A butterfly.

aza/あざ(筒示明日香)

Butterflies in my stomach.【ビジュアルノベル限定エピ】(脚本)

A butterfly.

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〇改札口前
妹「おかえり!」
妹「お兄ちゃん!」

〇車内
克彦「お前が運転する車なんて、ぞってしないな」
  迎えの車に乗り込んで、第一声。
  俺の正直な感想に妹は眉を寄せ、口をへの字に曲げる。
妹「マジ失礼」
妹「コレでも、お父さんに付き合ってもらって毎週ドライブしてんだよー?」
克彦「はっ、」
克彦「父さんもお気の毒に」
妹「ちょっとぉ、」
妹「降りてくれて良いんだからねぇ?」
  妹の近況を笑って茶化せば、揶揄い過ぎたのか、妹が更にむくれた。
克彦「ははは、悪い悪い」
  車のエンジンを掛けるべく操作をしながらも、変わらない妹の反応に俺は笑う。
  余り寄り付かない実家だったが、然程変わらないようで密かに安堵した。

〇道
  中学受験をし、学校の寮に入ってからは、殆ど家には帰らなかった。
  今じゃ海外にまで行ってしまい、拠点を移している。
  家族が嫌いな訳では無いし、疎外されていた訳でも、世間で言う兄妹格差が在った訳でも無い。
  ただ。
  ただ、居づらかったのだ。

〇古いアパートの居間
克彦「・・・・・・」
おばさん「いらっしゃい」
  母の古い知り合いだと言う、おばさんに会ったのは小学校に上がる前だった。
克彦「こんにちは・・・・・・」
  訳もわからぬまま連れて来られ、挨拶したのを俺は微かに憶えている。
  祖母と変わらぬ年齢のその人が、母とどんな関係なのか。
  なぜ自分を見て懐かしそうな、眩しそうな、
  ・・・・・・さみしそうな
  顔をするのか。
  知るのは、もっとあとだった。

〇古いアパートの居間
おばさん「克彦くん、コレ要らない?」
  おばさんが見せて来たのは、青い立派な箱。
  中身は、分厚い高そうな昆虫図鑑だった。
克彦「・・・・・・」
  内心、いきなり高そうな本を差し出され俺は戸惑ったのだが。
母「良かったねぇ」
  笑う母に、要らないとは遠慮でも言えなかった。

〇車内
克彦(正直)
克彦(俺は虫に興味が無かった)
  もっと言えば、どちらかと言うと苦手な部類だ。
  蜘蛛に百足に黒光りする家庭内の嫌われ者辺りは、触るどころか近付くことも叶わなかった。
  海外の家と研究所には殺虫剤が常備されている。
  だから、貰った図鑑を俺は開いたことが無い。
  いや、一度だけ在ったが、これきりだ。
  きっと顔にまで傷を作っているような子供だったから、
  そんなに外で遊ぶなら虫採りもするだろうって、おばさんは考えていたんだろう。
  残念ながら、それは
  隣で澄ましてる妹のせいだったんだが。
  外で元気に走り回るのはお転婆な妹で、俺は危なっかしい妹に付いて回った結果、傷だらけなだけだった。
克彦(そう言えば)
克彦「なぁ」
妹「んー?」
克彦「子供のとき、お前が気に入って俺があげた図鑑、」
克彦「まだ持ってるのか?」

〇綺麗な部屋
妹「えー!」
妹「お兄ちゃん、良いなー!」
  古くて重い、およそ子供のお小遣いでは到底買えなそうな本を見て、妹が騒いだ。
  てっきり豪奢な装丁に惹かれたかと思えば、予想外に昆虫図鑑で在ることが重要だったらしい。
妹「良いなー、良いなー!」
  随分羨ましがって纏わり付くので、
  俺は、つい妹に渡してしまった。
妹「え、ありがとー!」
  別にあげたつもりは無いけれど。
  妹は本を渡した途端、抱き締めて部屋へ駆け込んだ。
克彦「・・・・・・」
  図鑑を手放し、手持ち無沙汰になった空虚な手を埋めるみたいに握り締める。
  握っていないと何だか、残った余韻にそわそわしてしまう。
  そのくらい、あの図鑑は重かったのだ。

