第参拾参話 林間学校 初日 前編(脚本)
〇ハイテクな学校
月添咲与「やけに静かね・・・」
放課後。
龍使いは全員が平坂学園高等部所属との話を聞いた咲与は、同学園の正門前に足を運んでいた。
しかし。
月添咲与「何かあったのかしら・・・」
部外者の彼女がつい訝しんでしまうほどに、学園は静まり返っていた。
人の気配がない。
「あら、何か御用?」
月添咲与「!!」
声を掛けられた咲与が顔を向けると、
一人の女生徒が立っていた。
〇森の中
姫野晃大「山だー!!」
目の前に広がる一面の緑を前に、晃大は叫んだ。
穂村瑠美「元気ねぇ・・・」
此処は平坂市の山間部にあるキャンプ場。
今日から二泊三日で林間学校である。
姫野晃大「テンション上げなきゃやってられねえ」
穂村瑠美「なんでよ」
姫野晃大「だってさ、」
新入生のオリエンテーション兼懇親を深める。
それが、この林間学校の目的である。
の、だが。
姫野晃大「見知った顔ばっかりで懇親も何もあったもんじゃないだろ!」
姫野晃大「そりゃ、あんまり話したことのない奴だっているよ?」
姫野晃大「でもさあ、もっとさあ、噂の美少女とか初顔合わせの美少女とかの刺激が欲しいんだよう!!」
穂村瑠美「アホか!!」
姫野晃大「あだだだだ!!」
一発ではなく連打するのは瑠美なりの乙女心だと思って頂きたい。
飯尾佳明「おー、いい感じに夫婦喧嘩やってるじゃねえか」
穂村瑠美「ふっ・・・!?」
佳明の言葉に瑠美は思わず手を止めて顔を赤らめる。
飯尾佳明「ほら、俺達のクラスはあっちらしいぜ」
姫野晃大「助かった!!よっくんは救世主!!」
制裁から流れることができた晃大にとって、今の佳明は神か仏に見えた。
何となく後光が見えるような気すらして思わず手を合わせて拝んでしまう。
飯尾佳明「ほら、いくぞ」
姫野晃大「おう!!」
〇ハイテクな学校
月添咲与「林間学校?」
草薙由希「そう、林間学校」
草薙由希「新入生のオリエンテーションと親睦を深めるために、毎年やってるのよ」
月添咲与「そうなんですか・・・」
草薙由希「だから、今は一学年丸々いなくなってるの」
草薙由希「その関係で二・三年生も授業は午前中だけなのよ」
草薙由希「あたしは部活も休みだから、」
そう言って少女は背負っていたものを見せる。
草薙由希「道具の手入れをしようと思って、ね」
ウィンクして微笑む少女。
その雰囲気が誰かに似ているような気がしたが、
月添咲与(この人、かなりの力持ちね・・・)
担いでいる防具袋を、力む様子もなく軽々と持ち上げた事にも咲与は驚いた。
少女の動きは、まるで発泡スチロールか段ボールの空箱を持ち上げるかの如き無造作なもの。
しかし、防具袋の軋みは中身が相応の重量であることを物語っている。
少女の動きと防具袋の語る重みが全く釣り合っていない。
更に、もう片方の手には細長い袋を引っ提げている。
防具袋と合わせて考えると、中身は恐らく薙刀だろう。
月添咲与(薙刀、長身、長めのポニーテール・・・)
思い当たる節がある。
だが、まだ確定ではない。
取り敢えず、目的を話してみることにした。
月添咲与「私、姫野晃大くんに会いに来たんです」
草薙由希「!!」
少女は驚いた顔を見せた。
月添咲与(これは)
もしかしたら、もしかするかもしれない。
草薙由希「姫野くんに、何の用?」
月添咲与「弟を助けてもらったお礼が言いたくて」
既に礼は言った。
本当の目的は別だ。
だが、それよりも。
月添咲与「草薙由希さん、ですね?」
学年が違うのに、彼を知っている。
ということは、仲間の可能性が高い。
草薙由希「ええ、そうよ」
少女は素直に頷いた。
草薙由希「よく知ってるわね」
月添咲与「有名人ですから」
月添咲与「一人だけ年が違う龍使いとしてね」
咲与の言葉に、由希の目つきが険しくなる。
草薙由希「月添咲与ね?」
