第陸拾参話 龍迦夜戦(脚本)
〇木の上
月添咲与「何を隠した、橘一哉」
こちらに向き直った一哉に咲与は問うた。
一哉が巨岩の隙間に何かを隠したのは見えた。
しかし、それが何かまでは分からない。
出くわした時に何かを持っていたのは覚えている。
細長い箱だった。
その箱の中身を隠したのであろうというのは想像がつく。
ここに一哉が何故来たのか。
その目的は兎も角、
月添咲与「得物を失った今の貴様になら、勝てる!」
風が起こり、咲与の髪と服を揺らす。
龍使いは皆、龍の力を操るための武器を使う。
その武器を失い、龍の力の制御をうまくできなくなっている一哉に咲与が負けるはずが無い。
しかし、
橘一哉「さあ、どうかな」
一哉は不敵な笑みを浮かべ、深呼吸をした。
すると、
一哉の手足から黒い霧が吹き出し、左右の前腕と脛を覆った。
月添咲与「貴様、それは!」
目を見張る咲与。
纏わりついた黒霧は、鋭角的な意匠の手甲と脛当へと形を変えた。
月添咲与「黒龍から神獣功を伝授されたか」
橘一哉「神獣功?なんだそれ?」
月添咲与「知らないなら別に構わない」
月添咲与「全て無駄な努力だと思い知るだけだ!」
橘一哉「うおお!?」
〇湖畔
橘一哉(やっぱり無手だと向こうが一枚上手か・・・!)
一哉と咲与は、何手も交えながら次第に巨樹と磐座から遠ざかりつつあった。
岩と木の陰から離れ、月と星の光、そして湖面の照り返しが二人を照らし出す。
月添咲与「立派なのは形だけか!」
橘一哉(くそっ!)
黒龍からは内功を、司からは基本的な身法を教わった。
何度か魔族も倒してきた。
しかし、やはり咲与はレベルが違う。
月添咲与「そんな防具、打ち砕いてやる!」
咲与は躊躇なく一哉の防具を狙って攻撃を繰り出す。
あまりにも躊躇いのない咲与の攻撃に、一哉は思わず回避行動をとった。
月添咲与「武具を壊されるのが怖いか、橘一哉!」
橘一哉「っ!!」
心の奥底を見透かされたような気がして一哉は顔を歪めた。
無意識の行動ではあったが、思い当たる節がないわけではない。
戦法を切り替えて以来、相手の攻撃に真っ向からぶつかる形を取ってこなかったのは事実だ。
刀を使っていた時は、相手の攻撃を正面から、或いは防御諸共、必殺の意気を以て切り伏せることも平気だった。
しかし、無手となってからは相手の隙に一撃を叩き込み、攻め手や防御態勢を潰すような遣り方は自然と避けている。
橘一哉(痛い所をチクチクと・・・!!)
攻め手も言葉も、咲与の発するものは尽く一哉にとって痛いところを的確に突いてくる。
鳥が嘴で何度も相手を突付き、そして啄むように繰り返し、繰り返し。
そんな咲与のスタイルに、
橘一哉(なんかムカついてきた!)
一哉の中で何かがキレた。
〇湖畔
スッ、と一哉の中で熱が引いた。
体中を満たす熱量はそのままに、相手の攻撃に無我夢中で応じる精神の沸騰が一気に冷めていく。
そして、心が覚めていく。
咲与の動きがよく見える。
観える。
観えるようになってきた相手の動きに対し、精神を研ぎ澄ます。
刃よりも鋭く。
氷よりも冷たく。
透き通るように純粋な。
〇湖畔
月添咲与「!!!!」
そんな一哉の変化を、咲与も感付いた。
しかし、一度羽ばたいて飛び出した突進は止められない。
月添咲与「ええい!!」
〇湖畔
月添咲与「っ!!」
人の体同士がぶつかり合ったとは思えない音が響き、二人は互いに飛び退る。
月添咲与「貴様、何だ、それは」
咲与は一哉の右手を見る。
前に突き出された一哉の右手は、手甲が変形していた。
指先が鋭く尖っていた。
月添咲与「神獣功ではないな、それは」
咲与は知らない。
一瞬の内に形を変えるなど、咲与が習い覚えた神獣功の体系に存在しない。
橘一哉「知ったことかよ」
左手を後ろに引く一哉。
左の手甲もまた、鋭い指先に変わっている。
ジャッ、という足音に咲与が一哉の足元を見ると、
月添咲与「足も、だと!?」
足元の靴も、鋭い指の付いた足甲に覆われていた。
