極限集中の目(脚本)
〇白い校舎
スタート合図のホイッスルを待つ間、俺は、なんでここに立ってんだろうと思っていた。
体育館裏の仮設コース。
そこに並んだのは、クラスでも運動できる方のやつらと、部活の有志。
足元には学校支給の簡易スーツ。新品の白いやつ。
その列の端っこに、一人だけ色の違う鉄屑が混ざってる。
俺だ。
???「ほんとうにそれで、出るの?」
タイム係の先生が、俺の膝を見て言う。
「それしかないんで」
???「何かあっても責任取れないからな」
「了解ッス」
先生は呆れたように鼻を鳴らして、笛を口に持っていった。
コースを見渡す。
最初の低いハードル。吊り輪。ロープ。中くらいの壁。
ぐらつく足場。最後の斜め壁と、その向こうのベル。
(どう行くか・・・)
頭の中で、一気に線を引く。
一歩で飛べる距離。
ロープに届く角度。
足場が揺れる周期。
???「お前、顔怖えぞ」
勇斗がエールを送りに来ていた。
「いつもだろ?」
勇斗「いつも以上に、だ」
「うるせぇわい。 さっさと外野は戻れ」
勇斗は、「へいへい」と言いながら戻る。
その瞬間。
風の音。
マットの軋み。
自分の呼吸の数。
全部が、はっきり聞こえるのに、うるさくない。
ああ、なんかこれ────
???「位置について」
声が、カチッと俺の中のスイッチを押した。
???「よーい」
膝を曲げる。
つま先に重心。
スーツの補助が、わずかに遅れてついてくる癖も、もう知ってる。
???「スタート────」
空気が破れる音と同時に、脚が出た。
一歩。二歩。最初のハードルを踏み切る。
スーツの補助が半拍遅れて押し上げる。
それを織り込み済みで、体を前に倒す。
吊り輪。
片手で掴んで体を振る。
腕のモーターがギュッと鳴るが、支えきれる。
声が聞こえる。「速っ」「誰だあれ」
(知るか!)
ロープ上りも、ほぼ自力でいける。
坂で鍛えた脚と腕は、安物のサーボより信用できる。
中くらいの壁。
縁に手をかけ、一気に身体をたぐり寄せる。
着地。
足場がグラリと揺れるが、重心で殺す。
(いける!)
息は上がってる。心臓も暴れてる。
だけど、怖くない。
最後の斜め壁が迫る。
ここだけは、一瞬迷った。
(抑えるか、踏み込むか)
控えめに跳べば、成功率は上がる。
でもタイムは平凡。
人数合わせの仕事は果たせるけど、それだけだ。
(なに今更守ってんだよ)
守る未来なんて、最初から安く見積もってただろ。
だったら、一回くらい本気で踏め。
「────ッ!?」
踏み切った瞬間、世界が止まったみたいになった。
空中で、ベルの鎖がやけにくっきり見える。
手を伸ばす、指先が届──
バキンッ
右膝の中で、嫌な音がした。
古いフレームが悲鳴を上げる感触。
次の瞬間、足場の縁が遠ざかる。
受け身は勝手に出た。
背中を丸め、肩から転がる。
地面に叩きつけられた衝撃が、少し遅れて痛みに変わる。
???「志乃原──ッ!!」
笛が鳴る。誰かが駆け寄ってくる。
息はある。骨も多分平気だ。
立ち上がろうとした瞬間、レッグフレームがガクンと折れた。
煙がほんの少し出て。
俺は、笑うしかなかった。
「マジかよ・・・ここで?」
あと指一本分で、ベルだった。
???「大丈夫か!」
勇斗と先生が駆け寄ってくる。
「一応、生きてます」
先生「救護室、勇斗手伝って貰えるか?」
勇斗「ウッス!」
「タイムは?」
自分でもバカだと思う質問が、先に出た。
先生は一瞬呆れてから
先生「途中までは、単独トップ。 最後でゼロだ」
そりゃそうだ。ベル押してないんだから。
先生「志乃原、棄権扱いだ。 歩けるか?」
「・・・・・・はい」
先生と勇斗の肩を貸して貰いながら片脚を引きずり、救護室へと向かう
観ていたやつらから、拍手が起きた。
同情なのか、健闘なのか、ネタなのか分からない。
???「惜しかったな〜」
???「ベル触れてなかったか、今!」
声は聞こえる。
壊れたフレームが、ギシギシ鳴る。
(あーあ、結局こうなるのか・・・)
ボロスーツで背伸びして、一瞬だけ目立って、最後に壊れて終わり。
救助のスーツの人たちみたいに、全部助けて帰ってくるわけじゃない。
結局、ちゃんとしたやつらのもんだよな
自分で自分にそう言ってみせると、一瞬だけ楽になった。
でも、心の奥でさっきの感覚が消えない。
音が消えて、世界が線になって、そこに飛び込んでいったあの瞬間。
(俺は、確かに行けた)
その確信があるからこそ、余計に悔しい。
救護室に向かう途中、コースの外で誰かが俺を見ていた。
銀縁メガネ。
落ち着いたスーツ。
胸元に見慣れないエンブレム。
視線が合った気がして、すぐ逸らしてしまった。


