第陸拾玖話 白と黒(脚本)
〇高い屋上
姫野晃大「やだよ」
晃大は眉根に皺を寄せ、心底嫌そうな顔で断った。
しかし、
橘一哉「そこを何とかさ、ね?」
一哉は手を合わせて尚も頼み込む。
姫野晃大「嫌なものは嫌だよ」
それでも晃大は頑として受け付けない。
穂村瑠美「橘くん、コウも嫌がってるし止めたほうがいいんじゃない?」
晃大の横にいる瑠美もやんわりと一哉を諭すが、
橘一哉「対極の属性だからこそ、意味があるんだよ」
一哉も諦めずに食い下がる。
姫野晃大「いくら練習と言っても、仲間同士で戦うのはなぁ・・・」
気が乗らない。
穂村瑠美「今までだって、殆どやってこなかったじゃない」
瑠美の言う通りだ。
龍使い同士で情報交換は頻繁にしているが、戦闘訓練は滅多にやったことが無い。
ほぼ皆無である。
未経験同然の物事に、大なり小なり尻込みしているのは否定しない。
だが、それよりも、
姫野晃大「お前相手はやりにくいんだよ」
光と闇、対極の属性。
剣と素手、戦い方の違い。
色々あるが、晃大は橘一哉という少年に苦手意識があった。
???「嫌がる奴に無理矢理やらせるなよ」
一哉の後ろから声がした。
「!!」
〇教室
梶間頼子「玲奈は行かなくてよかったの?」
辰宮玲奈「うん」
頼子の問いに玲奈は頷いた。
辰宮玲奈「あれはカズ一人の問題だから」
梶間頼子「だから、出る幕はないと」
辰宮玲奈「そう」
梶間頼子「ふぅん・・・」
羨ましい。
本当に羨ましい、と頼子は心底思った。
幼馴染の少年に対する理解と信頼の深さが、本当に羨ましい。
妬ましくさえ思える。
飯尾佳明「今のお前、すげえ顔してるぞ、梶間」
梶間頼子「!!」
言われて頼子はハッとした。
古橋哲也「気になるなら、行ってみれば?」
梶間頼子「うん」
短く答え、頼子は教室を出た。
〇高い屋上
竹村茂昭「そんなにやりたきゃ、俺にとっても都合がいい」
竹村茂昭「白虎使いとして、試したいことがあるんだ」
そう言って茂昭は素手のまま構えを取る。
橘一哉「得物は出さないのかい?」
一哉の問いに、
竹村茂昭「ああ」
茂昭は首を縦に振り答える。
竹村茂昭「四神招式が一式、白虎招式」
竹村茂昭「それを使えるようにならなきゃいけないんだ」
茂昭の全身から気が立ち上り、顔には紋様が浮かび上がる。
竹村茂昭「相手してくれるよな、カズ?」
〇教室
飯尾佳明「辰宮、お前、分かってるよな」
頼子が完全に見えなくなったのを確認すると、佳明は玲奈に向けて口を開いた。
辰宮玲奈「何が?」
首を傾げる玲奈に、
飯尾佳明「梶間の事だよ」
佳明は短く返す。
辰宮玲奈「頼ちゃんの?」
だが玲奈は又も首を傾げる。
それが本心か演技なのかは分からない。
佳明は玲奈の目を真っ直ぐ見つめ、
飯尾佳明「あいつ、カズに惚れてるぞ」
短く、はっきりと、玲奈に言った。
が、
辰宮玲奈「それがどうかした?」
飯尾佳明「・・・」
玲奈の返答に佳明は言葉を詰まらせた。
古橋哲也「飯尾くん、」
哲也が佳明に声をかける。
辰宮玲奈「そんな事、ずっと前から知ってたよ」
何食わぬ顔で玲奈は言葉を続ける。
辰宮玲奈「カズも、頼ちゃんも、私にとっては大切な人に変わりないから」
〇高い屋上
竹村茂昭「さあ、やろうか」
茂昭は一哉を見据える。
竹村茂昭「司さんに教わった素手の技、俺にも見せてくれよ」
四神の同志・朱雀の雀松司から学んだ技が如何程のものか。
少なからず興味があった。
橘一哉「コワイなぁ」
橘一哉「そんなに見たけりゃ、」
一哉も構えを取り、
橘一哉「やってやろうじゃないの」
姫野晃大「ちょ、おい、待てよ!」
そこに晃大が割って入ってきた。
竹村茂昭「どうした姫野!?」
橘一哉「え、何!?」
姫野晃大「おまえら、」
姫野晃大「結界も張らずに始める気かよ!?」
「あ」
〇高い屋上
梶間頼子「・・・いない」
一哉がいない。
