第参拾壱話 予期せぬ再会(脚本)
〇古めかしい和室
月添家。
月添咲与「何でついてきたのよ、亜左季」
亜左季が後を追いかけてきていたのは完全に予想外だった。
月添咲与「着いてくるな、って言ったでしょ」
月添亜左季「言ってないよ」
月添咲与「え?」
亜左季の言葉に咲与の動きが止まる。
月添亜左季「姉さんが急に家を出て行っちゃったから、慌てて追いかけたんだよ」
月添亜左季「でも、姉さんの足がすごく速いし、目印も残してくれないしで迷っちゃったんだよ」
月添咲与「・・・え?」
亜左季の口振りだと、まるで咲与が彼を置き去りにしていったかのようだ。
月添亜左季「・・・姉さん、気づいてなかった?」
どうも、咲与と亜左季で話が食い違っている。
月添咲与「・・・」
落ち着いて、あの日の行動を思い出してみる。
朝起きた時からの行動を、一つずつ、丹念に洗い直す。
月添咲与「・・・」
朝起きて、朝食を摂った。
龍使いは絶対に自分一人の力で潰すと心に誓い、外に出た。
足が自然と八十矛神社に向かい、そこで佐伯美鈴と再会した。
月添咲与「・・・」
そこで何やかんやがあって。
投げ掛けられた意味不明な言葉を反芻しながらぶらついていたら、龍使い、いや、龍の宿主に出くわして。
月添咲与「・・・!!」
咲与は漸く気が付いた。
月添亜左季「思い出した?」
月添咲与「ごめん、亜左季」
言ったつもりだった。
だが、言ってなどいなかった。
一人で思い詰めて動いていただけだった。
彼女の言葉が、余程衝撃だったのだろう。
していないことを、したつもりになっていたとは。
月添咲与「ぼんやりしてたわ・・・」
月添咲与「それにしても、道に迷うなんてドジねぇ」
クスリと咲与は笑う。
月添亜左季「でも、姫野さんのお陰で何とかなったよ」
月添咲与「そうね」
〇電器街
月添亜左季「ここ、どこ・・・?」
遠出をする時は、姉の咲与に着いていく事が多い亜左季。
そうした時の行き先は決まっているので、咲与の後をついていくだけで道筋を覚えることは殆ど無い。
この辺りも、多少見知ってはいるが詳しくはない町並み。
下手に動けば更に迷ってしまう。
どうしたものかと考えていると、
「どうかしたのか?」
月添亜左季「!!」
誰かに声を掛けられた。
姫野晃大「さっきから困ってるみたいだけど」
見れば、亜左季より幾つか年上と思しき学生服の若者が立っていた。
月添亜左季「はい、道に迷ってしまって・・・」
敵意は感じられない。
素直に亜左季は事情を話した。
姫野晃大「隣町の子?」
月添亜左季「いえ、平坂市に住んでます」
月添亜左季「でも、この辺りにはあまり来たことがなくて」
姫野晃大「平坂市っていっても広いもんな」
若者の言う通りだ。
平坂市は政令指定都市。
人口は多く、面積も広い。
開発も進んでいる。
個人の生活圏など市内のごく一部。
市内でも知らない場所は幾らでもある。
月添亜左季「姉を追いかけていたら、見失ってしまって」
姫野晃大「携帯は持ってないの?」
月添亜左季「!!」
若者の一言に亜左季はハッとした。
月添亜左季「そうだ、その手があった」
姫野晃大(かなり動揺してたんだな)
困ったときには携帯で連絡を取ってみる。
現代の常識だ。
それが頭から抜け落ちているとは、動揺のひどさが窺える。
月添亜左季「電話してみます」
月添亜左季「・・・」
月添亜左季「・・・」
月添亜左季「あ、姉さん!!」
月添亜左季「道に迷ってしまって、・・・うん、うん、分かった」
話はまとまったようだ。
亜左季はホッとした顔で携帯をポケットに戻した。
そして通話で伝えた店舗の近くに移動したが、
姫野晃大「君、まだ中学生だろ?危ないから、しばらく一緒にいてやるよ」
若者も亜左季についてきた。
月添亜左季「いや、そこまでしていただくわけには」
いくら街中とはいえ、そこまで治安の悪い場所ではない。
姉と合流するまで然程長い時間もかかるとは思えなかったのだが、
姫野晃大「気にするなって、俺も暇だから」
亜左季が思った以上にお人好しな性分らしい。
