龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第弐拾伍話 辻斬り 後編(脚本)

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〇街中の道路
  頼子が逃走して玲奈と二人で歩いている一哉だったが、
橘一哉「うっ」
  下腹部に違和感が。
辰宮玲奈「どうしたの?」
橘一哉「・・・腹に、きた・・・」
辰宮玲奈「え?」
  今朝は些か肌寒い。
  歩いている内に冷えてしまったようで、
橘一哉「トイレ、寄ってく・・・」
辰宮玲奈「大丈夫?」
橘一哉「多分・・・」
  トイレまでは保たせたい。
  尻に力を入れて少し歩いて行くと、

〇小さいコンビニ
橘一哉「あった・・・」
  目標の建物を発見。
橘一哉「ちょっと行ってくる」
辰宮玲奈「行ってらっしゃい」
橘一哉「間に合わないと思ったら先行ってて」
辰宮玲奈「分かった」

〇コンビニの雑誌コーナー
橘一哉「今日は朝練諦めるか・・・」
  用を足す時間を考えると、朝練には間に合いそうにない。
  肩を落としながら店内を見回すと、
橘一哉「お」
梶間頼子「あ」
  頼子がいた。
  袋を手にしている。
  買い物を済ませた後のようだ。
梶間頼子「どうしたの?」
橘一哉「トイレ」
  一哉は短く答え、店員に一言断ってトイレに入っていった。
辰宮玲奈「あ、いた」
  少し遅れて玲奈が入ってきた。
梶間頼子「カズならトイレに行ったよ」
辰宮玲奈「うん、知ってる」
梶間頼子「待つの?」
辰宮玲奈「五分位なら」
  店内の時計を見上げて玲奈は答える。
辰宮玲奈「朝練には行きたいから」
梶間頼子「そっか」
  それから待つこと五分。
「・・・・・・」
梶間頼子「出てこないね」
辰宮玲奈「そうだね」
梶間頼子「どうするの?」
辰宮玲奈「これ以上は朝練に遅れちゃうから無理」
梶間頼子「玲奈が行くならあたしも行こうかな」
  二人はコンビニを出ていった。
  それから更に五分後。
橘一哉「まあ、そうなるよなあ・・・」
  一哉のスマホには、玲奈と頼子から先に投稿する旨のメッセージが入っていた。

〇小さいコンビニ
橘一哉「ま、始業には間に合うし、ゆるゆる行きますかね」
  出すものも出してスッキリした一哉は店を出た。
  暖かな春風に背中を押されるようにして歩き出した一哉だったが、
橘一哉「・・・」
  しばらく歩いた所で立ち止まった。
  そしてゆっくりと周囲を見回し、
橘一哉「ん〜・・・」
  首を左右に傾げ、何事もなかったように再び歩き出す。
  しかし、その足が向かったのは学校への道筋ではなかった。
橘一哉「はっけーん・・・」
  誰にも聞き取れないような小声でボソリと呟いた一哉の顔は、それまでの温和な表情から一変していた。
  攻撃的で、凶暴で、牙を剥いた獣のような表情になっていた。
  そんな一哉の表情を、道行く人々は一切気に留めることはなく、誰一人として彼に目を移さなかった。

〇ビルの裏通り
橘一哉「・・・」
  一哉は学校への道筋から逸れた道に入った。
  通りを歩く人影はない。
  大人も、子供も、若者も、老人も、誰一人いない。
  それどころか、鳥も、虫も、獣もいない。
  一切の動物がいなかった。
  その明らかな違和感に気付けたからこそ、『彼』は即死を免れた。
  その代わり、しばしの苦痛を味わうことになる。

