クラウン

山本律磨

蛇(脚本)

クラウン

山本律磨

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〇黒
  切り落とされた鵺の尾が土を這う
  蛇である
  板葺き屋根の小屋が立ち並ぶ道沿いに
  立ち売り、振り売り、一服一銭
  「召しそうらえ、召しそうらえ」
  「お煎じもの、お煎じもの」
  座と市人の間で銭と物が行き交う
  狭い通りにひしめき賑わう人の群れ
  蛇は見向きもされず這い続ける
蛇「そうか」
蛇「『きょう』は『へいあん』ではないのか」
  左様
  京は室町

〇オレンジ(ディープ)
  夕刻
  木陰で休む市女笠の足元を這う蛇
  蛇はようやく気づかれる
市女「あなおそろしや!おぞましや!」
「あなおそろしや!おぞましや!」
  市人の男共が礫持て蛇を追い立てる
  蛇は這い続ける
  身に纏うは黄色いボロボロの幣衣
  が、つむりには品ある紫の角帽子
  蛇は後に別の名を付けられる
  されど今はおぞましき蛇

〇オレンジ(ディープ)
  四条大橋
  朱塗りの鳥居を勧進聖達がくぐり去る
  蛇は一顧だにされず這い続ける
  橋の上で申楽座が門付けをしている
  猿引き、鉦たたき、声聞師の読経
  一人の童が蛇を見つける
童「おそろしや!おそろしや!」
「おぞましや!おぞましや!」
  蛇は這いながら橋を渡る
  いや、堕ちんとする

〇オレンジ(ディープ)
  枯れ木に止まる鴉が蛇を見下ろす
  夕日か血か、川が朱に染まっている
  土手に幾つものしゃれこうべが転がり
  餓鬼のような襤褸の群れが蠢いている

〇骸骨

〇オレンジ(ディープ)
  蛇、一匹の鼠を見つけ
  捉え
  掴み
  そうして、丸呑みにする
  同時に烏がけたたましく嘶く
  と、橋脚の影から蓬髪異形の非人達が
  目をぎらつかせながら湧いてくる
  狙うは鼠か、それとも蛇か
  蛇は異形から逃れ、川へと身を投じる

〇骸骨
  朱き川の底にもまた
  おびただしい髑髏が沈んでいる
  蛇はふと思う
  それは夢想か?
  それとも走馬燈か?
  ひとりの女が蛇に角帽子を被せる
トミ「これは冠(かぶり)じゃ」
蛇「冠・・・」
トミ「今日より御前が我が大君(おおきみ)じゃ」
蛇「大君・・・」

〇黒
  蛇は水底へと沈んでゆく
  一幕

〇黒
  鴨川下流
  腹当ての雑兵が数人、松明を手に歩く
  火に照らされるいくつもの骸
  胴丸の武者、英林が
  骸の一つ一つに念仏を唱えている
  雑兵の一人、戌丸が蛇の骸を見つける
戌丸「これはこれは痛ましや。 なみあむだぶつなみあむだぶつ」
  戌丸、地に伏す蛇の角帽子を取ろうとする
  刹那、まなこを見開く蛇
戌丸「ひいっ!」
  戌丸、悲鳴を上げ蛇を蹴り飛ばす
  蛇は地を這い、戌丸に飛びかからんとする
戌丸「物の怪!物の怪だ!助けてくれ!」
  雑兵ども、蛇を取り囲む
  蛇は異様な身のこなしで、雑兵を翻弄する
戌丸「物の怪!物の怪!物の怪!」
蛇「もののけ。もののけ。もののけ」
戌丸「ひいっ!」
英林「双方やめい!」
戌丸「英林さま」
英林「どちらも人ではないか」
蛇「人」
蛇「我は物の怪」
英林「否」
英林「人だ」
戌丸「あいや!」
英林「死体漁りなどするでない! うぬらはもはや乞食非人にあらず! 我と同じ武士(もののふ)ぞ!」
英林「それに、なみあむではない 『南無阿弥陀仏』だ」
戌丸「ははーっ!」

〇黒
英林「その角帽子。うぬは能楽師か?」
蛇「のう・・・がく・・・?」
英林「俺は、田舎侍でな。 田楽や申楽には親しんでおるが 能というものは見た事がない」
英林「能楽師は今や貴人となりて 御所にも呼ばれる程と聞くが。 そなたの、その汚れ様はなんだ」
英林「戌丸。手当をしてやれ。能が見たい」
戌丸「ただの乞食でありましょう」
英林「ならば乞食踊りでよい」
英林「戦に巻き込まれた都人。 供養は終わりだ。 我らは稲荷山へ向かう」
英林「馬ひけい!」

