第四拾弐話 龍虎相撃つ(脚本)
〇道場
向かい合う一哉と茂昭。
激しい打ち合いを演じてから、その雰囲気は少し変わった。
スッ、とどちらからともなく足を踏み出し、
「いやああぁあっ!!!」
数合の打ち合いの後に離れて間合をとり、再び機を伺う。
睨み合う二人の様子は、獲物を狙う獣のようで。
打ち合う様は互いの牙を突き立てんとするかのようだ。
理事長「やってるやってる」
安曇紗那「あ、おじいちゃん!!」
辰宮玲奈「おじいちゃん!?」
理事長「ああ、そうだよ」
理事長「この子は私の孫娘でね、紗那というんだ」
理事長は紗那の頭を撫でる。
理事長「少し前に橘くんの噂を聞いて、孫と会ってもらったんだがね」
理事長「それ以来、紗那は橘くんが気に入ってしまったようなんだ」
理事長「橘くんが他流試合に出ると聞いてね、招待したんだよ」
辰宮玲奈「そうだったんですか・・・」
理事長「どうやら激戦のようだね」
理事長の目線を追って、紗那と玲奈もコートへと目を向ける。
コートの中では、一哉と茂昭が打ち合っては離れ、離れては又打ち合い、一進一退の攻防を繰り返していた。
〇学校の廊下
飯尾佳明「なあ、テツ」
古橋哲也「なに?」
飯尾佳明「そういえば、カズが武徳会の余興に出てるんだっけ?」
古橋哲也「そうだね」
頷く哲也。
古橋哲也「一年生が出るのは異例の事態らしいよ」
飯尾佳明「らしいな」
部活展では三年生が主導、二年生が実働、一年生が補佐、というのが平坂高校の通例だ。
古橋哲也「なんでも、薙刀部の新人と因縁ができたんだってさ」
飯尾佳明「へえ」
その哲也の一言で佳明は大体の事情を察した。
飯尾佳明「で、その相手と闘うってワケだ」
古橋哲也「そんな感じだろうね」
校舎を歩き回る二人の耳に、武道場の方から歓声が聞こえてくる。
飯尾佳明「随分と賑やかだな」
猛々しい気声に押されて、つい体が傾いてしまう。
飯尾佳明「大声出しやがって・・・」
よく聞き慣れた声と、聞き慣れない獣のような咆哮。
飯尾佳明「一体どんな奴が相手なんだ・・・?」
〇学校の廊下
姫野晃大「この声は・・・」
歓声と怒号。
穂村瑠美「武道場の方だね」
晃大と瑠美は、二人でクラス展を回っていた。
姫野晃大「盛り上がってるなぁ」
余程派手なことがあったのだろうか。
武道場では、武道・格闘技系の部活が演武と試合を行うと聞いている。
だが、これほどの盛り上がりを見せるとは、そっちに関しては素人の晃大にとっては意外だった。
穂村瑠美「そういえば、橘くんが試合に出るらしいね」
姫野晃大「あいつなら喜んで出そうだよな」
魔族との戦いに最も積極的な一哉。
生死を賭けた命懸けの戦いだが、その時の彼は生き生きとしている。
姫野晃大「笑いながら試合してそうだよな、アイツ」
穂村瑠美「そうだね」
〇渡り廊下
都筑恭平「型にはまって、よくやるぜ・・・」
武道場に詰めかけた観衆の最後方で、恭平は呟いた。
興奮し熱狂する紗那。
はしゃぐ紗那に圧倒される月添姉弟。
そんな孫娘と知己を見守る理事長。
彼らの様子に目を配りつつ、試合を観戦する。
〇道場
恭平の目から見たら、変わり種ではあるが何の変哲もない試合だった。
防具に保護され、打突部位も限られ、得物も安全。
何よりも、特別ルールで厳重に安全対策が取られている。
都筑恭平(しかも、本来の得物の使い方から離れた競技じゃねえか)
真剣ではなくなり、当てれば勝ちという決め事になった時点で、薙刀や刀本来の使い方は失われたと恭平は考えている。
怪我のリスクのない、安全競技。
