龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第弐拾九話 迦楼羅(脚本)

龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

今すぐ読む

龍使い〜無間流退魔録外伝〜
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇古めかしい和室
  平坂市内某所。
月添咲与「はあ!?」
  少女の素っ頓狂な声が部屋に響いた。
月添灯花「迦楼羅党の者が、討ち取られたの」
  少女の向かいに座る女性は、ゆっくり、しかしはっきりと少女に言葉を続ける。
月添灯花「龍にね」
月添咲与「そんな、嘘よ!」
月添灯花「本当のことよ、咲与」
月添咲与「ありえない!」
  咲与と呼ばれた少女が机をドンと叩く。
月添咲与「我ら迦楼羅は龍蛇の天敵だよ!?」
月添咲与「それが、負けるなんて」
月添亜左季「油断大敵、ってことだね」
月添咲与「亜左季!!」
  少女が隣りに座る少年に顔を向ける。
月添灯花「亜左季の言う通りだと思うわ」
月添灯花「事の顛末を安曇理事長から聞いたの」
  二人の母でもある女性、月添灯花は話し始めた。

〇屋敷の門
  その日、彼女は平坂学園理事長の安曇氏の邸宅を訪れた。
  安曇理事長には事前に連絡を入れてある。
  彼の職場である学園ではなく、邸宅で話をしたい。
  その申し出を、先方も了承してくれた。
  彼女が話そうとする内容について察してくれたのだろう。
月添灯花「ここに来るのも久しぶりね・・・」
  安曇理事長と灯花は旧知の仲だが、ここ暫く往来していない。
  懐かしく思いながら門の脇のインターホンを押すと、
「どちらさまですか?」
月添灯花「!!」
  灯花は驚いた。
  インターホンの向こうから返ってきたのは可愛い声。
  理事長ではなく少女の声だった。
月添灯花「先日お電話した月添です」
  動揺を堪え、努めて平静に灯花は話をした。
月添灯花「安曇理事長はいらっしゃるかしら?」
「少々お待ち下さい」
  奥まった所にある玄関が開き、
月添灯花「やっぱり、紗那ちゃんだったのね」
  出てきたのはまだ幼さの残る小柄な少女。
  安曇紗那だった。
安曇紗那「お久しぶりです、月添さん」
  紗那はペコリと一礼し、
安曇紗那「どうぞこちらへ」
  灯花を家へと案内した。

