〇西洋風の部屋
　　──カサリ、と布の擦れる音で目を覚ました。
　　目を開けると、そこは見知らぬ天井。
　　
　　木の梁が走る、あたたかい色合いの部屋だった。
ユウセイ（ここ、どこだ...？）
ニーナ「あ、起きた!?」
　　パタパタと駆け寄ってきたのは、見慣れた顔。
　　
　　ミーナがベッドの傍にしゃがみ込んで、満面の笑みを浮かべていた。
ニーナ「良かったぁ〜〜！ほんっと心配したんだよ!? 君、２日間も眠ってたんだから！」
ユウセイ「えっ、２日!?」
　　２日。それを聞いて思わず声が裏返った。
ニーナ「うんうん、町の門番さんが、森の前で倒れてるの見つけてさ〜、ギルドに連れてきてくれたんだよ」
ニーナ「でも全然起きないから、宿屋さんにお願いして、休ませてもらったんだ」
　　ミーナがぺらぺらと説明する。
　　
　　俺は、のろのろと体を起こしながら、状況を整理した。

〇草原
ユウセイ「う、うわぁぁぁっっ!!」
　　・スライムと格闘して

〇けもの道
ユウセイ「うぅ、」
　　・森で気絶
門番「おい！そこの少年！大丈夫か！」
門番「っくそっ！」
　　・町の門番に拾われて

〇西洋風の受付
門番「ニーナちゃん！こいつ森で倒れてたんだか知らねぇか？」
ニーナ「ええっ?!だだだ大丈夫?!門番さんりがとう！」
門番「おう！」
　　・ギルドに連れていかれ

〇西洋風の部屋
　　・宿屋に預けられ
　　・２日間、爆睡
ユウセイ（.....）
ユウセイ（......いやいやいやいやいや!!）
　　心の中で総ツッコミ。
　　変な汗がにじむ。
　　さらに脳裏に浮かぶ映像──
　　──誰かの叫び声。
　　
　　──慌ただしい足音。
　　
　　──体を抱き上げられる感触。
ユウセイ（誰かに......助けられた？）
ユウセイ（異世界冒険生活、開始早々にやらかしてんじゃん俺......!!）
　　顔を青くしていると、ミーナがくすっと笑って、
　　
　　そっと紙を差し出した。
ニーナ「でもね、ちゃんとスライム討伐できてたんだよ！ 紙にも記録残ってるから、安心して！」
　　見れば、確かにそこには──
　　【スライム 討伐数３】
　　そう、ちゃんと刻まれていた。
ユウセイ「......」
　　小さな達成感。
　　
　　それと同時に、体の奥からじわりと温かいものが湧いてきた。
ユウセイ（この世界......悪くないかもな）
ユウセイ「ありがとう」
　　かすれた声で呟くと、ミーナがぱぁっと顔を輝かせた。
ユウセイ（...ああ、俺、ちゃんとここに居場所があるんだ...）

〇西洋風の受付
　　ギルド。

〇西洋風の部屋
　　宿屋。

〇ヨーロッパの街並み
　　町の人たち。

〇西洋風の部屋
　　たった１回の依頼で、こんなにもたくさんの人たちが、
　　
　　俺を気にかけてくれた。
ユウセイ「ありがとう」
　　もう一度、声に出した。
　　小さな声だったけど、心からの本音だった。
　　
　　ミーナは、またにっこり笑った。
　　
　　まるで太陽みたいな、あったかい笑顔。
ニーナ「うんっ！だから、次もがんばろーね！ 実は、もう次のクエスト、用意してあるんだよ〜！」
ユウセイ「え、え、ま、まって──」
　　慌てて引き留めようとする間もなく、
　　
　　ミーナはずいっと手を引っ張ってくる。
ニーナ「さっそくギルドに行こっ！」
　　ニコニコ笑顔の強制連行。
　　俺の"のんびり異世界生活"、
　　
　　夢見る暇もなく、絶賛ハードモード更新中だった──。