それが、恭平の目から見た評価だった。
なのに。
都筑恭平(なんで、見ちまうんだろうな・・・)
二人の試合から、目が離せない。
意識が。
視線が。
自然と二人に向いてしまう。
と、その時。
橘一哉「やあっ!!」
一哉が打ち込み、
竹村茂昭「ええいっ!」
それを茂昭が払って打ち返そうとしたが、
都筑恭平「!!」
竹刀を立てて一哉はうまく防いだ。
都筑恭平「危ないところだったな・・・」
思わずポツリと呟き、
都筑恭平「!!」
恭平はハッとした。
都筑恭平(何で感情移入してるんだ、俺は)
ただ適当に見ているだけのつもりが、二人の立ち回りに心を動かされてしまっていた。
都筑恭平(バカバカしい)
とは思うものの、理事長からの依頼を半ば忘れて恭平は試合に見入っていた。
〇渡り廊下
佐伯美鈴「まるで子犬のじゃれ合いね」
息もつかせぬ真剣勝負。
誰もが一哉と茂昭の白熱した試合に熱狂する中で、美鈴の見方は少しばかり違っていた。
佐伯美鈴「カズくんが楽しそうで何よりだわ」
一哉の奥底にある感情に、美鈴は気付いていた。
お互い、目の前の相手に集中しているのは正にその通り。
まだ、互いに一本も決まらないままに攻防を続けている。
心身の全てを目の前の相手との攻防に費やすというのは、辛く苦しいものがある。
だが、
一哉は、それを、楽しんでいる。
二人の試合は、互いの得物が真剣であると観衆が錯覚するほどの緊張感を孕んでいる。
お互いに、そう意識しなければならぬほどに拮抗している。
そんな互いのやり取りを、一哉は楽しんでいる。
紗那の声援から始まった打ち合い。
これはどうだ。
ならば、こうだ。
幾つもの攻め手を何度も繰り出し、相手の反応を楽しんでいる。
だが、それは相手を弄んでいるのではない。
伯仲する互いの力を喜び、楽しんでいるのだ。
全力を出し切る喜びを、一哉は満喫していた。
佐伯美鈴「何だか、見てるこっちまで楽しくなってくるわね」
一哉の心身が充実していると、美鈴も嬉しく、楽しい。
こうして一哉を見守ることが出来ることは、美鈴にとって無上の喜びだった。
〇道場
竹村茂昭(一体、何なんだ)
湧き上がる感情に、茂昭は戸惑っていた。
竹村茂昭(こいつ、他流慣れしてる)
一哉の剣筋は、躊躇いがない。
薙刀という他武道を相手にしていながら、恐れや不安というものが感じられない。
自然に、普通に、茂昭と相対している。
竹村茂昭(俺はこんなの初めてだってのに)
同い年ながら年季の違いを感じざるを得ない。
だが。
竹村茂昭(この感じ、何なんだ)
胸が高鳴る。
未知に相対し、不安よりも好奇心が勝っている。
一哉との対峙が、楽しい。
心が浮き立つ。
竹村茂昭(いや、流されるな!)
浮ついた心は正しい心ではない。
心が流されたら身体も浮つき、隙を突かれて負けてしまう。
だというのに。
竹村茂昭(もう、勝つとか負けるとかどうでもいいか!)
おお、と観衆から声が上がった。
〇道場
安曇紗那「あれ?」
紗那も何かに気付いた様子で、
月添咲与「え、」
月添亜左季「ウソぉ・・・」
咲与と亜左季は困惑の表情を浮かべた。
理事長「ほう、変わったね」
安曇紗那「何が?」
紗那が祖父に訊ねると、
理事長「薙刀使いの竹村くんは、腹を括ったようだ」
月添亜左季「それどころじゃないような気がするんですけど・・・」
この場合、月添姉弟の気付いた事の方が正しい。
しかし、その真実を話したところで誰も理解できないだろう。
理事長(斯様な公の場で神気発勝とは、本気か・・・!?)
