不倫と慰謝料(脚本)
〇コンサート会場
「裕子より目立つ子なんて聞いてない!
こんなのヤラセだ!」
そう言ったのには、スポンサーとは別に、もう一つ理由がある。
裕子「どぉぉーして! 旦那まで、評価入れてるのよ!!」
裕子の旦那――審査員の一人が、優勝候補の裕子ではなく
「おっ、いいね、この子──」
無名の新人を評価したことだ。
もちろん、村田はそんな事情まで知る由もないのだが。それが尚更に裕子の癇に障った。
裕子「私に恥をかかせるなんて、何を考えているの!?」
?「だっ、だってやっぱり若い方がさ。君は、見慣れているし、もう殿堂入りっていうか・・・・・・」
裕子「はぁ!? 何度だって私を選びなさいよ!!!」
?「び、平等にというか・・・・・・」
裕子「あぁ!?浮気か?」
オーディション中にも関わらず、審査側は、こんな感じで荒れていたのだった。
裕子「あの女が唆した・・・・・・そうなの?」
やがて裕子の矛先は、一番信頼していた旦那からも惨めな評価を受けた自分ではなく────
村田との不倫、という方に向かった。
裕子「いいわよ。私、大女優を干したこともあるから」
裕子「せいぜい、慰謝料をふんだくって気晴らしにしてやる」
裕子「覚えてなさい!」
・・・・・・もちろん、村田は知る由もない。
審査員に色目を使ったわけでも、興味があった訳でもなく、ただの他人である。
?「あちゃー・・・・・・」
?「あの女なら、やりかねない」
裕子はある程度メディアにも顔が利くお嬢様だ。
美人だが、自分が一番でなければ気が済まない性格でもある。
前にも、確かにハニートラップで撃墜した俳優が居るとか、気に入らない女優を干したこともあるとか言っていた。
?「裕子さん、またやる気なんだ・・・・・・」
?「さすがに、もう歳には勝てんよ・・・・・・」
審査員は、別に裕子を褒める会を開いた訳ではなく、
『今までに無い、新たな人材を探そう』みたいな感じでオーディションを開催したのだ。
それでも、裕子は勝ちたかった。
自分は悪くないと思いたかった。
それが事の顛末だったりする。
?「やっぱ俺のせいですかね?」
?「一理ある」
?「うわぁ・・・・・・」
〇病室のベッド
村田紗香「やっぱり、あの招き猫のアイコン・・・・・・気になるな」
暇な入院中、思い出した。
疾走前の馬田のアカウント。
生口組のネットミームを思わせる
『招き猫』のアイコンだった。
生口組と、馬田君に何かあったんじゃ・・・
村田紗香「でも、決め手にかける・・・・・・」
スマホを手に寝転んだとき、
ふと、母親の持ってきた求人情報紙が視界に入った。
こんなとこにいる場合ではないのに。
村田紗香「他の人はこんな事、きっと、なんとも思わないのにな」
みんな同じような経験をしているのだ。
昔、誰だったか自分にそう言っていた。
人と接する以上は、一度は貴方と同じ目に合うのだから、と。
村田紗香「分かっているのに・・・・・・」
村田紗香「何故、怠けて居るんだろう」
また、刺されたらと思ってしまう。
所詮、たったそれだけの事のために、働くのが怖いと思ってしまう、意志の弱い人間だ。
死ぬのは怖くない、とずっと思ってきた。
自分が何処にいるか考えもしなかった。
なのに、痛いのが怖くて。
怖いのが、情けなくて。
裕子「せっかく学費の出してもらったのに」
裕子「親御さんを困らせているようね?」
村田紗香「貴方は!」
あのオーディションで、途中からやってきてゴネた女優だ。
何故、此処がわかったんだろう・・・
裕子「どうするの?」
裕子「お金も、時間も無駄にして」
村田紗香「・・・・・・」
裕子「遊びで出る世界じゃない場所に居ないで、もっと向いてるものを探したほうがいいわよ?」
よりによって、この人が言うことだろうか?
村田紗香「その程度の、遊びに負けたんでしょう?」
裕子「!」
村田紗香「貴方が払ってくれるわけでもないのに、人のこと詮索して。 何しに来たんですか?」
裕子「別に。安心しに来ただけよ」
〇タクシーの後部座席
?「うん、うん。それで、 その仕事はいつ出来るの?」
?「怪しい仕事じゃないでしょうね」
?「えぇ、指定の場所に、野菜やチョコレートを運んでもらうだけです」
?「しかし、急に仕事がほしいだなんて」
?「あの子が怠けている分、私が稼がなくちゃいけないの」
?「そう言えば、娘さんでしたっけ、お元気ですか」
?「もう傷は治ってきたのに、ゴロゴロ寝てばかりいるわよ」
?「そう、ですか・・・・・・いやはや。 年頃の子どもというのは、気難しいもので」
?「少しは外に出ればいいのに」
?「怠け癖がついてしまったのかも」
?「ガツンと、たたき出した方が、案外いいかもしれませんよ」
?「そうねぇ・・・・・・そのくらいしたほうがいいのかも」
〇病室のベッド
納二科寧音(なにかねね)「おはよ~!!」
村田紗香「あ、寧音ちゃん」
納二科寧音(なにかねね)「体調はどう?」
村田紗香「うん・・・・・・もう、だいぶ良くなったよ」
昼。寧音ちゃんが訪ねてきて、ドサドサと果物や教科書を置いた。
納二科寧音(なにかねね)「もっと早く来たかったんだけど、ちょっと立て込んでてさー」
納二科寧音(なにかねね)「いや、暇な日もあったんだけど、それはそれでやることがあったというか・・・」
村田紗香「?・・・・・・そうなんだ。来てくれてありがとう」
久々に会った彼女は何処か挙動不審で、何か躊躇っていて、忙しいと口にした。
方便なのかもしれないが、来てくれるのは家族をのぞけば彼女くらいなのでちょっと嬉しい。
納二科寧音(なにかねね)「あ、信じてないな」
村田紗香「えぇっ」
村田紗香「そう言う訳じゃないけど、どんなことしてるのかなーなんて」
そう言うと、一瞬、彼女の表情が真顔になった。
納二科寧音(なにかねね)「エンゼルの事、知ってる?」
村田紗香「エンゼル・・・・・・」