月添咲与「いかにも」
草薙由希「姫野くんを襲いに来た、ってわけね」
由希の薙刀袋を握る手に力が入る。
月添咲与「龍使いなら誰でもいい」
月添咲与「今日はお前だ、青龍使い・草薙由希!」
〇原っぱ
橘一哉「ガチキャンプじゃーい!!」
辰宮玲奈「いぇーい!!」
梶間頼子「ノリノリだねぇ・・・」
真上「最近はキャンプ場もだいぶ様変わりしてるからね、うちみたいな所は珍しいだろう?」
管理人の真上がやって来た。
各班を回って指導しているようだ。
真上「資材は揃ってるはずだけど、足りなかったら気軽に言ってくれ」
橘一哉「あざっす!!」
真上「怪我のないようにね」
真上は他の班へと移っていった。
橘一哉「さー、テント立てるべ」
古橋哲也「こんな本格的なテント、初めてだよ」
古いと言えば古い。
ワンタッチ式などの簡易な構造ではない、昔ながらの三角テント。
梶間頼子「男女混合の班になってる理由がよく分かるよ・・・」
袋からペグを取り出していく頼子。
梶間頼子「ひい、ふう、みい・・・」
少しばかりぎこちないが、手順通りにテント設営は進められていった。
〇古民家の居間
管理人のコテージ。
久野駆「なあ、叔父貴」
真上「なんだ、駆」
久野駆「今年の連中、いつもと違うぜ」
ワイワイと声のする方を見やり、駆と呼ばれた青年は呟く。
真上「・・・何がだ?」
怪訝な顔をする真上に、
久野駆「妙な『におい』がする」
鼻をひくつかせながら駆は答えた。
今も、開いている窓を通じて『におい』がするらしい。
久野駆「森もざわついてる」
そう言って森へと駆は目を移す。
その瞳は森の奥の薄暗い木陰を見つめていた。
真上「普段は居ない連中が居るんだ、当然だろう」
当然だと言いたげな真上に対し、
久野駆「本当は叔父貴も分かってるんだろ?」
久野駆「人ならざるものが、あのガキどもの中に何人もいる、ってさ」
駆の目つきが険しくなる。
真上「ガキと言うな、お前と然程年も違わんだろう」
そんな甥を真上はたしなめた。
久野駆「叔父貴ぃ・・・」
情けない顔をする駆に、
真上「さ、薪の準備だ、今日は多いぞ」
そう言って真上は立ち上がり外へと出ていった。
久野駆「へーい・・・」
駆も渋々叔父の後について外の薪置場へと向かった。
〇ハイテクな学校
草薙由希「確かに、強い・・・」
肩で息をする由希。
薙刀が重く感じられる。
月添咲与「四神の一角、こんなものか」
月添咲与「神気発勝しか知らぬ唯の宿主に、私が負ける道理はない」
神気発勝。
神獣の気を全身に行き渡らせて身体能力を底上げする技だが、それは単なるリミッター外しでしかない。
それしか『わざ』を知らないのであれば、神獣の力を使いこなしているとは言い難い。
だからこそ、反動は大きい。
既に由希は息切れしている。
草薙由希「ところで、片割れはどうしたの?」
草薙由希「亜左季、とかいう子がいるんでしょ?」
月添咲与「亜左季の力を借りずとも、お前達は倒せる」
月添咲与「半人前の雛鳥ではないと、思い知らせてやる!!」
〇体育館の舞台
夕方。
キャンプ場内にある講堂。
非常時の避難場所として建てられた建物の中に、生徒たちが集まっていた。
真上「改めまして皆さん、こんばんは」
真上「当キャンプ場管理人の真上です」
真上「野営初日目、どうでしたか?」
疲れた〜、という声が上がる。
真上「そうだろうね、うん」
真上「ここでの野営は皆さんの先輩も体験しています」
真上「今日から三日間、自然の中での寝起きを通じて色々なものを感じ取ってみてください」
真上「きっと得難い経験になるはずです」
〇古民家の居間
久野駆「おつかれ、叔父貴」
コテージに戻ってきた真上を駆が出迎える。
真上「今年の生徒も元気な子ばかりだったよ」
真上の口元が綻ぶ。
彼から見れば、孫にあたるような年齢の若者ばかり。
そんな年代の若人の言動は、見ていて微笑ましい。