観衆がざわついたということは、茂昭の発した『神気』を目にしたか、あるいは見えなくとも感じることが出来た者がいる。
理事長(困ったものだ・・・)
人目を憚らず姿を晒すのは得策ではないのだが。
それはそれとして、
安曇紗那「竹村さんの雰囲気、変わったね」
紗那には神気が見えていないようだ。
しかし、何かしらの変化があったことは分かるらしい。
月添亜左季「橘さん、大丈夫かな・・・」
過日の戦いなど忘れてしまったのか、亜左季は変わらぬ雰囲気の一哉の心配をしていた。
月添咲与「アレがそう簡単にやられるとは思えないけど?」
安曇紗那「そうだよ、咲与ちゃんの言う通りだよ」
一度戦ったからこそ、咲与は一哉の実力をよく分かっている。
月添亜左季「でも、」
月添亜左季「・・・!!」
言いかけた言葉を、亜左季はぐっと堪えた。
月添亜左季(危ない危ない)
紗那がいるのを忘れていた。
咲与と亜左季が一哉と戦ったことを知られる訳にはいかない。
そもそも、月添家が迦楼羅使いの家系であることや魔族関連の諸々も紗那は全く知らないのだ。
あくまでも紗那は感覚が鋭敏なだけの普通の人間として生を送っているのだから。
〇道場
橘一哉(・・・へえ)
そんな茂昭の変化に、当然ながら一哉は気付いていた。
橘一哉(虎、か・・・)
面の奥、虎縞の模様が茂昭の顔にうすぼんやりと浮かび上がっているのが見える。
橘一哉(どうするかね)
茂昭の正体が見えた。
見えてしまった。
気の良い奴だと思っていたのだが、
橘一哉(どういう因果の吹き回しかね)
類は友を呼ぶという。
橘一哉(また神獣使いか・・・)
月添姉弟に続き、彼も神獣の縁者とは。
橘一哉(でもまぁ、今は関係ないね)
橘一哉(俺は俺の剣道をするだけだ)
〇道場
草薙由希「うわ、マジ?」
薙刀部部長という立場上、由希は特別他流試合にかかりっきりだった。
可愛い従弟が期待の後輩と試合をすると知った時には驚きつつも喜んだものだったが、
草薙由希(ありえない・・・)
まさかの事態に当惑していた。
一哉が何やかんやでどうにか相手を捌くのは予想の範囲内だったし、見ていて楽しかった。
しかし、
草薙由希(竹村くん、そういう心得があったとはね・・・)
由希に見えていたのは、茂昭が『気を高める』様子。
身体を流れ外に発する『気』の量が跳ね上がったのだ。
草薙由希(どうすんの、これ・・・)
一哉にも茂昭の気が跳ね上がったのは分かっていると思うのだが、
橘一哉「・・・」
草薙由希(え!?)
〇道場
結論から言って、茂昭の見せた変化に対し、一哉は対して変わらなかった。
変わったことと言えば、剣先を落として下段の構えになった程度。
声を発することもなく、何の気負いもなく、ただ自然に、至極無造作に、スッ、と剣先を膝の高さまで下げた。
竹村茂昭「!!」
声にも出さず態度にも表さず、しかし茂昭は驚いた。
空けた。
ように、見えたのである。
下段には下段の技法がある。
しかし、剣先を下げた一哉の動きは、まるで自ら隙を作り出したように見えた。
そして、普段から素振りを何度も繰り返していた習慣が習性化してしまっていたのが、今の茂昭であった。
繰り出す薙刀が狙うのは、基本中の基本。
竹村茂昭「メエェン!!!!」
一哉の面目掛けて振り下ろされる茂昭の薙刀に、
神業だった。
摺り上げではない。
撥ね上げでもない。
巻き上げでもない。
真っ直ぐ振り下ろされた薙刀に対し、真っ直ぐ上げた一哉の竹刀の剣先がぶつかった。
ぶつかった竹刀の勢いは止まることなく、茂昭の薙刀を真上へと突き上げながら持ち上げ、茂昭は大上段に振りかぶる形となる。
竹村茂昭「!!!!!!!!」
一哉の身体が一気に間合いを詰め、
橘一哉「ドオオーゥ!!!!」
普段の大人しい様子からは思いもよらぬような大音声と共に、一哉は打ち込んだ。
スパァン、と小気味良い爽やかな音が谺する。
振り下ろされた一哉の竹刀は、茂昭の胴に綺麗に入っていた。
審判三人の旗がサッと上がる。
文句無しの胴あり一本。
一哉は残心をしっかり取って中段の構えを取る。
竹村茂昭「・・・・・・」
茂昭もやや放心しつつ、中央へと戻った。
そしてお互いに中央で中段の構えで向かい合う。
主審「勝負あり!!」
主審が宣言すると、茂昭は薙刀を脇に立て、一哉は立ったままで竹刀を納めた。
そして互いに三歩下がって一礼し、コートを出た。
〇道場
辰宮綾子「というわけで、剣道対薙刀の試合でした!!」
観衆から拍手が巻き起こる。
辰宮綾子「さて、感想を本人に聞いてみましょうか」
面を外した一哉と茂昭が再び出てきた。
辰宮綾子「橘くん、薙刀との他流試合はどうだった?」
綾子の問いに、
橘一哉「楽しかったっす!!」
一哉は満面の笑顔で答える。
辰宮綾子「竹村くんはどうだった?」
竹村茂昭「リーチが長い分有利かと思いましたけど、全然そんな事無くって勉強になりました!!」
勝負では負けた茂昭だが、些かの悔しさも感じられない。
問いかけに対して淀みなく即答したことから、感情を押し殺している訳でもなさそうだ。
辰宮綾子「ではもう一度、拍手をお願いします!!」
観衆から盛大な拍手が沸き起こる。
一哉と茂昭は観客に深々と礼をするとコートを出た。
辰宮綾子「さて、続きましては・・・」
平坂学園武徳会特別他流試合。
他流試合は、まだまだ続く。