第参拾九話 林間学校裏話(脚本)
〇ハイテクな学校
さて、平坂高校の一年生がキャンプ場にてワイワイとやっていた頃。
草薙由希「なんなのよ、この子・・・」
青龍使い・草薙由希は、迦楼羅使い・月添咲与と一進一退の攻防を繰り広げていた。
草薙由希「強い・・・!!」
強い、などというものではない。
こちらは薙刀を使い、対する咲与は素手。
武器を用いるということは、それだけで戦闘が有利になる。
第一に、武器の分だけ間合が伸びる。
相手の攻撃が届くより前に、こちらの攻撃が届く。
第二に、攻撃の威力が上がる。
素手では出来ない切断や刺突、粉砕といったことが可能になる。
薬品を用いれば、麻痺、睡眠、致死などの効果も付与できる。
第三に己の身体を損なう怪我のリスクが減り、躊躇なく全力を出せる。
なのに。
月添咲与「だあぁあっ!」
草薙由希「っ!!」
咲与は素手でも躊躇なく前に出て間合いを詰め、由希の薙刀をかわして攻撃を繰り出す。
草薙由希「せいっ!!」
石突での返し打ちを咲与は両手で受け、
月添咲与「ふっ!!」
繰り出される打ちの勢いを利用して一旦間合いを離す。
かと思えば、
月添咲与「えやっ!!」
まるでバネだ。
着地した次の瞬間には再び由希へと飛び掛かる。
無尽蔵の体力。
草薙由希「しつっこいわねえ!」
このしぶとさ、粘り強さ。
戦いとなると無我夢中の半狂乱で暴れ回る愚従弟を思い出す。
月添咲与「宿主ごときに負けはしない!」
草薙由希「生意気!」
宿主『如き』とは大きく出たものだ。
由希から見れば、咲与の方こそ神獣を宿しておらず力を借りているだけでしかない。
そんな咲与に、神獣を宿す自分が敗北する筈がない。
力『だけ』を借りている咲与に、神獣の依代たる己が負けるわけにはいかない。
草薙由希「せええい!」
月添咲与「だあぁあっ!!」
互いに負けられぬ理由を抱え、二人は何度も何度もぶつかり合った。
〇古びた神社
佐伯美鈴「あーあ、暇だなー」
拝殿の縁側に座り、足をブラブラさせながら美鈴は呟いた。
美鈴も平坂高校のOGである。
この時期の林間学校は、美鈴の在学時にもあった。
聞くところでは、平坂高校創立時からの伝統行事らしい。
佐伯美鈴「あの山、色々あるから面白かったわね・・・」
管理人の真上と、その甥の若者。
佐伯美鈴「バレそうになったのは焦ったけどねぇ」
今は可愛い又従弟と友人達が行っているはず。
佐伯美鈴「まあ、カズくんのことは大丈夫だとは思うけど、」
はあ、と大きくため息をつく。
佐伯美鈴「明後日までカズくんに会えないなんて、辛いなぁ・・・」
空を見上げて呟く美鈴。
「なら、少し話でもどうです?」
佐伯美鈴「!!」
来訪者の姿を見た美鈴の顔に、笑みが浮かんだ。
〇古びた神社
佐伯美鈴「いらっしゃい、綾ちゃん」
辰宮綾子「御無沙汰です、美鈴さん」
辰宮玲奈の姉で剣道部の部長、辰宮綾子が現れた。
佐伯美鈴「部活でのカズくんはどう?」
辰宮綾子「相変わらずですよ」
綾子の顔が綻ぶ。
辰宮綾子「上手でしぶとい、引き分け名人」
辰宮綾子「勝てないのが不思議なくらいです」
佐伯美鈴「カズくんは優しいもんね」
引き分け名人。
剣道における橘一哉の異名である。
齢十の頃から剣道を始め、現在二段。
端的に言って、『綺麗な剣道』の使い手である。
構えも動きも、基本に忠実。
実際、昇段審査は最速で合格している。
が、何故か勝負になると勝てない。
指導者の見立てでは、その細身の体格から来る筋力不足が原因と考えられている。
鍔迫り合いや相打ちで負けるほどではないが、競り勝てるまでの力が無い。
だから、中々勝てないのではないかと思われている。
その一方、団体戦に出ると勝敗を左右する場面では絶対に負けない。
個人戦でも、負ける時にはほぼ必ず判定負けである。
だが、負けられない場面では決して負けず、勝たねばならない時には必ず勝つ。
そんな、ある種不思議な実力の持ち主が、橘一哉という剣士なのである。
辰宮綾子「一年がいないと、練習も楽しくなくて」
佐伯美鈴「綾ちゃん、新入りをしごくのが趣味だったっけ?」
辰宮綾子「違いますよ」
辰宮綾子「単純に人数が足りないのもあるし、新人がいないと刺激が少ない、ってだけですよ」
佐伯美鈴「それは良かったわ」
昔ながらのスパルタ主義の持ち主ではないようだ。
佐伯美鈴「今日は何の御用?」
綾子が八十矛神社に来るとは珍しい。
神頼みはあまりしない主義だと思っていたのだが。
辰宮綾子「別に、特別な用事があったわけじゃないです」
辰宮綾子「何となく寄ってみようと思っただけで」