屋上にいるはずの一哉がいない。
梶間頼子「姫野くんと瑠美もいない」
『話しがある』と一哉に連れ出された晃大も。
それに付き添いでついていった瑠美も。
三人揃って、いない。
だが、
梶間頼子(・・・反応は、ある)
この場所から、三人の生体電流を感じる。
正確に言えば、三人に加えてもう一人、四人分の生体電流を感じる。
梶間頼子(・・・結界か)
場所は同じ、しかし位相が違う。
そんな状況は、この場所に結界が張られていない限りあり得ない。
梶間頼子「・・・ふぅ・・・」
深呼吸をして心身を整える。
意識を集中し、張られた結界の輪郭を感じ取ることに全神経を傾ける。
梶間頼子「・・・」
梶間頼子「ここ!」
手の内に出現させた金剛杵を突き出す。
雷が走り、
空間に亀裂が入る。
僅かに生じた裂け目の中に、頼子は飛び込んだ。
〇高い屋上
竹村茂昭「オオッ!」
咆哮と共に茂昭は掌打を叩き付ける。
橘一哉「強いなシゲちゃん!」
それを一哉は振り打ちで弾き、
橘一哉「シャッ!」
貫手を突き出す。
竹村茂昭「フンッ!」
それに対して茂昭は掌打を真っ直ぐ打ち出して真正面からぶつけようとしてきた。
橘一哉「!!」
慌てて一哉は手首を起こして五指を開き、
二人の掌打が正面衝突した。
一哉は広げた五指を素早く曲げて茂昭の掌打を掴もうとしたが、
竹村茂昭「えあっ!」
橘一哉「っ!!」
それよりも早く茂昭が掌を振り下ろし、一哉の手が落とされる。
竹村茂昭「おらぁ!!」
もう片方の掌を一哉に叩き付けようとした茂昭だったが、
橘一哉「シッ!」
一哉に防がれる。
〇高い屋上
梶間頼子「え、何これ」
目の前で行われている戦いに、頼子は自分の目を疑った。
梶間頼子「姫野くんじゃないの?」
一哉が戦っている。
しかし、その相手は晃大ではなかった。
姫野晃大「当たり前だろ」
そんな頼子の横合いから晃大が出てきた。
梶間頼子「あ、いた」
姫野晃大「アイツとやってたら体が保たないよ」
穂村瑠美「竹村くんが来てくれて助かったわ」
瑠美も頼子の隣にやって来た。
梶間頼子「確かに、そうかもね」
一哉は求道者気質である。
一度始めると中々止まらない。
似たような性格の茂昭ならば、相手にはちょうど良い。
とはいえ、
梶間頼子「これは、ちょっと、」
〇高い屋上
橘一哉「てぁぁっ!」
竹村茂昭「おおおっ!!」
〇高い屋上
梶間頼子「熱が入りすぎじゃないかな・・・」
頼子から見ると、些か異常に思えた。
姫野晃大「そうか?」
晃大にしてみれば、
姫野晃大「初めて会った時も、あんな感じだったと思うけど」
初顔合わせでの『腕試し』の時と変わらないように思えた。
姫野晃大「相手も玄人なら、あんなもんじゃないか?」
穂村瑠美「そうそう」
晃大の言葉に瑠美も頷く。
穂村瑠美「あれぐらいなら、魔族との戦いの時とそんなに変わらないと思うけどなぁ」
梶間頼子「それは充分異常だよ」
それはつまり、
梶間頼子「実戦と同じか、それ以上ってことじゃん」
梶間頼子「あの二人は何を目指してガチでやり合ってるのさ」
姫野晃大「そういえば、」
茂昭の言葉を晃大は思い出した。
姫野晃大「白虎招式とか言ってたな、竹村は」
梶間頼子「白虎招式?」
穂村瑠美「なんでも、四神固有の技の体系があるそうよ」
梶間頼子「それを、カズで試そうとしてるの?」
姫野晃大「カズも新しい戦い方を試したかったみたいだし、丁度いいんじゃないか?」
穂村瑠美「朱雀の人から素手の武術を習ったんでしょ?」
穂村瑠美「四神の技同士、丁度いいんじゃない?」
梶間頼子「二人とも、楽観的すぎない?」
二人の様子に、頼子は些かの苛立ちを覚えた。
余りにも楽観的過ぎる。
同じ龍使いの仲間の事であるのに、全くの他人事のように捉えている。
今のところ、一哉も茂昭も武器や防具を用いずに素手で戦っている。
梶間頼子(・・・素手?)
