第参拾八話 林間学校 最終日 後編(脚本)
〇原っぱ
梶間頼子「どういうこと?」
頼子は一哉に問い返す。
橘一哉「ん、あのさ、」
一哉はチラリと頼子達のテントへと目をやり、
橘一哉「何かあったんじゃないかな、って」
梶間頼子(バレた・・・?)
正直に話すか否か迷っていると、
橘一哉「俺とコウちゃんも、一昨日の夜に変な連中に絡まれたからさ」
梶間頼子「・・・・・・」
何やら異常な事態に巻き込まれつつあるのではないか、と頼子は思い至った。
橘一哉「な、コウちゃん」
一哉が晃大の方に顔を向けると、
姫野晃大「俺に話を振るなよ・・・」
心底嫌そうな顔をする晃大。
梶間頼子「もしかして、幽霊とか苦手?」
姫野晃大「そうだよ」
橘一哉「その割にはちゃんと対応してたけどね」
姫野晃大「何もしてねえよ」
ただその場に立ち尽くしていただけだ。
何かをしたわけではない。
橘一哉「日が出てる間は大したことは起こらないと思うけど」
梶間頼子「そうだといいけどね・・・」
〇白い扉の置かれた森
魔族「この術式には、こう・・・」
男は矢立を取り出し、筆で標識の裏に呪紋を記していく。
丁寧に、ゆっくりと。
久野駆「やり方は割と古臭いんだな」
魔族「伝統的に受け継がれているのは、それだけの効果があるからだ」
魔族「この筆も、墨も、呪法を行うための特別製だ」
一見すると何の変哲もない筆と墨だ。
だが、そこには先人の叡智が詰め込まれている。
質においても一級品。
そんな特別な品を持っている彼は、魔族の中でもそれなりの地位にあるのだろう。
呪紋が描き込まれていくにつれて、力が少しずつ出始めていく。
久野駆「こんな呪紋、見たことねえ・・・」
その紋様は、既存の呪術や魔術の体系とは全く異なる系統のものだと駆は理解した。
魔族「負の気を集めて形を成す、変成結界」
魔族「完成だ」
男はゆっくりと筆を標識から離す。
文字とも記号ともつかない紋様が、微かに光を放ち、音を発し始めた。
〇原っぱ
橘一哉「・・・ん」
一哉はふと顔を上げた。
辰宮玲奈「どうしたの?」
気付いた玲奈が一哉を見るが、
辰宮玲奈「・・・あ」
玲奈も何かに気付いた。
穂村瑠美「何?どうしたの?」
幼馴染コンビの様子に瑠美も作業の手を一旦止めた。
辰宮玲奈「瑠美ちゃん、気付かない?」
穂村瑠美「何に?」
瑠美には何のことやら分からない。
穂村瑠美「???」
怪訝な顔をする瑠美に、
古橋哲也「結界が張られたみたいだ」
穂村瑠美「!?」
哲也の言葉に瑠美は驚いた。
穂村瑠美「でも、景色は変わってないよ?」
瑠美の言う通り。
魔族が結界を張ったのなら、それと分かる変化が必ずある。
ましてや今の時間は午前。
曇っていなければ、日が昇っていく時間帯だ。
陽の気が強くなっていく時間帯に、陰の気を主体とする魔族が仕掛けてくるとは思えない。
古橋哲也「これは、魔族の使う結界とは違う」
古橋哲也「土地そのものに、誰かが手を加えたんだ」
穂村瑠美「そうなんだ・・・」
大地の力と密接な繋がりのある黄龍。
その宿主たる哲也には、結界の質まで見抜くことが出来た。
だが、誰が、何のためにやったのだろうか。
穂村瑠美「!!」
生暖かい風が吹いた。
新緑の季節には相応しくない、肌に纏わりつく不快感。
梅雨時の湿気を含んだ風とも違う。
梶間頼子「あのさ、変な事言っていい?」
頼子が口を開いた。
辰宮玲奈「なに?」
何となくだが、玲奈には頼子が言わんとすることの予想がついた。
流てきた風の含む『気』が、玲奈には覚えのあるものだった。
梶間頼子「これってさ、昨夜のあいつらじゃないかな」
