はじめてのスパイ活動は放課後の教室で 『教師の黒幕疑惑と、人生初の尾行』(脚本)
〇教室
翌朝
俺はというと、すこぶる機嫌が悪かった。
理由は単純、スパイ補佐官にされたからである。
西村京太郎「はぁ・・・・・・何やってんだ俺・・・・・・」
机の上には、涼音から支給(?)された小さなメモ帳。
表紙には意味深に「任務記録001」と書かれている。うさんくさいにも程がある。
「・・・・・・ねえ、準備はいい?」
西村京太郎「する気ないっつっただろ」
山川涼音「でも、もう受け取ってる時点で“任務開始”よ?」
西村京太郎「・・・・・・強制参加かよ」
前時代的だなこのスパイ制度。労基通報してぇ。
山川涼音「はい、今日のミッション内容ね」
涼音が差し出したのは、なんかマトモっぽい報告書フォーマット。
任務名:3-B担任 伊沢啓二 教師の動向記録
• 対象人物:伊沢啓二(42)
• 職業:高校教諭(英語)
• 容疑:不明
• 目的:対象が外部組織と通じていないか確認
• 方法:授業中の言動観察・放課後の行動尾行
西村京太郎「尾行・・・・・・って、マジでやんのかよ」
山川涼音「うん。放課後、私と一緒にね」
西村京太郎「なんで当然みたいな顔してるんだよ・・・・・・」
しかし、俺のツッコミもむなしく、涼音は自分の席でスッと姿勢を正した。
その表情はまるで、国家の命運を担っていると言わんばかり。
山川涼音「・・・・・・ねえ、京太郎くん」
西村京太郎「なんだよ」
山川涼音「この世界は、思ってるより“情報戦”なのよ。戦争はもう、銃や爆弾で戦う時代じゃないの」
山川涼音「教室の中、職員室の中、スマホ一つで未来が変わるの。理解できる?」
西村京太郎「いや、できねぇよ」
とは言ったものの――俺の心の奥底にいた、かつての“厨二病患者”がざわついているのも、また事実だった。
〇開けた交差点
伊沢先生は、いつもの通り職員室から出て、自転車置き場へ向かっていた。
俺と涼音は、それを距離を取って追いかける。まるで探偵ごっこだ。
西村京太郎「・・・・・・なあ」
山川涼音「なに?」
西村京太郎「これってさ、万が一、伊沢先生が普通の教師だったらどうすんの?」
山川涼音「別に問題ないわよ。結果が白ならそれで良し。重要なのは“可能性”を潰すこと。国家機密ってそういうものだから」
西村京太郎「・・・・・・軽く言ってるけど、重すぎるんだよな・・・・・・!」
俺たちは、電柱の陰から伊沢先生を観察続けている。
〇店の入口
先生は商店街の端にある、こじんまりした喫茶店に入っていく。
古びた木の看板には《喫茶クローバー》と書かれていた。
西村京太郎「・・・・・・怪しくね?」
山川涼音「ううん、意外と自然。こういう普通の場所を連絡ポイントに使うのよ。目立たないから」
西村京太郎「映画かよ・・・・・・」
ふと、涼音の顔を見ると、普段のにこやかな表情とは違い、真剣そのものだった。
その目には、緊張と集中――本物の“現場人間”の空気が宿っていた。
西村京太郎(あ、こいつ、マジでやってるんだ)
今までの全部が“ネタ”か“冗談”だとどこかで思っていた俺に、静かに現実が突き刺さる。
西村京太郎「・・・・・・なんでお前みたいなのがスパイなんだ?」
山川涼音「さあ。私が訊きたいくらい」
その言葉には、珍しく力がなかった。
涼音は少しだけ、哀しそうな顔をした気がした。
――その瞬間だった。
喫茶店の奥の窓が開き、そこから覗く伊沢先生の顔。
その視線の先、確実に俺たちの方を見て――微笑んだ。
西村京太郎「・・・・・・え、バレてる・・・・・・?」
山川涼音「・・・・・・最悪」
俺たちの“初任務”は、予想外の形で幕を開けた。
西村京太郎「・・・・・・逃げた方がいいな」
山川涼音「そうね」
俺と涼音は、一秒後にはすでに喫茶店の裏路地へ走り出していた。
〇ビルの裏通り
とにかく、あの笑顔――こっちを明らかに“認識していた”顔だ。
隠れていたつもりが丸見えとか、スパイ以前に人間としての自信が消し飛ぶレベル。
西村京太郎「何が“初任務”だよ・・・・・・開幕5分で終了だよ・・・・・・!」
山川涼音「失敗は成功の母って言うじゃない。記念すべき最初の一歩よ」
西村京太郎「うるせぇ!」
二人で息を切らしながら裏通りを抜け、近くの自販機の裏に身を潜める。
涼音はリュックから例の小型端末を取り出し、慣れた手つきで画面を確認した。
山川涼音「・・・・・・通信遮断された。こっちの機器、外部と繋がらなくなってる」
西村京太郎「は? なんで?」
山川涼音「たぶん、伊沢先生が妨害電波か何かで遮断してきた」
西村京太郎「教師の装備じゃねぇだろそれ・・・・・・!」
喫茶店で紅茶飲んでた中年教師が、急に電磁戦を仕掛けてくる構図、だいぶヤバい。
西村京太郎(いや、もうこれ完全に黒確定じゃないか?)
