名刺の重さ(脚本)
〇白い校舎
名刺一枚、ポケットに入れて歩くだけで、世界の段差が増えた気がした。
全部が、「本当にいいのか?」って聞いてくるみたいで、うざい。
???「おーい、スーツ野ろ・・・志乃原〜」
学校の門を出たところで、勇斗が追いかけてきた。
勇斗「怪我とか足のフレーム大丈夫なん?」
「平気だ平気、どうせもう寿命だったし」
壊れたレッグフレームを肩に担ぎ直す。
さすがに歩きづらいから、今日は外して帰ることにした。
勇斗「でさ、さっきの人、誰だったん?」
「東都工学高の・・・・・・たぶんなんか、偉い人」
勇斗「マジで!? スカウト!?」
声がデカい。
「シーッ、うるせえよ。もし違ったら恥ずかしいだろ」
勇斗「違わねー顔してたけどなあ。お前、東京行きか〜?」
「簡単に言うな」
勇斗は笑って肩を小突いてくる。
勇斗「でも、もし行くことになったらさ、ちゃんと言えよ?」
「なにを?」
勇斗「“行く”って。勝手に消えんなよ。漫画かよ」
そんな会話をして別れて、坂道を一人で降りる。
〇シックな玄関
ため息ひとつ付いて玄関を開けると、醤油と揚げ物の匂いがした。
???「おかえり、駿」
〇アパートのダイニング
母ちゃんが台所から顔を出す。エプロン姿。
今日は夜勤なしらしい。
母「大丈夫だった?」
「うん。壊れたのスーツだけ」
冗談っぽく言うと、母ちゃんは一瞬眉をひそめて、それから苦笑いした。
母「スーツも大事なんだけどね・・・・・・。ご飯できるから手洗ってきて」
居間の方から、父ちゃんの声。
父「派手に転んだって聞いたぞ」
「情報早いな!」
父「勇斗の親から連絡来たからな」
通信網怖。
〇アパートのダイニング
レッグフレームを玄関に立てかけて、手を洗う。
鏡に映る自分の顔が、思ったより真面目だった。
(話そう)
さっき決めたことを、もう一度心の中で繰り返す。
逃げるにしても、向かうにしても、中途半端が一番ダサい。
テーブルの上には、白いご飯と味噌汁と、山盛りの唐揚げ。
母「今日は特売だったのよ」
母ちゃんが胸を張る。
父ちゃんが箸でつつきながら
父「珍しいな」
三人揃って「いただきます」をして、最初の数口は普通の家族の時間だった。
唐揚げがうまい。
いつもより味がちゃんとする。
だからこそ、この後に言うことが喉につかえる。
「今日さ」
自分でもびっくりするくらい、声が出ない。
母「駿?」
母ちゃんが首をかしげる。
父ちゃんはテレビのリモコンに手を伸ばして、音量を下げた。
逃げ道を塞がれる。
「・・・・・・今日、E-TRACEの選考でさ」
母「聞いたわ。途中まで一位だったって?」
母ちゃんは嬉しそうに言う。
母「でも転んだんでしょ? 大丈夫だった?」
「大丈夫。で、そのあと──」
ポケットから名刺を出して、小さい音で、テーブルの上に置いた。
東都工学高等学院のロゴが、蛍光灯の光を拾う。
母ちゃんの顔から、一気に血の気が引いたのが分かった。
父ちゃんは、それをじっと見つめる。
「・・・・・・これ」
母ちゃんが名刺をつまみ上げる。
母「テレビの・・・・・・」
「今日、来てた。走り見てて、“二年から編入しないか”って」
母「・・・・・・は?」
母ちゃんの声が裏返る。
父ちゃんは一度俺を見て、それからまた名刺に視線を戻した。
部屋の空気が、唐揚げの湯気ごと固まる。
「あっ、あの、その、えっと・・・いきなり決めてきたとかじゃないから。ちゃんと“考えさせてください”って言ったから」
言い訳みたいな言葉が先に出た
