読切(脚本)
〇田園風景
2012年、6月、秋田市内
志穂 子供「お姉ちゃん、待ってよ、歩くの早いよ!」
真帆 子供「・・・エルは走りたがってるんだから、早く、早く!」
エル「ワン、ワン!」
志穂 子供「あ、タンポポだ」
エル「ワン」
真帆 子供「ほら、エル!」
真帆が道端のタンポポを摘んで、フーと勢いよく息を吹きかける、農道を舞うタンポポをエルは吠えながら追う。
志穂 子供「あー、エル、待ってよ!」
〇綺麗なダイニング
10年後、姉の真帆は東京の白金にキャンパスのある大学に通っていた。
志穂「ねえ、お母さん、明日のお姉ちゃんとの待ち合わせ場所、渋谷のハチ公前にしたよ!」
陽子「・・・まあ、懐かしいわ、」
志穂「なに、照れてんの!思い出したんだね、お父さんとの出会いの場所だものね」
陽子「そうそう、あんな奇跡みたいな出会い、なかなかないから、お父さんとは・・・」
志穂「はいはい、それぞれ別の人と待ち合わせてたのに、お互い待ち人来たらず、」
志穂「ずっーと立ち尽くしてて、貧血で倒れたお母さんを介抱してくれたのがお父さん、もう聞き飽きたよ!」
〇ハチ公前
志穂は大学のオープンキャンパスに参加するために、1人で上京した。
「やっぱ、人多いな、さすが東京、さすが渋谷・・・あ、ハチ公の前空いた!」
志穂「こんなに大勢の人が集まってる中での、出会いって、たしかにロマンチック、いや、やはりキセキだね、お母さんの貧血グセ、最強!」
「なんか、こうして、ハチ公の前に座っていると、昔を思い出すなぁ、」
志穂「ハチ公くん、君もエルと同じ秋田犬なんだよね、」
〇田園風景
あの日もエルはタンポポの綿毛と戯れていた、
私は、エルが喜ぶのが楽しくて、次から次へとタンポポを摘んでは息を吹きかけてた、
志穂 子供「あ!エル!──────・・・いゃあ──」
志穂 子供「・・・エル、エル、エル──」
農道を猛スピードで走り抜けてきた車にはねられたエルは、その場で息絶えた。
その車は何もなかったように、減速すらせずに走り去った。エルの亡骸の上にはまだタンポポの綿毛が舞っていた。
〇大学の広場
真帆「あー、やっと終わった、後は来週でいいよね、」
翔太「お疲れ、だね、今日はここまで。この後、飯でもどう?」
真帆「あ、ごめん、今日は妹とデート!・・・かなり、待たせちゃったな」
翔太「へえー、いいね。こっち来てるんだ」
真帆「そう、秋田から1人で、まあ、もう子供じゃないから大丈夫だろうけど。渋谷で待ってる。1時間遅れたわ、何か、ねだられる予感」
翔太「まあ、渋谷なら時間潰すところいっぱいあるからね。俺も、会って挨拶しないと!」
真帆「なんで?挨拶とか、いらないから」
翔太「未来の兄として!」
真帆「何その冗談、面白くないよ!」
〇路面電車の車内
真帆「何食べようかな?・・・って、どこまでついてくるつもりなの」
翔太「え、あれ、これヤバイよ、」
翔太「渋谷のどこ、」
真帆「何よ、急に、」
翔太「待ち合わせ場所、」
真帆「ハチ公前、」
翔太「え、これ、ネットに、」
真帆「!!!!・・・えっー、ちょっと」
本日、午後3時ごろ渋谷駅、ハチ公前にて複数の人が刃物を振りまわす男性に襲われました。詳しい状況はまだ入っていませんが、
真帆「──志穂、出て、出てよ、 ──おかけになった電話は、電波の・・・」
〇ハチ公前
志穂「エル、なんで急に思い出すんだろ、悲しい場面・・・私のせいで、」
エル「違うよ、志穂ちゃんのせいじゃない、」
志穂「えっ、エル、エルなの?」
突然、響き渡る悲鳴、ハチ公前から人が散り散りに走りさる、
通り魔「・・・殺してやる、」
志穂「え、なに」
志穂「いやぁー」
通り魔「うわっ、」
通り魔「・・・なんで、タンポポ?」
〇田園風景
エル「志穂ちゃん、あの日から僕は君をいつも見守っている、」
〇ハチ公前
エル「今も、僕は君と一緒」
〇病院の廊下
真帆「あの、仙道志穂の姉です、妹は」
医師「危ういところでしたが、」
医師「お怪我はありません、ただ、精神的なショックはいかばかりのものか、」
真帆「・・・あー、よかった、無事だったんですね、」
医師「病室にいますので、どうぞ、身内の方のお顔を見れば気持ちも和らぐでしょう」
〇綺麗な病室
真帆「志穂!志穂、ごめんね、ごめんね、」
志穂「お姉ちゃん、泣かないでよ、私、大丈夫だよ!」
真帆「だって、私が待たせて無ければ、こんなことに、志穂に何かあったらって、もう・・・」
志穂「大丈夫、お姉ちゃん、私ね、エルに守られてるみたい!」
真帆「エル?」
志穂「そう、エル」
真帆「・・・電話も全く繋がらないし、刺された被害者の中に志穂も入ってるのかなって、」
志穂「うん、電話は壊れた、壊れて私を守ってくれたらしいよ」
真帆「え、どう言うこと?」
志穂「犯人が私に向かって突き出したナイフがスマホに直撃したんだって。で、次の瞬間には、犯人は悲鳴をあげて倒れたって」
志穂「顔色の悪い男の人が、いきなり、殺してなやるってナイフむけてきた後のことよく覚えてないんだ」
志穂「気がついたら、もう、ここに、運ばれてたの。でもね、夢の中でずっーとエルがいたの。タンポポを追ってた、」
真帆「・・・よかった、エル、だったんだね、きっと」
志穂「うん、私たちのエル、タンポポの大好きな」
〇ハチ公前
通り魔男は、志穂に向かってナイフを突き出した。そのナイフは、志穂が手にしていたスマホの画面に刺さり、
男は手首を押さえて、その場に倒れた。男の手首には深く噛まれた、歯型が残っていた。それは、人のものではなかった。
エル「ウッー、」
志穂が襲われた後、風に飛ばされたタンポポの綿毛が、ハチ公像の上に舞い上がり消えていった。
エル「ワン、ワン!」
エル「・・・」
エルは彼女を見守ってたんですね。
田舎ののどかな風景で、エルと彼女の楽しい時間が目に浮かびます。
とても心が温まる素敵なお話でした。
動物と人間の愛を感じる作品でした!
犬は忠誠心が高いとよく言われますが、やっぱり愛や大切にしてもらえないとそういう気持ちも芽生えませんよね…。
エルにとって、とっても大切な存在だったからこそ起きた奇跡なのかもしれませんね!
優しさに溢れた物語ですね。ハチ公と同じ秋田犬であるエルが守ってくれたのは感動です。秋田の思い出も、渋谷も、文章から空気感も伝わってきました。