月添亜左季「はい・・・」
断る理由も無いので、若者の好意に甘えることにした。
姫野晃大「俺は姫野晃大。君は?」
月添亜左季「亜左季、月添亜左季といいます」
〇電器街
それから十数分後。
二人が雑談で盛り上がっていると、
「亜左季!!」
亜左季の名を呼ぶ声がした。
声のした方を見ると、
月添咲与「見つけた」
女学生が亜左季に近付いてきた。
月添亜左季「姉さん!!」
亜左季の顔が明るくなる。
月添咲与「弟が世話になったみたいね、ありがとう」
女学生は晃大に向けて軽く一礼した。
姫野晃大「どういたしまして」
姫野晃大「いい話し相手になって貰ったよ」
月添咲与「私は亜左季の姉の月添咲与」
姫野晃大「俺は姫野晃大」
月添咲与「ありがとね、姫野くん」
姫野晃大「ああ」
月添咲与「さ、行きましょう」
月添亜左季「うん」
歩き出した咲与の背中を追って亜左季も歩き出す。
月添亜左季「今日はありがとう、姫野さん」
姫野晃大「いいってことよ」
〇古めかしい和室
月添咲与「姫野くんが親切で良かったわね」
月添亜左季「うん、あんなに優しい人は滅多にいないと思う」
月添咲与「それじゃ、私は行く所があるから、留守番をお願いね」
月添亜左季「分かったよ、姉さん」
〇屋敷の門
月添咲与「・・・」
咲与は大きな屋敷の前に来ていた。
月添咲与「一人で来るのは、初めてね・・・」
今日は、亜左季には着いてこないようにちゃんと言い含めた。
ここに一人で来たのには、理由がある。
あの日の美鈴の一言は、咲与のプライドを大いに刺激した。
そして、咲与にある事を決心させた。
龍使いは、全て、咲与一人で打ち倒さねばならない。
そのための下準備も含めて、全て、咲与が一人で成し遂げねばならない。
その下準備に必要なのが、この屋敷の主だ。
『安曇』と書かれた表札の隣にあるインターホンを鳴らす。
「はーい」
月添咲与「!?」
咲与は自分の耳を疑った。
「どちらさまですか?」
スピーカーから聞こえてきたのは、鈴のような可愛い声。
月添咲与(この声、まさか、)
咲与には聞き覚えのある声だったが、久しく聞いていなかった声だった。
月添咲与「紗那!?」
思わず声の主の名を呼ぶと、
「あ、はい」
咲与の声音に少し気圧されたのか、戸惑い気味に肯定の返事が返ってきた。
「・・・」
しばしの沈黙の後、
「もしかして、咲与ちゃん?」
おそるおそるといった感じでスピーカーから咲与の名が出ると、
月添咲与「そう、そうよ、月添咲与!」
咲与も弾んだ声を上げた。
「ちょっと待ってて!」
スピーカーの向こうの声も慌てた様子を見せた。
それから間もなく玄関の扉がガラガラと音を立てて勢い良く開き、
安曇紗那「わ、本当に咲与ちゃんだ!!」
姿を見せた少女は目を丸くした。
月添咲与「紗那!!」
咲与は少女の名を呼び、門を潜って玄関へと駆けていく。
紗那もパタパタと駆け出し、二人は抱き合った。
月添咲与「紗那、外に出られるようになったんだね!!」
咲与は紗那を抱きしめ、何度も何度もその背中を撫でる。
安曇紗那「うん!!」
満面の笑みで紗那は何度も頷く。
月添咲与「安曇先生・・・おじいちゃんはいる?」
再会の喜びを堪能した後、咲与は紗那に尋ねた。
安曇紗那「うん、いるよ」
月添咲与「話を聞きたいんだけど、いいかな」
安曇紗那「え〜?」
不満気な顔をする紗那。
月添咲与「大事な話なの」
安曇紗那「・・・分かった」
玄関に向かって歩き出す紗那。
その後ろを咲与も着いていく。
〇豪華なリビングダイニング
「うげ」
全く同じタイミングで、二人は声を発した。
月添咲与「なんで、おまえが、ここにいる」
紗那を刺激しないように、激情を抑え、ゆっくりと、咲与は言葉を紡ぎ出した。
橘一哉「何で、と言われてもなぁ・・・」
安曇紗那「あたしが呼んだの」
月添咲与「え、紗那が!?」
咲与は驚きを隠せない。
安曇紗那「橘さんはね、私を助けてくれたんだよ」
月添咲与「ふーん・・・」
仇敵たる龍の宿主が、一体何をしたのだろうか。
気になる。
橘一哉(視線が厳しい!!)
