両手を三郎目掛けて叩き下ろすが、
ペチン。
竹村茂昭「なっ!?」
茂昭から変な声が上がり、
橘一哉「ふあ!?」
それを見ていた一哉からも間の抜けた驚きの声が上がった。
竹村茂昭「え?え?」
確かに渾身の力を込めたはずだった。
思い切り跳躍し、着地の瞬間に思い切り大地を踏みしめた。
が。
三郎「猫以下ですね」
三郎には全く通じていない。
風を切り裂き山をも崩す一撃のはずが、全く手応えが無かった。
しかも、当たった時の音は軽く叩いた程度の優しい音。
竹村茂昭(どういうことだ、これ!?)
当たった瞬間に、勢いが、衝撃が、鋭さが、完全に消されていた。
三郎「いささかくたびれた味がしますね」
三郎「もしかして、本調子ではないのかな?」
竹村茂昭「!!」
その上、こちらの不調まで見抜かれた。
竹村茂昭「こいつ・・・っ」
一撃を受けただけで見抜くとは、かなりの使い手のようだ。
とはいえ、
三郎「あっ」
完全に無傷とはいかなかったようだ。
頼子の放った雷でボロボロになっていた着物。
それが、殺しきれなかった白虎の力によって遂に破り散らされてしまった。
三郎「いや、これは」
流石に恥ずかしいのか、僅かに顔を赤らめる。
腰から上は丸裸の半裸になってしまった。
橘一哉「サブちゃん、その文様、」
三郎「ああ、見られてしまいましたね」
動揺することなく三郎は答える。
三郎「これが、私の真の姿ですよ」
その体には、紋様がびっしりと描き込まれていた。
複雑な迷路のような、正中線を軸とした左右対称の紋様。
その文様は、一哉には見覚えのあるものだった。
古代中国の神話に登場する、伝説の怪物。
あらゆるものを貪り喰らい尽くす性質を持つという。
その性質から魔除けとして崇められ、青銅器の紋様として用いられた、その怪物の名は、
橘一哉「饕餮文・・・!?」


