龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第参拾伍話 林間学校 二日目 前編(脚本)

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〇森の中
姫野晃大「眠い・・・」
  結局、熟睡は出来なかった。
  眠れなかったというわけではない。
  昨夜遭遇した事件の気疲れに加えて、テント設営や飯盒炊爨など、昼間の疲れもあったので寝ることはできた。
  だが、ああいった『モノ』が外を自由にうろついていると思うと気になってしまい、熟睡ができず。
  結果、外のちょっとした物音で目を覚まし、再び眠りに落ちる、というのを繰り返し。
  ふと気が付けば朝になっていた。
橘一哉「おっはよう!」
  隣のテントから一哉が出てきた。
姫野晃大「お前は元気だな」
橘一哉「いやあ、大自然の中で眠るのは気持ち良いねえ」
橘一哉「静かだし、暗いし、寝るには最適だ」
姫野晃大「お気楽なことで・・・」
  昨日のアレにも全く動じていないようだ。
姫野晃大(そういえば、)
  一哉は幼い頃からああいう『モノ』には慣れていたんだっけ、と思い出した。
  昼も夜も、あのような『モノ』が居るのは一哉にとっては当然のことで、特段気にするような事でもない。
  とはいっても、それらの存在を感じていながら熟睡できてしまう一哉の能天気ぶりには思わずため息が出てしまう。
橘一哉「なんかあった?」
姫野晃大「・・・あっただろ」
  昨夜、一緒に遭遇したではないか。
橘一哉「まあ、昨夜のアレには少し驚きはしたけどさ」
姫野晃大「少しぃ?」
  そもそも、驚いていたのかすら怪しい。
橘一哉「魔族のほうが厄介じゃん」
姫野晃大「肉体を持たない連中の方が厄介だと思うけどな」
  肉体があれば物理的に対処できる。
  だが、肉体がなければ物理的な対処ができないのだから、そちらの方が厄介ではなかろうか。
橘一哉「今の俺達なら、龍に出張ってもらえば対処できるだろ」
姫野晃大「そうかもしれないけどさ・・・」
  目的のはっきりしている魔族の方が、対処は楽な気がする。
橘一哉「まあ、その辺は考え方次第よね」
姫野晃大「そうだな」
  晃大は考えるのをやめた。

〇体育館の舞台
  林間学校、二日目。
  二泊三日の中間の日。
  今日こそが活動の本番とも言える。
  そんな今日の主な活動は、
真上「みなさん、おはようございます」
真上「昨夜はよく眠れましたか?」
  はーい、とやや眠そうな声が上がる。
  そんな中で、
姫野晃大(寝れなかったっす・・・)
  思っていても、口には出さない。
  そんな晃大の横で、
橘一哉(いやあ〜、昨日はレアな体験したなあ)
  目を輝かせる一哉。
  二人とも、昨夜の件もあり真上に対する視線は他の生徒よりも親しみがこもっている。
  そんな視線を察してか、真上もチラリと二人の方へと目を向ける。
真上(大きな異常は無さそうだな)
  とはいっても、他の生徒達に悟られないよう、全体を見渡す中でほんの僅かに目を留めた程度。
  だが、変なものが纏わりついている様子は無かった。
  マーキングはされていないようで、一応は安心した。
真上「さて、本日の活動ですが、」

〇原っぱ
辰宮玲奈「オリエンテーリングか〜」
辰宮玲奈「楽しみだね、頼ちゃん」
  今日はキャンプ場周辺のハイキングコースを利用したオリエンテーリング。
  簡単な地図が配られ、チェックポイントの看板の記号を記入して回っていくという内容だった。
梶間頼子「迷わないでよ」
辰宮玲奈「勿論」
穂村瑠美「獣道に入らないでよ」
辰宮玲奈「分かってるって」

〇森の中
辰宮玲奈「あれ?」
  首を傾げる玲奈。
梶間頼子「・・・」
  頼子も無言で周囲を見回す。
  ハイキングコースだという話だった。
  だが、それにしては道が狭く薄暗い。
穂村瑠美「何このテンプレ展開」
  どう見ても違う道に迷い込んでしまっている。
辰宮玲奈「来た道戻れば大丈夫だよ」
穂村瑠美「で、その来た道はどっち?」
辰宮玲奈「あっち、かな?」

〇古民家の居間
真上「やれやれ・・・」
  真上は大きくため息をついた。
真上「誰かが道から逸れたようだ・・・」
  ハイキングコースから離れた位置から、微かな匂いと音がする。
  キャンプ場の周囲をグルリと回るようなコースに設定したのだが、
真上「獣道か作業道と間違えたかな・・・?」
  割とよくある話だ。
  通れそうな所を勘違いして入り込み、迷い込んでしまう。
真上「一応連絡しておこうか・・・」
  教諭に連絡しようとした時、
「ごめんください」
  玄関の方から人の声がした。

