折れたフレームとスカウトマン(脚本)
〇保健室
救護室のベッドは、思ったより柔らかかった。
そのせいで、余計に現実感がなかった。
???「悪ぃな。 志乃原・・・」
勇斗が椅子に座って、頭かいてる。
勇斗「でも、マジで途中までエグかったぞ。先生も“これ代表決まりだな”って顔してたのにさ」
「結果的に落ちたけどな」
勇斗「お前の走り良かったぜ。 後で動画撮ってたやつにも送ってもらう?」
「いやいい。今は見たくねえ」
身体を横にすると勇斗はそれっきり黙り込む。
勇斗なりに元気づけようとしていたのだろう。
沈黙が少し続いてから、ふと思い出したみたいに勇斗が言う。
勇斗「あ、そうだ! なんかさ、見てた人が話したいって。外で待ってるって言ってた」
「へー、誰?」
勇斗「知らねースーツのおっさん」
「俺、スーツの人とかあんま信用しないんだけど・・・」
勇斗「まぁまぁ、とりあえず呼んでくるわ」
勇斗が足早に出て行く。
スーツのおっさん。
スポンサーか、どっかの教師か、クレームか。
どちらにしろ。
どうせ「危ない真似すんな」とか「その装備で出るな」とか、そんな感じだろ。
???「失礼します」
落ち着いた声と一緒に、カーテンが少しだけ開いた。
入ってきたのは、想像より若い男だった。
銀縁メガネの紺色のジャケット。
胸には見慣れない校章みたいなエンブレム。
第一印象が、都会の人、って感じ。
???「君が、志乃原 駿くんで合っているかな?」
「・・・・・・はい」
ベッドに座り直すとベットがギシっと鳴る。
男は俺のレッグフレームを一瞥した。
飛び出した配線、焦げた痕。
それを見て、眉をしかめるでも笑うでもなく、ただじっと見てから言った。
???「この負荷をこのモデルで?」
「へ?」
???「うむ。 ふむ。 なるほど・・・」
男は勝手に納得したみたいに頷いた。
(なんなんだ、コイツ)
「えーと、どちら様でしょうか?」
さすがに聞くと、男は思い出したかのように名刺を差し出してきた。
???「私は、黒瀬仁。 東都工学高等学院 E-TRACE強化部、およびパワードスーツ技術開発部門のスカウトをやっている」
聞いたことのある単語が、一気に並んだ。
東都工学高等学院。
何度かサイトのトップに来る、あのタワーの学校。
「あのテレビとかに出てる?」
黒瀬「まあ、たまにだけどね」
黒瀬はあっさり頷いて、すぐ話を本題に戻す。
黒瀬「今日の君の走り、最初から最後まで見ていたよ」
「・・・・・・あれ最後までって言えるのかどうか微妙ですけどね」
黒瀬「最後まで、だ」
黒瀬は少し笑った。
黒瀬「あの古い作業用フレームで、仮のコースとはいえ、あのスピードで駆け抜けた高校生は、少なくとも僕の知る限りいない」
「いや、それはたまたまで・・・・・・」
黒瀬「たまたまでは、限界超えるまで踏み込んだフレームの壊れ方はしない」
グサッと来る言い方を、笑顔でしてくる。
黒瀬「スーツの機材的には褒められたことじゃない。 だが“走り手の性質”としては、悪くない」
「性質って・・・」
勇斗「そう。限界を測るときに、一回ちゃんと突っ込める人間かどうか、ってことだ」
言ってることは、もっともらしい。
でも。
「もう、壊れているんですよ。 俺のスーツ」
だから、と続けようとした言葉を、黒瀬が先に拾った。
黒瀬「だから、うちに来ないか?」
「・・・はい!?」
何かの聞き間違えかと思った。
黒瀬「うちの学校に。二年からの編入という形で。E-TRACE競技コースと、レスキュー・工学連携のプログラムがある」
まっすぐな目で俺を見て言う。
黒瀬「君の走り方と、あの“集中に入る癖”は、そのままにしておくには惜しい」
「いやいや、ちょっと待って下さい」
慌てて手を振る。
「俺、そんな、今日初めて出ただけで。しかもゴールしてないし。スーツもこんなだし、その、成績だって普通だし」
黒瀬「それくらい知ってる」
