残り半分の夢

奈村

9時15分の彼(脚本)

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奈村

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〇総合病院
  毎日元気をくれる彼に
  会って告白するのが私の夢

〇病室のベッド
  いつかここから出られると信じて
  私は毎日、色々な言葉で練習をしている

〇病室のベッド
  パソコンに録画するのは
  後で見返すため
新田蓮花「9時15分さんが」
  だって彼に
  可愛く告白したいから
新田蓮花「大好きです」

〇総合病院
新田蓮花「ここから出して!」

〇病院の廊下
新田 薫「無理言わないで」

〇病室のベッド
新田蓮花「死ぬのなんて怖くないもん」

〇病院の廊下
新田 薫「蓮花にもしものことがあったらママ──」

〇病室のベッド
  泣かせるつもりなんてなかった
  ただ抱きしめて欲しいだけだった
新田蓮花「もうわがまま言わないから泣かないで」

〇病院の廊下
新田 薫「ごめん」
新田 薫「ごめんね蓮花」

〇病室のベッド
  重症複合免疫不全症という
  生まれつき免疫がない私の知っている世界は
  この無菌室だけ
  だから想像した

〇病院の廊下
  ガラス越しにしか会えないママの温もり
  匂い

〇海辺の街
  窓の向こう側を

〇病室のベッド
  そんな私にママはパソコンをプレゼントしてくれた
  その日からストリートビューが想像の翼となって
  旅が始まった

〇ピラミッド
  エジプトでピラミッド
新田蓮花「大きーい」

〇綺麗な港町
  イタリアで地中海
新田蓮花「きれーい」

〇後宮前の広場
  中国で故宮をみた
新田蓮花「広ーい」

〇渋谷のスクランブル交差点
  初めて彼をみたのは帰国した私が渋谷を歩いている時だった
  スクランブル交差点でお婆さんの手を引いて信号待ちをしている彼は──
  転けていた
  ぼかし越しにも分かる
  驚いた顔がとてもおかしくて
  声を出して笑ってしまった
  彼に興味を持った私は旅をやめ
  ライブカメラで彼を探した

〇渋谷の雑踏
  混雑するスクランブル交差点で彼を見つけるのは──
  簡単だった
  赤髪にあの紫色の派手な服は
  ストリートビューに写っていたままだったから
  きまって9時15分になると現われる彼は
  いつも駆けて急いでいるようだったけど
  困っている人がいると声を掛けて
  助けていた
  おっちょこちょいなところもあって
  困ってもいない人を無理矢理助けようとして
  怒られていた
  私は彼を「9時15分さん」と名付けて
  話しかけた

〇病室のベッド
新田蓮花「おはよう9時15分さん」
  でもみていられるのは彼が画面にいる間だけ
  だから私は想像した

〇美容院
  彼の仕事を
9時15分さん「いかがですか?」
客「とても気に入りました」

〇おしゃれなリビングダイニング
  家族を
弟「キャッチボールしよ」
9時15分さん「いいよ」
父親「父さんも仲間にいれてくれよ」
母親「夕食までには帰って来てね」
「はーい」

〇華やかな広場
  恋人は──
  想像できなかった
  だって胸が苦しくなるから

〇病室のベッド
  でも今はもっと胸の苦しいことがある
新田蓮花「駄目」
新田蓮花「こんな気持ちじゃ練習できない」

〇病室のベッド
  それは彼が突然現われなくなったこと
新田蓮花(病気?)
新田蓮花(事故?)

〇古いアパート

〇木造の一人部屋
水瀬 駿「はい」
店長「いつになったら退職届もってくるんだ?」
水瀬 駿「あ・・・」

〇渋谷駅前
  俺が仕事を辞めたのは10日前

〇美容院
店長「スタイリストに昇格するのは」
店長「森だ」
森「よし」
  後から入ってきた奴らが俺を追い抜いていく
水瀬 駿「・・・店長」
水瀬 駿「俺辞めます」
店長「諦めるのか?」
水瀬 駿「・・・」
店長「わかった」
店長「退職届を持ってこい」

〇渋谷駅前
タクシー運転手「そこに交番があるから行こう」

〇渋谷駅前
水瀬 駿「どうしたんですか?」
タクシー運転手「この子がお金を知らないって嘘を」
新田蓮花「知らないんじゃなくて見たことが──」
新田蓮花「9時15分さん」
タクシー運転手「お知り合いですか?」
水瀬 駿「知らないけど・・・」
新田蓮花「良かった」
新田蓮花「何ともなかったんだ」
タクシー運転手「・・・」

〇病院の廊下
新田 薫「蓮花?」

〇病室のベッド
新田 薫「どこなの!?」

〇渋谷の雑踏

〇渋谷駅前
水瀬 駿「これ」
水瀬 駿「帰りの分」
新田蓮花「知ってました」
新田蓮花「9時15分さんが優しいってこと」
水瀬 駿「その9時15分って俺のこと?」
新田蓮花「9時15分に現われるから9時15分さん」
新田蓮花「ライブカメラでみてました」
水瀬 駿「もう現われないよ」
新田蓮花「何時何分さんになるんですか?」
水瀬 駿「時間じゃなくて」
水瀬 駿「渋谷に来ないってこと」
水瀬 駿「地元に帰るんだ」
水瀬 駿「じゃあ行くところがあるから」
新田蓮花「待って!」
新田蓮花「デートしてください!」
水瀬 駿「急にそんなこと言われても・・・」
新田蓮花「駄目ですか?」

