隣の席の、美少女スパイはモールス信号で喋る

P72

はじめてのスパイ活動は放課後の教室で『涼音の正体』(脚本)

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〇桜並木(提灯あり)
  桜の花びらがグラウンドを彩る中、俺――西村京太郎は、さっそく絶望していた。

〇教室
  なぜなら、隣の席に座っているのがあの山川涼音だったからだ。
西村京太郎「うわ、マジか・・・・・・なんでよりによって・・・・・・」
  そう、山川涼音。
  顔良し、成績良し、性格良さげ。ついでに運動神経まで良いらしく、クラスの人気を一身に集める存在。
  まるで少女漫画から飛び出してきたような完璧超人。
  だが俺にとっては、ただの「八方美人」で「話しかけられたら負け」みたいなタイプの人間でしかない。
  要するに、俺の天敵だ。
西村京太郎「・・・・・・はぁ・・・・・・」
  このどうしようもない運命を呪っていた、そのときだった。
  机の右隣――つまり涼音の机から、
「トン、トン・・・・・・ト、トン、トン・・・・・・」
  かすかに乾いた音が聞こえてきた。
  いや、正確には音は聞こえていない。振動だけ。
  それくらい微細で、教室中の誰も気にしていない。でも俺は気付いてしまった。
西村京太郎(・・・・・・なんだ? 指で机叩いてるのか? リズムでも取ってんのか?)
西村京太郎(いや、違う。 これは、まさか──)
西村京太郎(モールス信号!?)
  俺の脳裏に、中学時代の黒歴史が蘇る。
  異世界召喚だの魔導結社だの、占星術に降霊術、UMAに都市伝説・・・・・・。
  思春期特有の興味関心をありとあらゆる方向にぶん回し、気が付けば図書室の危険分子になっていた、あの頃の俺。
  そのおかげで、モールス信号くらいは無駄に解読できる。
西村京太郎(えーと、長短、長短・・・・・・「このクラスに・・・・・・黒は居ない・・・・・・しかし教師に怪しい者がいる・・・・・・」)
西村京太郎(・・・・・・は?)
西村京太郎(なに言ってんだコイツ)
西村京太郎(黒? 怪しい教師?)
西村京太郎(この時代に、現実でそんなこと言ってんの? てか、授業中に?)
西村京太郎(完全に中二病じゃん・・・・・・)
西村京太郎(いや、わかるよ? 俺もかつてはそっち側だったから)
西村京太郎(「闇の使徒はクラスに潜んでいる・・・・・・!」とか「俺の右手が疼く・・・・・・」とか言ってた黒歴史、ちゃんとあるもん)
西村京太郎(でもそれは、もう終わったんだよ。卒業したの、そういうのは)
  恥ずかしさで頬が熱くなって、思わず涼音の指先から目を逸らす。
  そうだ、見なかったことにしよう。彼女が中二病だろうが、俺には関係ない。
  ――が。
  そのとき。
  彼女の机に、赤い点がスッと浮かんだ。
  ポツン、と机の上で、控えめに点滅する赤い光。
  一瞬だけ反射して、また消え、そしてまた点いた。
西村京太郎(・・・・・・おいおい)
西村京太郎(それ、レーザーポインターじゃん)
  誰かが外から、窓越しに信号を返してきてる――涼音に向かって。
  それでもクラスの誰一人、異変には気付かない。
  ここで唯一、事のヤバさに気付いているのは――たぶん俺だけだ。
  そのとき、唐突に涼音が顔をこちらに向けた。
山川涼音「気付いたみたいだね、西村くん」
西村京太郎「・・・・・・は?」
山川涼音「これから、あなたには協力してもらうわ。国家のために」
  涼音は、笑っていた。
  完璧に作られた、どこまでも涼しげな笑顔で。
西村京太郎(・・・・・・ちょっと待て。なんだそれ)

〇教室
  放課後
  帰り支度をする生徒たちの雑談と椅子の音が、教室の空気を賑やかに撫でていた。
  俺――西村京太郎は、そのざわめきの中で、静かに地獄のような時間を過ごしていた。
西村京太郎「・・・・・・で、何のつもりだ? さっきのモールス信号」
山川涼音「見てたの? 京太郎くん。ふふっ、意外と観察力あるのね」
西村京太郎「いや、あれは見ない方が難しいって・・・・・・普通は授業中に暗号使わねぇよ」
山川涼音「ふふふ、普通の高校生がモールス信号を理解しているのもどうなのかしら」
  正直、なんか今のやり取りも全部テンプレすぎてキツい。
  頭の中で「うわああああ」と叫んでる過去の俺がいる。やめろ、思い出させるな。
西村京太郎「・・・・・・で、何? 冗談? 演劇部の台本? ドッキリ?」
山川涼音「全部違うわよ。本物のスパイ活動よ。私は公的特殊情報機関の現場担当官、任務の遂行のため、ここ日比谷高等学校に潜入しているの」
西村京太郎(・・・・・・ダメだ。この子、完全に終わってる)
山川涼音「ねえ、信じてないでしょ?」
西村京太郎「うん、まあ。信じる理由がねぇし」
山川涼音「じゃあ、証拠見せるね」
  スマートフォンのようでいて、見たこともないインターフェース。
  黒地に青いUI。中央には日本語でこう表示されていた。
  《通信状態:安定》
  《監視対象:3-B担任教師 伊沢 要警戒》
  《外部照射による指示受信完了。暗号キー:#S014-X》
西村京太郎「・・・・・・なにこれ。・・・・・・なんで、担任の名前?」
山川涼音「言ったでしょ。“教師に怪しい者がいる”って」
  このとき、俺の脳内でようやく警報が鳴りはじめた。
西村京太郎(本気だ。この女、冗談じゃなく――本気で言ってる)
西村京太郎(というか、これ、本当に機密情報じゃないのか? 俺、見てよかったやつ? これ)
西村京太郎「で、俺に“協力しろ”って、どういう意味だよ」
山川涼音「今日から、あなたは私の“補佐官”。簡単に言えば助手ね。私の目や耳になって動いてもらうね」
西村京太郎「いや、ならねぇよ?」
山川涼音「なってもらう、ね?」
西村京太郎(何その圧、怖)
山川涼音「あなた。京太郎くんの初任務は明日。対象:伊沢先生。目的は“授業中の発言と動作の記録”。お願いね」
西村京太郎「話聞けよォォォォ!!」
  こっちは今、ちょっとした人生の危機なんですけど!?
  普通の高校生活すら守れない俺が、なんでスパイ補佐官とかに任命されなきゃならんのよ!?
山川涼音「・・・・・・やだ。泣きそうな顔になってる。可愛い」
西村京太郎「笑いごとじゃねぇよ!」
西村京太郎(あーもう、こういう奴が一番タチ悪い)
  完璧ぶってて、根拠のない自信持ってて、でもなぜか場の空気を支配してる。
  なのに――どこか、本当に信じそうになる自分が、もっと嫌だ。
西村京太郎「じゃあ・・・・・・一つだけ、教えてくれ」
山川涼音「なに?」
西村京太郎「本当にお前はスパイなのか?」
山川涼音「・・・・・・」
山川涼音「本当だよ」
  その目に、冗談の色はなかった。
  この日、俺は思い知った。
  日常の裏側には、想像よりずっと馬鹿馬鹿しくて、でも、手遅れになるほどリアルな非日常が転がっているということを。
  そして、俺――西村京太郎は、その片足を、もう突っ込んでしまっていた。

次のエピソード:はじめてのスパイ活動は放課後の教室で 『教師の黒幕疑惑と、人生初の尾行』

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