第四拾話 平坂の若虎(脚本)
〇道場
竹村茂昭「せええい!!」
平坂学園の武道場。
広大な板張りの床の一隅で、一人の若者が薙刀を振るっていた。
道場の外にまで響き渡るような大音声に、館内の空気がビリビリと震える。
振るうのは形用の木製の薙刀。
その一撃は鋭く、速く、力強い。
振るうたびに鋭い風切り音が鳴り響く。
気合と共に大きく一歩踏み出して一足飛びに間合を詰め、薙刀を振るう姿は虎の如く猛々しい。
草薙由希「精が出るわね、竹村くん」
竹村茂昭「あ、草薙先輩、押忍!」
名を呼ばれた若者は動きを止め、向き直ると深々と一礼した。
草薙由希「更衣室の鍵開けたから、着替えてきなさい」
竹村茂昭「はい!!」
元気な声で返事をすると、少年・竹村茂昭は更衣室へと向かった。
〇道場
草薙由希「へえ、結構筋がいいじゃない」
薙刀部部長・草薙由希が彼と知り合ったのは、数日前のことだった。
新入部員に基本を教えていた由希。
素振りと簡単な打ち込みをやらせていたのだが、その中に彼はいた。
草薙由希(迷いのない動き、力強い打ち込み、気迫に満ちた声)
初心者とは思えない。
その新入生の名は、竹村茂昭といった。
草薙由希「なかなか見どころのある子が入ってきたわね」
気力に満ちた彼の動きは、いつになく由希の胸を高ぶらせた。
〇道場
竹村茂昭が平坂学園高等部に転入してきたのは、林間学校が終わってからしばらくした時の事だった。
親の転勤に伴い平坂市に引っ越し、元いた高校と偏差値の近めな平坂学園へ転入したのである。
部活は中学生の頃にやっていた薙刀部へ入部。
転入前の高校には薙刀部がなく、数カ月ではあるがブランクがあった。
そのため、当初は他の初心者の新入部員に混じって基本の素振りをやっていたのだが、
〇道場
草薙由希「あなた、経験者でしょ?」
部長の由希に経験者である事を見抜かれ、
草薙由希「防具を着けて練習に参加しなさいな」
竹村茂昭「は、はい!!」
経験者と共に稽古に参加する事になったのである。
〇道場
だが、数ヶ月といえどもブランクはブランク。
稽古一日の遅れを取り戻すには三日を要するという言葉がある。
ゆえに、茂昭は今も素振りを欠かさない。
誰よりも早く武道場に入り、打ち込みと素振りをひたすら繰り返しているのである。
そんな稽古熱心なのは茂昭に限ったことではなく、
橘一哉「・・・・・・」
薙刀部のスペースの隣にある剣道部のスペースでは、
竹村茂昭「!!」
橘一哉「・・・ふう」
人呼んで『不敗の引き分け名人』こと橘一哉が、これまた黙々と素振り・形・居合を繰り返していた。
竹村茂昭「・・・」
竹村茂昭(何なんだ、一体・・・)
その姿は、気合・気迫を漲らせて動く茂昭にとって、一種不思議なものに見えた。
ひたすらに基礎基本を繰り返しているのは、茂昭と同じ。
しかし、纏わせる空気は全く違う。
橘一哉「・・・・・・」
橘一哉「・・・・・・」
黙々と。
ただひたすらに、黙々と。
静かに、繰り返している。
一切の雑念がなく、気迫も気合もない。
無駄な力みもなく、その全ての所作が、全く自然に、無造作に行われている。
竹村茂昭(これはすごい・・・)
そう思った時、
竹村茂昭「君!!」
茂昭は自然と声を掛けていた。
〇道場
橘一哉「はい?」
スッと動きを止め、一哉は声の主を見た。
竹村茂昭「俺は薙刀部の竹村茂昭!」
滑舌良く、ハキハキした声で茂昭は名乗った。
竹村茂昭「君は?」
橘一哉「俺は剣道部一年、橘一哉」
竹村茂昭「ええ!?」
茂昭は素っ頓狂な声を上げた。
竹村茂昭「俺と、同級生!?」
草薙由希「そうよ、竹村くん」
そこへ由希がやってきた。
草薙由希「コレはあたしの従弟でね、形だけは滅茶苦茶綺麗な剣道をするのよ」
竹村茂昭「そうなんですか・・・」
由希は『形だけは』と言った。
しかし、
竹村茂昭(これほどの動き、単なる形だけのものとは思えない・・・)
中学時代、部活引退後から薙刀部入部までのブランク。
一度薙刀道から離れた期間は、茂昭の中で薙刀道の経験を整理する良い時間となっていた。
その中で咀嚼し消化された経験は、確かな眼力として彼の血肉となっていた。
そんな茂昭の目から見た一哉の動きは、
竹村茂昭「かなりの腕前とお見受けした」
茂昭の内なる獣を、目覚めさせた。
竹村茂昭「俺と、立ち会ってくれないか?」
〇道場
数十分後。
武道場内がざわついている。
剣道部、薙刀部、空手部、柔道部。
もうとっくに練習が始まってもいい時間になっているのに、誰一人として道場の壁際から離れようとしない。
道場の中央には、
薙刀部一年生の竹村茂昭と、
剣道部一年生の橘一哉が、
それぞれ、防具を身に着け得物を持って向かい合っていた。
〇道場
