第参拾弐話 作戦会議(脚本)
〇教室
梶間頼子「あ゛〜・・・」
頼子が机に突っ伏していると、
辰宮玲奈「怠そうだね、頼ちゃん」
玲奈が声をかけてきた。
梶間頼子「んー・・・」
頼子が気怠げな瞳を友人に向けると、
辰宮玲奈「何かあった?」
梶間頼子「ありました」
玲奈の問いに、抑揚のない声音で頼子は答える。
梶間頼子「大変な目に遭ったよ、ホントに」
橘一哉「すげえ、頼ちゃんがだらけてる」
そこへ一哉もやって来た。
梶間頼子「あ、カズだ」
橘一哉「そうだよ〜橘くんですよ〜」
一哉は頼子の机の正面にしゃがみ込み、頼子に目線を合わせる。
普段は飄々としている頼子の珍しい姿に興味津々といった様子だ。
梶間頼子「鳥の片割れに襲われてさ・・・」
橘一哉「マジで?」
一哉は目を丸くした。
他の龍使いも襲われるとは思ったが、思いの外早かった。
片割れということは、どちらか一人を相手取ったということか。
こうして無事学校に来ているということは、撃退できたのだろう。
流石は頼子、雷の使い手だけのことはある。
梶間頼子「姉の方だったんだけど」
橘一哉「え」
再び驚く一哉。
頼子が相手にしたのは強い方だった。
橘一哉「良く生き残れたね、頼ちゃん」
梶間頼子「一時はダメかと思ったよ」
梶間頼子「あれ、人間じゃないもん」
橘一哉「よく分かったじゃん」
ニヤリとする一哉。
梶間頼子「だって、人間離れした動きするんだもん」
辰宮玲奈「そんなに!?」
梶間頼子「そんなに」
頼子は頷く。
玲奈の想像がちょっと気になるところではある。
梶間頼子「作戦会議が必要だよ、アレは」
〇古びた神社
というわけで、八十矛神社。
姫野晃大「またココかよ・・・」
晃大はため息をついた。
どうにも、この場所は好きになれない。
穂村瑠美「仕方ないよ、ここが一番安全なんだから」
姫野晃大「本当か・・・?」
古橋哲也「今日は天気も良くて明るいし、姫野くんも平気でしょ?」
姫野晃大「まあ、それはそうだけど・・・」
木漏れ日は以前よりも明るい。
日差しの強さが、季節は少しずつ進んでいることを感じさせる。
梶間頼子「じゃ、緊急会議ということで」
頼子が口を開いた。
だが、まだ調子はよく無さそうだ。
橘一哉「えー、今回の議題ですが」
橘一哉「俺に続き頼ちゃんも襲われました」
二日連続の襲撃事件。
橘一哉「俺は二人がかりで」
梶間頼子「私は一人に」
飯尾佳明「で?同一人物なのか?」
佳明の問いに、
橘一哉「俺を襲った連中はしっかり名乗った」
一人は、月添咲与。
もう一人は、亜左季。
橘一哉「本人たちが言うには『迦楼羅使い』だそうだよ」
梶間頼子「あたしは迦楼羅使いの月添咲与と名乗る女に襲われた」
飯尾佳明「迦楼羅使い、ねぇ・・・」
相手の名乗りを信じるなら、神獣使いだろう。
一哉と頼子は襲撃の詳細を皆に話した。
飯尾佳明「随分とトンデモナイのが出てきたじゃねえか」
二人の話から察するに、月添咲与なる人物は同じ人物だろう。
迦楼羅使いの二人は、外見上は人間。
しかし、その身体能力や一哉が感じた『におい』は魔族のそれ。
『神獣功』なる技術を使いこなし、並外れた戦闘能力を発揮する。
一同が迦楼羅使いの月添姉弟に驚きを隠せない中で、
別の意味で顔色を変えているのが一人。
穂村瑠美「コウ、どうしたの?」
その様子に気付いた瑠美が声を掛けると、
姫野晃大「俺、その二人に会ってる・・・」
一同は目を丸くした。
飯尾佳明「どういう事だ、詳しく話せ」
姫野晃大「あ、ああ」
道に迷っていた亜左季を助け、彼を迎えに来た咲与と軽く自己紹介したことを話す晃大。
飯尾佳明「気取られてないだろうな?」
もし龍使いであると感づかれていたら、後々面倒なことになる。
姫野晃大「多分、大丈夫だと思うけど・・・」
晃大と出会った時の二人の様子に、おかしなところは見られなかった。
その場で戦闘にならなかったのは僥倖だったとしか言いようがない。
梶間頼子「じゃあ、姫野くんが亜左季を足止めしててくれたお陰で、私は助かった、ってこと?」
古橋哲也「そうかもしれないね」
結果的にそうなる。
