龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第陸拾陸話 変容(脚本)

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〇木の上
佐伯美鈴「あら〜、これはまた・・・」
  泉のほとりの磐座に根を張る大樹の根元で、佐伯美鈴はため息をついた。
佐伯美鈴「随分とボロボロになっちゃったのねぇ・・・」
  美鈴が見ているのは、細長い木箱の中身。
  橘一哉が納めた黒龍の刀だ。
佐伯美鈴「耐えきれなかったのね・・・」
  拵が崩れてしまわないように、細心の注意を払って手に取る。
佐伯美鈴「こういう形のものだったら良かったのだけどね・・・」
  日本刀というのは、武士の魂である。
  弓も鉄砲も槍も失った時に用いる、最後に己の命を預ける武具である。
  だが、それだけではない。
  常に腰に帯びる物であったから、それを帯びる者自身を表現するものでもあった。
  ゆえに、武士の魂と呼ばれる。
  だからこそ、拵えには多種多様な細工が存在する。
  その中には、美鈴が手にしている鞘のような細工があってもおかしくはない。
  だが、これは違う。
  紛れもない損傷であり、人間で例えれば瀕死の重傷である。
佐伯美鈴「・・・」
  ゆっくりと、刀身を抜いてみる。
佐伯美鈴「っ・・・」
  美鈴の顔が苦悶に歪む。
  柄がブレた。
  金具が僅かにズレる。
  柄巻きの糸が今にも切れてしまいそうだ。
  金具が弾け飛びそうになる。
  慎重に、慎重に、糸を紡ぐように、ゆっくりと、鞘から刀身を抜き出す。
佐伯美鈴「・・・」
  それは、まさに奇跡としか言いようがなかった。
  顕になった刀身は、その寸法実に三尺。
  腰に帯びる日本刀としては長い。
  そんな長めの刃が、奇跡的に繋ぎ止められていた。
  鍔元から切っ先に至るまで、透明なテープでぐるぐる巻きにされている。
  その破片に欠失が無いことも、奇跡の一つだった。
佐伯美鈴「これは、トバさんに頼む必要があるかもしれないわね・・・」

〇センター街
辰宮玲奈「無茶しすぎだよ、カズ」
橘一哉「いやあ、悪い悪い」
  反省しているのか今一分からない一哉の全身は余す所なく汚れている。
  土や埃、返り血。
  かなり泥臭い戦いであったことが想像できる。
辰宮玲奈「あんまり近づきすぎると、あたしも援護しきれないよ」
橘一哉「コイツの具合、試したくてさ」
  一哉は両手足に装着された黒色の手甲と足甲をポンポンと叩く。
梶間頼子「中々尖ったデザインだよね、物理的に」
橘一哉「おうよ」
  手甲足甲と表現してはいるが、長手袋とブーツ、という呼び方の方が実態に近い。
  手甲の方は肘から先、足甲の方は膝下から爪先までを覆っている。

〇センター街
  数時間前。
  この日も、魔族は唐突に現れた。
魔族「両手に花とは、良い御身分だな」
橘一哉「相変わらず、あんたらは何の脈絡もなく出てくるね」
魔族「此方にも此方の都合が有ってね、そちらの都合は考慮していられないのだよ」
橘一哉「そんな気遣いは端から期待しちゃいないけどな」
  軽口を叩きながらも、緊張感は緩まない。
  互いに出方を探り、機を窺う。

〇センター街
橘一哉「ハアァ・・・」
  一哉は息を整え、丹田と手足に意識を集中した。
  手足を覆う力をイメージする。
  黒い霧のようなものが、一哉の身体から吹き出した。
  それは鋭い爪を備えた籠手と足甲となり一哉の肘と膝から先を覆う。
魔族「ほう」
  魔族は目を丸くした。

〇センター街
魔族「得物を失ったと聞いたが、それが新しい武具か」
橘一哉「まあね」
  軽く答えながら、一哉は手先足先の感触を確かめた。
  指先まで意識は通り、感触もある。
  問題ない。
  そんな様子を魔族の方も見逃さなかった。
魔族「新しい武具には、まだ慣れきっていないようだな」
魔族「貴様を討つには良い機会か」
  ニイ、と口の端を歪める魔族だったが、
辰宮玲奈「あたし達もいるって事、」
梶間頼子「忘れてない?」
  一哉の左右に頼子と玲奈が立つ。
  共に得物を構え、臨戦態勢だ。
魔族「フッ」
  そんな二人を魔族は鼻で笑った。
魔族「貴様らの動向は此方とて把握しているさ」
魔族「私一人で挑むものか」
  そう言って魔族は印を結び、
魔族「ムゥン・・・」
  なにやら呪文を唱え始めた。
辰宮玲奈「頼ちゃん」
梶間頼子「分かってる」
  得物に龍の力を込め始める二人。
  何が起きても良いように、防御優先の態勢を作る。
魔族「喝!」