辰宮綾子「いつまでやってるんだ、お前ら」
剣道部部長の辰宮綾子が呆れ返る。
草薙由希「ごめんね、うちの竹村くんがどうしても、って聞かなくて」
辰宮綾子「まだ準備体操もやってないというのに・・・」
そう。
他の武道部員が武道場を訪れた時には、既に二人は対峙していたのである。
辰宮綾子「決着は、」
草薙由希「つくのかしら・・・」
〇センター街
結論から言って、竹村茂昭と橘一哉の立ち会いは引き分けに終わった。
正確には、雌雄を決することなく水入りとなった。
剣道部と薙刀部の顧問がやって来て、勝負は一時預かりとなった。
竹村茂昭「いやあ、さすがだな、橘くん!」
橘一哉「カズでいいよ、俺のことは」
竹村茂昭「なら、俺のこともシゲでいいよ!」
橘一哉「じゃあ遠慮なく、シゲちゃん」
竹村茂昭「なんだ、カズ?」
橘一哉「シゲちゃん強いねぇ」
竹村茂昭「カズこそやっぱり強いじゃないか、形だけなんて嘘っぱちだ」
橘一哉「負けないように頑張ってるからね」
竹村茂昭「その隙の無さは強さの証拠だ」
「あっはっは!」
『武で語る』とは良く言ったもので、一戦交えた二人はすっかり意気投合していた。
竹村茂昭「勝負は文化祭までお預けだな!!」
橘一哉「次は、」
「俺が勝つ!」
〇市街地の交差点
竹村茂昭「やっぱり世間は広いなぁ、同い年であんなに凄い奴がいるなんて」
こんなに心躍るのは久し振りだ。
竹村茂昭「新しい学校も、楽しみになってきたなぁ」
鼻歌交じりに家路を行く茂昭だったが、
竹村茂昭「・・・・・・」
その顔から笑みが消えた。
竹村茂昭「・・・・・・奴らか」
足を肩幅程度に広げ、腰を落とし膝を曲げる。
どこから何が来ても良いように、気を張り詰め気配を探る。
〇市街地の交差点
竹村茂昭「!!」
急に辺りが暗くなった。
日没ではない。
街灯も、建物の明かりも、月や星の光もない。
竹村茂昭(まずった)
まだ目が慣れていない。
だが、そんな泣き言を言う暇はない。
竹村茂昭「すうぅ・・・」
茂昭は大きく息を吸い込み、
竹村茂昭「オオオオオオオオォォオオオォォォッッッ!!!!!!!」
咆哮した。
文字通りの咆哮だった。
空気がビリビリと震える。
何かが割れる音が響き、
〇市街地の交差点
景色が元に戻った。
夕暮れ、自宅近くの街並み。
しかし、人気が全くない。
人だけではない。
あらゆる生き物の気配が、無い。
竹村茂昭「いるのは分かっている、姿を見せろ!!」
鋭く気迫に満ちた声で、茂昭は誰にともなく語りかけた。
魔族「くっ・・・」
耳を押さえながら、一人の男が姿を現した。
魔族「なんという大音声か・・・」
単なる大声ならば、まだマシだった。
男の体には、衣装にも肌にも無数の細かい切り傷ができていた。
無理矢理引き裂かれたような傷が、幾つも幾つも。
竹村茂昭「今日の俺は機嫌が良い」
竹村茂昭「引くと言うなら、見逃してやる」
魔族「フッ」
男は鼻で笑い、
魔族「いつの間にか神気取りか」
魔族「たかだか依代の分際で」
吐き捨てるように言うと茂昭を睨みつける。
魔族「獣風情が、粋がるな!」
男の体が倍以上に大きくなり、更に茂昭の視界を埋め尽くす。
一瞬にして、茂昭との間合いを詰めたのだ。
魔族「縊り殺してくれる!!」
丸太の如き両腕が茂昭に迫るが、
竹村茂昭「オオオオオオッッッ!!!!!」
咆哮、そして一閃。
魔族「ぬおおおっっっ!!」
苦悶の叫びが谺する。
男の両腕が宙を舞い、血飛沫が噴き出す。
竹村茂昭「俺は神獣・白虎の宿主!!」
竹村茂昭「白虎使いの竹村茂昭だ!!」
雄叫びを上げる茂昭。
その手には、刀身と同程度の長さの柄を持つ刀が握られていた。
その全長は茂昭の身長を上回っている。
『長巻』と呼ばれる武器だ。
その顔には、虎の縞のような紋様が浮かび上がっている。
竹村茂昭「白虎の爪牙、我が長巻に断てぬもの無し!!」
叫ぶが早いか茂昭は薙刀を横に大きく薙ぎ払う。
魔族「ガアアアッッッ!!!!!!」
男は断末魔の叫びを上げて消滅した。
竹村茂昭「フウ・・・」
大きく息をつき、血振りをすると長巻は消えた。
竹村茂昭「こんなところで襲われるとは・・・」
竹村茂昭「やはり、魔族は油断できないな・・・」
〇市街地の交差点
橘一哉「あら?」
茂昭が魔族を倒してから数分後。
同じ場所に、一哉がいた。
橘一哉「おっかしいな・・・」
周囲を見回す一哉。
橘一哉「『匂い』、したんだけどな・・・」
日没の直前、一哉は魔族の気配を感じ取った。
魔族の気配、一哉は『匂い』と呼ぶそれを追い掛けて縮地で向かったのだが、
橘一哉「いないじゃん・・・」
来てみれば、気配は既に消えていた。
橘一哉「ま、いいか」
いないのなら、それはそれで別に構わない。
橘一哉「さ、帰りますかね」