〇古いアパートの居間
おばさん「かっちゃん」
  おばさんは、いつの間にか俺を“かっちゃん”と呼ぶようになった。
おばさん「かっちゃん、あの本、どう? 読んでくれてる?」
  おばさんに急に尋ねられ、出されて飲んでいたジュースを噴き出し掛けた。
  俺はあの図鑑を妹に渡してから一度も読んでいなかった。
  この家で中を確認したとき。アレきり、妹が半ば独占していて。
  俺もまったく気にしていなかったので、実質妹にあげてしまったみたいになっていた。
  あ、俺より妹が気に入ってしまったようで、俺は全然読んでないんですよねー
  ・・・・・・なんて、
  莫迦正直に言えるはずも無いから。
克彦「あ、凄い役に立ってます!」
  面白いです、とも読んでます、とも言わなかった。
  事実、
  何にでも興味津々で、隙在らば形振り構わず内外問わず突っ込んで行く妹が、あの図鑑を手にしてからは僅かにおとなしくなった。
克彦(まぁ、本当に僅かだけども)
  少なくとも、妹の無謀極まる無尽蔵な行動力に振り回されることは減った。
おばさん「そう! 良かった!」
  よろこぶおばさんの笑顔に些少、胸がチクリと痛んだ瞬間。
おばさん「アレはね、息子のものだったの」
おばさん「生き物・・・・・・特に虫が、」
おばさん「蝶が、」
おばさん「好きでね」
おばさん「もういないのだけど・・・・・・」
おばさん「かっちゃんの役に立っているなら、うれしいわ!」
  一瞬、おばさんの面立ちに、悲しそうな表情が差し込まれた気がした。
  この間、ちらりと見遣った写真立て。
  おばさんと見知らぬ男性────そして見切れた、誰かの肩。
  図鑑が重かったのは、何も物理的な問題じゃなかったんだ。
  渡された際の、おばさんの期待が滲んだ面持ちや羨望の混じった視線が。
  知らず肌で感じ取っていた、俺には重かったんだ────。

〇綺麗な部屋
  それから俺は何のかんのと理由を付けては、おばさんの家に行かなくなった。
  母が
母「どうして?」
  って、訊いても。
  答えようの無い居心地の悪さは、
  当時小学校に上がるか否かの年齢だった俺では、説明し難かったと言うのも在った。
  父は何か察していたみたいだったけれど。

〇車内
克彦(丁度良く小学校に上がったどさくさに紛れて上手く逃げたが)
  結果、家にも居づらくなって遠方へ中学受験したんだよな
  今となっては
克彦(おばさんの息子が母さんの昔たいせつな人だったとか)
克彦(父さんはあんまり、おばさんの家には行ってなかったとか)
克彦(・・・・・・いや、未就学で忙しない妹が何するかってのが在ったから留守番していたのかもしれないけど・・・・・・)
克彦(あそこ、結構な年代物の家具とか在ったしな・・・・・・)
  考えれば、考えただけ現在の俺には言語化出来るけど。
克彦(当時の俺じゃ、難儀だったんだよな・・・・・・なんて)

〇綺麗な部屋
  おばさん宅へ行かないかと誘われるたびに、行かないと首を横に振る俺へ
  刺さる母さんの眼差しは勿論。
  黙って、やり取りを見守る父の微笑も。
  一つ一つに醸し出される空気が、やっぱり俺には重苦しく息苦しかったから。

〇車内
克彦(まぁ単純に母が、しあわせなことを見せたかっただけだったり)
克彦(息子を亡くしたおばさんに、ささやかでも子供の相手をすることで慰めになれば良い)
克彦(程度のことだった可能性は在れど)
  家にいるのも嫌になったのは確かだ。
  別段、俺を身代わりにしようとした訳じゃないとしても────
妹「持ってるよ」
克彦「え?」
  思索に耽っていた俺は、妹の発言に返すのが遅れてしまった。
妹「本だよ」
克彦「ああ・・・・・・」
  己で訊いて措きながら、物思いに耽っていたせいで妹の返答を理解するのが些か遅れてしまった。
妹「図鑑のことでしょ? お兄ちゃんから借りパクしちゃったヤツ」
  妹は気にしていないみたいで、機嫌を損ねもせず、当時の状況をイマドキの言葉遣いで表現して笑っているけど。
克彦「借りパクって・・・・・・自覚在ったのか」
妹「いやー、だって、お兄ちゃん返せって言わなかったしぃ」
  からから笑う妹に、俺も知らず詰めていた息を抜く。
妹「今じゃ、だいぶ古いけどね」
妹「逆に今だと無い記述や、今だったら書かれない特徴とかが書かれてて、」
妹「何で書かれてないのかとか、記述の差異を突き詰めて行くと案外繋がったりね」
妹「全然、重宝してるよ」
克彦「へぇ」