佐伯美鈴「それはきっと、ここの神様に呼ばれたのね」
辰宮綾子「ここの神様って、どんな神様でしたっけ?」
佐伯美鈴「ここでお祭りしているのは『八十矛神(やそほこのかみ)』」
佐伯美鈴「名前の通りの武神よ」
辰宮綾子「・・・ああ、そういうことか」
佐伯美鈴「?」
綾子には、何か思い当たる節があったようだ。
辰宮綾子「そろそろ試合が近いから、それかもしれない」
佐伯美鈴「なら、きっとそういう事ね」
〇古びた神社
佐伯美鈴「試合、勝てるといいわね、綾ちゃん」
一頻り話をした後、綾子は参拝して御札と御守を買い帰っていった。
御札は多分、部室か武道場に置くことになるだろう。
武道場にも神棚があり、八十矛神社の神札を納めていたはずだ。
佐伯美鈴「そういえば、」
ふと思い出した事がある。
佐伯美鈴「あの迦楼羅の子、どうしてるかしら」
〇古めかしい和室
月添灯花「話がある、って、急にどうしたの?」
月添家。
次子で長男の亜左季は、居間で母の灯花と向かい合っていた。
月添亜左季「姉さんの事で、話したいことがあって」
月添灯花「咲与の?」
珍しい。
咲与には大人しく付き従い、異議や異論を滅多にしない亜左季である。
心中思うところはあっても、姉を尊重して自身の意見は出さないでいる彼が相談してくるとは。
月添亜左季「ここ最近、姉さんは一人で動いてばかりで」
確かにその通り。
咲与も亜左季も、連れ立って行動するのが常だった。
特に荒事関連ならば尚更。
二人の連携戦術で相手を翻弄し、優勢の内に打ち破る。
それが、灯花が二人に仕込んだ主たる戦術だった。
『迦楼羅は龍蛇の天敵、故に敗北は許されない』
月添家の家訓であり、迦楼羅使いとしての信条である。
神獣使いの戦いにおいて、敗北は時として死を意味する。
我が子を死なせたくないという親心も、灯花の教育方針に大きく影響しているのは想像に難くない。
その親心も混じった戦術から、長子であり長女である咲与が今、外れつつある。
月添灯花「それで、亜左季はどうしたいの?」
そんな親心が、息子の成長を阻害してしまったのかもしれない。
独立した人格であるはずの亜左季が、咲与に付属した存在になってしまっているのかもしれない。
月添亜左季「僕は、姉さんを助けたい」
月添亜左季「もし、姉さんが何かに巻き込まれているとしたなら、救い出したい」
月添灯花「・・・そうね」
ここ数日の咲与の様子を思い出してみる。
〇古めかしい和室
月添咲与「龍は、私が倒す」
〇古めかしい和室
月添灯花(あの子は、)
龍使い〜途中から『龍の宿主』と言い換えたが〜を、一人で倒すことに異様な拘りを見せるようになった。
龍『使い』から『宿主』と言い換えたということは、咲与が実際に龍使いと相見えて実態を確認できたということだ。
呼び方の変化から伺うことができるのは、龍使いと龍の関係性。
龍使いたちは、『龍の力を扱うことができる』だけではない。
実際に『龍そのものを宿している』ことになる。
月添灯花(ただの人間が、龍を・・・?)
血統に頼ることなく神獣を宿すことができるというのは奇跡に値する。
だからこそ、『宿主』であるのだろう。
であれば、正当なる迦楼羅の後継者である咲与が拘るのには納得がいく。
良くも悪くも咲与は素直だ。
直上径行とも言える。
その素直さがあるからこそ、弱冠にして迦楼羅の技を殆ど習得している。
残るは相伝の秘術のみだ。
その高い実力も相まってプライドも高い。
月添灯花(誰かに、何か、吹き込まれたわね・・・)
灯花の辿り着いた結論は、第三者の介入。
そのプライドを誰かに刺激されたのだろう。
月添灯花「亜左季」
月添亜左季「はい」
月添灯花「咲与も、何らかの目的や考えがあって動いているはずです」
月添灯花「無闇に咲与には関わらないように」
月添灯花「ただ、傍で見ている分には問題ないはずよ」
月添亜左季「うん」
月添灯花「何かあったら、すぐに私に報告するようにしてちょうだい」
月添亜左季「分かったよ、母さん」
〇古びた神社
さて、場所を戻して再び八十矛神社。
佐伯美鈴「もう、人が来ることは無さそうね・・・」
社の周囲にも音や気配はなく、一帯が静まり返っている。
自分一人だけが世界に取り残されてしまったかのようだ。
佐伯美鈴「せっかくだし、もう少し羽根を伸ばしちゃおうかな」
佐伯美鈴「・・・ふう」
一瞬で衣装と髪の色が変わった。
纏う雰囲気も、冷たさと妖艶さが増している。
佐伯美鈴「まだカズくんには明かしてないのが悩みよねぇ」
ハァ、とつく溜息も色気が増している。
佐伯美鈴「早くこの姿でカズくんに会いたいなぁ」