〇豪華なリビングダイニング
理事長「久しぶりだね」
月添灯花「ええ」
  暫く振りの対面だったが、安曇理事長は壮健そのものだった。
  態度も口振りも以前と変わらず柔和で穏やか。
  一つ変わったところがあるとするなら、明るさだろう。
  その理由が紗那である事は想像に難くない。
理事長「今日は、どの様な用事で?」
  形の上では質問だが、理事長にはおおよその見当がついていた。
月添灯花「その前に、」
  灯花は上を見やり、
月添灯花「紗那ちゃんは大分調子が良くなりましたのね」
  出迎えてくれた少女の名を口にした。
  灯花を出迎えたのは、少し前までは引きこもっていた紗那だった。
  彼女は門の所まで来て灯花をエスコートした。
  更に、お茶と茶菓子まで出してくれたのだ。
  以前は、面会どころかドア越しの声掛けすらも出来なかった。
  大幅に寛解している。
理事長「家の中だけだが、部屋から出て動き回れるようになったよ」
  理事長の顔が綻ぶ。
月添灯花「良い傾向ですわ」
月添灯花「ですが、」
  灯花は庭先へと目を移す。
月添灯花「それは、龍のおかげかしら?」
  屋敷全体を覆う、『力』。
  この土地が放つことができる以上の力が、人為的に張られている。
理事長「気づいていたかね」
月添灯花「もちろん」
  灯花は頷く。
月添灯花「覚えのある力の質ですから」
理事長「・・・そうか、そうだったな」
  十数年前の出来事を思い出し、理事長はため息をついた。
理事長「あの出来事を知らせてくれたのは君だったな」
月添灯花「あの日の嵐は今でも忘れられません」
  灯花も『あの日』を思い出す。
理事長「正に『彼』そのものだったからな」
「・・・・・・」
  沈黙が流れる。
  それは、二人にとって何とも形容しがたい複雑な思いを抱かせた出来事だった。
  魔族の有力者二人を以てしても止められなかった、苦い記憶。
  しばしの沈黙の後、先に口を開いたのは灯花だった。
月添灯花「龍使いと交流があるのですか?」
理事長「ああ、一人だけだがね」
理事長「紗那もお気に入りのようだ」
月添灯花「まあ」
安曇紗那「橘さんがね、魔法をかけてくれたの」
  丁度そこへ紗那がやって来た。
安曇紗那「橘さんの魔法で、全部大丈夫になったんだよ」
  紗那の笑顔を見たのも何年ぶりだろうか。
  精神的に良好な状態であることが、声音や表情からよく分かる。
  とはいえ、
月添灯花(龍と関係があるなんて、ね・・・)
  灯花としては複雑な心境だった。
安曇紗那「小母様、今度は咲与さんや亜左季くんも連れてきてね」
月添灯花「ええ、そうするわ」
  灯花の二人の子供の名を出して少し話し込むと、紗那は戻っていった。
月添灯花「橘、というのね?」
  その龍使いは。
理事長「彼は、黒龍の宿主だ」
  灯花の表情が変わる。
月添灯花「それは、」
  その龍は、正に、あの日の。
理事長「彼は些か変わり者のようでね」
  理事長は、黒龍使い・橘一哉の学校での様子を簡単に話した。
理事長「紗那のことを話したら快く協力してくれた」
月添灯花「・・・そうですか」
  仇敵に私的な協力を求めるとは。
  理事長の甘さが気に掛かる。
  それに、理事長の話に応じる一哉も一哉だ。
  本来ならば敵同士のはずなのに。
理事長「そろそろ本題に入ろうか」
月添灯花「そうですわね」
  ここに来たのは、旧交を温め世間話に興じるためではない。
月添灯花「私の手の者が、討ち取られたと聞き及びました」
  先日、千里眼で感じたもの。
  灯花を筆頭とする在留魔族『迦楼羅党』。
  彼らが伝える流儀の使い手が一人、命を落とした。
理事長「朱童くんの手の者と組んでの襲撃だったのだがね、」
  惜しくも敗死したという。
月添灯花「土蜘蛛党も動いたのですか」
理事長「いや、独断らしい」
理事長「だが朱童くんは黙認している」
  制止はしなかった、ということか。
  灯花の脳裏によぎったのは、魔族にとって最悪の事態。
月添灯花「龍が、揃ったのですか?」
  理事長は黙ってコクリと頷いた。
  灯花の背筋に悪寒が走る。
  まさかとは思うが、
月添灯花「ヤマタノヲロチが、復活したのですか」
  灯花の問いに、
理事長「いいや」
  今度は理事長は首を横に振った。
理事長「まだ、そこまでには至っていない」
月添灯花「そうですか」
  灯花は胸を撫で下ろした。
  最悪の事態には、まだ至っていない。
  もし、八龍が真の力に目覚めたとしたら。
  恐らく、総力戦でなければ勝つのは難しいだろう。
月添灯花(いいえ、そもそも打ち勝てるのかしら)
  恐ろしい。
  兎にも角にも、この事態は一党に通達しなければならない。

〇古めかしい和室
月添灯花「八龍は揃い集った」
月添灯花「ヤマタノヲロチと成るのも時間の問題でしょう」
月添灯花「そして、独断とはいえ土蜘蛛党と協力して事に当たった我らの手の者が討ち取られた」
月添灯花「それが事実よ」
月添咲与「有り得ない」
  ギリ、と奥歯を噛み締める音が聞こえる。
月添咲与「迦楼羅が龍に遅れを取るなど、許されない!!」
  咲与が勢いよく立ち上がった。
月添灯花「どうするの?」
  娘の背中に問いかけると、
月添咲与「知れたこと」
月添咲与「龍を討つ」
月添咲与「私達のほうが上だと、証明して分からせてやる」
  風が吹いた。
  咲与は本気だ。
月添亜左季「ね、姉さん!?」
  部屋を後にする咲与を、慌てて亜左季も追いかける。
月添灯花「はあ・・・」
  血気盛んな我が子二人。
  灯花はため息をつく。
  しかし、その顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

