灰色のカルテジア

八木羊

第2話 灰男(アッシュマン)(脚本)

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〇ナースセンター
???「こっちだ!」
  ナースセンターに響く声。
  着ぐるみの怪物も、声が気になるのか、
  ピタリと動きを止める
キリエ「誰かいるの!? どこ!?」
???「こっ・・・だ・・・」
  フィルターがかったノイズまじりの声。
  ハッとして辺りを見回す。
  明滅する赤いライト。あれは・・・
キリエ「ナースコール?」
  壁にかけられた、ナースコールの受信盤。患者からの呼び出しがあれば、
  該当の部屋番号のランプが光る仕組みだ
キリエ「407、408・・・その下の・・・」
  暗がりで数字に目を凝らす。一瞬だけ、
  意識が目の前の着ぐるみから逸れていた
着ぐるみ「・・・・・・!」
  ブオンという風切り音とともに
  着ぐるみの腕が勢いよく振り降ろされた
キリエ「ひっ!」
  鼻先をメスの爪が掠める。
  考えるより先に、
  体が勝手に仰け反っていた
キリエ「409・・・409に、逃げなくちゃ・・・!」
  怪物の足止めになるよう、
  手近な椅子や備品を引き倒しながら、
  カウンターへと走り、その天板によじ登る
キリエ「きゃっ!」
  強い力で左脚を後ろに引っ張られる。
  咄嗟にカウンターのへりに捕まらなければ、そのままひっくり返っていただろう
キリエ「私が、何をしたっていうの・・・」
  振り向けば、着ぐるみの怪物が、
  私のマネキンの脚を、
  爪を立てて鷲掴みにしていた
  黒い砂を垂れ流す二つの穴がこちらを
  見つめる。恐怖感以上に嫌悪感が爆発した
キリエ「私に・・・私に触るなっ!!」
  カウンターに置きっぱなしにしていた
  松葉杖を手に取り、着ぐるみの
  腕めがけて、力いっぱい振り下ろす
キリエ「離れろ! このっ!」
  続けざまに着ぐるみの横っ面にも一撃。
  その巨体が大きく揺らいだ
キリエ「今だ!」
  カウンターを飛び降り、廊下を駆ける。
  松葉杖でもマネキンの脚でも、
  動かせるものは全部動かした
  そして、409のプレートを見つけるなり、その部屋に転がり込んだ