〇古生物の研究室
  妹は、あの好奇心をままに小中高の生物部を経て、バイオテクノロジーの道に進んだ。
  生き物の生態や習慣、構造なんかを別分野に如何に活かせないかを研究する分野だ。
  ある意味、俺とは真逆を行ったと言っても過言じゃない。
  ────俺は・・・・・・────

〇車内
妹「お兄ちゃんこそ、」
妹「最近、どうなの?」
妹「考古学」
克彦「正確には認知考古学、もっと言えば観念的認知考古学な」
  大雑把に言うと最近は変なのが涌く。詳細を語ったところで、わからないとしても。
克彦(いちいち訂正するのも、どうかとは自身でも思うが)
  認知考古学────
  有り体に言ってしまえば当時の背景────社会や環境、立場に基く人間の信念、価値観、心理傾向を分析して推論するため
  遺された文化文明から紐解く学問だ。
  更に観念的認知考古学では、時代の象徴とされたもの、空間、政治に権力、宗教などを記号論や心理学、科学などを利用し如何に
  コレらが共生行動する集団で影響していたか。個人が共通、乃至、類似する志向を獲得し認知マップが発展したか。
克彦(こうした複合概念は、物質文化にどーとかこーとか在るんだけど)
克彦(専門外の、ましてや妹に語ってもなぁ・・・・・・)
克彦(論文には溢れて流れるように、搾り出して細部まで書けても)
克彦(噛み砕いて拾った要点だけを知らない人に話すのは俺、得意じゃないし)
妹「ふーん」
妹「で、その認知考古学? だっけ」
妹「どーなの?」
妹「言われても、よくわかんないけど!」
克彦(コイツ・・・・・・)
  歯痒い俺を悟ることも無い妹の科白に、嘆息しつつ返す。
克彦「まぁ、楽しくやってるよ」
妹「へーぇ」
妹「そっかそっか」
妹「楽しいなら、まー良っか」
  わかっているんだか、わかっていないんだか。妹の適当な相槌に俺はシートへ深く座り直した。
妹「楽しいなら良かったよ」
妹「海外に行くくらいだもんねー」
妹「まったく人間の何がそうまで良いのか、全っ然理解出来ないけど」
克彦「お前ねぇ・・・・・・」
  ミリ単位で良いから取り繕うことを覚えてくれと、呆れ過ぎて頭を抱えたくなる俺に、お構い無し爆走中の妹は爆弾発言を投下した。
妹「心配してたんだよー?」
妹「おばさんも」

〇古いアパートの居間
  かっちゃん

〇車内
克彦「お前・・・・・・」
克彦「おばさん、に会ったこと在るのか・・・・・・?」
妹「そりゃあ在りますよー」
  驚く俺に妹は、何言ってんの? と言いたげだ。
妹「だぁって、あの図鑑くれた人だしぃ」
妹「お礼も言いたかったし?」
克彦「・・・・・・いつから・・・・・・」
妹「大きくなって、おとなしくなったからって、」
妹「小学校に上がったくらいからかな?」
  まさに俺と入れ替わり、と言う訳だ。
克彦(知らなかった)
  ・・・・・・まぁ、知っていたから、どうだと言うことも無いのだけれど。
  おばさんと妹の間に接点が在るなんて、考えたことも無かった。
克彦(二人が会っているのは当然と言えば当然か)
  おばさんは母の既知なんだから。娘である妹とも、接触しているに決まっている。
克彦(失念していたな)
  思いも寄らない箇所から被弾したのは自認したが、俺は何食わぬ顔でいた。
  特段、隠したとかでは無い。人の真意は、いつだって解き明かせはしないからだ。
  殊、妹は。
  ・・・・・・てか。
克彦「お前・・・・・・本のこと言ったのか?」
妹「うん、言ったよー」
  妹は、あっけらかんと、言い切った。
克彦「な、何でっ?」
妹「何でって・・・・・・言わなきゃ、お礼言えないじゃん」
  妹が口にしたのは正論だった。間違いは無い。が・・・・・・
克彦(俺は報告していないのにっ)
妹「お母さんに連れて行ってもらえるの、解禁されたときにねー」
克彦(解禁・・・・・・)
  妹は、自己の落ち着きの無さには自覚が在ったらしい。