〇電器街
橘一哉「やばい、ヒマだ・・・」
  繁華街を歩きながら呟く一哉。
  珍しく部活が休みとなったのだ。
  おかげで、暇な時間が出来てしまった。
  部活の剣道が趣味と言っても差し支えのない一哉である。
  それが出来ないとなると、途端に暇を持て余してしまう。
  こんな日に限って、いつもつるんでいる相手が軒並み用事で手が離せない。
  世話焼きの玲奈も。
  姉貴分の由希も。
  悪友の頼子も。
  貴重なツッコミ枠の佳明も。
  温厚な哲也も。
  からかい甲斐のある晃大も。
  貴重な女友達枠の瑠美も。
  皆が皆、揃って部活動に精を出している。
  暇だ暇だと呟きながら一哉の足が向かったのは繁華街。
  剣道以外の趣味である読書と音楽。
  新たな刺激を仕入れるべく店をハシゴしてみるか、などと思っていたら、
「黒龍!」
橘一哉「?」
  女性の声がした。
橘一哉(空耳、空耳)
  こんな街中で神獣の名を呼ぶような無思慮な輩は魔族にはいない。
  魔族は奸智に長けている。
  結界という罠に相手を嵌めてから姿を表し、戦うのが彼らの流儀だ。
「おい!」
  また声がした。
橘一哉(俺じゃないよな、多分)
  随分と荒々しい声だ。
橘一哉(ああいう手合には絡まれたくないなぁ)
  恨みを買わないように気を付けよう、と自らを戒めながら店を目指していると、
月添咲与「くたばれ!!」
橘一哉「うおぉ!?」
  間一髪だった。
  横合いから伸びてきた貫手を紙一重で躱す一哉。
橘一哉「どちら様!?」
  眼前の貫手の出所を見ると、青い髪の少女が此方を睨んでいる。
月添咲与「おまえ、橘だな?」
橘一哉「確かに苗字は橘だけど」
  人違いじゃないか、と言いたかったが、それは出来なかった。
月添咲与「なら死ね!!」
橘一哉「嘘ぉ!?」
  拳の間合いで少女は蹴りを繰り出した。
  腿が体にピタリと付くほどに膝を上げ、体を入れながら足を伸ばす。
橘一哉「!!」
  鼻先を鋭い風が掠めていく。
  速く鋭い、戦い慣れた者の蹴りだ。
月添咲与「チッ・・・」
  足を戻して少女は舌打ちする。
橘一哉「これは・・・」
  初手の貫手。
  近接時にも感じ、二撃目の蹴りの時にも感じた、『匂い』。
橘一哉「魔族か、アンタ」
月添咲与「迦楼羅党、当代の迦楼羅使いの月添咲与」
月添咲与「お前を殺す!」
橘一哉「おい!」

〇電器街
  単刀直入にも程がある。
橘一哉「時も場所も関係無しかよ!」
月添咲与「知ったことか!」
  咲与と名乗った少女が構えると同時に結界が張られた。
月添亜左季「ゴメンね、橘さん」
橘一哉(二人!?)
  背後には少年が。
橘一哉(結界張ったのはこっちか!!)
  激昂している少女に結界を張る余裕があったとは思えない。
橘一哉「くそっ!!」
  魔族の『匂い』。
  人の姿で、年代も一哉と近そうだ。
  だが手加減は無用。
  腕前の程は先程の攻撃でも分かる通り。
  刀を出して戦闘態勢を取るが、
月添亜左季「せいっ!」
月添咲与「はあっ!!」
  二人の連携に隙がない。
橘一哉(抜く暇が無い!!)
  片方相手に刀を抜き打とうとすると、もう一人が間髪入れずに仕掛けてくる。
  躱すのに精一杯だ。
橘一哉(こうなったら!!)
  個人的には好みでないので使うのを避けていたが、
橘一哉「せっ!!」
月添咲与「!!」
  咲与が間合いを詰めるのに合わせて一哉も近づき、
月添咲与「!!」
  刀を身に沿わせて抜くと切っ先を咲与に付けながら鞘も突き出して鯉口を当てに行く。
月添咲与「くっ!!」
  切っ先と鯉口の同時攻撃に怯んだ瞬間に、
橘一哉「そいやっ!!」
  身を翻して少年へと跳んで横蹴りを繰り出す。
月添亜左季「!!」
月添咲与「亜左季!!」
  脇腹に蹴りを受け、亜左季と呼ばれた少年は数歩後退った。
橘一哉「やっと抜けた・・・」
  どちらを優先して相手にするか。
  などと、考える時間は無かった。
月添亜左季「まだまだ!!」
橘一哉(根性あるなコイツ!!)
  亜左季と呼ばれた少年は、小柄でまだ幼さの残る容貌をしている。
  おそらく一哉よりも年下だろう。
  だが、臆することなく戦士の風格を纏って一哉に向かってくる。
  動きも手練れのそれだ。
  尋常ならざる鍛錬を重ねているのだろう。
橘一哉(気を抜いたら、やられる!!)

