隣の席の、美少女スパイはモールス信号で喋る

P72

はじめてのスパイ活動は放課後の教室で『言い訳と、俺のくだらない決意』(脚本)

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〇ビルの裏通り
伊沢啓二「さて――どうする、西村?」
  夕焼けに照らされた裏路地で、伊沢先生が静かに問いかけてくる。
  涼音は横で無言のまま。こちらを見つめるその目は、なぜか少しだけ不安げだった。
西村京太郎「どうするって・・・・・・何をですか」
伊沢啓二「君がこのまま“スパイ補佐官”として関わっていくのか、それともここで手を引くのか。選べ、ということだよ」
西村京太郎「・・・・・・やめていいなら、今すぐやめたいですけど」
  本音だ。俺は巻き込まれただけだ。
  ただ隣の席が山川涼音になっただけなのに、なんで国家組織だの監視任務だのって話になるんだ。
伊沢啓二「でも――それじゃお前、納得しないだろ?」
西村京太郎「・・・・・・は?」
伊沢啓二「君は、途中でモールスを読むのをやめた。でも、最後まで意味は把握していたはずだ」
伊沢啓二「“このクラスに黒は居ないが、教師に怪しい者がいる”。――その言葉が、ずっと引っかかってたんじゃないか?」
西村京太郎「・・・・・・そりゃ、まあ、なんか気にはなってたけど」
伊沢啓二「人は本能的に、自分にとって“嘘じゃないもの”を覚えている。“冗談”だと思ったら、とっくに忘れている」
西村京太郎「・・・」
伊沢啓二「要するに君、自分で納得しないと気が済まないタイプだろ」
西村京太郎「・・・・・・まあ。否定はしませんけど」
伊沢啓二「ひねくれてる割に、実は責任感が強い。厄介な性格だな」
西村京太郎「余計なお世話ですよ」
西村京太郎「ただ、俺普通の高校生なんですけど」
山川涼音「いや、君は絶対“普通”じゃないから」
西村京太郎「・・・・・・なんだよ急に」
山川涼音「だって、普通の高校生が、授業中に机を叩いてるだけで“モールス信号”だって気づく?」
西村京太郎「たまたまだよ」
山川涼音「じゃあ、伊沢先生が喫茶店の中からこちらに気が付いて、“ヤバい”っと思って即逃げられる?」
西村京太郎「・・・・・・あれはなんか反射的に・・・・・・」
山川涼音「そういうのを、素質って言うんじゃない?」
山川涼音「普通の人は物陰に隠れて身動きが取れないの」
西村京太郎(なんだこいつら、持ち上げて落とす気か?)
西村京太郎「俺、面倒くさいの嫌いなんで。巻き込まれ体質とか、そういうのマジ無理なんで」
山川涼音「それ、言い訳でしょ?」
西村京太郎「ぐっ」
山川涼音「昔から、そうやって逃げ道作ってきたでしょ。“本気出せばできるけど、やらないだけ”って顔して」
山川涼音「・・・・・・でも本当は、自分の中で何か起こってるって分かってるくせに」
西村京太郎「・・・」
  この目、知ってる。昔、自分がオカルトに夢中だった頃の自分の目だ。
  ――信じたいけど、信じるには何かが足りない。
  ――でも信じずに後悔するのは、もっと嫌だ。
西村京太郎「あー・・・・・・もう、やってやるよ」
山川涼音「え?」
西村京太郎「スパイ補佐官、やってやるっつってんの。てかやるしかねぇだろ、ここまで来たら」
山川涼音「ふふふ、そうね」
西村京太郎「ただし条件がある」
山川涼音「条件?」
西村京太郎「ちゃんと俺に説明しろ。涼音、お前が何者で、どうしてこんなことしてるのか」
西村京太郎「俺が動くってことは、“巻き込まれる側”じゃなくて、“選ぶ側”になるってことなんだよ。責任持って選ばせろ」
伊沢啓二「・・・」
山川涼音「・・・」
伊沢啓二「・・・・・・面倒くさいけど、頼れるな。君は」
山川涼音「やっぱり、京太郎くんって面倒くさい人なんだ」
西村京太郎「面倒くさいってなんだよ!」
  こうして俺、西村京太郎は、“スパイ補佐官”として本格的に任務に就くことになった。
  相変わらず、くだらない毎日だ。
  でも、どこかで――この“くだらなさ”を選んだ自分に、少しだけ満足している。
  ・・・・・・たぶん、明日も何かが起こる。
  だってスパイが隣にいて、監視官が教師なんだからな。

次のエピソード:カフェと銃と期末テスト『テスト週間と拳銃の音』

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