〇古いアパートの居間
妹「こーんにちわー!」
おばさん「いらっしゃい、」
おばさん「よく来たわね」
妹「お邪魔しまーす・・・・・・あ」
おばさん「・・・・・・?」
妹「図鑑、ありがとうございます!」

〇車内
妹「・・・・・・でぇ、ちゃんと話しといたよー」
克彦「ぇっ」
妹「お兄ちゃんのこと」
妹「私が図鑑を取っちゃったから、来られないんじゃないかって」
  妹は、笑った。

〇古いアパートの居間
妹「あのねー」
妹「お兄ちゃん、虫も苦手なのー」
おばさん「えぇ!」
おばさん「そうなのっ?」

〇車内
克彦「おまっ・・・・・・」
克彦「言っちゃったのかっ?」
妹「も、うるさーい」
妹「何? 言ったよ」
克彦「どうして」
妹「どうして、も何も」
妹「お兄ちゃんは、虫が苦手だけど、」
妹「私が好きだから図鑑貰っちゃったんだって」
妹「それを気にして来ないんじゃないかって」
克彦「ぇ・・・・・・」

〇古いアパートの居間
おばさん「やだっ、私ったら」
おばさん「かっちゃんに悪いことしちゃったわ!」
妹「そんなこと無いよー」
妹「だってね、お兄ちゃんは苦手だけど、私が好きなんだー」
妹「だからねー、お兄ちゃんはー、私のために貰ったんだよ」
妹「だからぁ、大丈夫!」
おばさん「そ、そうなの・・・・・・?」
妹「うん!」

〇車内
克彦「そんなこと言ったのか・・・・・・?」
妹「そうよ」
妹「だって、そうじゃん」
妹「お兄ちゃん、私が虫とか生き物好きなの知ってたでしょ?」
  見付けたら一目散に向かっちゃってたから、
  お兄ちゃん、いつも追い掛けてくれてたでしょ?
  妹の続く言葉に俺は呆気に取られる。
  幼少時代、あっちこっち無軌道に動く妹には目的が在ったようだ。
  後を付いて行ったり先回りしたり、追い回すのに必死で気が付かなかった。

〇通学路
妹「あっ!」
克彦「ぁっ」
克彦「もー!」

〇車内
克彦(無差別に気になったら突撃していた、訳じゃなかったんだな)
  今更、妹のことを知った気がした。
  観念的認知考古学は、研究者自らの経験則や人生観より出された解釈も関心の範囲に入る。
  己でいっぱいいっぱいだった俺は、妹がどんな目標を定めて活動し、どんな状態かも見誤っていた。
克彦(自分を取り巻く周囲へ抱えた、筆舌に尽くし難い靄々を、どうにか形にしたくて進んだはずなのに)
  敢えて心理学や精神医学の分野に行かなかったのは、
  足りない語彙を増やしたくて趣味を兼ねて読み漁った本の多くが実在した偉人伝ばかりで、共感したためだ。
克彦(一昔前の人どころか、大昔の人でさえ自身と同じ心境だったのかって)
  ひとりじゃない、と安心したかっただけかもしれないけども。
妹「・・・・・・まぁ、さぁー」
  自己嫌悪に陥って沈黙してしまった俺に、妹が声を掛けた。
克彦「うーん?」
妹「お兄ちゃんはさー、考え過ぎなんだよ、だいたいに」
妹「もっと気楽に力を抜いて頭も空っぽにしたら?」
妹「私みたいに無心にさ、」
妹「飛んでる蝶でも追い掛けて」