〇ビルの裏通り
  彼は少年を観察していた。
  その少年は、要注意人物として常時監視を怠らぬように命じられていた。
  少年の精神を蝕み破綻させるという計画の、観察と状況報告が彼の任務だった。
  昼夜の別なく戦いを仕掛けられ続け、少年の精神は確かに変容していた。
  だが、まだ破綻には至っていない。
  今日も少年は、戦友で親友である二人の少女と一緒だった。
  しかし、
魔族(む・・・?)
  途中で二人と別れた。
  しかも、普段とは異なる道を進み始めた。
  ゆっくりと時間をかけて登校するのかと思ったが、そうではなかった。
  明らかに通学ルートから外れた人気の無い道に入り、
魔族(?)
  人気の無い?
  いや、違う。
  この空間にいるのは、あの少年と彼だけ。
  そんな空間は自然には有り得ない。
  作為的な空間だ。
  即ち、
魔族「結界!!」
  彼が気付くのと、少年が彼目掛けて飛びかかってきたのはほぼ同時だった。
  何の予備動作も無しに逆時計回りに振り向きつつ、いつの間にか腰に帯びていた日本刀を横一文字に抜き付けて間合いを詰める。
魔族(危なかった・・・!!)
  少年の一閃は、彼がいた場所を切り裂いた。
  少年の目は、隠形の術によって姿も気配も消している筈の彼の姿を確かに捉えている。
  それを疑う余地の無いほど、正確無比の一撃だった。
  だが、少年の不意打ちは失敗に終わった。
  彼は少年の抜き打ちを紙一重のところで避け、横に跳んで間合を取った。
魔族(彼には見えているのか・・・!?)
橘一哉「出てきなよ」
  少年、黒龍使いの橘一哉は、男のいる所を正確に見据えて言った。
橘一哉「そこにいるのは『匂い』で分かってる」
魔族(どうする・・・)
  一撃。
  一哉が男に向けて放ったのは、たったの一撃だ。
  単なる偶然かもしれない。
  偶々、正確な場所に一撃を見舞い、偶々、今彼がいる場所を向いているだけかもしれない。
魔族(ここは、)
  逃げ切る。
  呼吸を細く、ゆっくりと、静かに。
  余計な力みを捨て、己を消し、周囲の環境に同化する。
  隠形術で、少年の追求を逃れる。
橘一哉「へえ、出てこないのかい」
  一哉は刀を八相に構えた。
  更に、切っ先を真上につけ、右肘を伸ばして剣を天高く突き上げる。
魔族(・・・動ずるな・・・!!)
  心の僅かな揺らぎが隠形を崩す源になる。
  心身を鎮め、環境に同化するのだ。
  男は己に言い聞かせる。
橘一哉「チエエエエエエエエエエエエエエエェエエェエエェエア!!!!!!!!!!!!!!!」
魔族「っっっ!!!!」
  揺らいだ。
  男は揺らいでしまった。
  一哉の発する大音声が空気を震わせる。
  大音声に含まれる殺気、闘気。
  我に返った時、一哉は男の目の前に来ていた。
橘一哉「エエエエエエエエエエェェエェエエエェェア!!!!!!!!!!!!」
  一閃。
  神速にして剛。
  反射的に男は飛び退いて一哉の一撃を躱す。
  紙一重だった。
  男の鼻先を一哉の一閃が通り過ぎる。
  刀はアスファルトを易易と切り裂き、その下の地面まで切り込んでいた。
  彼は自分が魔族であることに感謝した。
  もし自分が魔族でなければ、回避が間に合わずに頭を断ち割られていただろう。
  だが、
橘一哉「見 つ け た」
魔族「くっ・・・」
  我が身の危機に咄嗟に反応した結果、隠形の術が解けてしまっていた。
橘一哉「外したか」
魔族「まさか、貴様から仕掛けてくるとはな」
橘一哉「そっちが先に尾行してたんだろ」
魔族「なぜ分かった?」
橘一哉「『匂い』がしたんだよ、魔族のね」
魔族「におい、だと?」
橘一哉「ああ」
  一哉は頷く。
橘一哉「俺は少しばかり人より敏感みたいでね」
橘一哉「この世ならざるものは、分かるんだ」
魔族「この世ならざる、か」
  男はフッ、と笑い、
魔族「なれば、そのこの世ならざる力、味わうが良い!」
  咆哮を上げた。
  身体が肥大し、肌の色も変わる。
  二メートルを超える筋骨隆々とした体躯に赤銅色の肌。
  それは正に鬼だった。
橘一哉「それがあんたの姿かい」
橘一哉「こっちも用事があるんだ、手早く済ませるぞ」