黒瀬「推薦の話をする以上、その程度の情報はすぐに調べている」
(えー、怖〜)
黒瀬「君は毎日新聞配達をしていて、新品のスーツは買えない。父親は災害の後遺症で歩けず、母親は昼夜働いている。合っているかな?」
心臓が嫌な跳ね方をする。
「なんで、それを・・・?」
黒瀬「スカウトという仕事柄、“なぜこの装備なのか”は調べる。事情を知らずに口説くのは失礼だからね」
ニコッと笑うが、内容は軽くない。
黒瀬「事情を知った上で言う。君にはうちに来る資格も価値もある」
簡単に言うなよ。
「・・・学費、高いんすよね」
黒瀬「うん”普通に入れば”、ね」
黒瀬は頷き、続けて話す。
黒瀬「競技推薦と技術アシスタントで大半、うちのラボでスーツ整備やデータ解析の手伝いをしてもらう形になるが、君なら問題ないだろう」
「大半って」
黒瀬「ゼロとは言わない。君にも、君の家族にも負担は当然かかる。でも、その上で提案している」
逃げ道を一つも用意してくれない。
黒瀬「それから、こっちは真面目に人材探してる。“可哀想だから拾ってあげよう”なんて安い動機なんかで声をかけてない」
その言葉だけは、まっすぐ刺さった
黒瀬「・・・ひとつ、個人的に本音を言えば、今日の走りを見て、“この子、うちに欲しいな”って普通に思った。それだけ」
「・・・・・・今、ここで返事しろって言われても無理です」
「それに、家のこともあるし。俺がいなくなったら配達どうすんのとか、父ちゃんどうすんのとか。勝手に決めたら後悔します」
気づいたら、そう言っていた。
黒瀬「当然だ。だから今すぐ答えが欲しいとは言わない」
黒瀬「まずはご家族と話してほしい。一度、学校を見学に来てくれ。その上で、“行きたいかどうか”を決めるといい」
もう一度、受け取った名刺に目を通す。
名刺の白に、黒い文字が並んでいる。
東都工学高等学院
E-TRACE強化部 スカウト担当
黒瀬 仁
現実感のない単語が、綺麗に印刷されていた。
黒瀬「それじゃあ、志乃原駿くん。 最後に、何か聞きたい事はあるかい?」
「あの・・・もし行ったとして、ダメだったら?」
黒瀬「それは、競技でかい?」
「はい。通用しなかったら」
黒瀬は少しだけ目を細める。
黒瀬「その時は、競技だけがうちじゃない。レスキューや整備に開発。進む道はいくつもある。“救う側”に立つ形は、一つじゃない」
「それでも、途中で投げ出したら?」
黒瀬「それは君の責任だ。でも、戻る場所がなくなるわけじゃない」
あっさり言うけど、その“戻る場所”に家族が含まれてるかどうかが、一番怖いんだよ。
「一度、考えさせてください」
それが精一杯だった。
でも、黒瀬は満足そうに頷く。
黒瀬「それでいい。じゃあ、連絡を待っているよ」
立ち上がる前に、壊れたレッグフレームをもう一度見て、ぽつりと言った。
黒瀬「これ、悪くないセンスでカスタムしてる。直せるところまで直しておきなさい。向こうでも、きっと役に立つ」
「向こうって・・・まだ、決めつけないでください」
黒瀬「予定だよ。予定」
軽口みたいに言って、黒瀬は救護室を出ていった。
〇保健室
黒瀬が出ていってからどのくらい時間が経っただろうか・・・
「なんだそれ」
叫ぶ代わりに、ベッドにひっくり返る。
行きたい
喉まで出かかってる言葉を、歯で噛み殺す。
(どうするんだよ・・・俺)
あの日、泥の中で見たスーツ。
さっき、限界まで踏み込んだ瞬間の感覚。
その全てが、「お前行けよ」と言っているようだった。
でも同時に、家の風景が頭をよぎる。
父ちゃんの車椅子。
母ちゃんのメモ。
冷蔵庫の中身。
名刺一枚が、こんなに重いなんて知らなかった。
俺はそれをポケットに押し込みながら、心の中でひとつだけ決める。
(今日のこと、ちゃんと話そう)
逃げるにしても、飛び込むにしても。
一回は、家族で卓を囲んで決めなきゃいけない。
そう思った。