〇オレンジ(ダーク)
勝元「物の怪、捕らえたり」
勝元「征伐せよ」

〇黄緑(ライト)
  稲荷山・英林の陣
  早暁
  ムシロの上で跳ね起きる道化
  見渡すと、雑兵達が休んでいる
  陣幕の傍、槍を支えに舟を漕ぐ犬丸
  道化、そろそろと逃げようとする
雑兵頭「こら犬丸」
戌丸「ひいっ!」
雑兵頭「また寝ておったか!」
戌丸「ね、ね、寝とりません!」
雑兵頭「ええい手癖も怠け癖も治らぬ畜生めが! 折檻してくれるわい!」
蛇「・・・畜生」
戌丸「も、申し訳ございません! お許しを! お許しを!」
雑兵頭「なんじゃうぬは。下がりおれ」
蛇「起きておりました。見ました」
雑兵頭「庇い立てするか、馬鹿め。 その餓鬼は昨日、 うぬの頭巾を盗もうとしたのだぞ」
蛇「え?」
戌丸「そ、そうじゃ。 起きとった。 見とったよな?」
蛇「夢だったやも・・・」
戌丸「おい!」
蛇「この世は夢幻・・・ 今日はもう平安ではない・・・」
戌丸「何を言ってんだてめえ」
「そうだ。京はとうに平安ではない」
戌丸「英林様!」
戌丸「越前が国人英林孝景様である!  頭が高いぞ蛇野郎!」
蛇「ははーっ!」
  越前守護 英林孝景
戌丸「感謝しろよ。 お前の命を救ってくれたのはお館様だ」
蛇「ご恩、忘れませぬ」
英林「ちなみに お前が殺されかけたのはこいつのせいだ」
蛇「もろもろ忘れませぬ」
戌丸「い、いや。それは勘違いというか・・・」
英林「ふむ、では早速恩返しをしてもらおうか」
蛇「恩返しとは?」
英林「今日も一日我らを照らす日輪を寿ぎ、 一指舞ってくれ」
蛇「舞う?」
英林「都の舞だ。郷里への土産話としたい」
蛇「・・・踊れませぬ」
英林「その方。河原者ではないのか」
蛇「ただの乞食にて。或いは物の怪やも」
英林「言うな」
英林「否と申し渡したはずだ」
蛇「では否で」
雑兵頭「わはは!オウム返しばかりだな!」
戌丸「左様に人交わりが久しいか?物の怪」
英林「戌丸!」
戌丸「い、いや・・・乞食野郎よ」
雑兵頭「その言いぶりもどうかと思うぞ」
英林「確かに乞食にしては不釣り合いよな」
蛇「不釣り合い?」
英林「その、つむりの角帽子ぞ」
蛇「これですか?」

〇オレンジ(ダーク)

〇黄緑(ライト)
蛇「これは妻がくれたものです」
英林「ほう・・・」
蛇「そうだ、あれは妻だ」
蛇「私には妻がおりました」
蛇「山中でひっそり二人。 睦まじく暮らしておりました」
蛇「平安にございました」
英林「平安・・・か」
蛇「されど・・・」

〇オレンジ(ダーク)
トミ「ゆけ・・・」
トミ「お前だけは逃げるのじゃ!」

〇黄緑(ライト)
蛇「トミ・・・」
蛇「そうだ。妻の名はトミ」
蛇「我らはあの森で睦まじく」
蛇「二人で睦まじく・・・」
英林「もののふほどの者が か弱き山の民をかどわかしたと」
英林「まさに修羅の世。最早猶予はない」
英林「直ちに『西幕府』と合流する!」
武者「お館様!英林さま!」
武者「騎馬が、無数の騎馬武者が 我が陣に向こうておりまする!」
英林「狼狽えるな!それでも我が臣か!」
  『侍所別当京極山城守である!』
英林「越前が国人、英林孝景なり!」
  『そちらはいずかたの兵か!』
  『東方か?西方か?』
英林「誰の兄でも彼の弟でもない。 都の荒廃を憂い 御政道を正さんとする義軍である!」
  「義軍とは笑止。無位無官の田舎領主が室町大君にもの申すなど片腹痛し!』
蛇「うう・・・駄目だ・・・頭が痛い」
戌丸「どうした?」
蛇「さっきから 何を喋ってるのかさっぱり・・・」
戌丸「心配すんな。オイラもだ」
戌丸「この陣の連中は 誰も細かいことはなんざ分かってねえ。 ただお館様に惚れてついってってるだけさ」
英林「我らが存念を叩きつけるは大君に非ず! 佞臣勝元なり! ものども構えよ!」
  『佞臣勝元。その言、聞き捨てならず!』
英林「いざ参れ!管領の狗よ!」
  『彼奴らは西方じゃ!かかれ!』

〇黒
  その世はいつ始まったのかも分からず、
  いつ終わったのかも定かではない
  きょうは室町である
  続

次のエピソード:火種

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