〇SHIBUYA109

〇アパレルショップ
水瀬 駿「さすがにパジャマは目立つから」
新田蓮花「お金持ちなんですね」
水瀬 駿「無いついでだよ」
新田蓮花「ありがとう」
新田蓮花「こんな服、着るの初めて」
水瀬 駿「似合ってるよ」

〇モヤイ像
新田蓮花「これ触っていい?」
水瀬 駿「いいよ」
新田蓮花「冷たーい」

〇ハチ公前
新田蓮花「これもいい?」
水瀬 駿「勿論」
新田蓮花「これも冷たい」
水瀬 駿「触るのが好きなんだね」
新田蓮花「想像じゃ触れないから」
新田蓮花「触っていい?」
水瀬 駿「俺?」
水瀬 駿「いいけど」
新田蓮花「人って温かいんだ」
水瀬 駿「触ったことないの?」
新田蓮花「手袋越しになら」
水瀬 駿「手袋?」
水瀬 駿「どうした?」
新田蓮花「何でもないです」
水瀬 駿「そこ座ろっか」
新田蓮花「え?」
水瀬 駿「俺疲れたから」
新田蓮花「うん」

〇ハチ公前
新田蓮花「どうして地元に帰るんですか?」
水瀬 駿「仕事辞めたんだ」
新田蓮花「美容師!」
水瀬 駿「どうして知ってるの?」
新田蓮花「わー」
新田蓮花「弟さんいます?」
水瀬 駿「歳の離れた弟が一人」
新田蓮花「私の想像力って凄い」
新田蓮花「と言うことで辞めないで下さい」
水瀬 駿「何で?」
新田蓮花「私の想像ではカリスマ美容師になってるから」
水瀬 駿「俺もなりたかったよ」
水瀬 駿「それで毎朝一番に出勤してたけど」
新田蓮花(だからいつも急いでたんだ)
水瀬 駿「才能の無い奴が幾ら頑張っても認められないんだ」
新田蓮花「認めます」
新田蓮花「一生懸命に走っている姿を毎日みてたから」
新田蓮花「私が認めます」
新田蓮花「それに諦めなければきっと夢は叶います」
水瀬 駿「蓮花ちゃんは叶ったことあるの?」
新田蓮花「半分だけ」
水瀬 駿「半分?」
新田蓮花「こうやって会えたことが半分」
水瀬 駿「俺に?」
新田蓮花「はい」
水瀬 駿「残り半分は?」
新田蓮花「それを今から叶えるんで聞いて下さいね」
水瀬 駿「うん」
新田蓮花「いつも──」
新田 薫「蓮花!」
新田蓮花「ママ」
新田 薫「よかった無事で」
新田 薫「戻るわよ」
新田蓮花「少しだけ待って」
新田 薫「駄目!」
水瀬 駿「一体どうしたんですか?」
新田 薫「この子は病気なの」
新田 薫「ここにいたら死んじゃうの!」
水瀬 駿「え・・・」
新田 薫「お願いだから蓮花」
新田蓮花「・・・うん、わかった」
水瀬 駿(蓮花ちゃんが病気?)
水瀬 駿(命がけで俺に?)

〇タクシーの後部座席
新田蓮花「泣かないで」
新田 薫「蓮花を元気に産んであげられなったママを許して」
新田蓮花「許してあげるから抱っこして」
新田 薫「ママもずっと蓮花を抱っこしたかった」
新田蓮花「良い匂い」
新田蓮花「想像以上」
新田蓮花「ママどうしてかな?」
新田蓮花「私死ぬのが怖くなっちゃったみたい」
新田 薫「蓮花?」
新田 薫「凄い熱・・・」
新田 薫「蓮花!」

〇渋谷駅前
  1ヶ月後
新田蓮花「9時15分さん」
水瀬 駿「蓮花ちゃん?」
水瀬 駿「どこ?」
水瀬 駿「大型ビジョン?」

〇渋谷駅前
新田蓮花「私に恋を教えてくれてありがとう」

〇病室のベッド
新田蓮花「いつも元気なあなたが」
新田蓮花「大好き」

〇渋谷駅前
水瀬 駿(無事でよかった)
水瀬 駿「治ったらデートの続きしようなー」
  俺はカメラのある方に向って両手で大きく〇を作って見せた
水瀬 駿(頑張ることにしたから)
水瀬 駿(みてて蓮花ちゃん)

〇渋谷の雑踏

〇病室のベッド

〇黒

コメント

  • 「無いついで」いいですね!

  • 蓮花とお母さんの台詞がリアルで、胸に迫るお話でした
    危険を侵す事になっても、触れ合いというかけがえのない経験が蓮花の大切な財産になったようで良かったです
    ラストは解釈の分かれる演出のような…最大限ハッピーな取り方をしておきます 笑

  • 夜中に読んでいてうるっときてしまいました😢
    最後が切ないです。
    でも幸せだったんですよね。
    素敵なお話でした。

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