第陸拾四話 夜戦明けて(脚本)
〇古めかしい和室
月添咲与「・・・」
月添咲与「あの、母さん、」
咲与はおずおずと口を開いた。
月添灯花「なあに?」
月添咲与「どうして戦いを止めたの?」
昨夜。
八十矛神社の神域の奥で戦っていた咲与と一哉の間に割って入ってきた灯花。
あの戦いは、咲与が優勢だった。
龍の力を宿していても、素手の立ち回りでは咲与に一日の長がある。
得物を失い戦い方を変えたばかりの一哉に勝てたかもしれない。
だが、母はそれを止めた。
月添灯花「あら、その事?」
母・灯花はニコリと微笑み、
月添灯花「あのまま戦っていたら、とんでもない事になっていたからよ」
月添咲与「!?」
灯花の口調はいつになく真剣で、その表情も深刻なものだった。
このような母の顔も、口調も、咲与は初めて目にするものだった。
月添咲与「どういうことなの?」
人格、能力、知識、人脈。
灯花が一廉の人物であることは、幼い頃から彼女の薫陶を受けてきた咲与自身がよく知っている。
その灯花が、真剣な顔をしている。
一種の非常事態といえた。
月添灯花「あの場所はね、特別な場所なの」
月添咲与「特別な場所?」
月添灯花「そう」
灯花は頷く。
月添灯花「現世と幽世の狭間、生と死の境界」
月添灯花「だから、」
迦楼羅の秘術の修得には最適の場所。
月添灯花(彼女が出てこなかったのは、誤算だったけど幸いだった)
ある人物の出現を危惧していたが、なぜかその人物は出てくることはなかった。
月添灯花(なぜかしらね・・・)
〇普通の部屋
橘一哉「あー、ヤバかった」
一夜が明け、一哉は自室でぐったりとしていた。
橘一哉「なんなんだよ、アレ・・・」
遅れて来た精神的疲労が一哉を苛んでいた。
ふと昨夜の事を思い出した瞬間、ドッと疲労感に襲われたのである。
黒龍「お前も中々繊細だな」
フフ、と黒龍が笑う。
黒龍「あの地は本来ならば立ち入ることが許されない場所だ」
黒龍「あの刀があったから入ることができたようなものだが、」
そこで一旦黒龍は言葉を切り、
黒龍「あの女と一戦交えたのは、些かまずかったな」
頭を巡らして窓の外を眺める。
遠い目で見たのは、八十矛神社か、はたまた咲与の気配を感じたからか。
橘一哉「確かにそうだよなぁ」
一哉も黒龍の言葉に頷く。
まがりなりにも神域である。
神聖な領域である。
そんな場所で荒事に及び、下手をすれば血の穢れを撒き散らしかねないような事は避けるべきだった。
だが、
橘一哉(咲与はやる気満々なんだよなぁ・・・)
逃げに徹して逃げ切れたかどうかは大いに怪しい。
橘一哉「あんな暗い中で正確に狙ってくるんだもんなあ・・・」
鷹のように鋭い目線が、夜の闇の中で梟のように正確に一哉を捉えていた。
黒龍「まあ無事で何よりだ」
黒龍「刀の供養もできたし、四神の面々に素手の闘法をしっかり教授してもらえ」
ハハ、と黒龍は笑う。
橘一哉「黒龍は何か教えてくれないのかよ」
不満げに一哉が問いかけると、
黒龍「手甲・足甲・内功の三つの『こう』では不満か?」
橘一哉「・・・」
一哉は黙り込む。
朱雀の雀松司から素手の闘技を習いはしたが、それ以前の戦いでも特に問題なく戦えてはいる。
玲奈の援護付きという条件下ではあるが、単純に手足を振り回すだけでも魔族を倒すことはできている。
橘一哉「まあ、そういうことにしとくよ」
力の出し方は分かっている。
その反面、受け方や流し方など防御の技術が心許無いのは確かだ。
より効率的な攻防の技術を、学べばいい。
相手に接触するのが武器から自分の身体に変わるだけではある。
その些細だが大きな違いを、やがて一哉も実感することになる。
〇古めかしい和室
月添灯花「彼が神獣功とは似て非なる何かを使った、と言ったわね」
月添咲与「ええ」
灯花の言葉に咲与は頷く。