もし晃大が亜左季に関わらなかった場合、亜左季から咲与への連絡は大幅に遅れたか、なされなかっただろう。
そうなれば、頼子と咲与の戦いは行き着くところまで行っていた可能性が高い。
戦いの帰趨は分からないが、無事では済まなかったであろう事は確かだ。
梶間頼子「助かったぁ・・・」
心底安堵した様子で胸を撫で下ろす頼子。
大きなため息がもれる。
草薙由希「その咲与っていう子、そんなに強いの?」
梶間頼子「メチャ強いです」
なにせ、頼子が放った雷の呪文を躱したのだ。
草薙由希「ウソでしょ・・・?」
梶間頼子「ホントです」
頼子が唱えた雷の呪文。
久しく使うことはなかったが、あれは最大最強、必殺の呪文だ。
それを、咲与は大跳躍で以て完全に回避した。
紙一重ではなく、掠りもしなかったのだ。
由希の背筋を冷や汗が伝う。
雷電の速度を遥かに超える速度を発揮したというのか。
それは確かに人間業ではない。
草薙由希「やっぱり、魔族なのかしらね?」
橘一哉「多分魔族で合ってる」
由希の言葉に一哉は頷く。
黒龍「迦楼羅、おそらくガルーダのことだな」
黒龍が出てきた。
黒龍「ガルーダは飛翔の名手」
黒龍「天空を舞い、森羅万象を俯瞰する鋭い眼力の持ち主」
黒龍「遊泳する龍蛇を捕捉して喰らう、我らにとっては天敵だ」
天敵。
その一語に、一同の表情が険しくなる。
橘一哉「それ、もっと早く言って欲しかったんだけど」
不服そうな顔をする一哉に、
黒龍「あの状況では流石に無理があったぞ」
黒龍が反論する。
橘一哉「言われてみりゃ確かに」
あの時は二人から間断なく攻撃を受け、目の前の状況への対処で手一杯だった。
そんな状況で横合いから何かを言われても、まともに聞けていたかは大いに怪しい。
辰宮玲奈「それで、どうするの?」
「・・・」
玲奈の問いかけに、一同は黙り込んでしまった。
敵の存在は分かった。
龍の天敵、迦楼羅。
他ならぬ龍自身が天敵と称するからには、相当の力を持っているのだろう。
姫野晃大「天敵ってことは、やられるだけなのか?」
晃大の言う通り。
天敵というのは、基本的に勝てない相手に対して使う呼び方だ。
光龍「龍と迦楼羅だけなら、そうなるかもしれんな」
光龍が顔を出した。
姫野晃大「『だけ』なら?」
光龍「うむ」
光龍は頷く。
光龍「これは龍と迦楼羅だけの戦いではない」
光龍「各々の宿主も加わっている」
龍と迦楼羅、そして宿主の戦い。
古橋哲也「つまり、勝敗はまだ分からないと?」
黄龍「その通りだ」
黄龍も出てきた。
黄龍「確かに迦楼羅は強敵」
黄龍「しかし、宿主たる君たちの力があれば、負けはしない」
光龍「神獣と宿主の相乗効果に勝る方が勝つ」
光龍「それが、神獣使いの戦いだ」
姫野晃大「それにしても、あの二人がねぇ・・・」
晃大は咲与と亜左季を思い出していた。
晃大の前では、ごく普通の人間の姉弟にしか見えなかった。
それが、一哉と頼子を苦しめるような使い手だったとは、俄には信じ難い。
姫野晃大「やるしかないのか・・・」
〇広い畳部屋
矢口朱童「それで、私の所に来た、と」
月添咲与「ええ」
土蜘蛛党党首、矢口朱童。
彼のもとに、月添咲与は来ていた。
矢口朱童「灯花殿から話は聞いているよ」
矢口朱童「歴代最強の天賦の才の持ち主だ、とね」
微笑む朱童だったが、
月添咲与「お世辞は結構です」
咲与の反応は冷ややかだった。
月添咲与「私は龍使いの情報が欲しいだけ」
本当に、それだけだ。
いかに魔族の有力者といえども、無駄に馴れ合うつもりはない。
月添咲与「奴らは、私が、潰す」
彼には出来なかったが、自分にはできる。
自信か、はたまた過信か。
矢口朱童(血気盛んなことだ)
だいぶ気負っているようにも見える。
何があったのだろうか。
月添咲与「龍使い全員を相手取って生き延びたと聞きました」
月添咲与「奴らの特徴を教えて頂きたい」
矢口朱童「そうだな」
矢口朱童「私にとっても良い振り返りになる」
朱童は話し始めた。
〇古びた神社
佐伯美鈴「なんだか楽しそうに話してたわねぇ」
龍使いたちが去った直後、美鈴が境内に姿を現した。