「学費がさ、その、推薦とラボの仕事で軽くなるかもって話で。でもゼロじゃないし、そもそも東京だし、ここどうするんだって話で」
早口で並べて、最後に息が切れる。
母ちゃんは名刺を持ったまま、何も言わない。
父ちゃんも黙っている。
怖い。
「俺は・・・・・・」
喉が乾く。
唐揚げを飲み込むみたいに、言葉を無理やり押し出した。
「行きたい。正直」
その瞬間、自分の心臓の音がうるさくて死ぬかと思った。
「で、でも、無理ならいい。ここに残って働いて、今まで通りで────」
父「勝手にまとめるな」
父ちゃんの低い声が、テーブルを震わせた気がした。
顔を上げると、父ちゃんがじっとこっちを見ている。
いつもより、少しだけ目が怒ってる。
父「今、“行きたいけど無理ならいい”って言ったな」
「・・・・・・言った」
父「それは、“無理って言ってくれ”って意味か?」
図星すぎて、言葉が詰まる。
父ちゃんはため息をひとつ吐いた。
父「俺のせいにするなよ」
「してねえよ」
父「してる。お前、その目は“父ちゃんが動けないから”って言い訳探してる目だ」
そんなつもり──
そう言いかけて、喉で止まる。
ある。どこかに。
父「俺が歩けりゃ、お前たちをもっと楽させてやれたって思ってる。だから余計な負担増やしたくねえんだろ」
図られてる感じが腹立つのに、何も反論できない。
父「でもな」
父ちゃんは名刺を指で軽く弾いた。
父「それと“お前が行きたいかどうか”は別問題だ」
母ちゃんが、小さく「大輔」と名前を呼ぶ。
父ちゃんは続けた
父「俺の足を言い訳にして夢諦めたら、マジで一生ダサいぞ」
心臓、また変な跳ね方した。
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
絞り出すと、父ちゃんは簡単に言った。
父「見に行け」
「え?」
父「その学校とやらを。俺らも一緒に」
言ってから、「なあ」と母ちゃんを見る。
母「ちょっと待って、東京よ? 大変よ?」
父「大変だろうな。だから行く価値があるかどうか、この目で見てやる」
父ちゃんの声は、不思議と明るかった。
父「怪しい学校だったら、その場で俺がぶっ潰す」
「それはやめて」
思わず笑ってしまう。
母ちゃんは名刺を握りしめたまま、長く息を吐いた。
母「・・・・・・本当に、あんたの走り見て、声かけてくれたの?」
「うん」
母「そんなこと、うちの子に起こる?」
「起きた」
母「そっかあ・・・・・・」
母ちゃんは、目の奥を少し赤くして、笑った。
母「“行きなさい”とはまだ言えない。お金のこともあるし、東京怖いし、心配だらけ」
「・・・・・・だよね」
母「でも、“行く前から諦めなさい”とも言いたくない」
それは、ずるいくらいまっすぐな本音だった。
母「だから一回見に行こ。ちゃんと話聞いて、“それでも行きたい”って顔するなら、そのときまた家族で喧嘩しよう」
「喧嘩なの?」
母「もちろん。簡単に送り出したら、親やってる意味ないもん」
母ちゃんの言葉に、父ちゃんが「それな」と笑う。
唐揚げの匂いが戻ってくる。
名刺はまだテーブルの上にあるのに、さっきより少しだけ、軽く見えた。
「・・・・・・ありがとう」
今は、それしか言えなかった。
父「礼言うのは、決めてからでいい」
父ちゃんが唐揚げを一個、俺の茶碗に乗せる。
父「遠出するなら、体力つけとけ。坂しか走ってねえ奴が都会で迷子になったら困る」
「迷子になる前提やめろ」
笑いながら、唐揚げをかじる。
うまかった。
名刺一枚の重さは、その夜、家族三人で分け持つことになった。


