恋のトレードオフ(脚本)
〇綺麗な部屋
窓辺に立ち外を眺めてみれば、雪積もるぼんやりとした光の世界があり。
道行く人は、凍えるような息を吐く。
故にこそ、シェルターとも呼べるこの自室にいることにも意味を感じつつも、
暗く陰鬱な気分を晴らすには何処か味気なさを感じていた。
携帯が鳴ったのは、その直後。
友人からのメッセージだった。
「暇してない?今から飲みに行かない?」
唐突な誘いに戸惑いつつも、気持ちは既に傾きかけていた。
「いいよ、行こう」
そう返信すると、すぐに場所と時間が送られてきた。
「駅前のバーで、20時ね」
準備をして家を出る。
吐く息は白く、空気は肌を刺すように冷たい。しかし、不思議と足取りは軽かった。
〇シックなバー
バーに着くと、友人は既にカウンター席に座っていた。
静香「明美、急にごめん。ちょっと話したいことがあってさ」
友人は少し照れ臭そうに笑った。
明美「全然いいよ、静香。私も暇してたし」
二人はそれぞれカクテルを注文し、乾杯した。
明美「それで、話って?」
私が尋ねると、友人は少し躊躇うように口を開いた。
静香「実は・・・・・・好きな人ができたんだ」
私は驚いた。友人とは長い付き合いだが、恋愛の話題を振ることは滅多になかったからだ。
明美「へぇー!それはおめでとう!どんな人なの?」
話を聞いているうちに、私自身の心の奥底から温かい感情が湧き上がってくるのを感じた。
友人の幸せを喜びながらも、どこか寂しさを感じている自分に気づいた。
友人は熱っぽく語り続けた。
静香「すごく優しくて、一緒にいると心が安らぐんだ。それに、私のことをよく理解してくれていて・・・・・・」
友人の言葉は、まるで冬の陽だまりのように温かく、私の心を溶かしていくようだった。
〇綺麗な部屋
友人と別れて家に帰る頃には、空はすっかり暗くなっていた。
明美「どんな人なんだろう」
そう呟きながら窓の外を見る。
明美「でも・・・・・・羨ましい」
胸の奥にわずかに灯る淡い感情の灯火。
暖かい気持ちに浸りながら、ゆっくりと眠りについた。
〇綺麗な部屋
翌朝、目覚めると外は一面の銀世界だった。
「ふぅ」
白い吐息をひとつつきながら、冷たく凍えた部屋で今日も変わらず一人、過ごしている。
だけど、そこで違和感に気づく。
携帯が鳴ったのは、それと同時だった。
「明美、ちょっと鏡見てみて」
「どうしたのよ、急に」
「いいから」
私は言われた通り、鏡を見てみた。
そこに映っていたのは、友人である静香の姿だった。
明美「もしかして、これって・・・・・・私たち」
「そう、入れ替わってる」
信じられない出来事に戸惑いながらも、私たちはお互いの状況を理解しようと努めた。
「どうしよう・・・・・・」
静香の声は不安げだった。
明美「まずは落ち着いて、ゆっくり考えよう」
私は静香を励ますように言った。
「でも、今日は彼と初デートなのよ! すっぽかすなんて、私・・・・・・」
明美「わかった。私が代わりに行くわ」
私は静香にそう提案した。
「でも・・・・・・」
明美「大丈夫、きっと上手くやれるわ」
私は静香に、電話越しに微笑みかけた。
「ありがとう、明美・・・・・・」
〇雪に覆われた田舎駅
私は、静香として初デートに向かった。
緊張しながら待ち合わせ場所に立っていた私の元へ、彼は少し遅れてやってきた。
拓也「ごめん、待った?」
彼の笑顔に、私は胸が高鳴るのを感じた。
明美「ううん、私も今来たところ」
そう言って笑いかけると、彼は安心したように微笑んだ。
私たちは近くの公園を散歩した。
彼の話し方は穏やかで、笑顔は優しかった。
一緒にいるだけで、心が満たされていくようだった。
拓也「君といると、なんだかホッとするんだ」
彼がそう言うと、私は嬉しくてたまらなかった。
明美「私も」
〇丘の上
帰り際、彼は私にそっとキスをした。
それはとても甘く、優しいキスだった。
〇綺麗な部屋
家に帰ると、私はベッドに倒れ込んだ。
体が熱く、心臓がドキドキしていた。
戸惑う感情の中で、確かに芽生えた気持ちに気づき始めていた。
私は、彼に惹かれている━━