神獣の力は強大だ。
肉体への反動を抑えるために武具を用いるのがセオリーのはずだが、
梶間頼子(二人とも、素手でやってる!?)
共に、武具を用いていない。
梶間頼子「やっぱりヤバいよ、これ!!」
穂村瑠美「え!?」
姫野晃大「どうしたんだよ、いきなり」
頼子が声を荒げるなど珍しい。
梶間頼子「二人とも武具を使わずにやってる!」
「!!」
瑠美と晃大もようやく気が付いた。
姫野晃大「あの二人、熱中しすぎて我を忘れてる!」
穂村瑠美「止めなきゃ!」
三人は各々の得物を手に取った。
〇高い屋上
竹村茂昭「ふう・・・」
橘一哉「さて、」
打ち合いを止め、一哉と茂昭は一旦間合を離した。
竹村茂昭「だいぶ、暖まってきたな・・・」
激しい打ち合いを経て、二人は心身が適度に解れ、気が満ちていくのを感じていた。
己が宿す神獣の力が、指先から毛先にまで満ちていくのを感じる。
己が内を満たす強大無比の力は、互いの精神を嫌が上にも昂揚させる。
それに流されぬようにと深呼吸をする二人。
しかし、その口の端は自然と上がってしまう。
高ぶる心が、抑えきれない。
竹村茂昭「なあ、カズ」
そんな中で、茂昭は一哉に語りかけた。
竹村茂昭「この試合は、単なる練習試合じゃあ無い」
橘一哉「と、いうと?」
訊ねる一哉に、
竹村茂昭「玄伍さんのリベンジマッチだ」
橘一哉「・・・へえ」
軽く目を見開いた程度で、一哉はあまり驚いた様子は見せない。
竹村茂昭「四神の強さを、証明する」
茂昭の全身から白みがかった気が立ち昇る。
五行において『金』に属する白虎の気、『金気』だ。
橘一哉「・・・来いよ」
一哉の身体からも黒い気が立ち昇る。
黒龍の龍気だ。
〇高い屋上
姫野晃大「なんか、えらい盛り上がってきたぞ」
茂昭と一哉の発する気を見ながら、晃大は呟いた。
穂村瑠美「なに呑気なこと言ってるのよ」
姫野晃大「いてっ」
そんな晃大の脛を瑠美は斧槍の石突で小突く。
梶間頼子「ちゃっちゃと止めるよ」
姫野晃大「そうは言ってもなあ」
割って入るタイミングは大事だ。
何も考えずに割り込んだところで、無視されるのが落ちである。
二人の激突する瞬間に入ろうとしても、下手をすれば大怪我をすることになる。
姫野晃大(何とか出鼻を挫ければなぁ・・・)
その一瞬に動けるのが自分であると、晃大は未だ気づいていなかった。
〇高い屋上
竹村茂昭「いくぞ!」
橘一哉「応!」
二人は足を踏ん張り丹田に力を込める。
全身に力を漲らせ、
ズン、という低く鈍い音と共に二人の足元にヒビが入る。
そして、
竹村茂昭「白虎掌甲!」
茂昭の前腕が篭手で覆われる。
橘一哉「倶利伽羅甲!」
対する一哉も、前腕と脛に黒い手甲と足甲を纏う。
尚も二人は睨み合いを続けていたが、
竹村茂昭「いくぞ!」
先に動いたのは茂昭だった。
竹村茂昭「オオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!」
空間全体を揺るがすような大音声の雄叫びを上げ、
竹村茂昭「くらえ!!」
白 虎 剛 裂 爪
〇高い屋上
橘一哉(速い!)
直前の咆哮は、まるでそこにいるもの全てを平伏させるような力があった。
その直後の跳躍。
大地そのものに押し出されるかのように、軽やかで力強い。
それは獣の王と称するに相応しい跳躍で、
橘一哉(受けきれるか!?)
その手は獲物を着実に捉える猛虎の爪。
橘一哉(やってやるさ!!)
基礎は覚えた。
実戦も経験済み。
龍気の流れに任せ、思い切り腕を振るう。
倶 利 伽 羅 掌
白と黒、二色の爪が、激突した。


