第四拾壱話 平坂学園文化祭(脚本)
〇ハイテクな学校
今日は平坂学園高等部の文化祭。
在校生徒がクラスや部活動単位で様々な催し物を行い、日頃お世話になっている地域の人々との交流を深めるイベントだ。
学生数も部活動の数も多い同学園の文化祭は、平坂市における一大イベントになっている。
生徒たちは様々な工夫を凝らした催し物を企画しているが、その中でも毎年開催されて名物となっているものがある。
それは、
〇道場
『平坂学園武徳会特別他流試合』。
武道・格闘技系の部活動を束ねる『平坂学園武徳会』の管轄の下で行われる異種格闘技戦。
安全に考慮し、武器対素手の試合こそ行わないが、素手同士、武器同士の他流試合が開催される。
出場選手や対戦カードは事前に選出され、試合ごとにルールは異なる。
勝ち抜きやリーグ戦ではなく、一試合ごとのエキシビションマッチ。
今年も幾つかの対戦カードが組まれているのだが、その中にあの二人がいた。
???「赤、剣道部一年生、橘一哉!」
一哉と、
呼び出し「白、薙刀部一年、竹村茂昭!」
茂昭である。
辰宮玲奈「一年生なのに他流試合に出るなんて、二人ともすご~い」
他流試合や異種格闘技戦と言えば、心躍る人もいるだろう。
しかし、同一種目で戦う事に慣れている現代において、このような行為は危険極まりない。
気力も体力も有り余っている十代ともなれば尚更である。
そのため、
①高校生の部活内容に慣れ、体力及び身体能力がついていること。
②実際に内容を見て実情を把握していること。
以上の条件を求められ、出場するのは二年生か三年生が主体である。
そんな中、一哉と茂昭は一年生でありながら出場が許され、二人による試合が組まれていた。
辰宮綾子「あの時の決着をつけるためだ」
草薙由希「どっちが勝っても、恨みっこ無しだからね」
辰宮綾子「分かっているさ」
一哉と茂昭が出会った日。
その日、果たすことができなかった試合の決着を、この場でつけようというのである。
〇道場
梶間頼子「お、間に合った」
そんな観客の中に、頼子がいた。
辰宮玲奈「あ、頼ちゃん、こっちこっち」
親友の姿を見つけた玲奈が声を掛ける。
梶間頼子「玲奈は何かやらないの?」
辰宮玲奈「一年生は模範演武の前座だけだよ」
辰宮玲奈「もう役目はおしまい」
他流試合の前に、各部による模範演武が行われた。
玲奈も弓道部員の一人として奉射を行い、無事に終えることが出来た。
梶間頼子「そうなんだ」
改めて道場の中央コートに目を向ける。
そこには、
一哉と、
茂昭が対峙していた。
〇ハイテクな学校
佐伯美鈴「とうちゃーく♪」
平坂学園高等部正門前。
そこに佐伯美鈴は来ていた。
佐伯美鈴「ここに来るの、教育実習の時以来かしら」
久々の母校に胸が高鳴る。
佐伯美鈴「カズくんから招待券貰えるなんて運が良かったわ〜」
財布から文化祭招待チケットを取り出す美鈴。
佐伯美鈴「さあ、カズくんの勇姿を見に行かないと」
入り口で招待チケットを提示すると、美鈴は武道場へ急いだ。
〇ハイテクな学校
月添咲与「文化祭、ねえ・・・」
月添咲与。
他校の生徒である彼女も、文化祭を訪れていた。
月添咲与「紗那、本当に大丈夫?」
その傍らには、理事長の孫娘で幼馴染である紗那を伴って。
安曇紗那「・・・たぶん、大丈夫」
紗那の表情は固い。
聞こえてくる人の声、漂ってくる人の気配。
慣れぬそれらに、紗那の心身は必要以上に緊張していた。
月添亜左季「安心して、紗那ちゃん」
亜左季が隣から声を掛けた。
