スイッチの入る音(脚本)
〇住宅街の道
また、今日も一日が終わってしまった。
〇男の子の一人部屋
高校に行かなくなってから、どれだけ経っただろう。
〇教室
滑り止めで入った高校。
授業は退屈で
クラスメイトとは気が合わなくて。
とにかく、楽しいと思えないんだ。
行く理由が見つからない。
〇ダイニング
母さんは、心配している。
父さんは、何も言ってこない。
昔、隣に居たあいつは、この状況知ったらすげー言ってきそうだな。
あいつーーレナは7つ上。
〇睡蓮の花園
〇見晴らしのいい公園
〇遊園地の広場
いつも、いろんなところに連れて行ってくれて、
いろんな話をしたんだ。
〇住宅街の道
一緒に居るだけで、
とても楽しかったんだ。
〇男の子の一人部屋
まぁ・・・
会わなくなって随分経つけど。
レナは京都の大学に行って下宿してて、
長期休暇中にしか帰ってこない。
というか、長期休暇でも帰ってこなかったりする。
〇綺麗な港町
海外旅行だか、ボランティアだか、
日本の外を飛び回ってるらしい。
〇男の子の一人部屋
レナと話せたら、すっきりするかもしれない。
でも、レナと会わずに済んでいることに、ほっとしてる自分が居るんだ。
〇男の子の一人部屋
ひきこもりの朝は遅い。
カーテンから差し込む日の光は高く、
余裕で昼を過ぎていそうだ。
ーードンドン
いつもよりも強くドアをたたく音がする。
ミキト「・・・何?」
ミキトの母「オムライス作ったの。食べる?」
ミキト「食欲無い」
そう言いつつ、オムライスなら食べてもいいかと思えてきた。
オムライスは昔から好きだ。
ミキト「ドアの前に置いておいて」
ミキトの母「食事を床に置くのはだめ。部屋に入れておいて」
ミキト「分かったよ」
だるいなと思いつつ、俺は部屋の引き戸を開けた。
〇部屋の前
レナ「よっ!」
オムライス一皿を右手に、レナが笑っていた。
何も言わずに、俺は引き戸を締めた。
レナ「ミキト、ドアが閉まっちゃったよ!?」
ミキト「そうだな、これは一生開かないな」
レナ「なんでよー、開けてよーぅ」
ミキト「やなこった」
レナ「おばちゃんのオムライスなら一発解決だと思って、」
レナ「オムライス作ってもらったんだよ!?」
レナ「おばちゃんのためにもドアを開けてよーぅ」
ミキト「なんで母さんのためだよ・・・」
レナの後ろに母さんが立っていたのを見た。
ミキト「もう・・・京都から何しに来たんだよ?」
レナ「んーと。ミキトとオムライス食べに?」
ミキト「・・・アホじゃねーの?」
ミキト「つーか、食欲無いから本気でいらない」
レナ「えー、じゃあせめて、飲みに行こうよ」
レナ「あ!!違うよ、おばちゃん!」
レナ「お茶!お茶を飲みに行こうって話!渋谷のいい店知ってんのよ」
レナ「ねぇミキト、この辺じゃなくってさ。 渋谷まで一緒に遊びに行こうよ」
レナ「用意できるまで、下で待ってるからさ」
〇一階の廊下
渋谷か・・・
地元の横浜でうろつくより、
誰にも会わずに済みそうで魅力的だ。
俺は階段を下りてリビングに向かった。
〇ダイニング
レナ「やっぱおばちゃんのオムライスおいしー!!」
リビングに入ると、満面の笑みでレナがオムライスを食べていた。
ミキト「・・・」
レナ「ミキトの分もあるって。食べてから行く?」
ミキト「いい」
レナ「即答だし」
レナは笑いながら、最後の一すくいのライスを食べた。
レナ「ごちそうさま、おばちゃん」
〇住宅街の道
俺たちは、駅までの道を少し離れて歩いた。
〇電車の中
平日の昼間だからか、東横線の車両は人が少ない。
レナとは3席分、空けて座った。
レナ「ねねね」
レナ「なんでそんなに離れて座るの」
レナは耐えきれずに噴き出した。
ミキト「くっつく理由もないじゃん」
レナ「あるよー、もちょっとくっついてたほうがいいよーぅ」
ミキト「なんで?」
レナ「一人に見えたら、補導されるよ」
急にレナの声が冷え込んだ。
たしかにそうだ。
未成年ひとり、こんな時間に私服で電車なんて。
ミキト「・・・」
俺は黙って、レナの隣り、席1個分を開けた位置に移動した。
レナがいたずらっぽく微笑んだのを、俺は気付かないふりをした。
〇渋谷駅前
30分後。
俺とレナは渋谷駅ハチ公口近くのスタバにいた。
ガラス張りの壁側の立ち席だ。
ミキト「いい店ってここかよ」
レナ「そだよ。高校の頃、サボってたまに来るのが好きだったんだよね」
ミキト「・・・」
レナ「なぁに、その顔は」
レナ「私もサボりたくなることもあるんですよーだ」
〇渋谷の雑踏
レナ「ミキトのクラスって何人いるの?」
ミキト「40人くらいかな」
レナ「そう」
レナ「・・・ここからだとさぁ、40人よりもっと多くの人が見えるじゃない」
レナ「教室以外にはこんなに人が居て、いろんな表情して頑張ってるんだなって」
レナ「実感しにきてたんだよね」
ミキト「そうなんだ」
レナ「ミキトはさ。まだ幼いから教室の中がすべてだと思ってるかもしれないけど」
レナ「そんなことないよ」
レナ「教室の外には、教室とは違う世界があって、違う人たちがいる」
ミキト「うん」
レナ「私はね。本当にどうしようもなかったら高校辞めてもいいと思うんだよ」
ミキト「え・・・」
レナ「でもそれを選ぶなら、」
レナ「別の場所を見に行くために、高校の代わりのものを頑張ったらいいと思う」
レナ「それが無いから、高校に頑張って行くのも一つの選択」
レナ「行ってたら代わりのものが見つかることもあるしね」
ミキト「レナも、そうだったの?」
なんだか自分でびっくりするほど、
情けない声が出た。
レナ「そうだね」
レナ「早く大きくなって、」
レナ「どこか遠くの知らないものを見に行きたかった」
ミキト「レナ・・・」
のどが渇いて、
手に持ってたフレーバーコーヒーを飲んでみたけど、
逆に甘さが喉に染みた。
〇渋谷駅前
俺たちはただただ、行き交う人々を見ていた。
教室でのことばかり考えていた俺。
自分のちっぽけさと世界の狭さを思って泣けてきた。
レナは何も言わずに、俺が落ち着くまで隣にいてくれた。
ミキト「ありがとう、レナ。 俺、また高校に行ってみる」
俺の中で何かが変わる音がした。
身近にこんな素敵な方がいて幸せ者だなぁと感じました。
世界は広いですからね。
確かに学校や会社だと、その空間だけに目が行ってしまいますが、もっと視野を広げなきゃなと自分にも言い聞かせました。
学生時代って、狭い世界で生きているのに、なぜか広い世界で生きてると思い込みがちですよね。
それがまだ子どもだということですが。
でも、子どもなりに精一杯生きてて、レナさんはそれに寄り添うことの出来る素敵な女性だと思います。
ミキトは良いお姉さんをお持ちで羨ましいです。高校生の世界から大人の世界に上がるための階段でつまづいていたらいけないよと人生論を教えるのが上手いね。