〇古いアパートの居間
  生き物・・・・・・特に虫が、
  蝶が、
  好きでね

〇車内
克彦「お前、」
妹「うん?」
克彦「蝶、好きだったのか?」
妹「うーん、まぁ今のは例えだったけどね」
妹「蝶は、好きだよ」
妹「昔はよく追い掛けてたじゃない」
克彦「そう・・・・・・か」
  やや吃驚している俺は、同意を求める妹の朗らかな笑顔に頷くしか無かった。
  現今、専攻する時代より近い昔の、身近な妹のことでさえ曖昧だった俺が何事か喋れたはずも無い。
妹「お兄ちゃんはさー、とにかく考え過ぎ!」
妹「人間ねー、四六時中? お兄ちゃんのよーに複雑には頭を回してないよ」
妹「ま、」
妹「そんなんだから、過去の人間関係なんてものに縛られて暗中模索? してるんだろーけどね!」
克彦「は、はは・・・・・・」
  恐らく認知考古学の話をしているだろう妹の、奇妙にも的を射ている表現に苦く笑みが零れた。
克彦「簡単に言ってくれるな、お前は」
  人間が簡易的に、あらゆる事柄を処理出来たら、およそ人類に法律は要らないし何ならルールとなる全部の約束事が不必要になる。
  残念ながら、生きている千差万別、不可能な話だ。
  息をしている間ですら生物は過去を垂れ流し生成している以上、そして二人以上生存し共存している以上は。
妹「お兄ちゃんだってー」
妹「お腹に蝶を、いつも飼ってるじゃない?」
克彦「?」
妹「英語で緊張したり不安になったりドキドキすることを、」
妹「“お腹に蝶がいる”」
妹「って、言うじゃない?」
  “Butterflies in my stomach.”
克彦「ああ・・・・・・」

〇様々な蝶
  『Butterflies in my stomach.』
  英語では、確かに比喩的物言いでこう表したりしていた。
  蝶が忙しなく飛んで羽ばたく様と、体内で起こるザワザワ感や胸より響く鼓動を連想して出来たんだろう。
  正しくは『have』とか『get』とか『feel』が付いたりもするんだが。あと『had』。

〇車内
妹「ねっ?」
妹「お兄ちゃんも長年、蝶を飼ってるんだから、」
妹「私みたいに、身を任せて飛んでっちゃえば良いんだよ!」
克彦「ははは、」
  お腹に蝶を飼っている。
  そうかもしれない。
  居ても立ってもいられず、家を出、国まで飛び出した。
  過言で無く、俺は蝶を飼っているのだろう。
  未だに飼い慣らせていない蝶を。
克彦「何か、」
妹「うーん?」
克彦「お前にハンドル握らせてんのが、また怖くなって来たわ」
妹「ちょっとぉ!」
  俺の揶揄に再度、妹が膨れる。
妹「本っ当、」
妹「お兄ちゃんもお母さんも、超失礼!」
妹「お母さんなんて、この前の雨にさー、危ないから運転させないって反対するし!」
克彦「そりゃあ、お前」
克彦「成人しても、まだそこら中の草だ木だ洞窟だに突入してんだろ全身で」
  脇目も振らず、周辺の目も気にせずに、と付け加えれば、妹は喚き出した。
妹「生物やってりゃあ、そんなモンですぅ!」
妹「地べた這い蹲ろうが狭い暗い隙間だろうが、生き物は待ってくれないの!」
妹「一瞬一瞬が大事なんだから!」
  瞬間の積み重ねが大事。
  ・・・・・・まぁ、コレには賛同するけれど。
克彦「気を取られて、崖やらにダイブだけはしてくれるなよ?」
  俺が溜め息混じりに忠告すると、妹は不服そうに唇を尖らせ。
妹「お母さんみたいなこと、言う」
  呟く。
克彦(この年になっても言われてるのか)
  母は何かに付け妹に“死んじゃうよ”と言い聞かせていた。
克彦(・・・・・・)
  母なりの過去から来る信条も在っただろうけれども。
克彦「十中八九、お前が悪い」
妹「ひどい!」
  妹の無謀極まり無い、むしろ蛮勇と言い換えて良い日ごろの行いを文字通り体で実感していた身の上では、得心しか無い。
克彦「良いじゃないか」
克彦「お前は蝶、飼い慣らせよ」

〇道
  初めて妹が運転する車で、幾度か行き来した家路を通り、変わらぬ我が家へ向かう。
  我が家は変わらない。ささやかな変化と、経年は在れど。
  ・・・・・・
  おばさんは、ここのところ体調が優れないらしい。
  変わらない内に会いに行くべきなのか────
  逡巡は刹那で、決意は速かった。
  詰まるところ、後悔したくないならば、選択するしか無いのだ。
  連綿と時は紡がれ、繋がり、先へと続く。
  この道の如く。
  時と同時に生まれては絡む、実存する柵《しがらみ》を掻き分けて痕跡から探すしか無い。
  藻掻いた昔の人々に倣って。
  暴れる蝶の、飼育方法を。
  俺も、悔いを遺さないために。

〇様々な蝶
  【 Fin. 】

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