その場にこそいなかったが、美鈴の耳は彼らの話をしっかりと聞き取っていた。
佐伯美鈴「迦楼羅の娘、どう出るのかしらね」
あの少女が、一哉だけでなく龍使い全員を狙っているらしいことは分かった。
佐伯美鈴「まあ、カズくんさえ無事だったら、それで構わないのだけど」
龍使い達が屯していた辺りに残る足跡を箒で消していく美鈴。
手際良く均していく美鈴だったが、その手がふと止まった。
足跡の最後の一つ。
それは、一哉の足跡だった。
又従弟の痕跡をじっと見つめる美鈴。
その全てを余さず目に焼き付けるかのように、瞬き一つせずに、しばしの間見続けていたが、やがて手を動かし始めた。
線の往復ではなく、円を描いて、ゆっくりと、足跡を外側から消していく。
その動きは、内側に向かえば向かうほど遅くなる。
名残惜しそうに、ゆっくり、ゆっくりと、足跡を均していく。
やがて足跡が消えると、美鈴が箒を動かす手も止まった。
佐伯美鈴「さ、お掃除も終わり、と」
フウ、と一息つくと美鈴はクルリと踵を返し、社務所へと戻っていった。
〇街中の道路
月添咲与「まさか、そんな、」
咲与は信じられなかった。
あの若者が、
〇電器街
〇街中の道路
月添咲与「あいつが、龍の宿主・・・!?」
姫野晃大が、龍使いの一人だったとは。
しかも、
月添咲与「光龍の・・・!?」
八龍の中でも黒龍と並んで陰陽双璧と称され別格扱いされる、光龍の宿主だったとは。
そんな様子は微塵もなかった。
月添咲与「あんな、平和ボケして腑抜けた男が・・・!?」
遠目に見えた亜左季と談笑する様子は、およそ戦いとは縁遠い雰囲気だった。
典型的な現代の若者だった。
それが、光龍の宿主とは。
そんな男に、あの朱童が敗れたというのか。
俄には信じられない話だ。
月添咲与「まあ、いいわ」
顔と名前が一致する唯一の人物。
月添咲与「次は、アイツだ」
狙いは定まった。
彼を。
姫野晃大を探し出し、打ち倒す。
〇校長室
矢口朱童「月添の娘には、龍使いについて一通り話しましたよ」
理事長室。
朱童は理事長に咲与との会話を一通り報告した。
理事長「ありがとう、朱童くん」
半ば彼に押し付けてしまったような物だが、うまく対応してくれたことに理事長は安堵した。
矢口朱童「私にとっても、自身を省みる良い機会になりました」
理事長「そうか」
この謙虚さこそ、理事長が朱童という男を信頼する所以である。
矢口朱童「あれが当代の迦楼羅ですか」
理事長「そうだ」
理事長は頷く。
月添咲与。
歴代の迦楼羅使いの中でも最強と噂される少女。
矢口朱童「やはり、先日の一件でしょうか」
理事長「そうだろうな」
計画外の龍使い襲撃。
まがりなりにも一族固有の技能を有する者が二人がかりで挑み、負けた。
自身の力だけでなく、迦楼羅の一族であることにも咲与は強い誇りを持っている。
理事長「迦楼羅は龍の天敵として名高い」
龍の天敵であることも含め、有力魔族として名の知れた迦楼羅党である。
それが龍に敗れたとあっては、他の魔族に示しがつかない。
理事長「全ての龍を相手取るつもりなのだろうが、」
そこまで言って理事長は窓の外に目を移す。
理事長「なぜ、一人で戦うなどと言い出したのやら・・・」
彼女に弟がいる事は、理事長も朱童も知っている。
二人の連携の巧みさについては、母親の灯花からも話を聞いたことがある。
互いをよく知る姉弟の連携ならば、龍が相手でも後れを取ることは無いだろう。
矢口朱童「何か思う所があるのでしょう」
その理由が、見ず知らずの初対面の人物に煽られたからだとは、流石に二人の想像の外であったが。
理事長「計画の大綱を修正した方が良いかもしれないな・・・」
今の咲与は抜き身の刀だ。
龍に対しては時も場所も選ばずに戦いを挑むだろう。
迦楼羅党、その中でも、迦楼羅使いを継承する者。
本人が理解しているかは知らないが、今の咲与は魔族全体でも上位に位置する存在である。
そんな咲与が本格的に動き始めた。
魔族全体の意気が上がるのは勿論だが、龍を始めとする魔族に相反するもの達が動きを見せるかもしれない。
理事長「忙しくなりそうだな」