〇白い扉の置かれた森
魔族「さあ、結界は成った」
魔族「陰気が集まり形を成す」
魔族「思い虚しく命を散らした山のモノたちよ、今こそ一丸となって無念を晴らすがいい」
〇原っぱ
橘一哉「・・・」
空の色が変わった。
橘一哉「魔族も一枚噛んでるのか」
一哉はポツリと呟いた。
姫野晃大「どういう事だ?」
その呟きを聞き逃さず、晃大は一哉に問うた。
飯尾佳明「魔族が何かしらの策を巡らした、ってことだな?」
佳明の言葉に一哉は無言で頷く。
橘一哉「この山の力を利用して、何かを仕掛けてくる」
飯尾佳明「一般人は巻き込まれてないよな?」
佳明の言葉に、一哉達は辺りを見渡す。
古橋哲也「うん、僕らだけだね」
一番の長身である哲也の言葉なら間違いない。
三年生でこの場にはいない由希を除く、龍使いの七人のみ。
古橋哲也「間違いなく、魔族の仕業だ」
飯尾佳明「なら、あとは決まってるな」
姫野晃大「ああ、そうだな」
七人の龍使いは、各々の得物を出して戦闘態勢に入った。
〇原っぱ
橘一哉「大体の予想はつく」
魔族が、どのような策を仕掛けてくるのか。
一昨日の夜、一哉と晃大が遭遇したもの。
昨日の夜、瑠美と玲奈と頼子が遭遇したもの。
そして、自然の豊かなこのキャンプ場。
それらから導き出されるのは、
黒龍「奴らめ、この山の霊気を利用する気だな」
黒龍が顔を出した。
橘一哉「やっぱ、そう来るよなぁ」
姫野晃大「利用って、どうやるんだ?」
黒龍「山は霊気の塊だ」
黒龍「山そのもの、即ち大地の霊気」
黒龍「山で生き、死んでいったもの達の魂」
黒龍「それらが無数に存在する」
姫野晃大「それって、つまり、」
橘一哉「死霊と地霊を操る、ってことか」
頷く黒龍。
黒龍「・・・来たようだな」
〇原っぱ
橘一哉「さあ、何が出てくるかな・・・?」
橘一哉「おぉう」
眉をひそめる一哉。
穂村瑠美「これって、」
瑠美は思い出した。
梶間頼子「この生臭い臭い・・・」
辰宮玲奈「昨日と同じだ・・・」
生暖かく、生臭く、獣臭い。
漂ってきた臭いの元は、
人とも獣ともつかぬ、巨大なモノだった。
〇森の中
古橋哲也「お、大きい・・・」
龍使い達の中でも長身の哲也をして巨大と言わしめる体躯。
身長は二メートル以上はあろうか。
その長身に、はち切れんばかりの筋肉をまとっている。
野生と力を体現したような体つきの獣人だった。
獣人「・・・」
獣人は虚ろな瞳でゆっくりと歩を進め、広場の中、龍使い達へと歩み寄る。
姫野晃大「なあ、カズ、」
橘一哉「なんだ、コウちゃん」
構えを解かず、目は獣人に向けたまま、一哉は言葉を返す。
姫野晃大「こいつ、」
橘一哉「うん」
いつになく真剣な晃大が何を言うのかと思っていたら、
姫野晃大「こいつ、フルチンだ!!」
橘一哉「!!!!」
「!?!?!?!?」
獣人「!?」
橘一哉「確かに、その通りだ・・・」
くっ、と歯軋りする一哉。
姫野晃大「かなり自信があるんだろうな・・・」
橘一哉「そうだろうな・・・」
橘一哉「とんでもない奴だ・・・」
姫野晃大「ああ・・・」
晃大と一哉の額を冷や汗が伝う。
姫野晃大「油断できないな・・・」
橘一哉「隙を見せたら、やられるな・・・」
「みんなも気をつけろ!!」
「どういう意味合いでの話かなあ!?」
古橋哲也「どうでもいいこと言わないでくれる!?」
思わず声が上ずる哲也。
橘一哉「バカお前、全裸舐めんな!」
そんな哲也をたしなめたのは一哉。
姫野晃大「相当な強者だぞ!!」
辰宮玲奈「ああもう、集中できないじゃない!!」