〇古めかしい和室
月添灯花「始まった、か・・・」
  自室で月添灯花は呟いた。
  見ている方角は、平坂市の繁華街。
  遥か遠くに焦点を合わせている双眸は、鋭い光を放っている。
月添灯花「咲与は元気ねぇ・・・」

〇電器街
橘一哉「しつっこいなぁもう・・・!!」
  右の手で刀を、左の手で鞘を逆手に持った変則的な二刀流の構えで、一哉は左右に交互に目配りする。
  咲与と亜左季の二人を相手の戦いは、中々に骨が折れる。
  二人とも相当な使い手だ。
  防御に回る頻度が高く、一哉は息切れしていた。
月添亜左季「武道の腕前は立つみたいだけど、それだけじゃ僕たちには勝てないよ」
月添咲与「神獣功も修めていない貴様が龍使い最強とは、片腹痛いな」
橘一哉「シンジュウコウ?なんだそりゃ?」
月添咲与「神獣功を知らないの!?」
  驚いた顔をする咲与。
橘一哉「聞いたこと無いな」
  神獣関係のわざといえば、一哉が知っているのは神気発勝ぐらいだ。
月添咲与「なら、その威力をその身に教えてやる!!」
橘一哉(神気発勝!)
  いや、違う。
  咲与から立ち上る神気が、形を成していく。
  巨大な嘴と翼。
  先日対峙した鳥型の魔族を思い出す。
月添咲与「これが神獣功・迦楼羅の型・鳥王羽撃!!」
月添咲与「迦楼羅の翼、受けろ!!」
  咲与が両腕を大きく左右に広げた、その時、

〇電器街
「!!!!!!」
  余りにも唐突だった。
月添亜左季「結界が!?」
  結界が、解けた。
月添咲与「何してるの亜左季!!」
月添亜左季「違う、僕じゃないよ!!」
月添咲与「ならお前か!!」
橘一哉「そんな訳無いだろ!!」
  訳も分からず三人が言い争っていると、

〇電器街
佐伯美鈴「やっほ、カーズくん♪」
橘一哉「え、美鈴姉!?」
  佐伯美鈴が現れた。
  巫女装束ではなく洋服姿のところを見ると、今日は社の仕事は休みらしい。
佐伯美鈴「こんな時間にぶらついてるなんて、もしかしてサボりかな?」
  美鈴はニヤニヤしながら一哉に話しかける。
橘一哉「ちがうよ、部活が休みなの」
佐伯美鈴「そうよね、カズくんの一番の趣味は剣道だもんね」
佐伯美鈴「それで、こちらはカズくんのお友達?」
  美鈴は一哉と向かい合う姉弟を見る。
佐伯美鈴「何か言い争ってなかった?」
橘一哉「いや、そんなことは無いよ?」
  微妙に声が上ずる一哉。
  否定形が疑問形になってしまったような気がするが気にしない。
  龍使いと魔族にまつわる諸々を余人に知られるわけにはいかない。
佐伯美鈴「じゃあ、知り合い、ってわけではないのね」
橘一哉「うん」
  美鈴の問いに一哉は頷く。
月添咲与(この女、何者だ・・・!?)
  結界が破れると同時に姿を表した美鈴に、咲与は困惑していた。
  二人の話しぶりを見るに、橘一哉と親しい間柄である事は容易に想像がつく。
  空気を全く読んでいないかのような言動。
  その笑顔とおっとりした口ぶりで、場の緊張感を一瞬で消し去ってしまった。
  二人の会話を警戒しながら注視していると、
佐伯美鈴「ならカズくん、お姉ちゃんと一緒に遊びましょう♪」
橘一哉「え?」
佐伯美鈴「さ、レッツゴー♪」
  美鈴は一哉の背中を押して歩き出した。
  二人が咲与と亜左季の間をすり抜けていこうとした時、
月添咲与「待て!!」
  咲与が声を上げた。
  すると美鈴は一旦立ち止まってチラリと咲与を一瞥し、
佐伯美鈴「・・・・・・・・・」
  すれ違う瞬間、何やら呟いた。
月添咲与「っっっ・・・・・・!!!!!!」
  咲与の顔が引きつり、ビクリと体を震わせる。
佐伯美鈴「それじゃあね、お嬢さん」
  立ち尽くす咲与を尻目に、美鈴は一哉の後ろから隣へと位置を移し、連れ立って歩いていった。
月添咲与「・・・・・・」
月添亜左季「あの、姉さん?」
  姉の様子がおかしい事に気付いた亜左季が声を掛けると、
月添咲与「あああああぁぁぉぁああああっっっっ!!!!!!!!!!」
月添亜左季「!!!!」
  天に向かって咲与は叫んだ。

次のエピソード:第参拾話 風雷相克

コメント

  • 月添姉弟と灯花さんが出てくるのを待ってました!!
    橘君が押されているのが珍しくて新鮮に感じます。
    今回は私にとって眼福そのものですね:-)
    次回も楽しみにしています!

成分キーワード

ページTOPへ