月添亜左季「僕達がついてる」
安曇紗那「・・・・・・うん」
ゴクリと唾を飲み込む紗那。
彼女の緊張は、こうして三人で校門前にいるたけでも高まり続けていた。
月添咲与(紗那のおじい様が理事長だから貰ったけれど、)
〇豪華なリビングダイニング
理事長「今度の週末に平坂高校の文化祭があってね」
理事長「それに紗那を、連れて行ってやってほしいんだ」
理事長「橘くんが余興に出るみたいなのでね」
理事長「それを紗那に見せてやってくれないか?」
〇ハイテクな学校
月添咲与(アイツが余興をね・・・)
あんな戦闘狂が余興をやるなど俄には信じがたい。
だが、そんな一哉を紗那はいたく気に入っている。
月添咲与(いつまでも続く関係でもないというのに・・・)
彼は龍の宿主であり、魔族と敵対する存在だ。
紗那が自身の出自と使命を知れば、二人の関係は破綻してしまうだろう。
月添咲与(・・・仕方ないか)
校門のスタッフに三人分の招待券を見せ、咲与は亜左季と紗那と共に校内に足を踏み入れた。
〇ハイテクな学校
都筑恭平「ったくよぉ・・・」
都筑恭平は舌打ちした。
都筑恭平「なんで俺が監視をしなきゃならねぇんだよ・・・」
〇校長室
理事長「私の孫娘が文化祭に来るんだよ」
理事長「月添の子供たちと一緒に行動することになっている」
理事長「滅多なことはないだろうが、絶対に起きないとも限らない」
理事長「陰ながら見守ってもらいたいんだ」
〇ハイテクな学校
都筑恭平「月添の奴らは苦手なんだよなあ・・・」
直接出会って何かをするわけではない。
陰ながら監視してればいいし、そういった事は得意な方だ。
極端な話、ただ見ているだけで良いのだ。
何かが起きても、付き添いの月添に任せてしまえば良い。
そう考えれば、この任務、出来るには出来る。
護衛対象と良からぬ因縁があるわけでもない。
ただ、
都筑恭平「月添がいる、ってのがなぁ・・・」
只々その一点が、唯一にして最大の懸念事項だった。
とはいえ、
都筑恭平「理事長には借りがあるからな・・・」
招待券も受け取ってしまっている。
やらないわけにはいかない。
気乗りしないながらも、天蛇王こと都筑恭平は平坂高校の門をくぐった。
〇道場
武道場には張り詰めた空気が満ち満ちていた。
辰宮綾子「これは・・・」
草薙由希「やるわね・・・」
互いの得物の切っ先が触れるか否かというところで、一哉と茂昭は睨み合いを続けていた。
一方が進めば引き、引けば出る。
どちらかが横に動けば、一方も横に動いて正対を崩さない。
傍から見れば長柄の薙刀の方が有利に見えるのだが、
竹村茂昭(盾だな・・・)
中段に構える一哉。
左手は丹田に、剣先は相手の喉に。
剣を握る両の手も、柄を上から握って緩みがなく、小手は剣に守られている。
教科書通り、教え通りの綺麗な中段だ。
その綺麗な中段だからこそ、
竹村茂昭(構える剣が、盾のようだ・・・)
一哉の身体は剣の後ろに隠れ、構えがしっかり盾となっている。
竹村茂昭(これが、『正しい剣道』か)
構えだけ。
構えだけである。
しかも、剣道を体感したのは過日と今現在の二回だけ。
しかし、剣道というものの奥深さを茂昭はひしひしと感じていた。
〇道場
一方の一哉も似たようなもので、
橘一哉(うわあ・・・)
笑い出したくなるのを必死になって堪えていた。
身体中がゾクゾクする。
心が躍る。
剣道などという縛りを捨てて、『剣術』で打ち掛かりたいという衝動を、中段の構えに徹する事で必死に抑える。