静香は今、私としてどんな思いで過ごしているのか・・・・・・。
それを考える余裕もなく、私の心は彼への想いでいっぱいになった。
明美「まさかこんなことになるなんて・・・・・・」
私は呟いた。
明美「これからどうなるんだろう・・・・・・」
不安と期待が入り混じった感情が、私の中で渦巻いていた。
窓の外は、相変わらず雪が降り続いていた。
〇綺麗な部屋
静香「どうだった?」
翌日、待つことに耐えかねたのか友人が私の家を訪れた。
明美「提案があるの、聞いてくれる?」
静香「どうしたのよ、改まって」
それは、苦肉の策だった。
今日のデートで、私は友人として静香のことを紹介する。
それから2人きりにして、上手い具合に静香と彼を引き合わせるというものだ。
静香「彼の心が、動くはずがないわ」
静香は、反論する。
でも、その瞳に僅かな揺らぎがあった。
明美「今のあなたは明美、私の姿。でも、中身はあなたのまま」
静香「うん」
明美「彼は、あなたの内面に惚れたのよ。だから、きっと上手くいく」
私は、静香に自分の想いを伝えた。
明美「私じゃなくて、静香のことをもっと知ってほしい」
〇テーブル席
そして、ついに当日を迎えた。
明美「じゃあ、行ってくるね」
私は、友人として静香をデートに同行させた。
彼は、最初は乗り気ではなかったけれど、次第に、静香と意気投合していった。
計画は、順調に思える。
ただ一つ、私の胸の痛みを除いては。
明美「ちょっと、トイレに行ってくる!」
静香「え、あけ・・・・・・じゃなかった。静香!」
拓也「静香さん!」
〇雪に覆われた田舎駅
耐えかねず、待ち合わせの店を出る。
友人の幸せを願いつつも、何処かで自分を望んで欲しい。
そんな、複雑な乙女心に囚われながら。
明美「何処かで時間潰そう」
街を彷徨ってみたものの、そんな場所は見つからない。
何処をどう歩いただろうか。
明美「あぁ、もう」
〇シックなバー
結局辿り着いたのは、いつも通う小さなバーだった。
一人、カウンターに座ってお酒を飲む。
そんな時、
拓也「やっぱりここだった」
声が聞こえた方を振り向く。
明美「あれ?」
それは、彼だった。
明美「あ・・・・・・どうしてここに?」
彼の顔が赤く染まっていくのがわかる。
拓也「ごめん!」
突然謝られて驚く私。
おそらく彼は、私を静香だと思って追ってきたのだ。
本当のことを話さなければ、納得しないだろう。
明美「あのね。私、本当は・・・・・・」
拓也「知っている。静香から、君と入れ替わったって」
明美「じゃあ、何で私を追ってきたの?」
拓也「君のことが、好きだから」
私を見つめる眼差しは、嘘をついていないように感じた。
明美「本当に?」
拓也「あぁ、その美しさに惚れたんだ」
明美「美しさ?」
拓也「あぁ、見た目だよ。その整った顔も、均整の取れた身体も、そのふっくらとした・・・・・・」
明美「ちょっちょっと待って・・・・・・ごめんね、整理させて?」
私は静香と身体が入れ替わっていて、彼はこの身体のことが好きだと言った。
なら、私は何処にいるの?
拓也「デートの続きをしよう、明美。これから一緒に・・・・・・」
明美「ごめんなさい!」
拓也「あっ! ちょっと・・・・・・!」
思わず、身体に触れようとした彼のことを突き飛ばしてしまった。
向かった先は、先ほど待ち合わせたカフェだ。
〇テーブル席
案の定、静香は席に座ったままだった。
慌てて店内に入り、テーブルへと急ぐ。
明美「静香!」
友人に駆け寄ろうとした、その瞬間。
すてん・・・・・・と、転んでしまった。
頭に強い衝撃がきて、そのまま意識を失ってしまった。
〇テーブル席
次に目を覚ました時、目の前には静香の姿。
私の身体じゃない。元の、静香の姿だった。
明美「もしかして、元に戻ったの?」
静香「ええ、そうよ」
明美「彼は?」
静香「もう、いいの。明美との友情の方が、よっぽど大切だって分かったから」
明美「ごめんね。辛い思いをさせて」
私は静香を抱きしめた。
明美「本当に、それでいいの?」
静香「いいの」
私達は凍えるような寒さの中で、それでも笑い合っていた。
季節は巡り、春がやってくる。
新しい、出会いと共に。