〇センター街

〇センター街
辰宮玲奈「!!」
梶間頼子「な!!」
橘一哉「おぉう」

〇センター街
魔族「こういう事も、我々は出来るのだよ」
  それは、一言で表すならゾンビの群れ。
  人の形、朽ち果てた体躯。
辰宮玲奈「何、この臭い・・・」
  腐敗臭がひどい。
  明らかに生あるものではない。
魔族「少し前だったか、人界を守る結界に綻びができた」
魔族「この世とあの世の境目が緩んだのでな、利用させてもらう」
魔族「我らの悲願のためにな」
橘一哉「・・・感心しないな、こういうのは」
  低く凄みのある声で一哉は呟いた。
魔族「ほう、貴様の琴線に触れたか?」
  挑発的な口調で魔族が言った、その刹那。
魔族「なんと!」
橘一哉「ほんと、感心しない」

〇センター街
魔族(速い!)
  一瞬だった。
  味方である玲奈と頼子も、呆気に取られている。
  何が起きたかは分かる。
  一哉は一瞬で間合いを詰め、ゾンビの一体を倒したのだ。
  黒龍の力を発動し、その肉体を構成する原子の結合を遮断して分解した。
  だが、事後に把握できても意味がない。
橘一哉「さあ、皆まとめて『還して』やる」
  両の手に力を込め、大地を踏みしめて一哉は死霊の群れを睨みつけた。

〇センター街
魔族「やってみろ!」
  不意打ちだから反応できなかった。
  来るのが分かっているならば、また違うやり方がある。
  まして、
魔族「こ奴らはただの死霊ではないぞ!」
  そう。
  彼が召喚した死霊たちは、その辺を浮遊していて偶然彼の術にかかった存在ではない。
魔族「『向こう側』の怨念、味わうが良い!」

〇センター街
辰宮玲奈「『向こう側』!?」
梶間頼子「!!」
  『向こう側』。
  その単語に、玲奈と頼子は驚いた。
辰宮玲奈(それって、)
梶間頼子(龍たちの故郷じゃないの!)
  そう。
  龍使いたちがその内に宿す龍。
  彼らが自らの故郷を指して使う呼び名そのものだったのだ。
辰宮玲奈「一体どういう事!?」
魔族「答える義理など無い!!」
  言い放って魔族も戦闘に加わった。
梶間頼子「嘘でしょ!?」
  直接戦闘に参加しないのが術者のセオリーのはず。
  召喚したものの制御に力を割くのが基本のはずだ。
魔族「結界こそが我が力の具現であることを忘れたか!!」
辰宮玲奈「っ!!」
梶間頼子「玲奈、下がって!」
辰宮玲奈「くっ!」
  玲奈は風に乗り飛び退りながら一矢を放つ。
  当たり外れはどうでもよい。
  矢を放ち風を起こし、迫りくる魔族を牽制する。
  向かい風に押されて勢いを緩めた魔族に、
梶間頼子「ハァっ!!」
  力一杯金剛杵を振る頼子。
  雷が弾け、
魔族「チィッ!」
  魔族に直撃した。
  だが魔族は怯まない。
梶間頼子「なんで!?」
  雷は厳津霊にして厳槌。
  その電撃と衝撃に耐えるものは存在しない。
  だが、
梶間頼子「耐えた!?」
  目の前の魔族は、わずかに後退したのみで目立った傷もない。
魔族「言っただろう、人界を守る結界が緩んだ、と」
魔族「北にできた綻びが、『向こう側』の力を『こちら側』に流出させているのだ」
魔族「即ち、我らの力は強まっている!!」
梶間頼子「!!」
辰宮玲奈「嘘!?」

〇センター街
  正直な所、魔族自身も内心驚いていた。
  人を守る結界の綻び。
  人が退けてきた、人ならざるもの。
  人が避け続けてきた、人ならざる世界。
  それらを遮断する仕切りに綻びができた。
  人ならざる世界の力が、人の世界に流れ込んできている。
  ただそれだけなのに、自分たちがここまで強化されるとは。
魔族「これこそが、真の世界の力・・・!!」
  驚愕と驚喜。
魔族「これこそが、我らの本来の力だ!」
「そうかい」

〇センター街
魔族「!?」
  急に聞こえた声に驚いて振り向くと、そこには一哉がいた。
魔族「黒龍の!」
橘一哉「この結界、ちょっと変な感じはしたんだ」
橘一哉「その理由、説明どうも」
魔族「っ!!」
  一哉の一撃を紙一重のところで防ぐ魔族。
橘一哉「さっさと終わらせるぞ!」
  神 気 発 勝
  一哉の全身から龍気が立ち上る。
  手足の爪が伸び、鋭さを増す。
橘一哉「せいっ!!!」

〇センター街
「AAhhhh!!!」

〇センター街
橘一哉「!?」
  急に死霊達が一哉の目の前に立ちはだかって壁となり、
  一哉の攻撃を受け、光の粒子となって消滅した。
橘一哉「こいつら・・・!!」
  魔族を、庇った。

〇センター街
魔族「な!?」
  魔族も一瞬驚愕の表情を浮かべたが、
魔族「取り囲み押し潰せ!」
「oooohh!!」
  魔族の言葉に応じるかのような雄叫びを上げ、死霊たちは一哉たちに襲いかかった。

次のエピソード:第陸拾漆話 龍の子

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