第陸拾伍話 明かされる秘密(脚本)
〇中庭
古橋哲也「ねえ、黄龍」
学校の中庭のベンチに座り、哲也は呟いた。
もちろん、誰にも聞こえないような大きさの声だ。
黄龍「なんだ?」
返事をする黄龍も愚かではない。
宿主の身体から出ることなく、直接脳裏に語りかける形で返事をした。
古橋哲也「黒龍って、変わり者だよね」
哲也の言葉に黄龍は答えない。
顔も見せないが、微妙な表情をしているように哲也には思えた。
どう答えたら良いものか、適切な返答が見つからない様子だ。
古橋哲也「僕たちが使う武器は、龍の力そのもの」
古橋哲也「壊れても、すぐに再生できると思ってた」
哲也を例に取れば、彼の得物は斧。
黄龍の力の媒体として土を自由自在に操る。
更に、どんな扱いをしても傷ついたり壊れたりすることは無かった。
だが、黒龍のそれは違う。
黄龍「あの刀、黒龍の力で出来てはいても黒龍自身との繋がりは無かったようだな」
古橋哲也「うん」
哲也は頷き、
古橋哲也「それが謎なんだよね」
人と同じ姿をしていても、人より遥かに優れた能力を有する魔族である。
龍の力によって作られてはいても、物は物。
形あるものは必ず壊れる。
いつ壊れてもおかしくはなかったはずだ。
実際、玄武の力と真正面からぶつかり合った結果として損壊した。
古橋哲也「壊れるリスクがあるのに、どうして黒龍は刀と自分を繋げていなかったんだろう」
黄龍「それは、私にもわからん」
黄龍「黒龍に何かしらの思惑があってのことではあると思うが」
古橋哲也「黒龍は、一体何を考えているのかな」
少なくとも、その黒龍の思惑が一哉の強さの源ではあるような気がする。
黄龍「我ら龍もそれぞれに意思がある」
黄龍「ゆえに、魔族の為さんとする事に異を唱え、結果として『向こう側』を逐われる事になった」
古橋哲也「『向こう側』?」
黄龍「そう」
黄龍「魔族の住まう世界であり、我ら龍にとっても故郷である世界だ」
古橋哲也「!?」
〇高い屋上
辰宮玲奈「うぅ〜・・・」
梶間頼子「また難しい顔してるね、玲奈」
玲奈が悩むことと言えば相場が決まっている。
梶間頼子「どうする?」
頼子は玲奈に聞いてみた。
こうして寄り添うだけでも、多少の気休めにはなる。
もし打ち明けてくれるなら、解決策は見えなくても更に気が楽になるかもしれない。
辰宮玲奈「カズがまた離れてく・・・」
梶間頼子(やっぱり)
案の定、である。
先日の四神との会盟。
そこで一哉は、朱雀の使い手である雀松司から素手の戦いの手ほどきを受けた。
基本的な体の使い方。
基礎的な攻防技術。
一哉が戦い方を覚えてしまうと、
辰宮玲奈「また、あたしの出番が無くなるかも・・・」
玲奈が一哉を援護する必要性が薄れてしまうのではないか。
梶間頼子「それは無いんじゃないかな」
頼子は素直な感想を口にした。
梶間頼子「だって、今のカズは素手でしょ?」
辰宮玲奈「うん」
梶間頼子「だったら、乱戦でカズに近寄る連中をどうにかする必要があると思うの」
辰宮玲奈「うん」
梶間頼子「カズの死角を補うのは、玲奈の弓矢が効果的だと思うよ」
辰宮玲奈「そうかなあ・・・」
梶間頼子(この子は・・・)
なまじ一哉と一緒にいる時間が長い分、彼を信用しすぎている。
八人の龍使いの中でも、一哉の戦闘能力は頭一つ抜けている。
主戦力と言って良い。
玲奈は幼時から一哉と共にいることもあり、その人となりをよく知っている。
だからこそ、彼を信頼し、信用している。
だが、それは一哉に対する過信と、自分に対する過小評価に繋がっているような気がする。
梶間頼子「あたしから見れば、玲奈とカズはピッタリの組み合わせだと思うよ」
何の巡り合わせか、二人は小学生の頃からずっと同じクラス。
頼子だけでなく周囲の人間が見ても、一緒にいるのが当たり前、という認識になりつつある。
しかも、共に龍使いとして戦うことにもなった。
これほど強い縁で結ばれた間柄も中々存在しない、と頼子は思う。
梶間頼子(嫉妬しちゃうよね)
正直、頼子は二人が羨ましい。
なので、せめて二人の間に入って色々と楽しもうと思っている。
梶間頼子「まあアレだよ、玲奈は玲奈のままでいればそれで充分」
梶間頼子「何も悩むことは無いって」
辰宮玲奈「そうかな」
頼子の顔を見る玲奈。
梶間頼子「そうだよ」
頼子は頷く。
辰宮玲奈「ありがとね、頼ちゃん」
険の取れた穏やかな顔で、玲奈は微笑んだ。
