カフェと銃と期末テスト「夜のファイルと見えない境界線」(脚本)
〇男の子の一人部屋
その夜、俺の部屋は妙に静かだった。
静かすぎて、さっきまで銃撃音があったとは思えない。
西村京太郎「・・・・・・はぁ・・・・・・マジで、撃ったな・・・・・・あいつ・・・・・・」
パソコンを開いてネットニュースを確認してみたけど、あのカフェの事件は「設備トラブルによる一時閉店」とだけ報じられていた。
銃声の事実も、組織のことも、何も残らない──
それが“国家公認スパイ”の世界ってわけか。
西村京太郎「でも、あの声・・・・・・“山川の件も再チェックだ”・・・・・・って、絶対昔に聞いた記憶がある」
記憶の中の喫茶店。
小さなカウンター、薄暗い照明。男が携帯端末を操作しながら、誰かと話していた。
山川という名前が出たのは、紛れもない事実だ。
西村京太郎「・・・・・・涼音って、本当は何者なんだ?」
授業中にモールス信号を使って
普通の高校生の俺を補佐官にして
笑顔で銃を撃ち抜く。
そして、俺の過去と接点がある――気がする。
――そのとき。スマホに通知が届いた。
【送信者:山川涼音】
『今から、少しだけ会える? ちょっと伝えたいことがあるの』
西村京太郎「・・・・・・こっちの思考を読んでんのかよ・・・・・・怖ぇよ」
とは言いつつも、俺はスマホ片手に玄関を出た。
〇川に架かる橋
指定されたのは、近所の小さな橋がある所――昼間は人通りがあるけど、夜はほとんど誰も来ない場所だ。
山川涼音「来てくれてありがとう」
西村京太郎「で・・・・・・話って、何」
涼音は制服に着替え、上着のボタンを一つ外して、ややラフな印象だった。
山川涼音「今日の任務・・・・・・お疲れさま。あなたがいてくれて、本当に助かった」
西村京太郎「礼はいいが、あんなんトラウマになるぞ」
西村京太郎「人生で“銃声を聞きながらラテした高校生”ってどんくらいいるんだよ」
山川涼音「私を除けば・・・・・・あなたくらいかしら」
山川涼音「本題だけど」
山川涼音「――私、しばらく“別の任務”に入るわ」
西村京太郎「また突然だな、いつ?」
山川涼音「来週から」
西村京太郎「は? 期末テスト中に?」
山川涼音「・・・・・・うん」
山川涼音「しかも今回は、完全に単独任務。監視も補佐もつかない」
山川涼音「つまり」
山川涼音「・・・・・・君ともしばらく会えなくなる」
西村京太郎「それって、なんかヤバい系の任務ってことか?」
山川涼音「かもね」
山川涼音「でも、私にしかできないことだから」
山川涼音「・・・・・・で、その前にどうしても、これを渡したかったの」
涼音はバッグから、小さなUSBメモリを取り出した。
キーホルダーのようなデザインだけど、触るとやけに冷たい。
西村京太郎「これは?」
山川涼音「私の身元ファイル」
山川涼音「出生、所属、任務歴――ある程度まで開示できるようにしてある」
山川涼音「・・・・・・京太郎くんには、知っておいてほしいの」
西村京太郎「・・・・・・なんで俺に?」
涼音はほんの一瞬、目を伏せた。
山川涼音「君が私に“気づいて”くれたから」
西村京太郎「・・・・・・・・・?」
山川涼音「あの時のモールス信号、本当はあなたに宛ててやったことなの」
西村京太郎「なんでそんなこと!?」
山川涼音「あなたが気付いてくれなければ、私は一人で抱える選択をしたわ」
山川涼音「・・・・・・スパイって、ずっと孤独だから」
夜風が、二人の間を静かに通り過ぎる。
山川涼音「このUSBは、好きなタイミングで開いて」
山川涼音「でも、見るってことは――もう、ただの隣の席の男子ではいられないってこと」
山川涼音「君がこの先、どう関わるかは・・・・・・自分で選んで」
西村京太郎「・・・・・・」
選ぶか、選ばないか。
知るか、知らないままでいるか。
スパイの世界に、さらに深く踏み込むか、それとも──
西村京太郎「・・・・・・俺、バカだから」
西村京太郎「もらったもんは、すぐ見ちまう気がするんだよな」
山川涼音「それでいいよ」
山川涼音「私もバカだから」
涼音は少し前に歩き出し
背を向けたまま、静かに言った。
「京太郎くん。・・・・・・生きててね」
その言葉が、やけに重く響いた。
俺は、ポケットの中でUSBを強く握った。