主将ですから!

ナアジマヒカル

エピソード1(脚本)

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〇体育館の屋上
  静寂の声援。
  的場までの距離は二十八メートル。その矢道は中庭のようになっていて両側には各校の生徒達が熱い眼差しを送っている。
  正面には的場があり、射場の屋根とで青空が横に細長く切り取られている。
  弓道着を着た凛々しい高校生達が三人一組で射場にすり足で入って来て一礼をし、それぞれの位置に収まる。
  全国高校総体弓道競技の会場。

〇体育館の外
  ピンチだぞピンチだぞピンチだぞ・・・。
  本当にそんな風に思っていたら毎日あんなに熱心に練習はしない。まいったな。当たる気がしない。くっそ。
  「負けて元々だよ」、「おれ達じゃ無理だって」。二人ともそんな軽口を叩いても本心は違う。
  当てたい。当てたい。当てれば勝てる。ここまで一緒にやってきたカンタとユウタと、最後の大会くらいは予選通過したい。
  カケルは目を瞑った。誰かがごくりと息を飲む音が聞こえそうだ。
  弓を引き分けていく。つがえた矢が、的場の方を向いたカケルの口元にだんだんと寄っていく。
  三番目のカケルの最後の一矢で予選を通過するかどうか決まるだろう。それはカケルも感じていた。「これで決まる」と。
  タンっ。矢が真っ直ぐに的を射た音。
  どすっ。矢が的から外れて安土と呼ばれる砂山に刺さった音。
  一人につき四本の矢を射る。ひとチーム三人だから合計十二本。勝敗は的に当たった合計の本数で決まる。
  「歴史は古いが弱小」というのがカケル達が所属する弓道部にびっちりがっちり貼り付けられたレッテルだった。
  カケルの高校は他校と比べて現役の引退が早く、高校二年生の夏の大会が終わるともう受験の準備を始めないと行けない。
  カケルにとってこれが最後の大会だった。

〇学校の廊下
ユキ「もうっ!」
カケル「免許停止でしたっけ?」
ユキ「聞いてる?」
カケル「はぁ・・・」
ユキ「明鏡止水って言うんだって」
カケル「はぁ・・・」
ユキ「心の中にね、湖を思い浮かべるの。でね、その湖の水面は全く波立っていないイメージ」
カケル「そんな事言ったって、じゃあどうすればいいんすか」
  一つ上のユキ先輩の顔が浮かぶ。
ユキ「カケルは当てたいって思い過ぎ」

〇体育館の外
  弓に隠れた半月型の的がぼんやりと見える。
  
  
  静かだ。
  すーっと息を吸う。
  波がなく鏡のようなイメージ・・・
ユキ「湖を思い浮かべるの」
  邪念がなく澄み切った心。
  
  
  邪念だらけだぞくそ。
  明鏡止水。後でちゃんと自分でも調べた。止まってたたえている水が一点の曇りもない鏡のようになっている状態。
  ダメだ。ユキ先輩の可愛い顔しか浮かばない。

〇体育館の屋上
  空の青さを目蓋で感じたと思ったら、矢の当たる音がカケルの耳に響いた。それが自分の矢だと一瞬気づかなかった。
  タンっ。
  数秒後、矢がカケルから離れた。
  会場にいる仲間達が息を飲んでいる。カケルは目を開けた。その目は的を見ているようだが、実際は何も見ていない。

〇空
  え? 当たったの・・・かな?
  前の二人が興奮しているのが後ろ姿でわかる。応援席の同級生と後輩達が歓喜している。

〇更衣室
  廊下に出ると賑やかな応援団に囲まれた。少し離れたところにスーツ姿の男の人がいて、こちらに笑顔を向けているのに気づいた。
  そう。予選を突破しただけで三人とも心底喜んでいる。そりゃ「歴史は古いが弱小」というレッテルだって貼られるよ。
  選手控室に戻るとカンタとユウタが大喜びしていた。ボク達は見事に現役最後にして予選を突破した。

〇更衣室
  でもボクは、憧れの先輩二人と仲間の笑顔に囲まれてこれ以上ないくらい幸せだった。
  まだ予選を通過しただけ。
「カケル、相変わらずくだらないねー」

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