久野駆「そうかい」
真上「駆、お前の言う通りだ」
久野駆「・・・?」
真上「『人ならざるもの』が、何人か紛れ込んでいる」
久野駆「・・・!!」
目を見張る駆。
彼の感覚は当たっていた。
真上「害をなすものではなさそうだが、要注意だな」
真上「夜は陰気が強まる」
真上「山のモノたちが刺激されなければよいが・・・」
真上の危惧は杞憂には終わらなかった。
〇テントの中
姫野晃大「なあ、おい」
晃大は隣で寝ている佳明に声を掛けた。
しかし、
飯尾佳明「・・・」
佳明は目を覚まさない。
姫野晃大「おいってば」
尚も声を掛けて体を揺すると、
飯尾佳明「あ?」
不機嫌そうな声と顔で佳明は 目を覚ました。
姫野晃大「なんか、変な気配がしないか?」
飯尾佳明「うるせえぞ、早く寝ろ」
佳明は晃大に背を向けて促すが、
姫野晃大「けどさ、何かいる気がするんだよ」
晃大は不安を拭いきれないでいた。
テントの周りに気配がするのだ。
幾つも、幾つも。
飯尾佳明「そりゃいるに決まってるだろ」
当然だという顔をする佳明。
飯尾佳明「四百人の生徒が野営してるんだぞ」
その通り。
それなりに距離を置いてはいるが、百前後のテントが密集しているのだ。
人の気配で溢れかえっているのは当たり前だ。
姫野晃大「違うって」
飯尾佳明「じゃあ、何だよ」
姫野晃大「そう言われるとな・・・」
言葉にしようとすると、うまく言葉にできない。
飯尾佳明「なら、寝ろ」
飯尾佳明「はっきりしないものに惑わされるな」
佳明は横向きになって目を閉じる。
姫野晃大「あ、ああ・・・」
不承不承だが晃大も寝袋に入って目を閉じた。
〇テントの中
深夜。
晃大は尿意で目が覚めた。
姫野晃大「トイレ、トイレ・・・」
枕元に置いた懐中電灯を手に、晃大はテントの外に出た。
〇原っぱ
姫野晃大「うわぉ」
晃大は思わず声が出てしまった。
月が明るい。
そして満天の星。
これほど沢山の星は、今まで見たことがない。
姫野晃大「結構明るいんだな・・・」
テントの群れがよく見える。
流石に物陰は真っ暗だが、手に持った懐中電灯さえあれば充分だ。
姫野晃大「さっさと用足して寝るか」
管理人のコテージの近くにトイレがあったはずだ。
歩いていった晃大だったが、
姫野晃大「!!」
何かの影が道端に見えた。
姫野晃大(な、なんだアレ・・・)
道の端、茂みとの境目に、黒くて丸い靄のようなものがいる。
姫野晃大「!!」
増えた。
二つ、三つ。
次々と影の数が増えていく。
姫野晃大(何なんだよ、一体・・・)
異常事態に、尿意が引いて眠気も一気に覚めてしまった。
???「おう、どうした坊主」
そこへ若い男の声がした。
〇原っぱ
姫野晃大「!!」
管理人の真上と一緒に行動していた青年だ。
姫野晃大「あなたは・・・」
久野駆「俺は久野駆、ここの管理人の真上の叔父貴に世話になってる」
姫野晃大「久野さん?」
久野駆「駆でいいぜ」
青年・駆は晃大をジロリと睨み、
久野駆「お前、何をした?」
困惑する晃大。
久野駆「山のモノがこんなに騒いでるんだ、何かやらかしただろ」
姫野晃大「何もしてないっすよ」
用を足すために懐中電灯を持って外出してる以外に、何かをした覚えはない。
久野駆「へえ〜ぇ・・・」
上から下まで、駆は晃大をしげしげと見ていたが、
久野駆「お前、人ならざる力を持っているな?」
姫野晃大「うえ!?」
図星を疲れて素っ頓狂な声が出てしまった。
久野駆「そこか」
駆はスッと近寄り、晃大の右前腕を掴む。
久野駆「何かがあるだろ、お前のここに」
姫野晃大「えと、あの、」
口ごもる晃大。
龍のことを知られてはいけない。
なんと言えばいいものか。
悩んでいると、
久野駆「心配するな、俺も『そっち側』、同類だよ」
姫野晃大「駆さんも神獣使いなんすか!?」