〇古民家の居間
理事長「こんにちは」
  やってきたのは安曇理事長だった。
真上「安曇先生、ご無沙汰しております」
  真上は理事長を客間に通した。
理事長「どうですか、今年の新入生は」
真上「いやあ、元気があって良いですよ」
理事長「そうですか」
真上「今回は早くいらっしゃいましたな」
  例年よりも一日早い。
理事長「ええ」
理事長「大事な話がありましてね」
真上「大事な話・・・?」
理事長「同胞の帰還事業について、です」
  真上の顔色が変わる。
真上「何か進展が?」
理事長「ええ」
  真上の問いに理事長は頷く。
  だが、その表情は険しい。
  その口から紡ぎ出されたのは、
理事長「龍が、揃いました」
真上「!!!!」
  真上の双眸が驚愕に見開かれる。
理事長「八龍全て、宿主と巡り合ったようです」
  昨夜のことを思い出す。
  龍の宿主二人との邂逅。
  あの二人以外にも六人、存在しているというのか。
真上「・・・そうですか」
真上「道理で」
  真上は得心した。
  単に龍がいるというだけではなかったのだ。
理事長「何か心当たりが?」
真上「ええ」
  真上は頷き、昨夜の出来事を簡単に話した。
理事長「・・・そのような事が・・・」
真上「山のモノが騒ぐのはいつもの事ですが、些か度合いが酷くてね」
真上「ヤマタノヲロチが目覚めつつあるなら、さもありなん」
理事長「幸いなことに、未だヤマタノヲロチには成っていない」
理事長「その上、龍と宿主は積極的な妨害活動はしていないのです」
真上「それは、貴方がたには僥倖ですな」
理事長「全くです」
理事長「それで、ここからは貴方がたに関わるのですが」
真上「何でしょう?」
理事長「我々の活動に、加わっては頂けまいか」
真上「・・・」
理事長「山住のモノたちの協力が得られれば、非常に心強い」
理事長「事業が成れば、貴方がたも生きやすくなるでしょう」
理事長「ヒトに逐われて苦渋の時を過ごしてきたことも、我々はよく知っている」
理事長「八龍が全て宿主を得たということは、龍は人の味方についたという事」
理事長「最早一刻の猶予もありません」
理事長「今一度、皆で住処を取り戻しましょう」
真上「・・・」
  真上は暫し黙考していた。
  理事長の言いたいことは分かる。
  人の活動によって山に追いやられ、更に山の中でも奥へ奥へと逐われていった数多のものたちがいる。
  彼らの本来の住み処を取り戻すことができれば、それは喜ばしいことだ。
  だが。
真上「安曇さん」
理事長「何でしょう」
  今、真上は『先生』や『理事長』ではなく、『安曇さん』と呼んだ。
  それは、同胞として彼が語ろうとしていることを意味する。
真上「私は、ここでキャンプ場の管理人をして暮らしていく」
真上「山と人の間を取り持つ者として」
理事長「そうですか」
  嘆息する理事長。
  しかし、そこに落胆の色は無い。
  答えを聞けたこと、その答えが敵対宣言ではないことへの安堵だった。
真上「貴方がたは自らを魔と称している」
真上「それは、自らの行いについてよく分かっているからだ」
  理事長は黙ったまま答えない。
  真上は言葉を続けた。
真上「貴方がたは、敢えて悪の道を突き進んでいる」
真上「それに私は賛同できない」
真上「だが、それを非難したり罵ることも、私にはできない」
真上「彼らの思いは、私にもよく分かるからだ」
真上「理不尽に追い立てられ滅ぼされる不条理」
真上「それを我々は味わい続けてきた」
真上「だが、それを人間にも味わわせるべきかと問われれば、私の考えは否だ」
真上「争いの火種を蒔き、広げる必要はない」
真上「私は、人の世で暮らし、人の世の中で生を終えようと思う」
  真上は言い終えると、フウとため息をついた。
  人里を離れ、山間のキャンプ場の管理人として暮らしている彼である。
  施設に来訪者や利用者が来ない限り、話をすることは滅多にない。
  これほど饒舌に胸の内を語ったのは久方ぶりだ。
理事長「そうですな」
理事長「それもまた道理」
理事長「むしろ、そのような考えであった事に安心しました」
  理事長は穏やかに微笑む。
理事長「同志にも伝えておきます」
理事長「そして、貴方に手は出させないと、約束しましょう」
真上「そうですか」
  どんな組織にも過激派はいる。
  打診を断った真上に裏切り者の烙印を押し、『粛清』と称して手を出そうとする輩が出てくるかもしれない。
理事長「貴方には貴方の志がある」
理事長「それが聞けただけでも私は満足です」
真上「そう、私はこの生き方を貫くと決めた」
  もうずっと昔に、決めたのだ。
真上「だが、」
  そこまで言うと真上は部屋の入り口を見やり、
真上「駆、お前は、どうする」

