灰色のカルテジア

八木羊

第3話 灰とダイヤモンド(脚本)

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八木羊

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〇病院の待合室
  着ぐるみの化け物に掴まれ、
  ひび割れていくプラスチックの脚
  痛みなどないのだから、
  いっそくれてやればいい
  そう思うのに、いたたまれずに目を背ける

〇黒背景
女性の声「・・・あの脚じゃ再び舞台に立つのは 難しいでしょうね」
男性の声「残念だがよくあることだ。 美しいものは脆い。 いや、脆いからこそ美しい」
男性の声「バレエがすべてじゃない。 むしろお稽古事で、よくここまでやれたよ」
女性の声「あなたは十分頑張った。 だから、もうゆっくり休みなさい」
キリエ「ああ、これは・・・」
  病室で、スタジオで、家で、
  嫌でも耳に入ってきた大人たちの声。
  みんな好き勝手に私を憐れんでくれた
キリエ「違う・・・勝手に決めつけないで。 勝手に諦めないで。 私の脚はまだ壊れてない!」

〇病院の待合室
  見上げれば、踵が砕け、中の空洞が
  のぞく、塗装の禿げたボロボロの脚。
  なんて惨めで醜いのだろう
キリエ「い、いや・・・ いやだ、いやだ、いやーっ!」
  恐怖と苦痛、そして祈りが
  ないまぜになって、叫びになる
キリエ「もう奪わないで。二度と壊れないで。 だから、もっと硬く・・・ もっと美しく・・・」
  ミシリとひと際大きな音ともに、
  脛から折れる私の脚
  熱く、鋭く、痛むはずのない脚が痛む。
  この痛みを私は知っている
キリエ「あああああ!!!!」
  自分のものとは思えないような声が
  喉から迸る。と同時に・・・
キリエ「火? ・・・燃えてる?」
  モノクロの世界に突如現れた青い火。
  それは脛の割れ目から溢れて、
  瞬く間に私の左脚すべてを覆う
着ぐるみ「・・・・・・!」
  表情のない着ぐるみが、
  火を嫌がるように、脚から手を放した。
  左脚から零れた火が右脚にも移る
  火が両脚を包んでから消えるまで
  あっという間だった
  プラスチックの脚は焼失し、
  代わりに残ったのは・・・

〇病院の待合室
キリエ「ガラス・・・? いや、これは・・・」
キリエ「ダイヤ?」
  光の加減で七色に淡くきらめく私の脚。
  何が起こったのかは分からない
  けれど、この脚をどう使えばいいのか、
  私は知っている
キリエ「・・・いい加減、邪魔! このっ!」
着ぐるみ「・・・・・・!」
  渾身の力で、
  自分にのしかかる着ぐるみを蹴飛ばす
  コンパスの針のように尖った足先が
  着ぐるみの腕を引き裂いた
キリエ「立たなくちゃ・・・」
  無機質で硬質な脚は、
  しかし、力を籠めれば応えてくれる
  鋭い足先で立つのも、
  トゥシューズの爪先立ちと大差なかった
キリエ「私の脚は何よりも美しく、 何よりも強いの・・・」
  だからガラスではなく、ダイヤモンド。
  透き通る冷ややかな脚を撫で、私は確信する。そして着ぐるみに向かって駆け出す
キリエ「奪えるものなら・・・奪ってみろ!!」
  右脚で踏切り、大きく跳躍する。
  より高く、より鋭く
  ダイヤの脚が、着ぐるみの頭めがけて
  真っすぐに伸び上がる
  頭をかばう腕ごと、ダイヤの脚は
  着ぐるみの眉間を貫き、勢いそのまま、
  着ぐるみの首を胴からもぎ取る
キリエ「・・・・・・ 終わった?」
  足元に転がる着ぐるみの首を
  見下ろし呟く。動く気配はない
  千切れた首の断面からは、
  青い火が上がっている
  少し遠くで仰向けに倒れている
  胴体も同様、
  動くことなく断面から火を上げている
  その様子に、力が抜けてへたり込む

〇病院の待合室
U「いやあ、実に見事な 跳躍(グランジュテ)だったよ」
キリエ「U!? どうしてここに!?」
U「こいつを返してもらおうと思って」
キリエ「マント? ・・・まさか、あなた初めから ドアが開かないって知ってたの!? 私がここから逃げられないって」
キリエ「やっぱり、 あなたもこの怪物の仲間だったの!?」
U「こんな不純物の塊と一緒にされるのは 心外だな」
キリエ「不純物?」
U「こいつらが撒き散らしてた薄汚い灰さ。 君も見ただろう?」
U「あれでも元をたどれば君の『ゲンシ』と 同じものなのだけど」
キリエ「原子、原始、幻視・・・違う。 たぶん、これは先生が言っていた・・・」
キリエ「脳が作りだす、まやかしの体。 幻の四肢・・・」
U「ここで言う幻肢は、君が言う ただの『まやかし』とは似て非なるものさ」
U「だって君の脚は今、そこに在って、 触れられるだろう?」
キリエ「私の、この脚が幻肢?」
U「幻肢とは、失くした物への渇望の力。 欠落を埋める形ある幻」
U「その脚も、君の失ったものへの渇望に、 この世界が応えたものさ」
キリエ「失くした物への渇望? この世界が応えた? ・・・一体ここは何なの?」
U「ここはあらゆる欠落が埋まる世界 『カルテジア』」
U「皿が欠けても、もとの形を覚えていれば、元通りになるのがこの世界さ」
U「それどころか、欠けた部分に、 元と違う形を夢見ても、それが望みなら この世界はそれに応えてくれる」
キリエ「・・・ずいぶん都合のいい世界ね」
U「まあね。 でも、なんでもアリってわけじゃない」
U「幻肢を生み出せるのは、 あくまで迷いのない渇望だけだ」
U「君は、壊れゆく脚を前に、 二度と壊れない美しい脚を願っただろ?」
U「そのダイヤモンドは、 君の純粋な渇望の賜物さ」
キリエ「純粋も何も、自分の願いに迷いや 躊躇いなんて、生まれないと思うけど」
U「人はそう単純じゃない。疚しさを はらんだ望みはいくらでもあるし、 身の丈以上の願いには疑念が混じる」
U「そういった不純物の混じった 中途半端な渇望が、灰を生むのさ」
キリエ「じゃあ、あのアッシュマンとかいう 怪物は・・・」
U「自らの渇望に後ろ暗いものを感じながら、でも望むことをやめられず、自分が生んだ灰で膨れ上がった『誰か』の末路さ」
U「あそこまで行ってしまえば、 元の人格なんてない」
U「渇望の残り火に突き動かされるだけの、 哀れな木偶。生焼けの灰の塊・・・」

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