〇古めかしい和室
月添咲与「あの、色々頭が追いつかないんだけど」
月添灯花「そうよね、初耳だものね」
初耳どころの話ではない。
月添咲与「内に眠る迦楼羅とか、宿主ではなく龍の子とか、一体どういう事?」
月添灯花「そうね、順を追って話しましょうか」
まずは、月添の内に眠る迦楼羅について。
〇地球
『向こう側』。
そこは、魔族が暮らす世界。
その呼び名は通称である。
正式な呼び名は存在しない。
『向こう』と称するからには『こちら』もある。
では、『こちら』とは何処なのか。
それは、人類の暮らす世界である。
そこを基準として、境界を越えたその先。
〇古めかしい和室
月添灯花「故に、『向こう側』と呼ぶの」
月添咲与「数多の同胞が暮らす世界のことよね?」
月添灯花「ええ」
灯花は頷く。
月添灯花「私たちは、彼らを助けるために、あえて『こちら側』に残った」
月添灯花「同胞が再び、『こちら側』にこられるように」
月添灯花「咲与、私たち魔族と人間の最大の違いは何?」
月添咲与「それは、」
咲与が幼い頃から聞かされてきた話。
月添咲与「私たちは、」
月添咲与「魔族は、」
神獣を祖とし、その力を受け継いでいる
〇中庭
黄龍「魔族は、人間の世界『こちら側』に侵攻する計画を立てていた」
黄龍「だが、神獣の中でも龍を祖として崇める者たちはそれに反対した」
力で無理矢理現状を変更するのは、自然の摂理に反する。
黄龍「だが、その意見は聞き入れられることはなかった」
むしろ反乱分子として粛清対象となり、龍の部族は尽くが命を奪われた。
黄龍「我々龍は信仰者を失って大幅に力を弱められ、更に我ら自身も魔族によって命を奪われそうになった」
黄龍「だが、力が弱まった事が逆に幸いとなった」
弱体化した龍の波動は、魔族に感知されにくくなった。
それを利用して龍たちは『向こう側』から『こちら側』へ逃げ出すことに成功。
黄龍「宿主に相応しい者を探して宿り、今に至るというわけだ」
古橋哲也「・・・」
初めて明かされた、龍と魔族の因縁。
黄龍「魔族たちは、様々な『神獣』を祖として崇めている」
そして、信仰する神獣によって様々な能力を有する。
古橋哲也「じゃあ、あの鳥みたいな化物や矢口朱童という奴の能力も、」
黄龍「そうだ」
信仰する神獣により身に付けた能力、ということか。
古橋哲也「僕たちが戦ってきたのは、とんでもない連中だったんだね・・・」
黄龍「だが、心配はするな」
黄龍「こちらの都合で勝手に宿主にしてしまった、せめてもの償いだ」
黄龍「お前を絶対に死なせはしない」
黄龍「それは、全ての龍が宿主に対して誓っている最低限の義理だ」
〇古めかしい和室
月添灯花「私たち月添の一族は、迦楼羅を祖とする一族」
月添灯花「その血には、迦楼羅の力が眠っている」
月添灯花「でも、その力は代を重ねるにつれて薄れていく」
薄れゆく迦楼羅の血と力を護るために編み出されたもの。
月添灯花「それこそが、神獣功よ」
月添咲与「そんな、」
今まで教わってきたのとは話が違う。
月添灯花「こちら側で生きる以上、私たちは魔族であることを隠して人として生きる必要があった」
月添灯花「でもね、その人であるという意識こそが、私たちの力を弱める大きな要因になってしまっていた」
だからこそ。
月添灯花「あの狭間の神域で、人であるという意識を捨てて魔族として覚醒する必要があった」
月添灯花「それこそが、迦楼羅の秘伝を貴方に会得させる方法だった」
心の中に残る人としての意識を捨て去ることで擬似的に死を迎え、魔族として再生する。
月添灯花「でも、それはうまくいかなかったわ」
一哉と出くわしてしまった。
月添灯花「あなたは、迦楼羅として非常に優れた資質を持っているわ」
月添灯花「親の贔屓目ではなく、迦楼羅の伝承者として、保証します」
月添灯花「でも、今回はそれが邪魔をしてしまった」
迦楼羅は龍の天敵。
だからこそ、龍がいれぱ狙ってしまう。
月添灯花「迦楼羅の秘伝の体得は、また別のやり方を考えましょうか」
月添咲与「ええ・・・?」
別の方法?
月添咲与「ねえ、母さん」
月添灯花「なあに?」
月添咲与「秘伝の会得方法って、」
八十矛神社の神域に籠ることではなかったのだろうか。
月添灯花「やり方が一つだけだと思った?」
月添咲与「え?」
月添灯花「やり方はいくらでもあるわよ?」
月添咲与「・・・」
時折母のことがよく分からなくなる咲与であった。