しかも、足甲の爪は一哉自身の足の指の動きと連動しているらしい。
橘一哉「おお!?」
咲与の視線につられてチラリと足元を見た一哉も驚きの声を上げた。
橘一哉「なんじゃこりゃ!?」
そう言いながら一哉は爪先の五本の爪を開いたり、閉じたり、広げたりと器用に動かす。
月添咲与「うわキモ」
その動きの滑らかさに、咲与は眉を顰めた。
足の指というのは、これほど器用に動くものなのか。
ともあれ、一哉の反応から窺うに、どうやら本人の意識とは別に手甲足甲の変化は起きていたらしい。
月添咲与「ほんとにお前は何なんだ!」
訳が分からない。
橘一哉という少年は、本当によく分からない。
月添咲与「こんなに不可解で理解不能でムカつくのは初めてだ!」
そして咲与もキレた。
〇湖畔
月添咲与「ちいっ!!」
鈍器と刃物、どちらが厄介かと言われたら、咲与は間違いなく『刃物』と答える。
鈍器ならば、どの部位も手で触れることができる。
素手で掴み、相手の動きを制限することができる。
だが、刃物はそうはいかない。
刃の部分に触れれば、此方は出血し、あるいは体の一部を失うことになる時もある。
無手の戦いを基本とする咲与にとって、鈍器よりも刃物の方が対応には注意を払う。
とはいっても、武器を持つ相手への対処法自体は基本を押さえれば難しくはない。
厄介なのは、今目の前にいる相手のような存在だ。
〇湖畔
今の一哉の戦い方。
基本的な動きは無手のそれだが、その手先足先が刃物と同じ鋭さを持っている。
いわば、素手の間合でありながら刃物を使っている状態だ。
これは厄介極まりない。
〇湖畔
月添咲与「貴様の技、龍の秘伝か」
橘一哉「黒龍に習ったのは確かだけどな」
手足の爪のおかげか、攻守は一哉がやや攻め気味。
鋭い爪を躱して一撃を叩き込もうとする咲与だが、一哉の反応も早く紙一重で届かない。
何とか手足を取ろうとしても、固定する直前で抜けられてしまう。
月添咲与(これでは埒が明かない)
掴もうとしても逃げられる。
ならば、
神 気 発 勝
月添咲与「はあああっ!!」
橘一哉「!!」
咲与の気が膨れ上がる。
月添咲与「おおおっ!!」
咲与から湧き上がる力が、巨大な神鳥の形を取り、
月添咲与「神鳥の羽撃、受けろ!」
咲与が両腕を左右に広げて今正に一撃を放たんとした、その刹那。
「おやめなさい」
「!!」
〇湖畔
声が響き渡り、
月添灯花「二人とも、今日はそこまでにしておきなさい」
一人の女性が姿を現した。
月添咲与「か、母さん!?」
現れた人物に驚く咲与と、
橘一哉「おかあさん!?」
咲与の言葉に驚く一哉。
二人とも目を丸くし、態勢はそのまま。
そんな二人を交互に見やり、
月添灯花「二人とも、ここで戦うのは感心しないわね」
月添咲与「でも、」
咲与が何かを言おうとすると、
月添灯花「咲与、貴方の目的はなあに?」
月添咲与「・・・」
女性に問われた咲与は黙り込んでしまった。
咲与が大人しくなったのを確認すると、女性は一哉の方へと向き直り、
月添灯花「私は月添灯花」
月添灯花「この月添咲与の母です」
自己紹介をした。
橘一哉「あ、えっと、橘一哉です」
名乗られた一哉が月添灯花と名乗る女性に名乗り返すと、
月添灯花「ええ、知ってるわ、龍の子さん」
橘一哉「龍の子?」
一哉が怪訝な顔をすると、
月添灯花「あらごめんなさい、口が滑ってしまったわ」
口元を覆い、ホホと笑う灯花。
月添咲与「ねえ、母さん、」
月添灯花「なあに?」
我が子へ振り向く灯花。
月添咲与「秘伝の秘術の件なんだけど、」
月添灯花「そうねえ、最初からやり直しね」
月添咲与「ハア、そうなるのか・・・」
母の言葉に、咲与はため息をつき項垂れる。
月添灯花「そういうわけだから、邪魔しちゃってごめんなさいね」
スッ、と浮き上がるようにして灯花は姿を消し、
月添咲与「今日はここまでにしておいてやる」
同じようにして咲与も姿を消した。
橘一哉「・・・何なんだ、一体・・・」
残された一哉はポツリと呟いた。