『神獣使い』の名を聞いた駆の表情が瞬時に険しくなり、
久野駆「奴らと一緒にするな!!」
深夜だからだろう、音量こそ抑えてはいるが、その声音には激しい怒気が含まれていた。
久野駆「力を自分のために都合よく利用するような連中とは違う」
姫野晃大「すいません・・・」
反射的に晃大は謝ってしまう。
それほど駆の怒気は大きかった。
光龍「貴様、山の獣だな」
晃大の右腕から光龍が顔を出す。
久野駆「り、龍だと!?」
駆は驚きのあまり晃大から手を離して飛び退る。
まるで獣のようだ。
久野駆「なんで龍がこいつに!?」
理解できない。
龍が人間に宿ることがあるというのか。
姫野晃大(・・・犬みたいだ)
飛び退り前傾して歯を食いしばる駆の姿に、晃大は犬を重ね合わせていた。
光龍「それは、お前も分かっているのではないか?」
久野駆「知らねえよ」
ブワリと駆の髪が逆立つ。
久野駆「けど、何かが起きてる、ってのは分かる」
光龍「お前は、どちら側だ?」
久野駆「どっちもこっちもあるか」
久野駆「俺は人間が嫌いだ」
久野駆「人間に宿ってるってことは、人間の味方をしてる、って事だよな?」
駆は鋭い目つきで光龍を睨みつける。
久野駆「もし、俺達を脅かすようなことがあれば、」
姫野晃大「!!」
晃大は驚いた。
駆の姿が一瞬で変わった。
犬に似ているが、犬よりも精悍で野性的な顔。
灰色がかった毛深い体躯。
フサフサとした尻尾。
姫野晃大「狼・・・!!」
久野駆「ああそうだ、俺は狼だ」
狼人間と化した駆の口から、人の言葉が紡がれる。
姫野晃大「魔族、なのか!?」
久野駆「魔族?何だそりゃ?」
キョトンとした顔をする駆。
久野駆「そんな仰々しいものなんか知らねえ」
久野駆「俺達は山で静かに暮らしてるだけだ」
魔族は例外なく異形化できるが、駆は違うらしい。
久野駆「お前らのお陰で山の連中が騒いでるんだ」
久野駆「妙な事はしないで大人しくしててくれ」
久野駆「用が済んだらとっとと戻って寝ろ」
駆は再び人の姿に戻ると、そう言い残して去っていってしまったが、
姫野晃大「どうするんだよ、こいつら・・・」
肝心の影の群れは残ったまま。
???「コウちゃん、何しとるの?」
〇原っぱ
今度は一哉が現れた。
姫野晃大「なんだ、橘か」
橘一哉「こんなとこで突っ立って、どうしたのさ」
姫野晃大「どうしたもなにも、」
姫野晃大「って、また増えてるー!!!!」
橘一哉「え、最初はもっと少なかった?」
無言で何度も頷く晃大。
橘一哉「龍に反応したかねえ」
姫野晃大「駆さんも同じ事言ってた」
橘一哉「じゃあ行きますか」
姫野晃大「どこに?」
橘一哉「え?トイレじゃないの?」
姫野晃大「いや、確かにそうなんだけど」
晃大は周りを見渡し、
姫野晃大「完全に囲まれてるのに、どうやってトイレまで行くんだよ・・・」
晃大の言う通り、黒い影は今や数え切れないほどの数になって二人を取り囲んでいる。
橘一哉「あー、そうか」
一哉は漸く気が付いた。
橘一哉「対処の仕方、コウちゃんは知らないのか」
その通り。
こんな事態は初めてで、どうしたらいいのか分からない。
橘一哉「スルーしてきゃいいんだよ、スルーしてきゃ」
ほら、行くよ、と一哉は晃大の手を取って歩き出す。
姫野晃大「お、おい・・・」
流石に恥ずかしい。
高校生にもなって、同級生の男子と手を繋ぐ事になろうとは。
橘一哉「いいから、ほら」
手を引く一哉の力は意外と強い。
足取りも早い。
晃大よりも小柄な一哉だが、一歩一歩の歩幅も大きい。
転ばないように必死で一哉についていくと、
〇学校のトイレ
橘一哉「ハイ到着〜」
あっという間に目的地に着いた。
橘一哉「とっとと用足して寝ようぜ」
姫野晃大「お、おう」
もう尿意など引いている。
一哉が用を足すのを待って、二人はもと来た道を、
〇原っぱ
姫野晃大「うわぁ・・・」
戻れなかった。