言いつつも矢を番え弓を引く態勢を崩さない玲奈は立派なものである。
梶間頼子「玲奈、策にハマって・・・っ!!」
辰宮玲奈「違うわよ!!」
橘一哉「落ち着け玲奈、奴はただ服を着てないだけだ!!」
辰宮玲奈「それを意識させないで!!」
梶間頼子「玲奈、奴の急所は丸出し、狙い目だよ!!」
橘一哉「ちょ、変な想像させるなよ頼ちゃん!!」
辰宮玲奈「先に言ったのはカズでしょ!?」
〇白い扉の置かれた森
魔族「あー・・・」
久野駆「えー・・・」
魔族「一体何をしとるんだ、あいつらは・・・」
久野駆「知るかよ・・・」
魔族の男は千里眼で。
駆は持ち前の耳の良さで。
どうしようもない少年少女のやりとりを細大漏らさず感知していた。
久野駆「注目すんのがソコかよ・・・」
若者はバカモノ、などという言葉があるが、
魔族「このような場面であのような腑抜けた戯言を・・・」
〇原っぱ
飯尾佳明「で、どうやって倒すんだ?」
橘一哉「獣なら、」
一哉は瑠美の方へと目をやり、
橘一哉「火が一番じゃないかな」
穂村瑠美「へ?あたし?」
橘一哉「そう」
見てみ、と一哉は他の仲間にも目配せする。
橘一哉「奴は穂村さんを避けてる」
辰宮玲奈「確かに」
互いに背中合わせになって円陣を組んでいた龍使いたち。
獣人が姿を現したのは、瑠美と背中合わせになっていた哲也の前だった。
獣人は、炎を操る赤龍使いの瑠美を本能的に避けていたと見ることができる。
橘一哉「あと臭い避けで玲奈も頑張って」
辰宮玲奈「あたしも!?」
言うが早いか、一哉は駆け出していった。
辰宮玲奈「もー、しょうがないなあ」
穂村瑠美「やってやるわよ!!」
姫野晃大「む、無理するなよ?」
穂村瑠美「わかってるって」
〇森の中
橘一哉「ええっと、確か・・・」
一哉は広場を出てハイキングコースに向かっていた。
記憶力には多少の自信がある。
橘一哉(オリエンテーリングで集めたあの記号、)
単なる記号ではない。
何かの意図や力が込められている。
それを利用されたのだろう。
となれば、今回の策略の仕掛け人はそこにいる。
虱潰しに回れば必ず行き当たる。
向こうが逃げるよりも先に、縮地を駆使して素早く移動して捕捉する。
橘一哉「行くぜぇ・・・!!」
通常の縮地の三倍速で、一哉は急いだ。
〇観光バスの中
橘一哉「あ゛ー・・・」
帰りのバスの中で、一哉はぐったりとしていた。
辰宮玲奈「だいじょうぶ?生きてる?」
橘一哉「・・・かろうじて・・・」
蚊の鳴くような声で一哉は答えた。
辰宮玲奈「ダメだこりゃ」
結局、策の仕掛け人は捕まえられなかった。
できた事と言えば、標識に掛けられた結界術の解除だけ。
それだけでも、実は珍しい事だった。
主戦場で切り込み隊長を務める主戦力的な存在の一哉が、今回は搦め手で補助に徹したことになる。
では主戦場の方はどうだったかというと、
〇原っぱ
穂村瑠美「ねえ、炎は苦手、って聞いたんだけど!?」
穂村瑠美「くっ!!」
獣人が瑠美に飛び掛かる。
瑠美は炎を纏わせた斧槍を構えて獣人の攻撃を防ぎ、
辰宮玲奈「瑠美から離れなさい!!」
玲奈が矢を放つ。
それに気付いた獣人は大きく飛び退いて矢をかわし、
梶間頼子「そこ!」
頼子が金剛杵を思い切り投げる。
飯尾佳明「アイツ、なんで女子ばかり狙うんだ!?」
獣人は晃大、哲也、佳明の男子三人には目もくれず、瑠美、玲奈、頼子の三人ばかりに襲い掛かっていた。
古橋哲也「分からないけど、チャンスだ」
哲也の言葉にも一理ある。
古橋哲也「隙を見て一気に攻めれば勝てるはずだ」
飯尾佳明「気は引けるが、女子には囮になってもらうか」
