鱒川イクラはいくらでも!?

信頼できる語り手

100杯目 鱒川イクラはいくらでも!?(脚本)

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〇高級料亭
  束の間のインターバル。私はコップを噛み砕くような勢いで、ガブガブ水を飲みまくっていた。
  どうしてかって?
  こうしないと舌が塩気で麻痺して、イクラ丼の美味しさを感じられなくなっちゃうからね!(※36杯目『消えた味覚』参照)
店主「もう1膳、お持ちいたしました。どうぞごゆっくり、お召し上がりください」
  キタキタ! 記念すべき100杯目!
  わあー! 綺麗な緑色! じゃなかった、えーっと・・・そう、赤! はは、はははは!
  そう言えば、色を識別する機能は食事に必要ないから遮断してるんだった!
  すっかり忘れてたよ! うっかりうっかり!(※50杯目『赤い涙』参照)
鱒川イクラ「いだだぎまず・・・!」
  塩分と脂肪分で焼けた喉が、粘ついた声を絞り出す。箸を握る私の指は来店時よりも若干テカりを増していた。
  イクラを米と一緒に口へ運び、咀嚼した瞬間・・・・・・百度目のプチプチ天国が顕現する。
  あー、側頭部の血管がバックンバックン言ってりゅー! 頭が壊れりゅー! 世界が光ってりゃー!
  そっかー、へーこーせかいではあおいろえるいーでぃーはせっきじだいにはつめーされたんだー! しゅげぇー!
鱒川イクラ「ごぎゅ、ごぎゅッ・・・!」
  私はお冷やを親の仇のように飲み干し、一時的に血圧を下げる。・・・・・・ふむ。やっぱり私が以前に推察した通りだね。
  イクラ丼は脳に良い。(※61杯目『もう食べられないよー』参照)
  まあ、炭水化物・脂質・タンパク質の三大栄養素がこれ1杯で摂れる上に、豊富なビタミンと不飽和脂肪酸まで入っているのだ。
  体に悪いわけがないよね。
  ・・・いや、しかし。何事も過剰摂取は・・・。うっ、何、この記憶・・・?
  フウインシテイタキオク、ガ・・・。(※77杯目『ユルシテ』参照)
鱒川イクラ「『はは、ははははは! これが、記憶を燃やした限界突破だー!』」
  ・・・?(※89杯目『あ、死ぬ』参照)
  私は何か取り返しの付かない領域に踏み込んでしまったのだろうか。なんとなく、そんな気がした。
  分からない。私は何も分からないまま、無我夢中でイクラ丼をかき込み、最後の1杯を食べ終えた。
  ・・・完食。
  
  空になった器がカチャリと机と触れ合い、静寂が訪れた。
  箸を置いた私の両手が、ゆっくりと膝の上で組まれる。
  その動きは、まるで長き戦いを終えた戦士のように、どこか神々しくすらあったかもしれない。
鱒川イクラ「・・・タベタ・・・」
  呟きはクーラーの風に消え、残響すら残らない。瞳孔は定まらず、視線は虚空を彷徨う。
  私は、100杯のイクラ丼を完食したのだ。
  
  そう、100。
  
  静まり返る個室の中、誰かが拍手をした。
店主「本当に・・・食べ切ったんですね」
  店主が私の前に現れた。顔は笑っているのに、どこか厳粛な雰囲気を醸し出している。
  彼はあの時と同じ目をしていた。私が初めて「超えた」瞬間を見届けた時と、同じ目だ。(※10杯目『第1の門』参照)
店主「まさか、百の門を突破する者が現れるとは思いませんでした。貴女は伝説を塗り替えた。名を――」
鱒川イクラ「いえ」
  私は首を振った。
鱒川イクラ「ごぢぞうざまでじだ。今は、ぞれだげで・・・」
  手を合わせて見せると、店主は満足げに頷く。
店主「では、これを」
  店主がそっと手渡してくれたのは、一枚の木札だった。
  
  そこには、墨でこう記されている。
  ”過労により死亡した鱒川イクラを、試練達成者として現世に蘇らせる”
店主「女性が数名、急に別の世界へと向かわれてしまいまして」
店主「我々の間で、代わりに同じくらいの年齢の・・・死んで間もない女性を生き返らせる事に決定したんですよ」
  あれほど暴れ狂っていた思考が、奇妙な静けさを取り戻していた。
店主「適当に選ぶと不公平ですから、試練という形で選抜させて頂きました。すみませんね」
  視界が滲む。それは涙か、単なる意識のゆらぎか。もう判別できない。
店主「最近、別世界に転生なさる女性が増えてるんですよね。貴女もお気を付けて。ああ、でも、また過労死した際には」
  私は立ち上がり、ふらつく足取りで料亭の外へと出た。
店主「──どうぞ、当店へお越しください」

〇簡素な一人部屋
  散らかった部屋の床で、目が覚める。
  私は自身の手がむくんでいない事を確認して、少し安堵した。流石にあの場所での暴食のツケを現世で払いたくはない。
  大丈夫だとは思うが、念のため血圧と尿酸値も今度チェックしておこう。
キャスター「『続いてのニュースです』」
鱒川イクラ「電気代、もったいなー」
  寝起きのふにゃふにゃボイスだが、声も普通に出る。
キャスター「『丼ノ上大学の鯵山教授が、石器時代に青色LEDが存在した事を示唆する論文を発表し、学会に激震が・・・・・・』」
  テレビを切る。イクラ丼は美味しかったし、こうして蘇生もできた。結果として、何も悪い事は起きてないよね。
  でも、まあ。
鱒川イクラ「(イクラは・・・しばらく、見たくないかな・・・)」
  もう過労死なんてしない。鱒川イクラはそう固く誓ったのだった。
  (※次回、101杯目『再臨』へ続く)

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