〇ヨーロッパの街並み
　　ミーナにぐいぐいと手を引っ張られながら、
　　
　　俺はまだ完全に目が覚めきらない頭で必死に考えていた。
ユウセイ（まって、俺、２日も寝てたんだよな...？）
ユウセイ（体力もスキルも、ほぼ初心者のままなんだけど!?）
ユウセイ「...なぁ、ミーナ。どんなクエストなんだ？」
　　恐る恐る聞いてみると、ミーナは振り返りながら、
　　
　　にっこりと──悪魔のように──微笑んだ。
ニーナ「えへへー。ちょっとした護衛任務っ！」
ユウセイ（護衛!?）
　　心の中で盛大に叫んだ。
　　俺、まだスライム３体倒しただけだぞ!?
　　
　　レベル？いや、そもそもこの世界、レベル制かすらよくわかってないんだけど!?
　　宿屋を出ると、朝の町は活気に溢れていた。
　　石畳を行き交う人々、店先から漂うパンの焼ける香り、
　　
　　どこかで響く、鍛冶屋のハンマーの音。
ユウセイ（これが...異世界の普通の朝か...）
　　ほんの少し、ワクワクしてしまう自分がいた。
　　けれど、それ以上に胸の奥に広がるのは、不安だった。
　　だって俺──
ユウセイ（最弱スキル「微風」しか持ってないんだよな...!!）
　　名前だけ聞くと、なんか爽やかで気持ちよさそうだけど、説明を読む限り、
　　「たまにほんのちょっとだけ空気を揺らす」
　　という、
　　
　　超どうでもいいスキルだった。
ユウセイ（こんなので護衛とか、大丈夫なのか...!?）

〇西洋風の受付
　　ギルドに着くと、ミーナは勢いよくドアを開け、
　　
　　中に飛び込んでいった。
ニーナ「おはよーっ！」
　　明るい声が響く。
　　中では、何人かの冒険者たちが朝食を取っていたり
　　受付の女の子が忙しそうに書類を整理していたりしていた。
門番「ミーナちゃん、おはよー」
町人「今日も元気だねぇ」
　　ちらほらと声が返る。
　　町のみんなに好かれてるのが、よくわかった。
　　
　　そんな中、俺はぎこちなくついていく。
　　完全に田舎の親戚に連れてこられた子供状態だな...
　　受付に着くと、ミーナは胸を張って言った。
ニーナ「この子、今日から本格始動だよっ！」
　　受付嬢の女性──栗色の髪をお団子にまとめた、
　　
　　優しそうな人が、俺に微笑みかけた。
クレア「ふふ、よく休めたみたいね。改めて、よろしくね。護衛任務、がんばって！」
ユウセイ「...はい」
　　情けないくらい小さな声で答える俺。
　　
　　すると受付嬢は、少しだけいたずらっぽく笑って言った。
クレア「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。今日の護衛相手は──」
　　パタン、と彼女は机の下から紙束を取り出し、
　　
　　一番上の依頼書をぺらりとめくった。
クレア「──おばあちゃんのおつかいのお手伝いだから！」
ユウセイ「...え？」
　　思わず間抜けな声が出た。
　　
　　ミーナも「うんうん！」と満面の笑みでうなずく。
ニーナ「安心して！危ない道とか通らないし、モンスターも滅多に出ないから！」
ユウセイ「...それ、本当に護衛なのか？」
ニーナ「うん！護衛だよっ！」
　　どこからどう見ても、ただのおつかいにしか聞こえなかった。
ユウセイ（よかったぁぁぁああ!!）
　　正直、心の中ではガッツポーズだった。
　　
　　これなら、微風でもなんとかなるかもしれない...!!
クレア「じゃ、詳細説明するから、ミーナちゃんと一緒にこっち来てねー」
　　受付嬢に促され、
　　
　　俺たちはギルドの裏手にある小さな打ち合わせ室に向かった。

〇城の会議室
　　そこで待っていたのは──
　　小柄なおばあちゃんだった。
　　そして、彼女が俺に向かって優しく笑いながら言った。
おばあちゃん「若いの、あたしの荷物を一緒に運んでおくれな。 ついでに道中、狼が出たらちょいと追い払っておくれ」
ユウセイ（──おい。今、狼って言ったよな!?）
　　またしても、心の中で総ツッコミする俺だった──。