姫野晃大「何だそりゃ」
飯尾佳明「結果的にそうなってるだけだ」
姫野晃大「っ・・・」
古橋哲也「いくよ!」
〇観光バスの中
穂村瑠美「怖かったぁ・・・」
姫野晃大「おつかれさん」
話を戻して帰りのバスの中。
瑠美は晃大の肩に頭を預けていた。
こちらもかなり疲れている様子だ。
無理もない。
〇原っぱ
獣人「デテ・・・イケ・・・」
穂村瑠美「どうして・・・!!」
獣ならば火が苦手。
このセオリーに従えば、瑠美が前に出れば獣人は引くはず。
だが、実際は逆なのだ。
梶間頼子「瑠美!!」
頼子の雷電攻撃であれば、獣人を引かせることはできる。
だが、斧槍に常に炎をまとわせているにも関わらず、瑠美に向かってくるのだ。
何度も、何度も、何度も、何度も。
狂ったように、獣人は瑠美に狙いを定めて襲い掛かる。
そして、
穂村瑠美「なんでなのよ、もう!」
瑠美はキレた。
そんな瑠美の精神状態に呼応するかのように、一際大きく炎が噴き上がる。
獣人「!!!!!!!!!!」
その熱気に当てられたのか、獣人が後ずさる。
穂村瑠美「とっととくたばれ!!!!」
斧槍から伸びる炎が長さを増し、斧槍は巨大な炎の剣のようになる。
獣人「gaaaaahhh!!!!!!!!!!!!」
吠えた。
獣人もまた咆哮を上げた。
広場に、森に、雄叫びが響き渡る。
腹の底から揺さぶるような咆哮。
獣人「grrrrr・・・」
雄叫びが唸り声に変わった。
巨体がさらに一回り大きくなったように見える。
梶間頼子「え、ちょっと、」
穂村瑠美「もしかして、ヤバい・・・?」
筋肉が盛り上がり、力を溜めているのがはっきりと分かる。
何が来るかは分からないが、攻守いずれの対応も取れるように態勢を整える。
互いに力を溜めながら睨み合い、緊張感が高まっていく。
獣人「・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
獣人「!!」
(来る!!)
獣人が僅かに体を前傾させ、その足が地にめり込んだ瞬間、
獣人「!?!?」
「!!」
ガクリと獣人の膝から力が抜けた。
倒れまいとして足を前に出し、獣人は千鳥足になる。
辰宮玲奈「今!!!!」
その機を逃さず、玲奈は矢を次々と番えて放った。
獣人「gaaah!!」
上半身に刺さった矢は獣人を仰け反らせて前進を阻み、足の甲に刺さった矢は貫通して地に縫い止めて文字通りの足止めとなる。
梶間頼子「最大出力で!!」
そこへ頼子が金剛杵を思い切り投げつけた。
獣人「gaaah!!!!!!」
絶叫する獣人。
電撃で体が拘縮し、動けなくなる。
梶間頼子「今だよ!!」
穂村瑠美「!!」
頼子の声で瑠美は我に返った。
穂村瑠美「でやあああっっっ!!!!」
巨大な剣と見紛うほどに長く長く伸びた炎の刃を振り下ろす。
未だ残る玲奈の放った矢が纏う風に巻かれ、炎が渦を巻く。
炎の風に焼き尽くされ、獣人は無数の光の粒子となって消滅した。
辰宮玲奈「終わった、ね・・・」
穂村瑠美「うん・・・」
勝った。
戦いには、確かに勝った。
だが、その相手は魔族ではない。
素直には喜べなかった。
〇霧の立ち込める森
魔族「危なかったな・・・」
魔族「あやうく見つかる所だった・・・」
久野駆「これで良かったのか?」
魔族「今回の目的は果たした」
魔族「君はどうする?」
魔族「叔父上の所に戻り、今まで通りに暮らしながら我々と繋がることもできるが」
久野駆「俺は、行くよ」
魔族「良いのか?」
久野駆「叔父貴に迷惑はかけられない」
久野駆「叔父貴とはこれでお別れだ」
魔族「・・・そうか」