と、そのとき──
「おい、西村。それに山川も」
西村京太郎「うわぁぁあああッ!?」
西村京太郎「・・・・・・先生・・・・・・いつの間に・・・・・・?」
伊沢啓二「ま、そう慌てるな。こんな裏路地でこそこそと、何をしていた?」
西村京太郎「え、あの・・・・・・その・・・・・・いや、違うんですよ、これは──」
京太郎、焦りの極致。語彙が吹っ飛んでる。
しかし、その横で涼音は落ち着き払っていた。いや、むしろ薄ら笑ってる。
山川涼音「先生、こっちの動き、全部見てましたよね?」
伊沢啓二「・・・・・・ふむ。さすがに隠密行動には程遠いものがあったが」
山川涼音「じゃあ話が早い。私たちは、先生が“外部組織と接触している疑い”があったため、調査に当たっていたの。証拠も収集中です」
さらっと爆弾を落とすな。普通に名誉毀損だぞ?
伊沢啓二「・・・・・・ああ、それか」
伊沢先生は、なぜか妙に納得した顔でうなずいた。
伊沢啓二「もう少し時間がかかると思っていたが、君が動くのが想定より早かった。やはり噂通り、君は“本物”だな」
山川涼音「・・・・・・やっぱり」
やっぱりってなんだよ。
お前らだけで会話成立してんじゃねぇか。
西村京太郎「なあ・・・・・・先生、何者なんです?」
俺が勇気を振り絞ってそう聞くと、伊沢はやれやれという顔をして答えた。
伊沢啓二「まあ、話すタイミングかもしれんな。お前達が勝手に俺を怪しんで、真相を知らずにウロチョロされる方が余計危険だ」
伊沢は周囲を見回し、スーツの内ポケットから身分証のようなものを取り出して差し出した。
特務庁 内部監察局 指導官補佐 伊沢啓二
(対スパイ対応局 兼 公的特殊情報機関 連絡係)
西村京太郎「・・・・・・え、あんた、スパイを監視する側・・・・・・?」
伊沢啓二「そういうことだ」
衝撃だった。
つまり――スパイを見張ってる人間が、スパイに見張られてたということになる。
西村京太郎「じゃあ、先生が喫茶店で見ていた書類って・・・・・・」
伊沢啓二「あれは今朝届いた報告書だ。君のスパイ活動が本格化したという通知と、その補佐官に“西村京太郎”が任命されたってな」
西村京太郎「勝手に任命すんなやあああああ!!」
伊沢啓二「ふむ、いずれ協力してもらう予定だったが・・・・・・思ったより早く名前が上がったな。君、なにか適性があるらしい」
西村京太郎「そんな適正あるかぁああああああ!!!」
俺の叫びが、夕暮れの街に空しくこだました。
この日、俺は知った。
スパイは一人じゃない。
そして、スパイを監視するスパイもいる。
さらには──
そのど真ん中に、何の覚悟もない俺が巻き込まれたということも。