切っ先を喉につけて正中線を押さえる。
相手の正中線を押さえた太刀に乗り、その影に己を置く。
今の一哉は、矢を番え弓を一杯まで引き絞った状態とよく似ていた。
当たりて後に放つのが、弓道である。
それに倣うなら、入って後に打つ、とでも言うべきか。
打突部位への道筋が見えるのを探り、機を伺っているのだが、中々それが見えてこない。
正中線をつけるところまではできた。
だが、そこから先へ中々行けない。
橘一哉(これは難敵だぞ・・・)
剣を茂昭の身体まで伸ばしたくても、薙刀が見事に邪魔をする。
「少しでも気を抜けば、やられる」
〇道場
月添咲与「へえ、おもしろいことやってるじゃない」
そんな睨み合いの最中、咲与たち一行は武道場に到着した。
安曇紗那「わ、すごい」
月添亜左季「他流試合か」
紗那と亜左季も思わず声を上げる。
武道場に張り詰める雰囲気は、咲与たちにもひしひしと感じられる。
安曇紗那「橘さん、がんばれー!」
月添咲与「ちょ、紗那!?」
急に声を上げた紗那に困惑する咲与と亜左季。
しかし、
観客「二人とも頑張れー!」
生徒A「橘、攻めろー!」
生徒B「畳み掛けろ竹村ー!」
紗那の声が切っ掛けとなり、観衆からも声援が上がり始める。
そして、
竹村茂昭「おおおおおおっ!!!!!!」
橘一哉「えあああああっ!!!!!!」
声援を皮切りに、一哉と茂昭の激しい打ち合いが始まった。
〇学校の廊下
理事長「おや、始まったようだ」
校舎を回ってクラス展を覗いていた理事長の耳に、激しい打ち合いの声が聞こえてきた。
響いてくる声は、正に咆哮だ。
理事長「龍虎相撃つ、か・・・」
〇道場
安曇紗那「すごいすごい、かっこいい〜!!」
眼前で繰り広げられる激しい打ち合いに、紗那は目を輝かせる。
月添咲与「さ、紗那?」
つい先程まで人混みで抑鬱状態だったのが嘘のように、紗那は体を何度も揺すり満面の笑顔を見せる。
安曇紗那「咲与ちゃん、亜左くん、橘さんスゴイよ、ほらほら!」
更に咲与と亜左季の袖を引っ張る紗那。
月添亜左季「ちょ、紗那ちゃん!?」
月添咲与「落ち着いて、ね?」
袖引く力はかなり強く、月添姉弟の体が何度も何度も傾く。
???「あなた、カズのこと知ってるの?」
安曇紗那「!!」
そんな紗那に誰かが声を掛けた。
辰宮玲奈「あたしは辰宮玲奈っていうの」
辰宮玲奈「カズの幼馴染だよ」
安曇紗那「・・・・・・」
幼馴染、という言葉を聞いた紗那の顔が険しくなる。
辰宮玲奈「そんな顔しないで、可愛い顔が台無しだよ?」
安曇紗那「あなた、橘さんの何なんですか」
辰宮玲奈「何だか言い方が刺々しくない?」
安曇紗那「恋人じゃないですよね?」
辰宮玲奈「そんな、恋人だなんて・・・」
年下の少女の言葉に、玲奈は顔を赤らめる。
辰宮玲奈「まだそんな関係じゃないよ」
安曇紗那「『まだ』?」
辰宮玲奈「あう・・・」
玲奈は言葉に詰まってしまった。
月添亜左季(年下にやり込められてる・・・)
辰宮玲奈「そ、それはともかく、試合、試合見ようよ、ね?」
月添亜左季(無理矢理話題を逸らした・・・)
安曇紗那「!!」
紗那は慌ててコートの方へと目を戻した。
すると、
〇道場
「・・・・・・・・・」
先程までの激しい打ち合いから一転、再び睨み合いに戻っていた。
二人とも疲れたのか、肩で息をしている。
しかし張り詰めた雰囲気は些かも緩むことなく、互いの得物を盾となし刃となして向かい合っていた。
面の奥の二人の瞳は、闘志に満ち溢れて爛々と輝いていた。