カメラは見ていた(脚本)
〇渋谷駅前
カメラは見ていた
定点撮影による24時間のライブカメラ
そのレンズは渋谷の交差点を見ていた
交差点の一人の酩酊者を見ていた
便宜上それをAとしよう
だが、目撃者はレンズだけでない
黒猫「・・・」
一匹の黒猫もAを見ていた
A「深夜になると人がまばらだ」
猫はAに触れるように近づく
A「なんだこの猫 渋谷にも野良猫がいるんだ」
黒猫「・・・」
A「お前は楽しそうだよな 僕は来月には実家に帰るよ」
黒猫「・・・」
A「仕事で失敗してもう都心はうんざりだ」
黒猫「・・・」
A「実家近くで再就職することにしたよ」
A「お前はいいよな どこでも家になるからな」
黒猫「なら変わってみるか?」
A「え!?」
黒猫「何驚いてんだよ お前が話しかけたんだろ」
A「いや、ぼ、僕は酔いすぎたのか」
黒猫「どっちでもいいよ。 ほら変わるのか。変わらないのか」
A「・・・」
〇渋谷駅前
カメラは見ていた
金属のポールに
大きな瞳の黒猫が映っていた
A「(・・・夢じゃなかった・・・!?)」
数秒Aは呆然とする
A「・・・」
A「といってもこれからどうすれば」
辺りを見回すA
野良猫「なんだ、見ない顔だな。お前新入りか?」
別の野良猫が現れる
A「う、うん」
グゥウ Aの腹が鳴った
野良猫「・・・これやるよ」
野良猫は咥えていたパンの耳を渡す
A「あ、ありがとう」
Aは口いっぱいに頬張る
人生で一番美味いパンの耳だった
野良猫「・・・その反応を見ると ここに来たばかりだな」
野良猫「ついてこいよ 猫好きの家を教えてやる」
A「う、うん・・・」
〇渋谷駅前
通行人「可愛い~」
通行人「人馴れしてるね」
通行人「柔らかい〜家に持ち帰りたーい」
Aは人々に囲まれている
A「(すごい。歩くだけで愛されるなんて)」
バサッ
Aの側に雀が降り立つ
雀「よう、楽しんでるみたいだな」
A「!?」
A「・・・あ、君か」
人々が撮影を始める
通行人「猫と雀が見つめあってる~」
彼等には2人の言葉が伝わらない
雀「楽しそうでなにより」
A「毎日、食べては寝て、みんなに撫でられる」
A「・・むしろ罪悪感があるくらいだ」
雀「あんた真面目なんだな」
雀は笑った
A「・・・なぁ、君の正体はなんだ」
雀「どうでもいいだろ」
A「・・・」
雀「なんだ。怖がってるのか? 後で魂でも取られるんじゃ無いかと」
A「・・・」
雀「言っとくがペナルティとかはない 俺があんたに興味を持っただけ 不安は解消した?」
A「あぁ」
雀「じゃあ、また俺と変わってみるか?」
雀が持ち前の翼を披露する
夕焼けと夕風に晒され
柔らかな羽毛が揺れていた
〇渋谷駅前
羽毛が大空を羽ばたいた
渋谷上空をAは飛んだ
そして看板上部に止まった
A「空を飛ぶのがこんなに楽しいなんて」
A「朝起きるのにうんざりしたり 満員電車で苦しんでたのが嘘みたいだ」
他の雀が現れる
野良雀「大変だ 新人」
A「どうしたんですか」
野良雀「渋谷の裏通りに敵のスズメ達が 徒党を組んでやってきた 俺達も戦うぞ」
A「はい!」
こういったことも茶飯事だった
でも僕はそれが楽しかった
〇渋谷駅前
雀と鼠が喋っていた
鼠「どうだった」
A「・・最高だった」
鼠「何が良かった」
A「大空を飛ぶのは初めての体験だよ 風に揉まれ好きなところに行けた」
A「猫も良かったよ 目が会うだけで皆可愛がってくれる」
鼠「クク。俺はお前が気に入ったよ」
鼠「次は飼い犬にでもなってみるか? それともライオンにでもなってみるか?」
A「・・・」
しんとした暗闇の交差点で
コンビニがわずかに発光していた
僕は記憶を反芻する
そういやさ お前今まで何してたんだ?
〇渋谷駅前
野良猫「そういやさ お前今まで何してたんだ?」
黒猫「(なんて説明しよう 人間だったと言うわけにいかないし)」
黒猫「・・・」
黒猫「えーとずっと絵を描いてて・・」
野良猫「絵?変わったやつだなお前」
黒猫「・・まぁそうだよね」
野良猫「そんな面倒くさいことしなくてもさ」
野良猫「うまいもん食ってのんびり寝れたら それで最高だろ」
黒猫「え?」
〇渋谷駅前
野良雀「だるいよ なんだよそれ 絵って よくわからないぞ お前」
A「・・君は食べたり寝たりさ それ以外にやりたいことはないの?」
A「何か物を作ったり 夢を叶えたり 挑戦したりさ」
野良雀「めんどくさいよ そんなことしてなんの意味がある」
A「・・・」
野良雀「毎日うまい飯を拾えたらそれが全てだろ なに小難しく考えてんだよ」
A「・・・」
〇渋谷駅前
鼠「どうだ?」
A「いや・・」
A「僕を・・人間に戻してほしい」
鼠「獣は嫌か」
A「猫も雀も・・どれも楽しかった」
鼠「・・・」
A「・・だけど諦められないんだ 僕は人として街に来たんだ」
鼠「ほう」
A「デザイナーになりたかった」
鼠「デザイナー」
A「そうだ、デザイナーになりたかった 年収とか出世とかじゃなくて」
A「小さい頃からデザイナーが夢だった だから街に来たんだ」
鼠は鼻を鳴らし笑った
鼠「そうか なら獣はもういいか」
A「あぁ」
鼠「また人間に嫌気がさしたら 俺に話しにこい」
A「ありがとう」
それからAは元の人間に生まれ変わった
カメラと鼠だけが
Aのそれからの行方を知っていた
〇渋谷駅前
鼠「・・・」
もう一匹鼠が現れる
もう一匹の鼠「どうだった?」
鼠「意外な結末だったよ 見せてやりたかった」
もう一匹の鼠「そうか 後で調査結果は確認する 俺は先に星に戻って報告する お前はもう少し人間の観察を続けてくれ」
二匹目の鼠はそう言ってふっと消えた
鼠は交差点へと振り返る
交差点では一人の女性が端で
うずくまっていた
鼠は嬉々として女に近づいていく
鼠「(次はどんな動物が面白いだろうか)」
カメラだけが、一連の光景を知っていた
渋谷は多種多様な人間 文化が入り混じる
この街は人間を知るのには
最高の実験場所となっている
今日もまた人智を超えた存在が
渋谷を実験場としているのだ
いやぁ、すごく面白い実験ですね!
確かに人間以外の生き物に…なってはみたいけど、結局人間に戻りたくなりそう…、青空を羽ばたくのも捨てがたいが…。
色々な動物になってみて、自分のやりたかったことを思い出せてよかったと思います。
次々と変化していき、その動物の良さがわかったのはうらやましいです。
隣の芝生は・・・ですね。私もよく野良猫と接しながら、自由でいいなあと思う反面、常に警戒心をもちつづけないといけないなんて『自分にはむりだなあ』と感じます。主人公が最終的に自分の夢や希望を再び見出すことができてよかったです。