月添咲与「龍の力を使ったと思われる手甲足甲を纏ったわ」
その籠手も足甲も、動きは非常に滑らかだった。
月添咲与「神獣功かと一瞬思ったわ」
でも。
月添咲与「あれは、神獣功などではない」
咲与は断言した。
月添灯花「・・・」
娘の話に灯花は黙り込んだ。
月添咲与「母さん?」
月添灯花「神獣功でなければ、それは何だと思う?」
月添咲与「?どういう事?」
母の言葉がいまいち理解できずに咲与は問い返す。
月添灯花「咲与、神獣功とは何か、説明できる?」
月添咲与「はい」
母であると同時に師匠でもある灯花の問いに、咲与は頷いた。
〇地球
神獣功。
神獣の力を我が身に宿し操るための様々な修行法である。
俗に言う『気功』が最も近い。
この行法を体得すれば、神獣の様々な力を操る事ができる。
〇古めかしい和室
月添咲与「我が一族に伝わるのは、神獣・迦楼羅の力を会得するための方法」
月添咲与「迦楼羅の呼吸、迦楼羅の型、迦楼羅の技」
月添咲与「それらを学び、習い、修め、至るのは迦楼羅の境地」
天を自在に飛び回り毒を食らう金翅鳥王・迦楼羅。
その迦楼羅の如く融通無碍なる自在の境地に至る。
月添灯花「その通り」
だが。
月添灯花「私たち月添の血を継ぐ者は、一つだけ違う点がある」
月添咲与「違う点?」
月添灯花「そう」
灯花は頷き、
月添灯花「それはね、」
月添灯花「月添の人間にとって、神獣功というのはね、」
我が身の内に眠る、
迦楼羅の力を目覚めさせるための、
秘伝の奥義そのもの
〇実家の居間
如月玄伍「・・・ふむ」
庭先で構えを取り、玄伍は一息ついた。
如月玄伍「黒龍の全力の一撃、恐ろしいものだな」
その両腕には、籠手を纏っている。
玄武の力である不破の甲『金剛鉄甲』だ。
一哉と戦った時と全く同じ形のものが、そこにあった。
一つ違うことといえば、
如月玄伍「完全修復には未だ至らぬか・・・」
呼吸を整え、気を高め、両の腕に玄武の力を集中すること既に一時間以上。
同じ姿勢で立ち続けている。
それはそれで良い修行にはなるのだが、目的はそれではない。
目的は、両腕のそれ。
金剛鉄甲の再構成を試みているのである。
不破と信じ、実際に不破を以て無数の人外を退けてきた自慢の武具。
金剛の名に相応しい頑強無比の籠手には、無数の亀裂が入っていた。
一哉との戦いから日が経つが、未だに完全な形を取り戻していない。
それは即ち、金剛鉄甲を為す力の大元である玄武自身がダメージを受けたという事だ。
如月玄伍「玄武よ、余程の力を打ち込まれたか・・・」
???「・・・・・・」
玄伍の内なる神獣は答えない。
応えはするが、答えようとしない。
玄伍の宿す玄武は、元より寡黙な性質である。
とはいえ、その玄武が、宿主の求めに応じて力は出すが意識が動いている気配がない。
如月玄伍「今暫く、休むか」
???「・・・」
内なる玄武が、静かに頷いたような気がした。
〇古めかしい和室
月添灯花「もう一度聞きます」
橘一哉は、神獣功を使ったのか?
月添咲与「それは勿論、」
違う。
あれはおそらく龍の力で間違いない。
だが、一哉が龍と一つになるような修行をしているとは思えない。
ならば、あれは龍の一部を具現化させて自身に纏っているだけであり、神獣功とは言えない。
月添灯花「本当にそうかしら?」
咲与の回答を灯花は肯定しなかった。
月添咲与「え?」
思わず呆けた顔をする咲与。
神獣功の理論からすれば、当然の帰結ではないのか。
月添灯花(この子は、本当に優等生だわ)
師である自分の教えを忠実に守り、信じている。
そんな娘であり最高の弟子である咲与に、灯花は言葉を続けた。
月添灯花「あの子は、他の龍使いとはモノが違うわよ」
月添咲与「モノが、違う?」
月添灯花「あの子は、橘一哉はね、龍の宿主、龍使いではないの」
月添灯花「あの子はね、」
『龍の子』よ


