場所は渋谷駅。日時は不明。迷子の俺を案内してくれたのは

蒼衣海子

場所は渋谷駅。日時は不明。迷子の俺を案内してくれたのは(脚本)

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〇広い改札
  ---何年ぶりだろう。
  大学に通っていた時以来だから、多分20年以上ぶりだ。
  
  俺が渋谷駅に降り立ったのは。
  東横線の電車からホームに降り立った途端、軽く目眩を感じた。
  目の前がチカチカと点滅する。
  貧血か。
「大丈夫ですか?」
  あからさまに顔色が悪かったのだろうか。
  近くに座っていた女性に、遠慮がちに声をかけられた。
「大丈夫です、ありがとうございます」
  少し目眩がしただけなので。
  そう言うと、女性は安心したように去っていった。
  都会の人って、意外と親切なんだよな。
  人が多い分、誰かに声をかけるのにも慣れてることが多い。
  地元は結構な田舎なので、逆に偏見だなと思いながら再び改札を見た。

〇地下鉄のホーム
  えっ。
  
  一瞬、目の前が光った後。気がつくと、俺は別の場所にいた。
  ・・・・・・なんだここ。地下鉄のホーム?
  俺は東急渋谷駅の改札に向かっていたんだが。
  真新しい地下鉄のホームは全体的にグレーで、近未来的なイメージを感じさせる。
  周りにいた人たちは、次々と近くのエスカレーターを上がっていく。
  狐につままれたような気持ちで、俺もその後に従った。
  長いエスカレーターを上り切ると、地下街の通路に出た。
  ここはどこだ? 渋谷駅の構内なのか?
  20年前とはいえ、散々歩いていた駅だから覚えているはずだ。
  改札を出たら東急東横店を抜けて、待ち合わせ場所に向かう。
  そのつもりだったのに、なぜ突然どこかも分からない地下街を歩いているんだろう。
  
  誰かに道でも聞こうか?

〇地下街
  どうにか改札を出た、その時だった。
  
  突然。目の前に、大きな白い何かが飛び出してくる!
  ひゅっと息を呑んだ。
  地下街に出た俺の目の前に現れたのは、大きな白い犬だった。
  
  鳴きもせず、じっと俺を見上げている。
  こんなに人が多い駅内で、こんな大型犬をリードも無しに連れてくるとか。
  前言撤回かもしれない。都会は変な人も多い。
  近くに飼い主らしい人は見当たらない。
  とりあえず離れた方がいいかと、適当な方向へ歩き始めた時。
  
  また、目眩を感じた。

〇センター街
  目の前の景色が一変する。
  それは知っている風景だった。
  
  ・・・・・・センター街?
  大学時代によく通っていたところ。
  俺は夢でも見ているのだろうか。
  記憶の中の渋谷の景色と、目の前の渋谷の景色が、信号機のように点滅しているようだ。
大きな犬「・・・・・・・・・」
  貧血で頭に血が回っていないのか。
  しゃがみ込もうかと思ったが、ズボンの裾を引っ張られて我に返る。
  白い犬が右足の裾を噛んで、ぐいぐいと引っ張る。
  ああ。ここはスクランブル交差点のすぐそばだった。
  こんなところにしゃがんでいたら、車に跳ねられてしまう。
  
  ---そうだ、ここからならすぐじゃないか。

〇渋谷の雑踏
  俺が友達と待ち合わせをしたのは、渋谷の名所・ハチ公前だった。
  交差点を渡ればすぐそこだ。
  
  安心して、足を踏み出した時。
  目の前の犬が、ぱっと身を翻して走り出す。
  そのままあっという間に、交差点の人並みに飲み込まれて消えてしまった。
「?! 待ってくれ・・・・・・」
  追いかけようとしたが、人混みでぶつかってしまっただけだった。
  スーツ姿のサラリーマンに謝りながら、俺は走った。

〇渋谷駅前
  気がつくと、ハチ公前にいた。
  
  見慣れた犬のブロンズ像。今も昔も変わらず、たくさんの人が待ち合わせに使っている。
  犬はどこへ行ったのだろう。
  人並みの中に、飼い主の姿でも見つけたのだろうか。
  
  横から、聞き慣れた声がかけられる。
「久しぶりだな。迷わずにここまで来られたか?」
  待ち合わせていた大学の友達だ。
  メールや電話では何度か話していたが、直接会うのは十数年ぶりになる。
  道は覚えていたのに、目眩がして迷子になったことを正直に言った。
  
  東急を通ってここに来ようとしたら、景色が変わったと。
「東急東横店なら、2年前に閉店したぞ。お前はどこを通ってきたんだ?」

〇渋谷のスクランブル交差点
  そんなはずはない。着いた時には、改札前に見えたはずなのに。
  
  すると彼は、驚きの事実を口にした。
「渋谷駅はずっと改修工事をしていて、昔とは様変わりした。東横線で来たなら、地下から上がらなきゃいけないんだ」
  あの、長いエスカレーターか。
  じゃあ、俺の見た東急は?
  ・・・・・・あの大きな犬は、何だったんだ?
「もしかして、過去と今の渋谷が混ざったのかもしれないな。都心の駅は、大体迷宮だから。 でも、犬は絶対コイツだろう」
  彼はすぐ隣の銅像を指さした。
  
  でも違う。
  こんな小さくなかった。狼みたいに大きな、白い犬だったと。
  すると彼は笑った。
「ハチは大きな、白い秋田犬だよ。上野の国立科学博物館に剥製がある。これから山手線で行ってみるか?」
  そうだったのか。
  渋谷の銅像は小さな姿だから、同じような大きさの小型犬だと思っていた。
  ブロンズ像を振り返る。
「お前が俺を、ここまで案内してくれたのか?」
  前言撤回の、そのまた撤回かもしれない。
  
  都会の人は、意外に優しい。
  都会の犬も、意外と優しいのかもしれない。

コメント

  • なんだか不思議なお話でした。
    風景描写がすごくいいです!頭に浮かんできました。
    結局あの犬はハチだったんですね。
    雑踏の中に消えていくところが好きです。

  • なんだか不思議なお話しで、面白かったです。東京のことはあまりよくわからないけど、いろんな人の思い出や気持ちの詰まった町なんだろうなあと感じました。

  • あの白い犬はやっぱりハチだったのかな。ハチはきっと渋谷の守り神として、こんなふうに時にさりげなく誰かを助けたりして、今も人々の心に生きているんでしょうね。

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