〇森の中
辰宮玲奈「ほら、あった」
梶間頼子「おお、ホントだ」
穂村瑠美「玲奈、やるじゃない」
辰宮玲奈「んふふ〜」
  ドヤ顔でVサインを決める玲奈。
  三人の目の前には、一つの標識が立てられていた。
  ハイキングコースのコース分岐を示すものなのだが、
穂村瑠美「あ、これかな?」
  標識の隅に、記号か図形のようなものが描かれている。
  印刷ではなく、彫り込みに何かを埋め込む象嵌形式で作られている。
  これなら、風雨に晒されても消えてしまうような事はないだろう。
辰宮玲奈「この場所は・・・」
  地図と周辺の道を照らし合わせ、現在地を割り出す。
梶間頼子「ここじゃないかな?」
  頼子が地図の一点を指差す。
穂村瑠美「多分そうじゃない?」
  道の様子がほぼ同じだ。
  そこに書かれている四角い枠の中に、象嵌で作られた記号を玲奈が書き写していく。
辰宮玲奈「よし、できた!」
穂村瑠美「ふむふむ」
梶間頼子「ほうほう」
  玲奈が書いた記号と実際の記号を見比べ、
「おっけー!」
  グッと親指を立てる頼子と瑠美。
辰宮玲奈「見たか、玲奈画伯の腕前!」
  玲奈の描画は結構上手かった。
穂村瑠美「さ、次行こっか」
梶間頼子「うぇーい」
  三人は再び歩き出そうとしたが、
「!!!!」
  『何か』が、出た。

〇古民家の居間
理事長「君は?」
真上「甥の駆です」
久野駆「どもっす」
  軽く会釈をする駆。
理事長「私は安曇という」
理事長「色々あって、魔族の帰還事業に協力をしている」
久野駆「あんた自身は、魔族なのか?」
  駆の問いに、
理事長「見せた方が、良いかね?」
久野駆「!!」
  安曇理事長の纏う雰囲気が一瞬にして変わる。
  総毛立つような悪寒に、駆は無意識に足を引いていた。
久野駆「いや、いい、分かった」
  背中に伝う冷や汗を感じながら、駆は声を絞り出す。
  声は僅かだが震えていた。
  これほどの気迫の持ち主は初めてだ。
理事長「そうか」
  安曇理事長の雰囲気が再び穏やかなものへと戻る。
真上「我々の耳だ、お前にも話の内容は聞こえていただろう?」
久野駆「あ、ああ」
  駆は頷く。
真上「私は、魔族の帰還事業に関わる気は無い」
真上「だが、それは私自身の考えだ」
真上「駆はどうする?」
久野駆「どうするって、」
  急に話を振られて駆は戸惑いを隠せない。
久野駆「俺は、人間は、好きじゃない」
  だが。
久野駆(龍が揃って人間の味方だと・・・!?)
  龍の宿主は昨夜遭遇した。
  あの一人だけではなく、全ての龍が人に宿っているというのか。
  龍が人に宿るだけでも大事だと思っていたが、実際はそれ以上に大きな流れになってきているようだ。
理事長「無理に今答えを出そうとしなくても構わないよ」
理事長「強制はしたくないからね」
理事長「ただ、世間の流れも少しは知っておいてくれると有り難い」
久野駆「・・・そうかい」

〇森の中
辰宮玲奈「っ!!」
  生暖かい風が、ゆっくりと吹いた。
  次の瞬間、
穂村瑠美「うえ、何コレ・・・」
梶間頼子「くっさ・・・」
  生臭い匂いが漂ってきた。
辰宮玲奈「何なの、一体・・・」
  その空気は奇妙なものだった。
  生暖かく生臭い風は三人を囲むようにゆっくり、フワリと流れ、
辰宮玲奈「あれ・・・?」
  唐突に消えてしまった。
辰宮玲奈「何だったんだろ・・・」
梶間頼子「さあ・・・?」
穂村瑠美「とりあえず、行こっか・・・」
辰宮玲奈「うん・・・」

次のエピソード:第参拾陸話 林間学校 二日目 後編

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