疑惑の視線を向けられ、一哉は何とも言えぬ居心地の悪さを感じてしまう。
安曇紗那「橘さんの魔法のおかげで、こうやって外に出られるようになったの」
家の敷地内限定だけど、と紗那は付け加えた。
月添咲与「魔法・・・?」
紗那の口から出た言葉に不審なものを感じる。
普通に暮らしていたら、まず出てくることの無い言葉だ。
安曇紗那「そう、魔法」
月添咲与「何をした」
咲与は一哉に詰め寄る。
紗那に何か変な処置を施しているのではあるまいか。
龍の宿主は単なる人間だ。
神獣功も知らず、龍の力を使いこなせているとは思えない。
下手に他者に術を掛ければ、何がどうなるか分かったものではない。
しかし、
橘一哉「結界を張ったんだよ」
一哉の返答は違っていた。
月添咲与「結界だと?」
紗那自身に術を施した訳では無いらしい。
紗那自身に術は掛かっていないと知り、咲与は少し安堵した。
橘一哉「刺激を軽減する結界をね」
月添咲与「そんな便利なものが、」
橘一哉「黒龍ならできる」
月添咲与「ふん」
安曇紗那「黒龍?」
橘一哉「ああ、俺が持ってる力の特性だよ」
安曇紗那「そうなんだ」
月添咲与(紗那は、どこまで知ってるのかしら)
紗那は普通の人間として育てられているはずだ。
魔族や龍使い、神獣の事は何も知らないはずだ。
と、そこへ、
〇豪華なリビングダイニング
理事長「久しぶりだね、咲与くん」
月添咲与「ご無沙汰してます、先生」
立ち上がり一礼する咲与。
理事長がやって来た。
理事長「今日はどうしたんだね?」
月添咲与「はい、安曇先生にお聞きしたいことがありまして」
月添咲与「できれば二人だけで話をしたいのですが」
理事長「では、場所を変えようか」
月添咲与「ええ」
咲与と理事長は客間を出ていった。
橘一哉「ああ、緊張したなぁ」
安曇紗那「橘さんは咲与ちゃんを知ってるの?」
橘一哉「知ってるというか、街中で偶然出会っただけだよ」
安曇紗那「ふーん・・・」
橘一哉「咲与さんは理事長と知り合いなの?」
安曇紗那「咲与ちゃんのお母さんが、お爺ちゃんと知り合いなんだって」
橘一哉「母親がね・・・」
安曇紗那「ねえ、それでね、」
紗那は笑顔で話し始めた。
〇広い畳部屋
二人は応接間に入った。
月添咲与「龍使いについて教えてください」
咲与は単刀直入に話を切り出す。
長々と話をするつもりはない。
必要な情報が手に入れば、それでいい。
理事長は魔族の重鎮だ。
咲与の私事に余計な時間を割かせる訳にはいかない。
理事長「彼らの何を知りたいのだね?」
月添咲与「名前と顔、それから所属を」
月添咲与「私は奴らを倒す」
咲与の瞳が一際強く輝く。
獲物を狩る猛禽の目だ。
理事長「・・・」
理事長はしばし目を閉じて考え込んでいたが、
理事長「分かった」
承諾した。
理事長「だが、私よりも実際に戦った者の話を聞いた方が良いだろうね」
理事長「龍使い全員と戦って、生き延びたものがいる」
理事長「彼に話を聞くといい」
月添咲与「わかりました」
詳しい情報が入るなら、それに越したことはない。
理事長「今日は紗那の相手をしてやってくれないか?」
理事長「君が来てくれたおかげで、あの子も随分と機嫌が良いみたいだからね」
理事長「話が長引くと私が紗那に怒られてしまうよ」
理事長の顔は指導者から親の顔になっていた。
月添咲与「・・・」
月添咲与「分かりました」
〇豪華なリビングダイニング
月添咲与「ただいま」
咲与はリビングに戻ってきた。
安曇紗那「もう話はいいの?」
月添咲与「ええ」
咲与は頷き、
月添咲与「久しぶりに紗那に会えたのだもの、たくさん話をしましょ」
安曇紗那「うん!」
〇屋敷の門
月添咲与「橘一哉」
別れ際、咲与は一哉に声を掛けた。
橘一哉「ん?」
一哉が咲与を見ると、
月添咲与「紗那を救ってくれたことは感謝する」
橘一哉「・・・」
月添咲与「だが、それとこれとは話は別だ」
月添咲与「お前は私が必ず倒す」
橘一哉「それで、どうする?」
月添咲与「どうするとは?」
橘一哉「せっかく再会したんだ、あの日の決着をつけるかい?」
月添咲与「随分と好戦的だな」
橘一哉「言行同時の君に言われたくないなぁ」
月添咲与「勝負は預ける」
月添咲与「今日は戦う気分じゃないから」
橘一哉「そうかい」
月添咲与「だが、次に会った時は殺す」
橘一哉「了解」
〇街中の道路
月添咲与「土蜘蛛党首魁・矢口朱童、か・・・」
安曇理事長が教えてくれた人物の名を呟く咲与。
その名は、母から聞いたことがあった。
『此方側』にいる魔族集団の一つ、土蜘蛛党。
『向こう側』に逃れ住んだ仲間たちの再来を期し、『此方側』で活動を続ける魔族集団の一つ。
咲与たち迦楼羅党も同じだ。
独自の『わざ』を継承し、歴史の闇で人間たちと相対してきた。
理事長の話によれば、朱童は八人の龍使い全員を同時に相手取ったという。
月添咲与(仮にも首魁たる者が、負けるなどと・・・)
だが、実際に戦った人物ならば、より詳しい情報が手に入るだろう。
月添咲与(負けるわけにはいかない)
龍に、絶対に勝つ。
今回も咲与ちゃんがいっぱい出てきて嬉しいです!
前回も今回もにやにやしながら読みました。
紗那ちゃんと咲与ちゃんが仲良しなのが嬉しかったです。
次の更新もとっても楽しみにしています!!