〇標本室
キリエ「ここは・・・」
  後ろ手で回転式のカギを閉めながら、
  薄暗い部屋を眺める
  ずらりと並ぶ陳列棚。そこに飾られていたのは、学校でもお馴染みの動物標本たち。しかし種類は学校の比ではない
キリエ「どう見ても病室ではないけど・・・ コールはこの部屋からだったはず」
  不安に駆られながらも、声の主を探し、
  棚の間を行く
  瓶詰のネズミ、はく製のコウモリ、標本箱の蝶・・・どれも見たことのある動物。
  しかし少しずつ違和感があった
キリエ「・・・全部、欠けてる?」
  どの標本も、手か脚か羽か、
  何かしらのパーツが欠けている
  全体的に綺麗な状態だから、
  なおさら不自然だった
キリエ「解剖用か、それとも実験材料か・・・ん?」
キリエ「これは・・・人形?」
人形「・・・・・・」
  整然と並ぶコレクションにまじり、生まれたての赤ん坊ぐらいはあるだろう、一体の人形が棚にちょこんと腰を下ろしていた
キリエ「王子様みたい。まさか、これも標本・・・なんてわけないよね。 患者さんの持ち物かな?」
  人形の左頬にかかる髪を払おうと
  手を伸ばした、その時だ
人形「・・・・・・」
キリエ「・・・え? 今、この人形、目が・・・」
人形「やっと来たか。 ったく、ヒヤヒヤさせやがっ・・・」
キリエ「に、にに・・・人形が喋った!?」
人形「大声を出すな。アイツに殺されたいのか?」
キリエ「殺す!? まさか、あなたもあの怪物の仲間!? もう何なの!? これは夢? どうすれば覚めるの!?」
人形「まあ、いきなりこんな世界に迷い込んだらパニックにもなるだろうよ」
人形「けど、まずは深呼吸でもして、 僕の話を聞いてよ」
  からかうような、
  なだめすかすような口ぶり
  少なくともそこに敵意は感じられない。
  頭に昇った血が、すぅっと下がっていく
キリエ「この人形の声、ナースコールの・・・」
人形「この世界から出たいんだろ? なら方法はシンプル。 この病院から出ればいい」
キリエ「それだけ?」
人形「言うは易し、行うは難しってやつさ。 なんせ君はあのアッシュマンに 狙われてるんだから」
キリエ「アッシュマン? あの着ぐるみの怪物のこと?」
人形「そう。目から灰を垂れ流す、 砂男ならぬ灰男。それがアッシュマン」
キリエ「なんで、そんな化け物が私を狙うの?」
人形「君が魅力的だからだよ。そんな脚を持ち、中途半端な存在である君が」
人形「それこそ、 ここのコレクションに加えたいぐらいに」
キリエ「ここにあるものが、 化け物のコレクション・・・?」
  片翅の蝶、前脚のないネズミ、
  片耳のない猫・・・そこに私。
  なぜかしっくりと来た。そして思い出す
  私の左脚を掴むあの手。そして、何もかも吸い込もうとする、あの底なしの眼差しを
キリエ「そういえば、ニュースでやってた、 女性の体を切り取る着ぐるみの 通り魔って、まさか・・・」
キリエ「じゃあ、私も捕まれば、 脚を切り取られるっていうの?」
人形「それで済めばいいさ。今までの被害者が コレクションになってないのは、結局、 あの怪物のお眼鏡に適ってないからだ」
人形「でも、君はどうだろう?」
キリエ「・・・脚をもがれた上に、こんなところに閉じ込められるなんて、考えたくもない。 絶対にあいつに捕まらないようにしないと」
人形「この部屋を出て、 廊下を左に突っ切れば非常階段がある」
キリエ「なるほど。それなら、ナースセンターの 前を通らずに、1階まで降りられる。 アイツにも見つからないはず」
人形「残念だけど、そうは言い切れない」
キリエ「え?」
人形「その杖と脚は君が思うより音が響いてるぜ」
人形「猫の鈴みたいに、 あいつに居場所を教えてるようなもんだ」
キリエ「そんな・・・」
人形「まず杖は置いていけ。 それぐらいなら、なくても歩けるだろ。 それで、ほら、脚にこれを巻くんだ」
キリエ「え? あなたのマント、本当にいいの? それにその手足・・・」
U「昔どっかの馬鹿が高いところから 落としたせいで、元の体は首だけだ」
キリエ「あなたは一体・・・?」
U「アルファベットのUでウー。 まあ、これが夢なら、 僕がどこの誰かなんて意味ないけど」
U「ほら、いつアッシュマンが戻ってくるか わかんないし、行った行った」
キリエ「ありがとう。じゃあね、U」
  マネキンの脚を覆うように
  Uのマントを結ぶ
  今更スウェットの左脚の裾が膝下で
  ボロボロに破けているのに気づいた
  ドアのカギを外し、周囲の様子を伺う。
  暗い廊下が見えるばかりだった
キリエ「よし、行こう・・・!」
  左足を引き擦りながら、
  可能な限りの速足で
  緑の誘導灯を目指し、重い扉を開き、
  手すりを支えに狭い階段を駆け下りる
  そして1階非常口までたどり着く。
  追跡者の足音は聞こえない。
  すべては順調だった。はずだった・・・

〇病院の待合室
キリエ「どうして! どうして開かないの!?」
  エントランスの大きなガラスドア。
  自動式のそれは近づいても、
  叩いても、ウンともスンとも言わない
キリエ「開いてよ! 開けってば!!」
  ガラスに拳を叩きつける。体中が熱い。
  喉の奥がチリチリする
キリエ「そ、そうだ・・・どこかに スタッフ用の出入り口があるはず。 焦る必要なんて・・・」
  ザァザァザァ・・・
キリエ「嘘、でしょ・・・」
着ぐるみ「・・・・・・」
  ガラスに映る怪物と目が合う。
  振り返る必要はない
  右手に受付。左手に待合ロビー。
  考えるより先に、
  体がロビーに向かって駆けだす
キリエ「いっ・・・!」
  足が滑った。すんでで床に手をつく。
  いつの間にか左足に巻いていた
  マントが解けていた
キリエ「逃げなきゃ。どこでもいい。 どこか、どこかに・・・」
  起き上がろうとする体に
  真逆の力がかかる
  左脚を掴まれ、引きずられ、
  気が付けば私は仰向けに転がっていた
着ぐるみ「・・・・・・」
キリエ「あ、あ・・・」
  自分を見下ろす3メートルを超える巨大な化け物を前に、脳が思考を放棄していく
キリエ「灰男・・・アッシュマン・・・」
  なら、その目から垂れ流されている
  黒い粒子は、灰なのだろうか
  ミシ、ミシ、ミシ・・・
  ふくらはぎに突き立てられるメスの爪。
  自分の脚に幾筋も亀裂が走っていくのを、私はただ見上げるしかなかった

次のエピソード:第3話 灰とダイヤモンド

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