〇教室
飯尾佳明「一体何考えてるんだ、お前は」
  佳明は溜息をついた。
  下っ端の監視役を一人倒すためだけに、わざわざ自分から仕掛けたというのか。
橘一哉「別に、何も」
飯尾佳明「改めて面と向かって言われるとムカつくわ〜・・・」
古橋哲也「まあまあ、落ち着いて」
  目つきが鋭くなった佳明を哲也がなだめる。
古橋哲也「橘くんの行動が、魔族の動きを促すかもしれないよ」
飯尾佳明「そりゃそうだろうさ」
飯尾佳明「これで何か動きがなかったらどうかしてるよ」
  言いつつも、佳明の視線は一哉に向けられており鋭さを増している。
橘一哉「しょうがないじゃん、『匂い』を感じると発作的にやりたくなっちゃうんだから」
飯尾佳明「どこのジャンキーだよ、お前は」
橘一哉「つーかさ、結構鈍感だな、って思うよ」
飯尾佳明「何がだよ」
橘一哉「だってさ、魔族とか、それに近い連中なんて、四六時中いるんだぜ?」
橘一哉「いつでも、どこでも」
「え?」
橘一哉(あ、やべ)
  しまった、と一哉は思った。
  口が滑ってしまった。
  あまり話してはいけない事だったと思い出したものの、もう後の祭りだった。

〇普通の部屋
  それらを感じるようになったのがいつからだったか、よく覚えていない。
  『それら』と接触できるようになって気付いたことがある。
  それは、殆どの人間が『それら』の存在に全く気付いていない、ということ。
  『それら』が目の前にいても。
  『それら』が語り掛けたり、叫んだりしていても。
  『それら』が触れていたり、掴んでたり、乗ったりしていても。
  殆どの人間は、無自覚で無関心。
  それが無視ではなく気付いていないのだと分かったのは、母の一言が切っ掛けだった。
一哉の母「カズくんはお芝居が上手ねぇ」
一哉の母「まるで相手が本当にいるみたいだわ」
  劇の真似でもなければ、一人でごっこ遊びをしていたわけでもない。
  相手は、確かにそこに『いた』。
  だが、一哉の母には見えていなかったのだ。
  相手は日によって異なり、姿も様々だった。
  時には、友好的でない、悪意あるものもいた。
  友好的な相手に対しては、話をしたり、一緒に遊んだりした。
  相手は、満足すると、それっきり。
  二度と現れることはなかった。
  一方、悪意のある相手には相応の対応をした。
  具体的に言うと、戦った。
  手頃な長さの棒を刀に変えて、それを武器にして戦った。
  一哉が意識すると、棒が本当に武器に変わったのだ。
  左腕から黒い龍のような物が出てきて棒に巻き付き、刀に変わるという決まった手順があった。

〇教室
古橋哲也「ちょっと待って」
橘一哉「ん?」
  哲也が話を遮った。
古橋哲也「君が龍使いに目覚めたのって、」
  先日の話に従えば、
古橋哲也「十歳の時だよね?」
橘一哉「そうだよ」
  一哉は頷く。
橘一哉「黒龍と話ができて、魔族と初めて戦ったのは十歳の時」
古橋哲也「でも、今の話を聞く限り、その前から黒龍の力を使えていたように聞こえるんだけど」
橘一哉「そうだね」
  再び一哉は首を縦に振る。
橘一哉「何だかよく分からないけど、使えてたっぽい」
梶間頼子「どうして?」
橘一哉「さあ?」
  頼子の問いに一哉は首を傾げる。
辰宮玲奈「じゃあさ、」
  玲奈が口を開いた。
辰宮玲奈「何も無い所で一人で何かしてたのって、そこに本当は何かいたの?」
橘一哉「うん」
橘一哉「妖精さんとか小人さんとか、色々な場合があるけどね」
辰宮玲奈「えぇ・・・」
  玲奈は絶句した。
  一哉と一緒に遊んでいた時、人外の何かも一緒にいたということになる。
穂村瑠美「怖くなかったの?」
橘一哉「最初は内心ビクビクしてたよ」
穂村瑠美「最初は?」
  ということは、つまり。
橘一哉「無闇に怖がるよりも、楽しんだ方がいい、って思えるようになった」
  そう言って一哉はニッと笑う。
飯尾佳明「で?今のお前は正気か?」
橘一哉「・・・」
  佳明の問いに一哉は僅かに間を置き、
橘一哉「敵味方や立場を弁える程度には、ね」
飯尾佳明「そうかい」
  ならいいや、と佳明は話の輪から一旦離れた。
橘一哉「で、コウちゃんは正気を保っていられそうかな?」
  話の途中から急に静かになった晃大に目を向けると、
  真っ青な顔でガクガクと震えていた。
穂村瑠美「あー・・・」
  ため息をつく瑠美。
穂村瑠美「ダメだったみたいね・・・」

次のエピソード:第弐拾六話 怪鳥

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